No.11 腐敗と無能の大蔵官僚が円高を招く

私の友人であるニューヨーク私立大学教授、霍見芳浩氏の円高に関する非常に興味深い記事を紹介します。ここのところ円高記録が毎日更新されていますが、なぜ円高になるのか、円高を食い止めるにはどうすればよいのか、霍見教授の意見をお読みになって下さい。

◎円急騰の国際政治学

2月初めから3月にかけて円は再び急騰した。日本の大蔵省に日銀の官僚、そして銀行と証券の専門家と自称する人たちは、「予想外のこと」などと逃げているが、私は1年以上も前に警告し、94年と95年の円レートは102円から95円の間を乱高下し、95円を破れば80円台もあるとその理由も明記した(『脱大不況』講談社、『アメリカ殺しの超発想』徳間書店)。それだけではない。85年9月末国際政治と経済オンチの日本の大蔵官僚と政治家(竹下登蔵相、当時)が米国に簡単に嵌められて、いわゆる「プラザ合意」という円高基調移行をタダで認めてしまった。それから9年半、私の毎年の円レート予測はピッタリ当たってきたのに、大蔵と日銀のナマクラ官僚たちの予想ははずれにはずれているだけでなく、その場しのぎの対応はすべて逆効果となっている。特に大蔵官僚の無知と無能ぶりは円レートの予想と対策の誤りでも実証出来る。

80年代半ば以降、円レートは日米の金利差、インフレ率差や日本の累積経常収支の黒字、そして国内総生産高(GDP)の成長率の差などの経済基本要因(ファンダメンタルズ)よりも、世界の投機筋が時の米国政権の対日圧力をどう読むか、円高へとドルを売り浴びせるのか、それとも一時休んで経済基本要因による円の動きを見守るかによって決まる。つまり、円レートは政治レートなのであり、円の急騰は狭い金融や為替や財政要因によるものではない。米国はじめ世界の投機筋が、日本の金融システムの硬直化と国内外での政治力不能を見くびっての対日圧力による。

◎円高は官災だ

プラザ合意以降の円高は、傲慢と腐敗の日本の大蔵官僚が作り出している官災である。東京のイ・アイ・イ関連の二信用組合の救済汚職でも明らかなように、大蔵官僚上げての腐敗が日本の政治と経済を犯してはこれを金縛りにしているから、不況脱出も不可能だし、円急騰に歯止めもかからない。諸悪の根源は大蔵官僚なのである。

今回の円急騰は、腐敗した大蔵官僚支配の日本が本格的対策を行うはずがないと読んで、メキシコから逃避したドル資本を使って、米国以下の投機筋が不況と金融システムの弱体化にあえぐ日本潰しにドルを売り浴びせているからである。

大蔵官僚による不当なPKOと称する日本の株価維持や不良金融機関の救済のために円買いのリスクも少ない。私の推計でも、貿易とか直接投資などに使われる世界の外貨の流れに比べると、世界的投機資金の流れは控え目に見ても200倍という膨大なものである。1日に世界の外国為替市場で動く取引高は軽く1兆億ドル。一方、先進7ヵ国(G7)の政府がドル買い支えのための協調介入に使えるのは、せいぜい1日に300億ドルで2日と続けて介入出来ない。まして、日銀1人でドル売り円買いに反抗してみてもそれこそ焼け石に水より効果がない。円高を食い止めるには、日本の金融とサービス市場開放で経常収支の黒字を減らし、米国の直接投資(不動産買収も含めて)や財政投資(株や債券購入)の大量出動が必要だが、日本の企業は80年代に大蔵官僚が作っては煽り、そして破裂させたバブルで投資力を失ってしまっている。残るのは企業年金や生保や郵貯資金だが、金融・サービス市場開放と同様に、これまた大蔵官僚にヤミクモに規制されて、兜町へもウォール街へも自由に投資出来ない。

臭気ふんぷんの汚職まみれの大蔵官僚による政治と経済規制が、日本の大不況と円急騰というチグハグのダブルパンチを日本国民に与え続けている。しかし、大蔵官僚はマスコミを脅して国民の批判をそらしている。大蔵省の世論操作のメガホン役は榊原英資、財政・金融研究所長で、「フランスと比べても日本は国民1人当たりの官僚数は少ないから、日本の方が官僚規制は少ない」とか、「政府規制を緩和すると米国みたいに犯罪と麻薬禍が広がる」などとウソ八百の詭弁を使っている。反権力の個人主義のフランス人と違って、日本人は徳川以来の権力盲従と官尊民卑に取り憑かれたままだから、国民1人当たりの官僚数は少なくても、お上による国民の生活や思想統制が効果を発揮している。また、米国をダシにした話は昨今の米国を知らないからだろうが、政府規制のために不況にあえぎ、円高メリットなしで製造業や金融サービス業の空洞化と失業増大の日本と違って、もともと政府規制が少なくこの撤廃が進む米国は、21世紀へ向かって高度成長体質に変わっている。このために犯罪や麻薬禍もやっと反転減少を示し出している。

◎ドル安でも米国は困らない

急激なドル安を尻目にウォール街は連日の株高記録更新を続け、失業率も5年前の最低水準を割った。世界経済の基調通貨としてドルをタレ流しにしても、ドルを土台とした米国経済ではドル安でもドル高でもどっちでもそう困ることではない。ドル安で米国経済がインフレを誘発すれば、金利高から景気後退となり、米国民の生活も不安に晒される。しかし、GDPは年間6兆ドル、輸入はわずかその8パーセント、ドル安で輸入品価格が仮に全面的に上昇しても経済全体への影響は少ない。

ただ1つ、原油などの一次産品の輸入価格がドル建てだから、原油輸出国がドル安に怒って、価格を一斉に釣り上げると73年と79年の石油ショックの時に似たインフレ圧力となる。しかし、原油はじめ米国が輸入する一次産品は世界的に供給過剰でダブついているから、輸出国は値上げしたくてもこれが出来ない。従って、クリントン政権は口では「急速なドル安は困る」とか「時機を見て、ドルの買い支えをする」とか言うが、ドル安を放置している。いま、ドル安を止めるために、連邦準備銀行が公定歩合を大幅に引き上げると、米国景気は後退するし、この引き締めが効果を見せるのには18ヵ月位かかるから、来年の大統領選挙たけなわの頃に米国景気は陰り始める。これではそうでなくとも再選が危ぶまれているクリントン大統領は浮かばれない。大統領の息のかかった連銀理事が公定歩合上昇を拒否しているのもうなずけるだろう。それでは日本が公定歩合を引き下げろと言うのが日本から聞こえて来るが、すでに超低金利の水準にあるから引き下げの余地は少ない。しかも、日米の金利差はいまの円レートには関係がない。

◎米国なら刑務所行き

日本と比べれば凶悪犯罪(殺人、強盗、強姦)は多く、米国の刑務所は満杯で有罪になってもなかなか入れてもらえない。しかし、(1)収賄罪(汚職)、(2)インサイダー取引、(3)脱税、(4)独禁法違反(談合)で有罪になると刑務所へは優先入居である。日本ではまず刑事犯扱いにされないか、有罪にしたくても官僚と政治家の共謀で法律さえ作られていず、またザル法があっても官僚に密着している検察司法はお目コボシに忙しい。贈収賄の定義を検察司法も各省も極端に狭くして、官僚や政治家、そして貢ぐ側をかばっている。今度のイ・アイ・イ汚職で香港豪華旅行の接待を受けていた大蔵省幹部が明るみに出たというのに、大蔵省は国民を小馬鹿にした軽い処分でトカゲの尻尾切りで逃げようとしている。

とんでもない。次官以下の承認がなくて500億円もの救済資金を都銀に割り当てられるはずがない。この東京税関長をはじめ大蔵省の高級幹部のほとんどが、赤坂や新橋の接待を監督先の企業にねだり、この企業のツケで、夜な夜な現座のクラブを3軒、4軒と遊び回るのは綱紀の緩んださすがの霞が関でも有名だった。米国ではこうした接待やタダのゴルフも官僚の「影響力の切り売り」(インフルエンス・ペドリング)として収賄とされる。米国並みの取り締まりをしたら、永田町も霞が関も空になるほど刑務所行きが続出する。日本人として、米国の極悪犯罪の多さを嘲笑出来るものではない。米国では権力者による汚職、談合、脱税にリクルート事件のようなインサイダー取引の方が殺人、強盗、強姦よりも反社会的な大罪とされる。民主国家なら当然のことだろう。

◎円安移行と政府規制撤廃

東洋の5匹の昇龍のうち、日本だけは政府規制のガンジガラメのためにもう老衰している。米国としてはここでトドメの円高圧力で、日本の対米隷属を固めたくもなる訳だ。国際投機筋は、この米国の真意を読んでいるから安心して円高投機を仕掛けている。そこで円安(110円台)移行、官僚牽制と日本の政経の再活の一石数鳥の妙手がある。大蔵官僚が言うような先進7ヵ国によるドルの協調買い支えなど効果もないし、日本の対米隷属を強めるだけである。円高抑制には、世界での日本の政治と経済の自浄力への信頼回復しかない。そしてこれには大蔵官僚以下の各省官僚による日本の政治、経済、社会、教育など国民生活と企業活動の時代遅れの規制撤廃が不可欠である。

村山総理と武村蔵相は自分たちの指導力とイメージの同時回復のためにも、イ・アイ・イ汚職の責任者や監督不行き届きの者として斉藤次郎大蔵次官以下の幹部を懲戒罷免し、大蔵官僚によるPKO株価操作や各種年金や生保基金市場の内外自由化、つまり市場大開放を宣言する。郵貯基金や年金基金が独自の判断と責任で内外の債券と株式投資を自由にし、投資利回り向上も可能にする。不良金融機関の不当な救済は中止し、バブル破裂で抱え込んだ不良債券の処理ができない銀行やノン・バンクは倒産整理をする。小口預金者の保護は預金保険で十分だし、危ない銀行を見捨てて小口預金者たちが健全な銀行に集まるようにする訳だ。

1日も早く、日本国民も主計局(政府予算決定、つまり国民の血税を使うもの)と主税局や国税庁(血税の吸い上げ)の分散解体を含めて、大蔵省解体こそが行政改革の目玉だと政治家に要求する。この手始めに開発銀行や輸出入銀行など大蔵省の特殊法人も統合廃止する。

◎しかし円高は続く

敗戦50周年の今年だが、村山総理と社会党は国会での不戦の決議と太平洋戦争の加害者責任の追認を、自民党や新進党の反対でウヤムヤにしている。愛媛県をはじめ各県議会では「太平洋戦争の侵略説否定」の決議が続いている。これでは日本はアジア各国からもツマはじきにされ、米国としては今後も叩き甲斐のある隷属国になる。

ドル安にしても、米国のドル建ての対日貿易赤字は減ることはない。米国が日本から買っている物はもうしばらくは日本からしか買えないものが多いから、円高ではドル建て価格が上がる分だけ、米国の対日貿易赤字は増える。一方、米国としては日本に売りたいのはハイテク関連品やサービスだが、このためには日本での顧客サービス網の整備などへの投資が必要だ。しかし、ドル安では円ベースの投資高は手が付けられない程に高くなる。従って、日本へ売れる物でも売れない。しかし、こうした事実に目をつぶって、米国は「ドル安にしても対日貿易赤字が減らないのは日本の市場閉鎖の陰謀による」と米国民を煽って反日感情をかき立てる。

日本人としては米国民に真実を堂々と説明すべきなのだが、この日本人が「南金大虐殺はデッチ上げ」とか、「ナチのホロコーストはなかった」とか、「太平洋戦争は侵略ではなかった」などとヒステリックに叫んでいる限り、こんな日本人の言い分なぞ誰も聞かない。円高がもっと進んで日本人の生活が乱れないと、円高に象徴される日本の孤立と政官腐敗に日本人は気づかないのだろうか。

OCS NEWS, March 31, 1995より転載

霍見芳浩(つるみ よしひろ)

1935年熊本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。同大学院及び同大助手を経て、米国ハーバード大学で経営学修士号、さらに日本人として初めて経営博士号を取得、コロンビア大学、カリフォルニア大学の各教授を経て、現在、ニューヨーク私立大学教授。また、ニューヨークの太平洋経済研究所理事長も務め国際経営学の分野では世界的に著名。邦書に『日本企業の悲劇』『日本企業繁栄の条件』『世界の心、日本の心』『地球時代を世界と生きる』『日本再活論』『地球時代の「会社の常識」』『脱大不況』などがある。