昨年11月、日本経済新聞社から21世紀の日本企業像についての英文アンケートが送られてきました。それを見て、日経が考える日本企業の未来像と私の経営哲学がいかにかけ離れているかを実感しました。ビジネス紙である日経が、現在の日本の大企業と主流経済の考え方を反映していることは言うまでもありません。しかし、私の経営哲学もまた、日本で15年程前までは主流であった松下幸之助、本田宗一郎、土光敏夫といった経営者の
「21世紀の日本企業像」についてオピニオンリーダーに聞く
日本経済新聞社第2回調査
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Q1.
前回の調査で、日本企業の経常費が高いことを指摘する回答が多かった。2010年において、日本企業は経常費を抑えるためにどんな手段が取れるであろうか。
1.生産拠点を海外に移転する。
2.高付加価値製品/サービスに力を入れる。
3.利益を生まない分野から撤退する。
4.重要な分野に資金を集中させる。
5.社員数を削減する。
6.国内の人件費を抑える。
7.コストを製品やサービス価格に転嫁する。
8.原材料費を抑える。
9.自動化、資源節約のための技術開発。
10.その他( )
A1.
経常費を抑制する手段は経営哲学によって決まる。私の経営哲学は次の4つである。
1. 社会の目的は最大多数の国民に最大の幸せをもたらすこと。
2. 経済の役割は、国民の幸せに必要な財貨とサービスを生産し、それを国民に提供すること。
3. 企業は経済の役割を果たすための道具である。今の社会では、(i)ほとんどの財貨とサービスは企業から提供され、(ii)その代価を支払うことのできる国民が財貨とサービスを手にし、(iii)その支払いに必要なお金を稼ぐために、国民の大半は企業で働かなければならない。
4. 従って、企業の役割は、社会に住む国民が幸福になるために必要な財貨とサービスを提供し、また国民がそれに支払うお金を稼ぐのに必要な雇用を提供することである。
アンケートにあった以下の3つの選択肢は、企業の真の役割についての私の哲学とは相反するため、選択することはできない。
1. 生産拠点を海外に移転する。(日本国民の雇用を削減するため。)
5. 社員数を削減する。(日本国民の雇用を削減するため。)
6. 国内の人件費を抑える。(日本国民の収入を低下させるため。)
責任感のある経営者であれば、残りの選択肢も社会における企業の役割という観点から検討すべきである。
2. 高付加価値製品/サービスに力を入れる。(よりよい見方は、日本国民が必要とし、望んでいる製品やサービスに重点を置くこと。)
3. 利益を生まない分野から撤退する。(日本国民が必要でない、あるいは望んでいない製品やサービスから撤退する。)
4. 重要な分野に資金を集中させる。(日本国民が必要とし、望んでいる製品やサービスに投資を集中させる。)
7. コストを製品やサービス価格に転嫁する。(多くの選択肢が与えられているのであれば、国民は価値が高いと認めるものにはより多く支払い、逆に価値が低いと思うものには少なく支払うであろう。)
8. 原材料費を抑える。(賛成。)
9. 自動化、資源節約のための技術開発。(人間は資源ではなく、社会の目的であり、企業の役割は人間を資源として使うことではなく、人間に仕えることであるということがきちんと理解されているのであれば、この手段に賛成。)
Q2.
前回の調査で、21世紀の日本企業が直面する経営上の課題は何かと尋ねたところ、最も多い回答は「グローバリゼーション」だった。2010年までに、日本企業はどれくらいグローバリゼーションを進めているだろうか。
A2.
この質問に対する答えも経営哲学に左右される。繰り返すが、日本企業の目的は日本国民が必要な財貨やサービスと、その支払いに必要なお金を稼ぐための雇用を提供することだと私は信じている。したがって、この目的を達成するにあたり必要な分だけグローバル化を進めるべきである。資源、製品、サービスの輸入の支払いに必要なだけ、製品やサービスを輸出すればよい。
また、日本企業が他の国でビジネスを行う場合は、その国の国民が必要な製品やサービス、そしてその支払いのために必要な働き口を提供することで、その国にとって良い企業市民となるべきである。
以下、それぞれの項目について私のコメントを加える。
1.本社を海外に移転する — これはビジネスの目的とは完全に矛盾する。
2.国内の工場を海外に移転する — これは日本国民の職を奪うだけである。
3.海外の子会社の管理職に外国人を起用する — 日本人がどの外国人よりも日本とその国民を理解しているのと同様に、スペイン人はスペインやその国民を誰よりも良く理解している。だとすれば、スペインで良い企業市民になろうとすれば、スペインの子会社ではその管理職にスペイン人を起用すべきであろう。他の国の子会社についても同様である。
4.日本本社の管理職に外国人を起用する — 国内外で企業の目的を達成するのに必要であれば、その分だけの外国人を採用すればよい。
5.海外の子会社に多くの権限を与える –「多くの」という言葉の程度にもよるが、海外の子会社に完全に権限を委譲している企業はないし、本社が子会社の完全な権限を握っているという企業もないであろう。
6.連結ベースの業績評価 — 基本的に5と同じ回答。本社の権限を子会社に委譲しているのであれば、業績評価もそれに合わせて分割し、本社に権限が集中しているのであれば、その分だけ評価も連結させるべきである。
7.外国企業の合併と買収 — 最初の経営哲学に戻り、日本国民が必要な製品とサービス、そして雇用を提供することが企業の目的だと考えるのであれば、外国企業の合併・買収がこの目的の達成にどう役立つかに照らし合わせて検討すべきである。
8.国内事業部門の外国企業への売却 — 企業の目的を正しく理解している企業であれば、外国企業に国内事業部門を売却するようなことはありえないのではないだろうか。
9.外国資本の導入 –大半の外国資本家の目的は、投資から最大の利益を最も短期間に得ることだと、日本のビジネスマンもようやく理解してくれたのではないかと思う。国民が欲している製品とサービス、そしてそれが買えるように雇用を提供しながら、同時にこのような資本家を満足させられる経営者はいないであろう。従って、どの経営者も、資本家の要求を満たすべきか、あるいはその社会の国民に仕えるべきかという選択を迫られる。簡単なのは、資本家に身売りをすることだろうが、私は売春婦になるのだけはご免である。
10.外国企業と技術提携する — 企業の目的を満たすための技術提携であれば外国企業との技術提携に賛成である。
11.世界規模で配置転換を行う — なぜその必要があるのか。
12.国内での外国人の採用 — なぜその必要があるのか。
13.研究開発部門を海外に移転 — なぜその必要があるのか。
14.製品や部品を海外から調達 — なぜその必要があるのか。人件費の高い日本人労働者を海外の低賃金労働者に置き換えるためだけであれば、反対である。それは日本人の職を奪うことだからである。日本人労働者に高い賃金を払うことは、日本国民に高い生活水準を提供することである。これは日本企業の目標であるべきで、問題とはならない。
15.世界的な情報システムの確立 — なぜその必要があるのか。
16.国際標準に合った経営手法の採用 — 経営手法の国際標準などあるのだろ うか。
17.外国企業による日本的経営の再評価 — 我々はすべてのものをもっと頻繁 に再評価すべきである。
18.英語を社内の共通言語にする — オーストラリア、カナダ、イギリス、ニュージーランド、米国、その他英語圏の企業にとっては良いだろうが、中国やフランス、ドイツ、日本、その他英語が母国語でない国の企業にとってはばかげたことだ。
Q6.
2010年の日本経済において、現在米国経済をリードするマイクロソフトやコンパックのような企業が生まれるのはどの業種か。
通信サービス
電子・精密機械の製造
ソフト開発
金融サービス
医療/看護サービス
その他のサービス
機械
自動車
薬品、バイオテクノロジー
新素材、精製化学製品
建設
その他
A6.
まず第一に、マイクロソフトとコンパックはどちらも現在、米国経済をリードする企業ではない。衣食住に関わる製品やサービスと比べれば、マイクロソフトやコンパックが提供する製品は、米国民が必要とする主な製品やサービスではない。どちらも従業員数は約1万5,000人であり、米国労働者全体(1億2,000万人)から見ると0.1%に過ぎない。事実、雇用から見た場合、コンピュータ業界は米国をリードする業界とはなりえない。以下の数字を見てほしい。
コンピュータ業界におけるレイオフのトップ10
1993~1996
1. 1993年 7月 IBM 63,000 人
2. 1994年 5月 Digital Equipment Corp. 20,000
3. 1993年 11月 NCR Corp. 7,500
4. 1993年 3月 Wang Laboratories 3,300
5. 1993年 4月 Digital Equipment Corp. 3,200
6. 1993年 7月 Apple Computer Inc. 2,500
7. 1995年 11月 Novell Inc. 1,750
8. 1995年 11月 Storage Technology Corp. 1,500
9. 1994年 1月 Electronic Data Systems Corp. 1,358
10. 1996年 1月 Apple Computer Inc 1,300
企業の目的が、日本国民が必要な製品やサービス、そして雇用を提供することであると捉えている企業であれば、先の選択肢のどの業種においても成功するであろうと私は信じている。
Q7.
あなたの考えでは、日本企業の意思決定プロセスで最も重視されるのは誰の利益か。現在と2010年について、最も重要なグループを以下から3つ選び、優先順に並べて下さい。
(1) (2) (3)
a. 現在 ________ ________ ________
b. 2010年 ________ ________ ________
社員
経営者
顧客/取引相手
株主(個人投資家)
株主(機関投資家)
関連会社株主
主要取引銀行
社会
A7.
私は1969年に来日したが、その当時から15年位前までは、日本企業は松下幸之介、本田宗一郎、土光敏夫など、戦前、戦中に儒教の教えを受けたリーダーによって経営されていた。この時、日本は繁栄を極めていたが、企業の意思決定で重要視されたのは、まず社員、次に顧客、最後に主要取引銀行の利益であったと思う。当時の経営者は、自分達は信頼を受けているのであり、その立場を利用して自己の利益を求めることは、その信頼を裏切ることだと考えていたはずである。
1980年頃、このような考え方の経営者らが引退し、戦後のマッカーサー教育を受けた世代に取って代わった。そして、新しいリーダー達は、アメリカ式の経営手法や価値観を採用していった。今日の日本企業の意思決定で重視されるのは1)経営者、2) 株主(株式市場)、3)顧客(海外顧客であることが多い)の順になっている。また以下のようなことを行う現代の企業には、社員の利益を重視しているなどとは決して言えないはずだ。
社員を人材と呼ぶ。
時間外手当やボーナス、給与を削減する。
終身雇用制を廃止する。
低賃金労働者を求めて海外に生産拠点を移転する。
社員の子供達に当たる新卒の採用を控える。
高齢化社会に向かう中で定年を引き下げる。
消費税率を上げながら、所得税、法人税、相続税、土地譲渡益課税、配当課税を減税することによって、金持ち経営者や大企業の税金負担を社員に肩代りさせようとする一方で、自分達の博打のつけである不良債権の後始末に税金を使うよう政府に要求する。
日本企業が米国のまねをして取り入れた経営手法や価値観を早く捨ててほしいと私は願っている。そのような米国式の手法が米国社会を麻痺させていることは米国の現状から明らかであり、日本にもその影響は表われ始めている。日本に繁栄をもたらした松下幸之介や本田宗一郎、土光敏夫らの価値観に一刻も早く戻るべきだ。
Q16.
2010年には日本企業によるコンピュータ・ネットワークの利用が増えるであろう。これに関連した以下の質問に答えて下さい。
(1) 2010年には日本の経営者のネットワーク利用はどのようなレベルにあると思うか。以下の中から最も適当と思われるものを1つ選んで下さい。
経営者はコンピュータをよく使う。コンピュータを利用して情報収集や配布を行う。
経営者はある程度コンピュータを使うが、あまりうまくはない。
経営者のコンピュータ利用は一時的なものであった。
経営者はほとんどコンピュータを利用せず、部下に頼っている。
A16-(1)
大半の日本企業は管理職をうまく抜擢している。最も重要な管理職には最も優秀で勤勉な社員を当てる。優秀で勤勉な人々は、役に立ち、経済的な道具であれば、コンピュータであろうが何でも利用するであろう。日本の経営者や管理職のコンピュータ利用が増えるか減るかは、コンピュータ・メーカーがこの道具を経営者にとって、どれだけ役に立つ経済的なものにするかにかかっている。今のところ、この点については、大半のメーカーが努力不足であると言える。その結果、多くの経営者は、コンピュータが役に立ち、経済的なものだとは思っていない。だから使っていないのである。
Q16-(2)
コンピュータ・ネットワークが日本企業の事務所に導入されれば、どのような変化が見られるだろうか。適当と思われるものをいくつでも選び、丸で囲んで下さい。
労働環境の多様化、例、在宅勤務
本社機能の削減
スタッフの削減
権限の委譲
本社の都市離れ、または海外移転
スタッフの配置転換
労働時間の短縮
意思決定がタイムリーに
情報収集がタイムリーに
情報収集の複雑化
会議の削減
集団志向の低下
A16-(2)
この質問に答えるのに最も良い方法は、コンピュータ・ネットワークによるコミュニケーションを他の種類のコミュニケーションと比較することだと思う。
顔を合わせてのコミュニケーションは、人間の持っている五感をすべて駆使するので、最も効果的である。また即時的であるため、何か気に入らないことがあれば、それが悪化する前にすぐに追及できるという点では良いかもしれない。逆に、相手の言ったことに反応するまでに考える時間がほとんどないという欠点もある。また、面と向かってコミュニケーションを取ることは、関係者が同じ時に同じ場所にいなければならず、それにはコストがかかり、また都合がつかない場合も多い。
電話でのコミュニケーションは聴覚しか使わないので、顔を合わせている場合に比べると効果は低くなる。また即時的なコミュニケーションであるという点では、先の顔を合わせてのコミュニケーションと同じ長所、短所を持つ。ただし、関係者が同時にコミュニケーションを取らなければならないものの、同じ場所にいる必要はないという点で、コストが減り、便利さは増す。
文書(郵便)によるやり取りは、双方が同じ時に同じ場所にいる必要がない分、安くて便利である。いつでも、どこでも手紙は書けるし、相手の住所へ送ればよい。手紙を受け取った方も、気が向いた時に返事を書き、送ることができる。手紙や文書によるやり取りは先に上げた2つの方法に比べると、より高いスキルが要求される。なぜならば、視覚しか頼りにならないからである。我々が表現できるのは、紙の上に表わせることに限られるし、また我々が理解できることも紙の上に見えるものだけに限定される。しかし、手紙が届くのに日数がかかるので、瞬間的なコミュニケーションとは逆の特徴を持つ。つまり、事態が進展する前にそれについての疑問点を問い合わせることができないものの、返事をするまでに時間的な余裕がある。
ファクシミリは、手紙のやり取りを迅速にしたものである。紙に書かれたメッセージは、相手の元に数秒で届く。
コンピュータ・ネットワークによる通信(電子メール)は相手がどこにいるか気にしなくてもいいので、ファクシミリよりも柔軟性が高い。物理的な居場所ではなく、仮想アドレスにメッセージを送り、受信者も、どこででもメッセージを受け取ることができる。
これらを念頭において、日本企業の事務所に予想される、私が考える変化は次のようなものである。(1)在宅勤務のような労働環境が現実的になるのは、なにもコンピュータ・ネットワークだけによるものではなく、ファクシミリや携帯電話、宅急便、新幹線などの発達にもよる。コンピュータ・ネットワークと(2) 本社機能の削減、(3) 社員の削減、(4)権限の委譲との間にどんな関係があるのか、私には理解できない。本社機能の増減は、その機能にどれだけの価値があるかに基づいて判断すべきであり、その機能を実行するためのツールで判断すべきではない。また、社員の削減も倫理上の問題であって、技術上の問題ではない。権限の委譲も、経営手法であって、技術の問題ではない。コンピュータ・ネットワーク、ファクシミリ、携帯電話、宅急便、新幹線などが、在宅勤務のような今までとは違った労働環境の提供を現実的なものにすることによって、(5) 本社の都市離れ、あるいは (6)スタッフの配置転換がより現実的になるというのは私にも理解できる。しかし、なぜ企業は本社を海外に移したいと考えるのであろうか。これは、脱税者や海賊が低賃金労働者の搾取のために取る方法ではないだろうか。コンピュータ・ネットワークによって好きな時間に好きな場所で働けるために、労働時間が柔軟になったり、通勤時間が削減されるというのなら理解できるが、(7)労働時間の短縮につながるとは思えない。コンピュータ・ネットワークによって意思決定がタイムリーになるというのは、意思決定が迅速で柔軟な人々の間でのコミュニケーションである。コンピュータ・ネットワークによって、(9)情報収集がタイムリーになるのは、電子ネットワークを介した情報の転写や送信が、紙で行った場合よりも早く、簡単だからである。(10)情報収集の複雑化をなぜあえて望むのだろうか。複雑ではなく、単純にして欲しい。コンピュータ・ネットワークで削減できる会議(11)とは、参加者間の即時的で面と向かっての対話を必要としない会議だけである。また、チームワークを減らしたい組織では、コンピュータ・ネットワークで (12)集団志向が低下するだろうし、チームワークを高めたい組織では集団志向が高まることになるだろう。