4月1日からの消費税増税に関して、その賛否両論がマスメディアを賑わせてきました。今回は月刊誌「VOICE」(96年12月号)に掲載された消費税賛成論の抜粋と、それに対する米国のエコノミスト、マイケル・ハドソンの反論をご紹介します。読者の皆さんはどのようにお考えですか。ご意見をお持ちしています。
<悪平等が国を滅ぼす> 加藤 寛(千葉商科大学学長)
諸井 虔(秩父小野田取締役相談役)
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諸井: 私が第一に考えなくてはいけないと思うのは、これからの税制は先進各国と歩調をそろえたものにしていかなくてはいけないということです。
ハドソン: なぜですか。多くの先進国の税制は自殺行為にも等しく、悪い見本であって日本が真似るべき手本ではありません。消費税の最も重大な問題は、生産的な投資や雇用ではなく、寄生的な活動を奨励することにあります。「不労」利益に課税するのではなく、消費を通じて所得に課税するのが消費税です。不動産や株式投機に対する税金を下げ、すべての消費物資に課税することは、直接投資ではなく、株式市場、不動産バブルの膨張を促進することになるのです。さらに消費税は生活費を上昇させるため、日本の労働者の競争力をも低下させます。
米国流の税制を標榜する前に、米国の不動産業界が連邦税をほとんど納めていない事実を日本は知るべきです。その結果、米国では貯蓄が不動産投機に向けられました。このことこそまさに、1985年以降、日本をバブル経済に陥れた元凶ではなかったでしょうか。日本はこの過ちを繰り返したいのでしょうか。
また、米国流の税制哲学の実例として、ロシアや旧東側諸国の状況も考えるべきです。米国や世界銀行の提案によって、これらの諸国の経済状況は以前よりも悪化しています。
欧米人は長い間、日本の税制や貯蓄制度を世界の模範として高く評価してきました。しかし、現在日本は高い産業投資を可能にしたとして欧米人が賞賛してきた税制や貯蓄制度を捨て去り、代わって米国やイギリスの国民を貧困化させた制度を採用しようとしているのです。
諸井: メガ・コンペティション、大競争の時代になっているなかで、あまりかけ離れた税制をとっているとどうなるか。
ハドソン: 日本はこれまで、世界的な競争で他の諸国を追い抜いてきたではありませんか。イギリス・米国病にかかり、貯蓄をハイテク投資や雇用に費やすのではなく、土地バブルの膨張につぎ込み始めるまでは。
諸井: 日本は直接税の割合が高く、所得税、法人税が高い。また累進制が非常に高いのですが、その一方では、個人の税に関しては課税最低限が高い水準になっている。これは税金を払わない人がたくさんいるということです。結局、直接税のウェートが高い上に法人や富裕層に重くかかっている。
ハドソン: 大半の税金は経済活動を抑制します。所得税が高ければ投資家や賃金労働者は所得を増やすことに意欲を失うと言われているし、消費税は製品価格を押し上げるため、人々は消費に消極的になります。タバコや酒類など、立法者が消費を抑制したい活動や製品に税金がかけられてきた理由は、税金がその消費を抑制するためでした。
新規投資が減退する今日、新規投資向けの資金確保を期待して、法人税ではなく消費税を増税すべきだと多くの人が考えています。税負担を企業収益から消費に転嫁すれば投資が増加するだろうと見込んでのことです。雇用主にとって、このような税負担の転嫁は賃金削減と同じ効果をもたらします。
これによって同様に恩恵を受けるのは、労働者を雇わず、新規投資も行う必要のない投資家、つまり地主や債権者です。つまり消費税の引き上げとその結果もたらされる法人税減税は、ビジネス全体に対する恩恵となります。日本はいかなる種類のものであろうと、すべての投資を同等に扱う税制を望んでいるのでしょうか。
良い税制とは、有効で好ましい経済活動を行っている人々の税率を低くし、税負担を有益でない活動に転嫁することです。税法上「投資」として扱われる活動の多くは単なる投機であり、それを助けても日本の国内市場の活性化や競争力の向上にはつながりません。
これに関連した有名な経済理論の1つは、土地だけは税金をかけてもその利用が抑制されることはないと説いています。課税してもしなくても土地はなくならず、減税したからといって生産に使われる土地が増えるわけでもなく、また増税してもそれが減るわけではありません。土地はその全体量が限られているため、時間が経てば地価が上昇するだろうと期待して投資家は土地を購入・保持します。事実、地価高騰の激しさから、工場や他の直接投資を止めて土地を購入しています。その結果地価はさらに上昇し、一国の貯蓄が産業基盤や生活水準の向上ではなく、地価高騰に向けられるのです。しかし、どんなに地価が上昇しても土地は増えません。土地の投機は企業や従業員が抱えるコストを押し上げ、一国の経済競争力を低下させるだけなのです。
繰り返しますが、適切な税制とは土地の投機などの非生産的な富の追求に最も高い税金をかけ、より生産的な資本投資を奨励することです。どうしても増税の必要があるとしても、生産的な資本投資や利益、労働者や賃金への課税は避けるべきです。
地租は公共のために賃貸料を徴収することであると言えます。地租を利用すれば、民間の貯蓄は生産能力増強のための投資に振り向けられます。
諸井: 社会を平等化していくことではいいのかもしれないが、経済に対するインセンティブの面で問題がある。それがいま空洞化という形で現れています。
ハドソン: 平等そのものは生産性の向上にはつながりませんが、すべての人が支払い能力に応じた公平な負担をすべきだと考えられています。そして税制が生産性にどんな影響を及ぼすかを考慮した上で、この「公平さ」を実践する必要があるのです。また公平であると同時に、人々は投資を奨励する税制を望んでいるのです。この2つの目的は密接に関連しています。税制が公平でなければ、国民は脱税や税金逃れをします。またその制度が生産的な投資より無駄や寄生を奨励すれば、経済は成長せず、実質的な富の創造は抑制されるでしょう。貯蓄は海外に流出し、それが日本経済の空洞化につながります。
ここで諸井氏は、消費や税金が高すぎれば新規投資の削減につながると指摘しているようですが、投資には設備と人間の二通りあります。歴史的にみても貧困者を助けなかった社会は、後にその代償を支払わされています。人々が貧しくなるのを防ぐこと、つまり訓練や教育レベルを高めることが長期的にみれば多大な節約につながる、つまり公害が悪化する前に環境対策を行うのと同じ考えです。
究極の問題は、最も悪くない税金は何かということになります。地租は不労収益に課税することから公平だと言えます。結局、地主とは関係なく地価は上がるのです。地価が上がる要因は、経済成長や人口の増加、そして交通機関や道路整備といった公共投資等です。地価の増加分に課税するということは、その地域が土地に与えた公的利益を取り戻すことにほかなりません。
地租は新規投資を抑えることもないし、土地の供給を削減することもありません。かえって、土地の潜在的な賃貸料に応じて地租をかければ、地主は眠っている土地を生産的に活用し、公的な義務を果たそうと努力するはずです。
悪税を避けなければならないのと同様に悪い投資も避けなければなりません。「悪い」投資とは実体の富の形成ではなく間接費の増加にしかつながらない消費型投資のことです。例えば、不動産価格を釣り上げることは、土地の買い手や賃貸者のコストを押し上げることにしかなりません。また、新規企業の設立ではなく、すでに存在する企業の乗っ取りに資金を投じることも、新しい富の創造ではなく、既存の投資の解体により一部の人間だけが金持ちになる「消費型」投資です。
日本が消費税を受け入れた理由の一つには、貧困者は税金以外の所得をすべて消費に回し、余裕資金が生じる富裕者はそれを投資に回すだろうという思惑があるからでしょう。しかしこのような考え方は、富裕者が何に投資をするか、ということを見落としています。新工場の設立、技術革新、雇用に投資するのであれば、富裕者の税金を減税するはもっともだと思います。しかし残念ながら、富裕者が見つけた利益を上げる最も手っ取り早い方法は不動産や株式の投機なのです。
我々が正さなければならないことは、金持ちが金持ちであることや貧困者が貧しいことではなく、土地や為替の投機といった寄生的な消費型の投資です。そして、工場建設や設備、技術革新や教育への投資など、経済にとって有益な生産的投資は減税すべきなのです。
諸井: 間接税を増やして直接税を減らすという方向にもっていかないと、空洞化はどんどん進む。それでは日本経済の活力は出てこない。
ハドソン: 米国の学界の経済学者はこの意見に反対で、最も負担の少ない税金は地租だとしています。地租であれば、いくら税金を高くしても、その利用を減退させることにはならないし、事実、地租の増税は土地の買い占め者や投機家達に、最も有益に利用する相手に土地を売却するよう余儀なくさせます。また、土地は産業資本のように動かないので、地租が空洞化につながることもありません。税負担を土地に転嫁すれば、産業にかかる税負担も少なくてすみます。新しい直接投資の奨励につながるでしょう。
資本や個人所得に対する課税は負担となり、投資の削減につながるという見方は正しいと思います。しかし、地租は労働者や資本(賃金と利益)に対する課税負担とは異なります。事実、土地に課税すれば、諸井氏が支持している、富裕者や企業に対する減税が可能になるでしょう。
そして、土地に対する賃貸料に課税することで、日本は新しいバブルの再燃を防ぐことができます。企業や貯蓄を持つ者は新たな土地バブルへの投機よりも、工場の建設に投資した方が利益が高いことに気づくはずです。所得税は減税され、投機家に土地で儲けさせる代わりに、国全体が税収の基盤を土地に置くことになります。その時初めて日本は所得税最低の国になるはずです。それが諸井氏の目指すところではないでしょうか。
加藤: この間、新聞に載っていたのですが、税金を払っている人が半分、払っていない人が半分だという。そうすると、「税金を払っていない半分の人は所得税減税の恩恵なんか受けていない、したがって、消費税を上げるのに反対だ」という意見が出てくる。これはおかしな話でして、税金を払っていない人は払っていないという恩恵をすでに受けているんです。それから、日本というのは世界的にみても治安がいい。そういう安全に暮らせるという恩恵も税金があればこそです。
また消費税は逆進性があるからダメだという。たしかに消費税は逆進的な面があるわけですが、逆進的だから累進的な税制にうまく調和できる。熱いお湯をさますのに冷たい水を入れるのと同じように、累進的なものには逆進的なものを入れるのが当たり前です。
ハドソン: お茶を入れるのにお湯をわかしているのであれば、わざわざ冷たい水でさまそうとするでしょうか。日本が繁栄を促進するために公平な制度を作りたいのであれば、なぜわざわざその公正さや生産性を下げようとするのでしょうか。それは働かない金持ちをさらに裕福にするだけです。
高い消費税は公平ではありません。なぜなら富裕者に最も利益を与えるからです。本来なら彼らこそ社会の維持コストを最も多く負担すべきです。所得税を削減し、税負担を消費者に転嫁することはこれとまったく逆であり、日本社会から最も恩恵を受けている人の負担を軽減し、その恩恵が最も少ない人々に足枷をはめることになるのです。
消費税増税は近視眼的で、日本社会の公平さの重要性を無視しています。公平さは社会を結束させ、不平等な社会よりも犯罪率を低く抑えます。日本は米国の真似をする前に、米国経済がいかに分裂し、下層階級が不満を募らせているかに目を向けるべきです。
逆進制の税制を主張する人々は富裕者だけです。イギリスではマーガレット・サッチャーの保守党が政権を握る中、すべての国民に約500ドルの人頭税が課されました。現在、大半のイギリス国民が負債を抱えています。一方でサッチャーの民営化政策によって株式市場や土地の投機で短期間で利益を上げることが可能になり、富裕者はさらに金持ちになりました。有権者は反乱を起こし、サッチャーはメージャー首相に代えられ、保守党は有権者の支持を失いました。トーリー党員でさえ逆進的な課税政策は不公平であると考えました。それは税支払い能力の最も低い国民に税負担を転嫁し、富裕者の税負担を軽減したからです。減税された富裕者はどうしたかというと、工場や設備投資ではなく、非生産的な投機に余裕資金を注ぎ込んだのです。
米国では特定の利益団体、つまり税負担の削減を望む富裕者や大企業を代表する政治家に選挙献金を行うロビー団体が政治を支配しています。またキャピタルゲイン税の廃止を望む土地や株式市場の投機家、他の業界や消費者に税負担を転嫁したい不動産業界、タバコやギャンブル、石油などいわゆる汚染セクターと呼ばれる圧力団体もあります。
ロビー活動家はエコノミストや広告代理店を雇い、自分達の特別利益を代表する政治家を支持させるよう国民に対するプロパガンダを行います。アダム・スミスが昔言ったように、すべての特別利益団体は社会全体の利益を代表しているかのように見せかけます。彼らの主張はもっともらしく聞こえますが、最も裕福な個人や不動産投機家、銀行家が言っていることは単なるレトリックであり、その使い道がどうであれ、とにかく彼らに金を回すよう日本国民を説得しようとしているのです。
逆進的課税によって日本の生産コストは押し上げられるでしょう。これはリカルドからヘンリー・ジョージに至る古典経済学の核心なのです。
なぜ過去2世紀の経済理論を学び、生産的な税制を実現しようとしないのでしょうか。これならたった1種類の税金、つまり寄生的投機に対する課税だけで、産業投資から生まれた利益など、他の種類の所得をすべて控除するだけですむのです。
諸井: 社会というのはみんながより集まって生活をしていて、そこからいろいろなメリットを受けています。だから、それぞれが応分の負担をしていくのでなければ社会は成り立たない。一方には払うばかりの人がいて、一方ではもらうばかりの人がいるというのでは駄目なんです。
ハドソン: あなたのおっしゃっていることは完全に正しい。しかし、問題は誰が払うばかりで、誰がもらうばかりかということです。大半の人々は、生産的な産業投資家が前者で、不労所得者の地主が後者だと考えるでしょう。不労所得者というのは、土地の賃貸料や金利だけで生活できる人です。リカルドからケインズに至る全ての経済学者は、優れた経済管理は不労所得者を抑制し、真の企業家を奨励することだと考えました。
加藤: 共産党などは、消費税は弱者切り捨てだと盛んにいいます。しかし、社会的弱者に対する措置はちゃんととられています。たとえば年金生活者は、消費税が上がると物価スライド制ですから、長期的にみればほとんど吸収されます。それに身体障害者のためには3万円増額、生活保護世帯に対しては1万円増額します。最低のところは守れるようにしているのです。
ハドソン: 消費税によって日本の産業製品の価格が上昇するため、賃金労働者の基本的生活コストは上がるでしょう。したがって、単に弱者救済だけではなく、産業や日本経済全体を助ける措置が必要なのです。こういった観点から考えると、消費税は最も裕福な日本人や不動産の投機家達の税負担を軽減することを目的にしていると言えます。これが望ましいことでしょうか。なぜ金持ちが税負担を軽減され、貧困者がより多くの消費税を支払わなければならないのでしょうか。
消費税は経済活動に負担となります。地租であれば、それは賃貸料の徴収であって、社会が生み出したものを、地主ではなく社会が取り戻すことに過ぎません。
加藤: 消費税は悪だと考えている人がいますが、むしろ直間比率の是正をしないと国民がたまらなくなります。これは福沢諭吉の有名な考え方です。一国が独立するためには財源がいる。財源は税金でやるしかない。しかし、税金を取るにあたっては直接税で取るな。なぜならそれは人の懐に手を入れて取ることになるから不平不満が起きる。したがって、間接税でいくべきであると。明治12年の話ですよ。
ハドソン: 加藤氏がおっしゃっていることは、間接税にすれば人は課税されていることに気づかない、だから間接税にすべきだということでしょうか。しかし、経済が最もよく機能するのは、人々が情報を最もよく知り、何が起きているかすべて理解している時であると経済学者は考えます。国民に納税意識を持たせるべきです。そうすれば、税金の無駄使いにもっと注意を払うはずです。例えばアダム・スミスは、政府が戦争の資金調達に直接税は使わず、借金で賄う点を指摘しています。戦後の公的債務がいかに大きな負担になるかに国民が気づかないので、容易に支持を受けられるからです。
人々が戦争やその他の政府の歳出がいかに高くつくかをきちんと理解すれば、世界はもっとすばらしいところになるでしょう。金持ちに減税すれば公的債務の負担がどんなに増えるかを有権者は知るべきです。政府が富裕者の税金を軽減した上、米国政府に融資を行う一方で国債を発行している事実を有権者はきちんと理解するべきなのです。今回、そうした日本政府の政策のツケは、消費税増税という形で有権者にのしかかってきました。しかし国民には、それによって得をするのが富裕者だけであるという説明はなされていません。それどころか、消費税増税が日本経済に利益を与えるという主張がなされているのです。