先週に引き続き、デンバー・サミットに関する報道について、今回はニューヨーク在住のエコノミスト、マイケル・ハドソンが分析しました。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
サミットに見る米国式経済賞賛のプロパガンダ
マイケル・ハドソン
先月米国デンバーで、G7にロシアを加えた8ヵ国首脳によるサミットが開催された。この会議は、世界の聴衆の面前で行われた ” 集団政治かけ引き “とでも呼んだ方が妥当かも知れない。近年このサミットは、政治家にとって最優先事項の立法課題を打ち出す場へと変貌している。今回はそれが規制緩和であった。各国首脳はこの国際的な檜舞台を利用して、自分たちの政策を支援するよう、地元の政治家やジャーナリストに圧力をかけたのである。
首相や大統領にとって主要先進国の仲間と集まることは、日本人音楽家が日本で名を売るために米国でリサイタルを行ったり、米国人オペラ歌手がドイツに行って、地元米国で名声を確立しようとするのに等しい。
アジアやヨーロッパ諸国におけるG7サミットに関する報道は、驚くほど類似していた。まるですべての記事が同じプレスリリースをもとに書かれているかのようであった。その報道は、すなわち、「世界で最も経済的に成功する国、米国の大統領、クリントンが他の参加国に対し、米国と同様の繁栄を求めたいのであれば米国の規制緩和と民営化を真似るよう迫った」というものであった。
この横並び報道の例外は他ならぬ米国である。海外の報道機関が米国の裕福さを強調する時にいつも利用するGNPの統計などで米国を偶像化したのとは対照的に、米国のマスメディアは、米国の復興には何か恐ろしい間違いが潜んでいるのではないかとの懸念を示していた。確かに米国では大型車、ブランド品、高級品等の売れ行きはすこぶる良い。不動産ブームも再燃しつつある。しかし、この景気回復に関与しているのは最上位10%の国民だけであり、現在見られる貯蓄や純資産の増加は事実上すべてこの階層から生まれている。残りの90%はその成長から取り残され、伝統的な社会契約が破棄された結果、生活水準は急落した。
このような経済を海外の国々は本当に望んでいるのであろうか。米国を訪れる海外からの訪問客は往々にして自分の期待しているイメージで米国の現状を捉えがちである。固定観念に縛られているために、米国の本質を見失っているのかも知れない。しかし、米国の繁栄の本質は、他の諸国が考えているようなものでは決してない。米国式の経済政策を採用する前に、現在何が起こっているのか、またなぜ多くの米国人が困惑しているのかきちんと見極める必要がある。
過去においては、米国でも財やサービスを生み出す過程で賃金や利益が上昇し、経済が豊かになった。当時の米国経済は、高学歴の熟練労働者の活用により生産コストの削減が達成され、米国が高賃金経済と呼ばれていた所以である。新製品やマーケティング手法の刷新で利益が稼ぎ出され、その利益は設備投資や研究開発に還元されるのが普通であった。こうした米国全体の繁栄により、ウォール街も潤っていったのである。
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しかし、こうしてウォール街や金融部門が急激に豊かになり過ぎたがために、皮肉な問題が発生した。工場建設や生産手段の拡大に投資するよりも、金融部門に資金を投じる方が手っ取り早く金儲けができるようになってしまったのである。
1960年代後半から、成功する企業は株価収益率が上昇し、株の利益により他社を吸収合併するという傾向が加速化した。こうして米国経済で権力の集中化が始まったのである。大手の法律事務所が登場し始めたのもこの頃で、多くの弁護士が高給で雇われ、他の企業の乗っ取りや年金基金の浪費に従事した。さらに、キャッシュフローの支出に対する税額を最小限に押さえるために負債を積み上げることも(米国の税法は利益よりも負債を奨励する)弁護士の手腕にかかっていた。
その一方で、海外投資のグローバル化により米国企業は低賃金労働者を求めて、海外に拠点を拡大していった。海外の労働者の大半は組合に加入せず、米国内の労働者が得ているような医療保険や社会保障も必要ない。(どこに工場を作ろうとその他のコストは同じである。資源や設備は国際価格で一定であり、大企業に対する金利もほぼ変わらない。また付加価値税の税率も、国際投資家の影響で差がなくなりつつある。)こうして、米国企業が製造・輸出する製品は、益々米国外で製造されるようになっていったのである。
労働集約型の仕事の海外流出は、米国の多国籍企業(無国籍企業と呼んだ方が良いのかも知れない)の生産高が増加しても、米国内の雇用は増えないことを意味する。こうして米国企業のキャッシュ・フローと正味資産が増加する一方で、賃金レベルは停滞した。その結果、米国での共働きが急増したのである。この状況がさらに悪化し始めたのは、レーガン、ブッシュ両政権が航空交通官制員組合を手始めに労働組合を敵に回した1981~1982年頃からであった。
医療保険や失業保険、教育費の立替、社会保障費などの人件費を削減するために企業はダウンサイジングを開始した。正社員労働者はレイオフされ、パートや外注を使い始めた。こうした状況にありながら、労働者の「選択の自由」が広がったなどと言うのである。しかし、実際には日々の生活のために働かなければならない賃金労働者が職を求める際に、どこへ仕事を求めるか、その選択肢が広がっただけのことである。なおかつ、米国の労働者全体としては生活水準の維持が不可能となっているのが現状である。 これがデンバー・サミットが開催された時の米国の状況である。それにも拘らず、ロイター通信は、サミット会議で米国経済は「世界の羨望の的」と報道した。例えば、ヨーロッパでは高失業率であるのに対し、米国の失業率はここ24年間で最低である、との分析である。しかし、米国の失業率には雇用不可能な米国人の数は反映されていない。能力や文化的条件が低く労働力の統計には含まれない人々、常に福祉に頼っている家族、長い間仕事に就けないために職探しをあきらめてしまった人々を含めると、米国の失業率は他の先進国よりも高くなる。
米国は貧困者と富裕者の間で分断された二階層社会になりつつある。貧困者層の人々の賃金は良くてもマクドナルドのアルバイター程度である。
米国の豊かさを賞賛する人々は米国の財政赤字の縮小を指摘する。しかし、彼らは政府の対外債務が増大しているという事実を無視している。日米間の貿易不均衡が改善されても、米国財務省に対する日本の融資は3,000億ドルにも上っており、その利払いだけで日米の国際収支は毎年150億ドルも米国の出超となる。
この首脳会議でクリントン大統領は、米国から日本への利払いを相殺するために、日本に米国からの輸入増大を要求した。プラザ合意以来の日本の米国への融資が、いかに愚かな政策であったかが今になって明白となった。現在、日本企業はその国内市場すらも米国企業に手渡さなければならないのである。
米国の好景気ぶりは米国企業の競争力の優位性を示すものであって、米国の威圧外交の賜物であるとは決して言われていない。また、米国のインフレ率は過去最低だと報じられているが、金融バブルによって株価が上昇し、その影響が不動産価格にも波及し始めている。その結果、多額の借金を抱えない限り、米国人が持ち家を所有することは今や不可能になってしまった。
大半の財やサービスの国内需要が低下しているのは、民間部門の負債が増加しているためである。クレジット・カードや銀行の借越し、住宅ローン、自動車ローン、小売店の借金に対する金利を支払った後には、何か買う余裕など全く残っていないというのが90%の米国民の状況である。それにも拘らず消費者の税負担は増加している。
ロイターの記事には、シカゴのノーザン・トラスト社のコンサルティング・エコノミスト、ロバート・デデリックの言葉が引用されていた。「将来、今が米国の黄金の時代のひとつであったと振り返ることになるのであろう」。もちろんその通りである。さらに状況が悪化していけば、たとえ現状ですら、相対的に「黄金」になるのであろう。
なぜ米国がこのような状況になったのか。それは、米国の規制緩和と、伝統的な社会契約の破棄に起因する。また、税制度にも原因がある。金融機関や保険会社、不動産業界に対する税率は、キャピタルゲイン税と法人税に見られるように、減少している。その結果、米国の学校制度、福祉や医療保険、その他の社会的義務が崩壊していく。
もうひとつの争点は法制度である。大企業は詐欺や不正行為に対する罰則制度全体を解体するよう訴えている。米国内だけでなく、米国企業が海外でも同じように振る舞うことができるよう、諸外国にもそれを要求している。 米国の法律は基本的にローマ法である。ローマ法は2000年前に暗黒の時代を招いた。米国流の法体系を普及させて再び社会を滅亡させて良いものであろうか。今後、このことをテーマにしてOWを執筆する予定である。
補足
成功におぼれている米国に対して、橋本首相は6月22日、日本が米国債を売却し、金を購入することも可能であったということ、また日本の生保がその動きに追随することもあり得たことを示唆した。
橋本首相の発言は、まさに私が執筆したOWメモ「日本のための控えめな提案」(No.96)で提案したことである。ウォールストリート・ジャーナル(6/25/97)は、橋本発言を、米国が日本に対して示した内需拡大要求に対する対応だと分析した。
この橋本発言により、米国の株式市場は6月23日、ここ数年で最高の下落を示した。翌日には、日本はこのジレンマから抜け出すことができない、つまり円高を押さえるためには輸出収入と金利収入を財務省証券に投資するしかない状況をアナリストに指摘され、ようやくNY株は持ち直した。さらにこのアナリストは、返済の見込みがない米国への融資よりも、米国や海外の企業の買収など、もっと価値のあるものに投資しようという確固たる意志をもたない限り、日本はこのジレンマから抜け出すことはできないであろうとも断言している。読者の皆さんはどうお考えになるであろうか。