読売新聞とデイリーヨミウリの社説(1997年8月31日付け)に対して私自身の意見を投書したところ、デイリーヨミウリ紙(1997年9月18日付け)にそれが掲載されましたので、今週は社説および私の投書文を、以下にご紹介いたします。是非、お読み下さい。
【社説】
「日米通商の秋に油断は禁物だ」
(1997年8月31日付け、 東京読売朝刊3ページより)
しばらく凪(なぎ)の状態が続いていた日米通商関係に、波が立とうとしている。
港湾荷役問題を巡る日米協議では、日本の労使慣行である事前協議制度について、米側が外国企業の利益を損なっている、と改善を要求し、9月5日以降の対日制裁発動を準備している。要求を受けた運輸省と海運、港湾運送両業界の制度改善の話し合いは難航中だ。
9月末で期限切れとなるNTTの海外資材調達協定の延長問題では、米側がNTTとKDDによる米国での事業免許問題をこれに絡めたため、日本側は「免許を人質にとられたままでは話ができない」と反発し協議に入れずにいる。
やはり9月中の決着を目指す航空交渉も「機会の平等化と旅客・貨物両分野の同時決着」を主張する日本と「オープンスカイ(国際線の全面自由化)」を要求する米国が対立しているが、先週の次官級協議で米側は、貨物分野の先行決着など一方的な要求を重ね、溝を深めている。
日本製スーパーコンピュータにダンピング(不当廉売)があったとされる問題では、米商務省のクロ判定に日本側が「事実無根」と反発し、米国際貿易委員会が調査を進めている。10月初めにも予定される最終決定で高率の相殺関税が確定し、米国市場から締め出される恐れもある。
個別分野の問題が重なっているにもかかわらず、米国政府や議会内部から、自動車摩擦の時のような激しい対日批判の声が出てこないのは、七年目に入ったインフレなき景気拡大、好調が続く企業業績など、米側に“ゆとり”があるためだ。
だが、対日圧力が弱いからといって、交渉の手を抜いてはならない。“ゆとり”がある今こそ、米側の主張で不当な点を正し公正な形で問題を解決する好機だ。各分野で、十分に協議を尽くす必要がある。
個別分野の問題と関連して、マクロ経済面で見過ごしてならないのは、昨年まで縮小傾向にあった日米の貿易不均衡が今年に入って拡大を続けていることだ。
米国の対日貿易赤字は昨年、前年に比べ2割減ったが、今年上半期は一転して15%を上回る増加になっている。日本の内需低迷が続けば、自動車などを中心に対米輸出が増加を続け、年間の赤字額は再び五百億ドルを超える可能性も強い。
6月の日米首脳会談で、クリントン大統領はこのような赤字増大に強い懸念を示し、内需拡大と規制緩和の推進を求めた。米国の対日赤字が増え続け、好景気が変調をきたして“ゆとり”を失えば、米国内で対日批判が噴き出す恐れもあり得る。
そのような事態を招かないためにも、内需主導の景気回復を速やかに軌道に乗せ、日米の貿易不均衡拡大に歯止めをかける一層の努力が、日本政府に求められる。
厳しい財政再建の下で長・短期金利が史上最低水準を続けるなど、財政・金融政策には大きな制約がある。政府が全力を挙げるべきは、規制緩和などを通して経済構造改革を着実に進め、経済活性化を図ることだ。
(読売新聞社)
————————————————————
東京都千代田区大手町1-7-1
読売新聞社/社説係御中
マスメディアの使命とは真実を追求しそれを報道することであり、偽りを鵜呑みにし、それを半永久的に繰り返すことではないはずである。この点から鑑みて、読売新聞(1997年8月31日付け)に掲載された社説「日米通商の秋に油断は禁物だ」にはその使命に反する内容が記されている。
社説には、「米国の対日貿易赤字は昨年、前年に比べて2割減ったが、今年上半期は一転して15%を上回る増加になっている」とあり、さらに「日米の貿易不均衡拡大に歯止めをかける一層の努力が、日本政府に求められる」と続く。
ここで書かれている「米国の対日貿易赤字」や「日米の貿易不均衡」とは、米国の政治家たちが、政治献金提供者である米国大企業に日本での特別待遇を取り付けるためにでっち上げた偽りである。米国の対日貿易赤字も、日本の対米貿易黒字なるものも現実には存在しない。日本国民は米国民が日本企業から購入するのとほぼ同じだけ米国企業から購入している。
貴紙がおうむ返しに繰り返す、本来は存在し得ない「貿易赤字」をでっち上げるために、米国の政治家たちは2つのトリックを利用している。ひとつは、日米間の製品貿易だけを比べ、米国側の大幅出超であるサービス分野を一貫して無視することである。言い換えれば、米国の政治家は、航空会社、銀行、保険会社、証券会社、弁護士、会計士、コンサルタントなど、米国のサービス提供者の日本における売上を「貿易赤字」の統計から除外しているのである。日本人は、米国の映画、レンタル・ビデオ、音楽、その他の娯楽に毎年数十億円も消費しているが、それもいわゆる「貿易赤字」の議論には入っていない。さらには、日本人は米国のコンピュータ・ソフトウェアを大量に購入している。日本のコンピュータのほとんどすべてが、マイクロソフト、オラクル、アップルなど、米国の会社が提供するソフトウェア上で動いているが、米国の政治家は巧妙にもこれらすべてを「サービス」ではなく、「ソフトウェア」として扱い、貿易赤字の計算から除外しているのである。そして、製品貿易だけから成るこうした「偽り」のデータを楯に、サービス業の米国大企業に対して今以上の特別待遇を日本政府に要求している。
2つ目のトリックは、貿易赤字の元データとなっている製品貿易についても、両国が自国で製造し、相手国で販売している製品だけしか比べないことである。すなわち、この偽りのデータには、米国企業が海外で製造し日本で販売した製品も、日本企業が海外で製造し米国で販売した製品も一切含まれていないのである。つまり、IBM、インテル、ゼロックス、モトローラ、コダック、キャタピラー、ゼロックス、3M、コカ・コーラ、プロクター・ギャンブル、ジェネラル・フーズ、リーバイス、ナイキなどの米国大企業の日本における売上が、偽りの「貿易赤字」の統計から除外されている。ジェネラル・モーターズ、フォード、クライスラーの日本で販売している自動車の約半分は、ビッグ・スリーのヨーロッパの工場から送られている。それにもかかわらず米国の政治家は、米国からの輸出だけに焦点をあてた「貿易赤字」のデータを元に、日本に自動車輸入をもっと増やすようにと圧力をかけているのである。利益至上主義の米国企業は人件費を抑えるために可能な限り国外で製品を製造している。要するに、貿易赤字の計算方法そのものがこうした現実を反映していないからこそ、米国の対日貿易赤字が発生するのである。
ここで重要なことは日本がいかなる譲歩をしたとしても、この偽りの貿易赤字を修正することはできないということである。米国との通商関係を改善するには、偽りではなく、真実に基づいた関係を求めるしかない。