今週は、先月9月23日に発表された、「新たな日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」について、米国の日本政策研究所所長、チャルマーズ・ジョンソン氏の分析をご紹介します。中国を含めたこの地域に関するジョンソン氏の鋭い意見を是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
新たな日米防衛協力のための指針(ガイドライン)
軍事同盟の再編がアジアの安定を脅かす
チャルマーズ・ジョンソン
(1997年9月25日付け、ジャパンタイムズ紙より翻訳)
9月中旬、東アジアでは、三大国の中国、日本、そして米国が自国の国民と世界に対して全く対照的な将来展望を提示することになった。
9月19日に北京で5年ぶりに開かれた第15回中国共産党大会では、新しい中央委員会と政治局が発表された。中でも特筆すべきことは、政治局常務委員会から軍制服組の名が消えた点にある。さらに注目すべきことは、過去10年間にわたり南シナ海における中国の挑発的活動を指揮してきた軍最高司令官、劉華清が第一線を退いた点であった。
江沢民総書記は全国人民代表大会での演説で、国営企業売却の新計画を発表しただけでなく、今後3年間に兵力を50万人削減すると発表した。中国が提示した構図は軍事費を削減し、平和的商業活動と新たな経済改革を推進するというものであった。
日本と米国がニューヨークで行った会談との対比は極めて大きい。オルブライト国務長官、コーエン国防長官、日本の小渕外相、久間防衛庁長官は、これまで二国間で協議してきた「戦争計画」を誇らしげに発表した。彼らはこの戦争計画が矛先をどこへ向けているのかはひた隠しにしながら、また再度、沖縄県民に対する米軍基地負担を軽減しようとしているかのごとく振る舞った。「防衛指針」が説く言葉は官僚的で、中味が公表されてはいるものの、逆にその分本来の目的を隠蔽することを狙って書かれたとしか思えない。
これら3つの国の政府が与えた印象は中国は平和的発展に努め、日本と米国は今だに冷戦時代の考え方に拘泥している、というものであった。アジア人の目にはそうとしか写らなかったのであろう。
ニューヨークでは、日本が米国の軍事同盟に戦後初めて熱心な態度をとった。しかし、両国の軍事力の大きな差と、日本に対する米国の恩着せがましい語調からして、今だに米国による日本占領が続いているとしか思えない。
新たな「日米防衛協力のための指針」の驚く点は、従来の日米間の不平等関係を覆い隠すために、いわゆる地球規模の超大国プロジェクトに日本があたかも加わったかのように米国が振る舞っていることにある。つまり防衛指針は、少なくとも、日米の軍事的な分業体制を成文化しているのと同様に、真の日米関係を隠す役割を果たしている。
両国の共同声明には、「日米両国は、日米同盟関係に関し、指針見直しの過程においても、また一般的な原則としても、透明性の維持に努めてきた」とある。これはナンセンスである。両国の行ってきたことは、まさにこれと正反対である。
指針によれば、「日本の自衛隊は生命・財産の保護および航行の安全確保を目的として、情報収集、警戒監視、機雷の除去等の活動を行う。米軍は、周辺事態により影響を受けた平和と安全の回復のための活動を行う」とある。これは、もし脅威が起これば、米国人の生命は危機にさらされる一方で、日本は「情報活動を行う」ということである。
一方日本の評論家たちは機雷の除去や情報活動ですら、日本の平和憲法の枠を超えていると懸念する。また、この共同声明は日本政府内でこの夏中議論されてきた、米国が台湾海峡への介入や中国に対するある種の封じ込めを望んだ場合、この指針に基づき日本も関与することになるのか、という問題については全く触れていない。日本政府は、米軍基地の維持のために支払っている思いやり予算の削減を望んでいるが、それについても触れていない。
さらに、1996年4月のクリントン・橋本首脳会談以来、沖縄県民に対して行われた数々の「欺き」についても全く追求されなかった。今回の共同声明では、両国は「普天間飛行場の移設」について「着実な実施を確保することに引き続きコミットしている」と述べたに過ぎなかった。両国政府が普天間飛行場の返還どころか、普天間から他の土地へ移設する意向など全くないことについて、何の言及もない。これについて両国政府が7年間は何もする必要がないことも、普天間飛行場を沖縄の比較的未開の島に移転する案が出たが、それに対する地元の反対が大きいことにも触れていない。さらには、普天間に米海兵隊ヘリコプター用の海上ヘリポートを建設するという構想に対しては、環境運動家や米国海兵隊そのものから反対が出ていることなど、全く述べられていない。これを透明というのなら、日米政府は不明瞭を何と呼ぶのであろうか。
日米安全保障協議委員会の共同声明と指針の内容で最も憂慮される部分は次の点である。
(1) 共同声明には「日米双方は、弾道ミサイル防衛の重要性について協議を行い、日米間の研究を継続することを確認するとともに、日米関係の重要な要素の1つである接受国支援について協議を行った」とある。これは、米国が日本とかかわろうとする主要な目的の1つが金銭的利益であるということを意味する。日本は米国の武器輸出にとって最得意先であり、米国防省は日本に武器をもっと売りたいのである。その中には、非常に高価だが、不要で未試用の戦略ミサイル防衛(TMD)がある。「接受国の支援」というのは日本政府が沖縄の地主に支払っている60億ドルを指す。こうして地主が基地反対の抗議に参加するのを防いでいるのである。
(2) 戦争計画の対象国として考えられるのは中国だけであり、この点に中国人も他のアジア人も気づくことを意識してか、共同声明には「両国は中国との協力をさらに深めていくことに関心を有することを強調した」とある。しかし、これには信憑性がない。もし日米が本当に中国と協力したいのであれば、今になって、このような戦争計画を発表しなかったであろうし、米軍10万人もの前方配備を必要とするような軍事的脅威は東アジアには存在しないと正直に伝えたであろう。
(3) 共同声明は「この同盟関係は、自由、民主主義および人権の尊重等の共通の価値観を反映する」とある。しかし沖縄の130万人の県民にとって民主主義はどこにあるのだろうか。日本政府は最高裁と国会を通して、過去50年に及ぶ米軍の沖縄駐留から受ける沖縄県民の負担に対して法的または政治的解決策はなく、沖縄県民の市民権および財産権は他の日本国民のそれよりも劣ると断言してきた。これは決して民主主義ではない。
(4) 共同声明は、「見直しは特定地域の事態に対処するものではなかった」、「周辺事態の概念は、地理的なものではなく、事態の性質に着目したものである」としている。これはジョージ・オーウェル風の相手を煙にまくやり方である。しかし、共同声明は明らかに朝鮮半島の事態を想定している。それはいつも通り全地域への大きな脅威として誇張されている。さらに「日本周辺地域」という単語が地理的でないというのはナンセンスである。また、極東地域を台湾、韓国を含むフィリピン以北と定義する日米安全保障条約そのものとも異なる。日米両国の国民は日本の防衛庁および米国の国防省が、この明らかにばかげた表現で何を隠そうとしているのかを見極める必要がある。
(5) 指針は「米国は核抑止力を保持する」とある。これには、1972年沖縄返還時に、秘密条約で米国が維持した、沖縄に核兵器を再度持ち込む権利も含まれるのであろうか。この秘密条約は、過去1年間、米国で機密扱いを解かれた公文書からその存在が明らかになった。米国が「緊急事態」だとし、沖縄が自動的に核を要塞化した場合、沖縄県民は一体どうなるのか、誰も興味がないようである。 1996年3月、中国の内乱における米国の介入は、関係者すべてに誤算が生まれる可能性を示す好例である。指針は東アジアにおけるアメリカの核兵器については、何のためなのか、誰がコントロールするのかなど、事実上、全く何も触れていない。
(6) 指針は日米両国が地域の「国際的な軍備管理・軍縮」を約束するとあるが、米国はこの地域への最大の武器供与国である。米国の武器輸出額は地球上のいかなる国よりも4、5倍は多く、米国防省の主要資金源となっている。 国防省は中国に軍時技術を売ろうと躍起になっている一方で、同時に台湾にもF-16を提供してきた。米国が口にする軍備管理の約束には全く信頼性がない。特に、国防省が対人地雷の国際的禁止に参加することを拒んでいたり、また、クリントン大統領が官僚的利権に左右されていることを考えるとなおさらである。
上記以外にも、説明が必要な部分は数多くある。注目すべき兄弟関係について、指針は「日本は、日本国内において米軍の装備品の整備を支援し、米国は、米国製の品目の整備であって日本の整備能力が及ばないものについて支援を行う」とある。日本が整備できないものを、下士官兵の人材が不足している米軍に整備できるということは考えにくい。
指針は「日本は必要に応じ、日米安全保障条約およびその関連取り決めにしたがって新たな施設・区域を提供する」とあり、さらに、繰り返して「緊急時は米軍が民間空港・湾港の一時的使用を確保する」としている。日本の報道によれば米軍が指揮をとることになるかもしれない施設には新関西国際空港、那覇港、千歳国際空港が含まれるという。
沖縄にある42の米軍施設を日本の他の地域に動かすことも、繰り返し日本国民から拒否されてきたことを考えると、日本が行ったコミットメントの中でこの指針程危険なものはない。緊急事態になれば、米軍は自分の活動基盤の周辺すら安全を維持できない環境にあることに気づくであろう。国防省のいわゆる戦略家たちもこの点を考慮したのかもしれない。
指針はまた「日本は、日米安全保障条約の目的の達成のため活動する米軍に対して、後方地域支援を行う」としている。ここに国防省の真の狙いが表われている。日本以外における米軍の活動の時に、日本を「特権聖域」に作り替える試みであり、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争の時と全く同じである。しかし内向きな国防省の立案者は日本の国内事情について、特に1995年9月4日に米海兵隊員が沖縄の12才の少女を暴行してからの日本の反応を知らないようである。
指針は、日米両政府が、「相互計画のための包括的メカニズム」を確立するつもりであると繰り返している。こうした共同軍事司令センターというものは、日本の憲法に違反しないのであろうか。日米両国民は、このセンターが実際に何をするのかを知らされるのであろうか。日本政府が引き続き官僚に支配され、派閥抗争の絶えない自民党に引っ張られている事実を考えれば、センターに対する有効な文民統制は働くのであろうか。中国が、ワシントンと東京が共謀してそうしたセンターを作り、中国を封じ込めるつもりだと考え、そうした脅威に対抗するためしかるべき軍事的準備をとるとは考えられないのであろうか。
端的にいって、ガイドラインに反映されているのは米国の近視眼的な軍事戦略、および外交政策を左右する内向きな態度である。今回の指針は冷戦体制を維持し、米国の軍需産業を喜ばすことを狙っている。
指針は、一貫して、冷戦後の東アジアにおける主な発展を無視している。中国は通商と日本型の開発戦略に重点をおき、北朝鮮では金日成が死に、その共産主義体制の破綻が明らかになり、今や近隣国へ脅威を与えるどころかアルバニアのような存在でしかない。台湾でも韓国でも普通選挙が行われ、ベトナムもミャンマーもASEANに加盟した。香港は中国に平和的に返還され、東アジア地域全体で引き続き経済的統合が進んでいる。日米の新しい「指針」が明らかにしたものは、今日、東アジアの安定と平和にとって最大の脅威は、この地域に向けた、日米両国の好戦的で時代錯誤な軍事態勢に他ならない。