新年明けましておめでとうございます。本年も昨年同様よろしくお願い申し上げます。今年最初のメモとして、東海大学教授の唐津一氏によるご講演をご紹介いたします。とかく暗い話題が多く、”激動の時代”といわれているこの現代において、決して悲観的な見方で物事を捉えていらっしゃらない唐津氏のご講演「大転回の時代」は、我々にとって一筋の光明となるのではないでしょうか。
大転回の時代
経済を支える技術力
本日は日本が大きく変わってきているお話をしたい。最近は不況だとかいわれている。だが日本経済の中でしっかりやっている会社はいくらでもある。日本が今にもつぶれそうだという方がいるが、経済を論じる人の多くが普段付き合っているのは金融や証券関係で、つまり自分の仲間が大変だからといって日本中が大変だという言い方はやめて欲しいと思う。製造業の現場を見てほしい。3月期決算についていえば、新日鉄は史上最高の利益を上げ、また造船業も非常に忙しい。先日長崎の三菱重工の造船所を訪れたが3年先までフル稼働だという。
数字で見ると日本のGDPは500兆円である。英、独、仏3国のGDPを合計しても日本のGDPが優る。これまで東アジアの時代だといわれてきた。しかし現実を調べるとアジア全体の中で日本経済のシェアは60%にも上る。そしてそれをもたらしたのは何かというと、日本の技術力である。日本にはトップの産業がたくさんある。鉄鋼業を見ると、1トン当たり約2千円の鉄鋼石を輸入し、それを鉄板に加工すると1トン5万円になる。自動車を作れば1トン100万円、つまり原材料を買って、加工し、付加価値を加えていく。その技術が日本の経済を作ったといえる。
日本経営の本質は永続性にある
技術は常に変化する。日本の家電メーカーの変遷を見るとそれがわかる。今ではカラーテレビはほとんどが海外製造になり、これを空洞化だという人がいるが、テレビはもはや日本で作るものではない。その代わり国内では新しいものを作る。過去30年間に日本の製造業全体では売上が3倍、研究開発が10倍に増加した。日本企業は研究開発費に最も投資しており、日本経営の本質である永続性がそこにある。日本は資本対利益率が低いなどといわれるが、米国の方がおかしい。米国では資本に対する利益率が低いと社長が入れ替わる。しかし日本の場合重要なのは永続性であり、会社が長く続くことなのである。そしてその成果は出ている。米国は好景気だと浮かれているがとんでもない。ビジネスウィーク誌の記事にもあったが、アメリカは労働者の半分がパートタイマーになってしまった。さらにそのパートの時給は20年前よりも下がっているのである。そして米国最大の雇用数の会社は人材派遣業で50万人だという。その会社にはあらゆる専門職を取り揃えていて幹部クラスなどは給与は高いだろうが、会社の都合でいつ首がとぶかわからない。こんな米国には問題が多い。日本は不況だというが、米国に学べの声が昔ほど出てこないのはよいことで、あの国は別の世界であって、そのつもりで付き合わないとおかしなことになる。
日本はその技術を外国から輸入している、という人がいるが、それは違う。確かに対米はまだ赤字だが、対世界においては3年前に技術収支は黒字に転じており、特に東アジアからの技術収入が多い。昨年米国で成立した遺伝子関係の特許数の上位13社のうち7社が武田、帝人、サントリーといった日本企業であった。バイオ分野で日本は遅れているというが特許は成立してから製品化まで5年、薬は10年かかる。ということは10年先が楽しみなわけで技術投資した成果がここに出ているのだ。
正しいデータを見極める
自動車摩擦のことを問題視する人がいるが、米国で走っている日本車の7割は米国製である。物を作るということはもはや一国の中だけでできるのではない。世界中を見て一番いい場所で作っている。円安だと自動車の輸出が増えて貿易摩擦だというが、それは間違いだ。日本の輸出における自動車の割合は17%で、56%は資本財なのである。円安で輸出が増えるのは資本財のせいであって自動車ではないのだ。それから日本は輸出で食べていると思っている人が多いが、それも違う。95年に輸出はGDPの8.6%であった。米国は8.1%である。イギリスのそれが22.9%、香港にいたっては120.9%という数字を見ると、日本の輸出依存率が高いとはいえない。新聞報道などをうのみにはせずに、こうした基礎的なデータをしっかり見て欲しい。
パソコンを例にとってみよう。マウスは台湾製。CPUは米国が強い。半導体、メモリーは日本か韓国でCD-ROMは日本が圧倒的に強い。サウンドボードはほとんどがシンガポール製である。ではこのパソコンは何国製か。国籍不明だ。そういう時代なのである。売買することで貿易収支の数字が出てくるが、その数字が現実を必ずしも反映しているのではない。こう見ていくと東アジアの経済がおかしくなった原因がすぐわかる。アジア各国の輸出高は年々10%ずつ増加していたが、ここで足並みそろえて大きく下降した。原因は円安なのである。日本の製品が3割安くなったのだから日本製品が売れるのは当然なのである。
変わる消費形態
作る側の話をしてきたが、次に使う側の話に移ろう。日本人のお金の使い方が大幅に変わってきている。政府は不況対策と称してあれこれ行っているが、日本の消費を支えているのは個人消費である。57%、ほぼ6割が個人消費と見てよい。政府が使っている額などしれており、消費全体の9.7%に過ぎない。一昨年14兆円の公共投資を行ったなどといって偉そうにしているが、その年のパチンコの売上は実に30兆円であった。
過去20年間の個人の支出割合を見ると、衣類、耐久消費財、住居は横ばいで、食生活は減少傾向にある。では何が増加したのかというと20年前には支出の17%にすぎなかったレジャー・余暇に対する支出が37%に伸びた。つまり日本人はお金にゆとりができたのである。平成元年と平成6年のサービス産業基礎調査を比較すると、製造業の事業収入はわずか0.5%伸びて300兆円。ところがサービス業は46.9%伸びて80兆円から118兆円になった。小売りも24.8%伸びて143兆円となった。その内訳を見るとサービス業の中で最も伸びているのが対個人で64.7%も増え55兆円にまでなっている。世の中の変化がこうして数字に出ているのである。就業人口の推移でも同じことがいえる。サービス業とは何かというと、お金に余裕のできた日本人が、何でも人にやってもらうようになったということだ。宅急便や引越しも昔は自分で行ったものだ。おかずもコンビニエンス・ストアで買う。サービス業はゆとり産業、ずぼら産業だともいえる。
新技術の動向
家庭用の新電子機器にはどのようなものがあるかというと、DVD、デジタルスチルカメラ、デジタルビデオカメラなどいくつも挙げることができる。そんなにたくさんの番組をどうやって作るのかという問題もあるが、多チャンネルデジタルテレビ放送、平面テレビ。そして移動電話。これまで家庭の電話の使用時間は平均1日10分、そのために回線を引いていたが、携帯は電波だから線が要らない。衛星移動体端末が普及すれば世界のどこからでも電話がかけられ、海山の遭難はなくなると思う。ノートサイズパソコン。ブラウン管はなくなり、液晶になっていくであろう。技術革新とともに、運輸の革命も起きている。交通の変化は目を見張るものがある。青森-函館間を時速72キロの船で走れば3時間、この技術を使えば上海まで日帰りも不可能ではない。船ができれば東アジアはさらに近くなる。
またこれからは省の時代で、4兆円産業に成長している。日立造船の売上の3割はごみ処理である。昔の船はタービンを回していたがそれがディーゼルになった。使わなくなったボイラーでゴミ焼却を始めたのである。余熱で発電もでき、1セット100億円。タンカーは60億円。だからごみ処理の方が売上が大きいのである。
そして規制緩和がある。タクシー運賃が2種類になるなど、目に見えて変化が起きている。政府の発行する官報を見ると、法律の変化が一目瞭然である。そしてニッチ、隙間の時代でもある。新聞や雑誌は悲観的なことばかり書いているが、実際によく回りを見て欲しい。数字、データに敏感になって欲しい。NTTのイエローページを見ると産業の変遷がよくわかる。どのような産業が増えて、どのような産業がつぶれているかが目次を見れば明らかである。例えば葬儀屋が増えている、といったことなどだ。
もう1つ、第3次流通革命が始まったことも忘れてはならない。第1次は大量販売と安売りのスーパーで、第2次がコンビニエンス・ストアであった。そして第3次は宅急便による産地直販である。今まで流通というと問屋・小売りを経由したが、直販では問屋も小売りも必要ないのである。こうした意味の流通革命が現在、非常に進んでいる。近年の変化は特に激しい。5年経つと大きく変わってしまう。しかしマスコミやエコノミストは必ずしも新しいデータを使用していないし、正しい視点から現状をとらえているともいえない。
日本にも問題はある。生産性の低い分野もある。しかし現在のあまりにも悲観的な報道には気をつけなければいけない。例えば今まで人口過剰だといっていたのが、とたんに高齢化で少子化問題などという。人口が減れば電車も空くと考えればよい。いずれにせよ大変だ、と騒ぐ人が評論家なのだ。私たちは日本から逃げ出せない。技術をもとに、何をするか、どうすればよいのかを考える。これが私の仕事であり、あなたがたの仕事なのである。
<<唐津一 (からつ はじめ)氏プロフィール >>
● 1919年、旧満州生まれ。東京大学工学部卒業後、逓信省電気試験所を経て日本電信電話公社(現NTT)に入社。1961年松下通信工業に移り、1978年常務取締役1984年には松下電器産業技術顧問に就任。その間1981年にデミング賞本賞受賞現在は東海大学総合科学技術研究所教授電通顧問。
● 著書は「空洞化するアメリカ産業への提言」コンセプト・エンジニアリング革命日本・陽は必ず昇る(PHP研究所)など多数。
<<耕助のコメント>>
唐津氏の講演を聞き、米国と日本、いずれの経済が成功しているのかを決めるのは我々の価値観であると私は思いました。米国流の手法を採用する前に、まず日本国民は米国経済が達成した成果を日本も求めているのかどうかを考えてみるべきです。
米国企業は、企業収益や株価の上昇を追求しています。この点に関して米国は日本よりもうまくいっているのです。また、広告・宣伝やマーケティングといった、売上増大のためにより多くの製品やサービスを買わせるための手法に関しても、米国企業の方が優っています。さらに、従業員の賃金をカットすることによるコスト削減策も、米国企業の方が率先して行っています。つまり、米国企業は収益、株価、経営者の報酬のために、従業員や消費者を犠牲にして売上増加、コスト削減を果たしているのです。この点で米国企業は日本企業のかなり上をいくといえるでしょう。問題は、日本国民がこれを望んでいるかどうかです。
松下幸之助、本田宗一郎、土光敏夫などの先人たちが目指した目標は、米国企業のそれとは異なるものでした。社会は国民を最も幸せにすることを目標にすべきであると彼らは信じていました。企業というものは、国民の幸せにつながる製品やサービスを提供し、また国民がそうした製品やサービスを購入できるよう雇用を提供することを目指すべきであるというのが彼らの信念でした。そして企業に必要な利益は、そうした製品・サービスおよび雇用を提供し続けるために必要な投資分のみで十分であるとし、それ以上の利益は、消費者に提供する製品やサービスの値下や、労働者の所得増加や労働条件の改善にまわすべきであると信じていたのです。
しかし、日本が米国と同じ目標を掲げるのであれば、企業収益、株価、株主や経営者の報酬といった点においてより優れている米国流の経営手法を採用すべきでした。最も裕福な米国人は、最も裕福な日本人よりもずっと金持ちであり、米国の株主や経営者が手にする報酬は、日本のそれをかなり上回っています。日米両国のトップ1%、5%、10%、20%のそれぞれが、全国民の所得・富に占める割合は日本よりも米国の方がずっと大きいのです。つまり富裕者や権力者にとっては、日本流の経営手法よりも米国流の経営手法の方がずっと効果的で成功しています。
しかし、国民の中でそうした富裕者や権力者はごく少数であり、大半が利子収入では暮らすことのできない勤労所得生活者なのです。ほとんどの人は経営者ではなく、会社に雇われています。企業が売上増加のために消費者を搾取するのではなく、国民の幸せにつながる製品とサービスだけを提供しようとすれば、経営者や政治家などを除く99%の国民がより幸せになります。また、企業が労働者を人材として扱い人件費削減に躍起になるのではなく、国民に最大の幸せをもたらすような雇用を提供しようとすれば、99%の国民の生活がより安定します。
幸せで豊かな社会の建設のために努力してきた先人たちの精神および倫理観を取り戻せば、99%の国民がより幸せになると私は思います。今の世代は、偉大な先人の精神や倫理観を捨て、米国流の手法や慣習を採用することで、日本をダメにしているのです。