為替相場に与える影響力の強さから「Mr. Yen」の異名をとる、大蔵省財務官、榊原英資氏へのインタビュー記事が、『フォーブズ』誌(英語版、9/22/97)に掲載されました。近く予定されている日本版ビッグバンは、この榊原氏が考案したものであると言われています。この記事の冒頭には、「ビッグバンが成功すれば、レーガンが現在の力強い米国経済の下地を築いたのと同様に、日本経済を不況から救うことができるかもしれない」と書かれています。ビッグバンは日本を本当に不況から救うことができるのでしょうか。私はそれを非常に疑問視しています。
ビッグバンが日本へもたらす影響
榊原:東京を活性化させるために、我々は外国為替および証券業界を規制緩和し、銀行に持株会社の設立や他の業務分野への参入を許可する。
ハドソン:これは、東京を「活性化させる」ために規制緩和した場合、規制緩和された制度の一部がうまくいかなければ、それ以外がすべて道連れになるということである。米国の規制緩和がS&L(貯蓄貸付組合)にもたらした影響がそうであり、またそれがグラス・スティーガル法(銀行業務と証券業務の分離を命じた1933年銀行法の通称)の改正によって米国の金融業界にもたらされた脅威なのである。
耕助:なぜ一部がうまくいかないとすべてが道連れになるのか。
ハドソン:例えば、銀行が信託会社および抵当金融会社と合併した場合、不良抵当債権が増えると抵当貸出し部門だけでなく、この金融コングロマリット全体が衰弱する。米国で抵当の貸し手(S&Lと貯蓄銀行)を分離しておいたのはこのためである。そうすれば抵当の貸し手が倒産しても、少なくとも商業銀行制度を道連れにすることがなかったからである。
フォーブズ誌:まず最初に改革されるのは何か。
榊原:日本の金融機関は大半の資産を国内で管理している。グローバル管理が標準となった今、日本もそれに合わせなければならない。これはつまり、投資アドバイザーや投資銀行、証券会社に多くの好機がもたらされることを意味する。
ハドソン:何をするための好機がもたらされるのかは明らかである。つまり、それは日本人が日本から資金を海外に流出させる好機であり、日本の株を売却し、日経平均株価を低迷させ、逆に米国の株を買って米国のダウ平均を押し上げることになるのである。
耕助:最悪の影響は、日本企業が使える資金が不足するということではないだろうか。
ハドソン:資金不足だけではない。日本の銀行やその他の金融機関には当座の支払い用の流動資金が不足し、流動性危機が生じる。金融機関は債権を回収しなければならなくなり、それによって民間銀行の顧客は業務に支障をきたすことにもなりうる。
耕助:「グローバルな管理」とは、将来のために日本人がためてきた資金が日本経済から海外に流出し、それによって日本人の将来の幸福が奪われることを意味するのであろうか。
ハドソン:その通りである。貯蓄が日本国外へ流出するにつれて、円のドルに対する価値が下がる。資本が国外へ流出すれば日銀は財務省証券を売却するであろう。その結果、日本は財務省証券から米国の株式市場へシフトするであろうが、米国企業の持ち株比率を過半数にすることはできず、支配権なしの所有となるであろう。
1月1日、韓国の国民は「自国の」為替危機を緩和するために、金を放出するよう要求された。この「自国の」という言い方はまるで韓国が招いた為替危機であるかのようだが、実際には、不動産や株式市場を高騰させるためにドルを軽率に韓国の銀行に貸し付けた米国の銀行が招いた危機なのである。アジアにおける新しい経済改革の目的は、アジアの金融市場ではなく、米国の金融制度を流動化させ、保護することにある。そしてこのプロセスにおいてアジア市場は崩壊するであろう。
ただし、日本の株式仲介業者の中には、米国の提携相手に合弁株を売り、儲けるところも出るであろう。そしてその合弁会社は日本から貯蓄を絞り取り、それを米国やヨーロッパへ流そうと大々的にキャンペーンを行う。最終的にそれが米国やヨーロッパでバブルを引き起こし、はじけた時に日本の投資家はすべての資金を失い、日本は再起不能になるであろう。
フォーブズ誌:今年4月から、日本の投資家は世界のどこでも自由に投資ができるようになる。
榊原:日本の機関投資家の資産管理はグローバルになるであろう。それは資本の流出を示唆する。外国為替で保持する資産が増加する間、調整期間となるであろう。
ハドソン:ここで榊原氏は、「資本流出」が起こることをはっきりと認めている。その結果、先に述べたように日本が財務省証券を売却しない限り、地元通貨の価値は一様に押し下げられる。しかし、今年は中間選挙の年であり、米国は日本に財務省証券を売却しないように圧力をかけるであろう。日銀が財務省証券を売却すれば、米国の金利を押し上げ、また株式市場のブームに水を注す恐れがあるため、米国の大使館や連邦準備制度理事会は、報復貿易法案で日本に制裁を加えることも辞さないと、大蔵省に圧力をかけるであろう。
榊原:ビッグバンはおそらく日本の資産(株や不動産)の魅力を押し上げ、多くの海外資本の東京流入を招くであろう。
ハドソン:日本の預金者が自分の貯蓄を多国籍企業の証券会社に預け、証券会社は米国やヨーロッパ市場にその貯蓄を投資するというのに、東京に海外資本が流入するわけがない。為替トレーダー達はすぐに円の投売りに走るであろう。その結果、アジア諸国の通貨危機と同様、円の暴落が起こるであろう。
外国資本が株や不動産を買うために東京に集中するのは、円の対ドル為替相場が安定あるいは上昇する時だけである。日本の不動産価格や日経平均株価が上昇していたとしても、円相場が下がれば、外国投資家のドル建ての投資価値は目減りするかもしれない。ビッグバンの影響によって、日本の貯蓄が円から米ドルや他の外貨へ流れるのを外国投資家や投機家が目にすれば、自分達が持っている円を売る可能性が高くなる。
さらに将来の証券価格や外国為替相場を予測することで取引を行うデリバティブ(金融派生商品)と呼ばれる金融商品もある。デリバティブには直接投資は介在しない。純粋に金融投機であり、その金融手法に対してノーベル賞が授与されている。
これは新しい種類の空洞化である。今回は製造業ではなく、不動産市場や不動産業界および日本の貯蓄の空洞化である。この空洞化は、負債の担保である不動産の価値が負債額を下回る状況を指す。不動産の所有者が受け取る賃貸料よりも高い利子が、その担保に対する負債として付加されていく。
銀行や他の金融機関は預金者の預金を預かるものの、貯蓄者が預金をおろし始めた場合にその預金高をすべてカバーできるだけの資産を持っていない。真っ先に貯金をおろし始めるのは大手の海外預金者であろう。銀行は預金の引き落としを可能にするために、保有株式を売却し、これによって日経平均株価が下がり、保有株の価値はさらに下がる。銀行が自己資産で預金をカバーできないことから預金者は不安になり、預金の引き出しにさらに拍車がかかる。それによって銀行はさらに株や不動産、資産を売却せざるを得ないという悪循環が起きる。しかし、この悪循環で海外の投機家は何百ドルもの利益を上げることになるのである。
耕助:日本には1,200兆円の個人貯蓄があると言われている。『ニューズウィーク』誌(9/22/97)によれば、これは連邦金塊貯蔵所に蓄えられている金額の200倍以上だという。これだけの貯蓄があれば、海外からの資本を引き付ける必要などないのではないか。
ハドソン:日本の貯蓄は主に不動産ローンや普通株などの資産に注ぎ込まれ、その資産価値は金融制度全体の預金者に対する負債額よりも下回っている。すべての貯蓄が金融機関で現金化されれば、自社の運用資産を売却しなければならなくなる。これで不動産および株価が暴落し、貯蓄額の4分の1しか現金化できないであろう。またこの現金化により、不動産と株式の正味資産が一様に減少する。したがって、貯蓄は帳簿上の貯蓄でしかない。海外からの資本の流入により日本が株式市場や不動産市場を競り上げたいのであれば、それは起こり得ない。
耕助:4分の1しか現金化できないということは、金融機関あるいはそれを規制している大蔵省が残りの4分の3を盗んでしまったということか。
ハドソン:突き詰めると、貯蓄を支える資産価値が下がることで日本の貯蓄が一瞬のうちに消えてしまうという経済の仕組みを大蔵省が理解していないことが原因である。大蔵省は「通貨」が「負債」で支えられている資産を意味することや、債権と債務が相互に絡み合っているのが経済であることを理解していない。大蔵省は世界をあまりにも簡素化して捉えている。工場や事務所への直接投資と、不動産価格や企業の株式を競り上げるための貯蓄の投機的な利用とをまるで同じであるかのように考えている。彼らは、「投資は投資だ」と考えているのであろう。
耕助:多くの日本人がマイホームを持てないのは地価が高すぎるためである。金融機関を破産させても地価を下落させれば、地価が自然なレベルまで下がり、株価も日本国民が購入できるレベルまで下がるのではないか。そして、外国投資家に買いたたかれるよりは、日本国民に土地や株を購入させる方がましなのではないか。
ハドソン:政府や金融機関の失態により、国民や企業の貯蓄が大手不動産開発会社に融資されたり、将来性のない株式の購入に回されたりしたため、その貯蓄はもはや戻ってこないということを、大蔵省は日本国民に知らせようとはしないであろう。
結局、大蔵省は米国の言うことをそのまま行動に移しているに過ぎない。米国が望むことは、日本経済を良くすることではなく米国人の利益を最大限に増やすことなのである。
日本の金融制度の管理が失敗したことを事実として受け入れなければならない。最も良いのは、日本がその損失を今すべて清算してしまうことである。銀行が不良債権から抜け出せるよう公的資金を投じてもうまくはいかない。日本の銀行はその低金利資金を国内経済の立て直しよりも、外国為替の投機のための融資に回しているからである。
耕助:ではビッグバンによって海外からの資金が流入するのではなく、日本は1,200兆円を失うことになるのか。
ハドソン:その通りである。
耕助:ビッグバンは、IMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)の規則を遵守するために必要なのではなかったのか。IMF、世界銀行、BISには日本の資金がかなり流れている。また、これらの国際機関の資産よりも日本の1,200兆円の方が高いのであるから、IMF、世界銀行、BISから脱退し、日本の資産や経済を保護すれば良いのではないだろうか。
ハドソン:まさにその通りである。しかし、そのためには、アジアに「円経済圏」を構築するために日本が先駆的な役割を果たす必要がある。それは、アジア経済圏のドル化を食い止めることにもなる。
しかし米国はそれを望んではいない。そのためにCIAなどが日本の政治家を脅迫してきたという報道も聞かれる。このことから、日本一国だけで行動に出るには自民党に代わる新しい政党や大蔵省の改革が必須である。また大学は、経済が実際にどのように機能しているのかを理解するエコノミストを教育し始めなければならない。
フォーブズ誌:円の対ドル為替相場が低く、日本の製品が米国で安く、また米国製品が日本で高価になっている。円は1995年4月には1ドル=80円であったが今は130円以上になっている。これについて両国政府の間で対立は見られないのか。
榊原:米財務省と率直に意見交換した。米国の高官が日本の貿易黒字の増加ペースに対して幾分心配しているのは事実であるが、その増加ペースは鈍化してきた。今のところはどちらかが圧力をかけるような段階にまでは達していない。
ハドソン:今日問題なのは円の対ドル・レートがどう変化するかである。1990年代初期にはかなり円高傾向が強かったが、これは貿易黒字の増加を反映するものであった。しかし今日、円の価値は貿易収支の動きで決定されてはいない。むしろ、株や債券への投資、日本の貯蓄の海外への流出・流入、為替投機やデリバティブ取引などに関する資本勘定の変化で円の価値が決定されている。
フォーブズ誌:円相場がこれだけ低いのは日本の金利が低いためである。日本の10年ものの債券の金利は史上最低の2%未満である。円を強くするために金利を上げれば不良債権をすでに抱えている銀行に打撃を与えることにはならないのか。
ハドソン:これこそ私の言いたい点である。日本が円を安定させようとすれば、それはかなり高値の債券を保持する銀行と保険会社の資産構造を破壊することになる。
榊原:日本の銀行の不良債権の償却は最悪の時期を通り越した。しかし、ビッグバンは大きな影響を与え、合弁や合併・吸収などの業界再編成が起こるであろう。
ハドソン:金利が上昇することを考えると、最悪の時期は決して終わっていない。
フォーブズ誌:1990年の著書、『Beyond Capitalism』で、日本は米国流の消費主義や株主の積極行動主義よりも、日本流の生産・雇用重視の制度に固執すべきであると主張されていたが、その考えは変わっていないか。
榊原:時代に適合することが常に重要であり、今、我々はグローバル化しなければならない。金融の規制緩和は日本の金融をよりアングロ・サクソンに近づけることになるであろう。これこそ我々が計画すべき道である。
ハドソン:「時代に適合する」とは、米国の命令通りに動く、ということのようだ。金融の規制緩和によって日本がアングロ・サクソンに近づくことはない。米国株式市場は破産してはいない。米国は外国を助けるために低金利政策を行い、自国の経済を破滅させるようなことはしなかった。米国は他の国に追随するようなことはしない。自国を犠牲にして、他国を喜ばせることは、米国流ではない。米国、つまりアングロ・サクソンのやり方とは全く逆である。歴史的に見て、日本がとっている一連の行動は帝国主義国家に対する「植民地」の役割なのである。