2月8日に名護市長選を控え、それに関連して『読売新聞』が“「普天間」返還はやはり必要だ”と題する社説を掲載しました(98年2月1日付)。これに対して日本政策研究所所長のチャルマーズ・ジョンソン氏は、日本の民主主義は虚構でしかないとする鋭い指摘をしています。普天間基地返還には代替ヘリポートの建設が不可欠だとする『読売新聞』の社説は、沖縄県内への基地移設を当然視していますが、それ以前に、沖縄に駐留する海兵隊の存在自体を問いただすべきではないかというのがジョンソン氏の主張です。住民投票の結果をないものとし、名護市民を犠牲にしようとしている日本は本当に民主主義国家なのでしょうか。
沖縄普天間返還に関する読売社説について
チャルマーズ・ジョンソン
2月1日付け『読売新聞』の社説は完全な虚偽か悪意としか思えない。こうしたことが起こるのは日本以外では昔の中国の高級官僚政治か、米国のプロパガンダ機構のご機嫌取りのために民主主義的言葉を吐く、東アジアの権威主義政権ぐらいなものであろう。今回の『読売新聞』の社説のようなものを読むと、日本のような国と米国は同盟を結ぶべきではないとさえ私は思うのである。
『読売新聞』は、米海兵隊の普天間飛行場を沖縄県民へ返還することを望む立場をとっている。この普天間飛行場の返還は、1996年4月、東京で行われた首脳会談で、クリントン大統領と橋本首相が約束したことである。しかし、この時両国首脳は、普天間基地を沖縄県内に移設しなければならないとは決して述べなかった。にもかかわらず、『読売新聞』はそれがあたかも規定事項であるかのように取り上げている。両国首脳は今後5~7年以内に普天間基地を返還するとし、他の施設が必要であれば、沖縄以外の日本領土に建設すべきであると発表した。沖縄問題に関心を寄せている者のほとんどが、当時、橋本、クリントン、モンデールが普天間の返還を約束したのは虚偽でしかありえないと考えていた。防衛庁と外務省の結託によるいつもの詐欺行為であろうと。事実、この約束は、米国が戦勝品として没収したこの土地を、日本国内の別のところに同等の米軍施設を提供するのであれば返還するというものであった。これは無難な約束であった。なぜなら日米の親分・子分関係の見せかけを維持するためだけに、余分な米軍基地を受け入れようとするところなど沖縄を含めて日本国中どこにもないことは誰の目にも明らかであったからである。しかし、橋本の胸中には、日米共同の詐欺行為の新構想があった。それが国内の土地ではなく、海上ヘリポートの建設であった。環境破壊などおかまいなしに、貧しく、発言権もない沖縄国民に、米国の覇権主義と日本の防衛ただ乗りの犠牲に再度なってもらい、名護市沖にヘリポートを建設しようという計画がそれである。橋本は名護市民がヘリポートの建設に賛成するよう誘惑したり、威嚇したり、ありとあらゆる手を使った。また、米国の国防長官、ウィリアム・「ポンチウス・パイラト」(キリストを処刑したが処刑判決に際し自らに責任のないしるしとして手を洗った)・コーエンは東南アジアの武器輸入国を歴訪した際に、これは日本国内の問題だ、と語っている。しかし、名護市民は日本の建設業界による「がらくた」の建設要求に反対の一票を投じたため、現在橋本は、いかなる手段をとったらいいものかと窮地に立たされている。
大田知事が昨年12月21日の名護市の住民投票の結果を尊重するとしたことに対して、『読売新聞』はその矛先を大田知事に向けている。橋本の息のかかった名護市の比嘉前市長は住民投票の結果を無視し、橋本のために無用の大建築を行うと一度はヘリポートの建設を受け入れたものの、そんなことをすれば市民に顔向けできないことを知ってか、その直後に辞任した。それに伴い2月8日には名護市の市長選が行われることになっている。ここでも争点は、新ローマ帝国である米国の要求に屈して沖縄の一部が新たに奪われることになるのかどうかである。地元の反対がありながらも、日米両国の利己的な偽善者の権力の乱用によって、無用の長物を建設すべきか否かが問われることになる。
< 2月1日付け、『読売新聞』社説より引用 >
「それにしても大田知事の対応には、疑問を抱かざるをえない。「普天間」返還を強く求めたのは知事自身であり、当初は県内への移設という条件付き返還を容認していたはずだ。それが反対派の説得にいっこうに乗り出さないばかりか、住民投票の結果を見て反対を表明するのは行政の長として無責任だ。「今秋の知事選をにらんで、反対派に乗った方が得策と読んだ」との見方もあるが、事実だとすれば不見識ではないか。
沖縄の将来、さらに日本の安全保障のためには本当に何が必要かを、もう一度冷静に考えてほしい。」
『読売新聞』がここまで不見識な言葉を使ったのは注目すべきことである。これは私にリクルート・スキャンダルを彷彿させた。当時、日本の保守派エリートたちはリクルート事件が起きたのは竹下の汚職によるものではなく、江副氏が部落民であったがためだったといううわさをまことしやかに流したのである。こうした人々が見識について語るのは、売春婦が愛を語るのと大差ない。『読売新聞』は大田知事が当初、普天間の県内移設を容認していたというが、すでに20年前に普天間が嘉手納と統合されるべきであったことや、米軍の軍部間の対立がなかったらそうなっていたはずであることを『読売新聞』は熟知しているはずである。大田知事が沖縄から普天間基地を完全に追い出すことを要求したのは、3人の米海兵隊員が地元の少女を暴行し、普天間周辺で8万5,000人が集結し、基地撤退を要求してからだった。この時、米軍の太平洋軍事司令官は、沖縄の少女と密通するにはどうすればよいかを率直に述べ、「金で女を買うべきだった」と語ったとされる。
現在、名護市で起きていることは民主主義のまがいものであり、東アジアにおける米国の平和と安定への寄与というものが、にせものであることを示している。このようなことが起きたのはこれが初めてではない。ベトナム戦争も光州虐殺も、またマルコスやスハルト的政治リーダーシップやIMFによる日米欧の金融機関の救済についても同じである。以下に、私を含む30人が『ワシントン・ポスト』、『ジャパン・タイムズ』、『琉球新報』に宛てた手紙を紹介する。この手紙では私の考えがより控えめな表現で書かれている。
チャルマーズ・ジョンソン
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編集委員殿
沖縄県北部の市民投票に対する橋本竜太郎首相による強圧的な対応は日本で大きく報道されており、米日関係に暗い影を投げかけている。12月21日、名護市民は、政府からの経済的懲罰の脅しなどの巨大な圧力に抵抗して、新たな米軍ヘリポートの建設計画を拒否した。地元住民が恐れているのは、60機ほどの海兵隊ヘリコプターと、支援車両、乗員、保守要員のためのこの基地が、環境や安全、生活条件に重大な影響を与えることになるだろうということである。
市民投票は法的な拘束力はないのだが、その3日後に、比嘉鉄也名護市長は、橋本首相との会談を終えて、驚くべき発表をした。彼は、(1)ヘリポートを支持し、(2)辞職すると述べたのである。首相はそれまで、ヘリポートは地元住民の同意なしに建設はしないと公約していた。中央政府がこの小さな町への締め付けを強めるなかで、すでに最近の経済危機で非難の的となっている橋本首相と与党自民党の名誉をさらに失墜させる民主主義に対する裏切りがいま行われようとしている。
米国政府もこの混乱に責任がある。沖縄には、42ヵ所の米軍基地があり、大部分が第三海兵師団所属の米兵約3万人が駐留している。日本全土に駐留する米軍の75%が、人口1%、国土面積の0.6%の小さな島の県に集中している。1995年に起こった3人の米兵による少女暴行事件と、その後の訓練事故の続発――ヘリによるものも数件あった――は、ブルッキングズ研究所と国防情報センターの軍事専門家がずっと以前から指摘してきた結論に新たな注目を集めることになった。それは、第三海兵師団の沖縄配備は戦略的にみて不必要であり、税金の無駄遣いであり、日米関係をぎくしゃくさせる危険な要素だということである。米海軍は、潜在的な紛争地点である朝鮮や中東にこの師団を送りこめるだけの戦域海上輸送能力さえ持っていない。つまり緊急事態になれば、今日駐留している海兵隊のほとんどが沖縄で立ち往生してしまうのである。
日本政府が、この師団に対して、借地料、建物の維持費、空調経費などの費用を支払っていることが重要だといわれている。それでもなお、部隊の供給、装備、海外扶養者手当、そして演習で使われる数百万ドルもの航空機燃料などの経費は、米国の納税者が支払っているのである。海兵隊受け入れの申し出は、グアムの下院議員からも、ハワイ州知事からも出されている。ハワイにはこの師団の大隊の一つがすでに駐屯している。いまこそ残りの第三海兵師団を米本土に配置替えし、沖縄に対する常軌を逸した負担を軽減し、両民主主義国の信望を回復すべきときである。
日本政策研究所 所長
チャルマーズ・ジョンソン
ブラウン大学、東アジア研究準教授
日本政策研究所会員
スティーブ・ラブソン
賛同者:
K.アメミヤ 日本政策研究所
マリー・アンコードギー ワシントン大学準教授(東アジア研究)
ハンス・ベールワルド カリフォルニア大学ロサンゼルス校名誉教授(日本政治)
バーバラ・バンディ サンフランシスコ大学環太平洋センター所長
スティーブン・クレモンズ 経済戦略研究所所長(ワシントンDC)
ブルース・カミングス シカゴ大学教授(東アジア史)
ノーマ・フィールド シカゴ大学教授(東アジア言語・文明)
カール・フィールズ プジェットサウンド大学アジア研究計画所長
トーマス・フラニガン 弁護士『東京博物館』(1993年)著者
キャロリン・フランシス 基地・軍隊を許さない行動する女たちの会(在沖縄)
シェルドン・ガロン プリンストン大学教授(日本史)
アンドリュー・ゴードン ハーバード大学ライシャワー日本研究所博士
ロバート・ハミルトン (米航空宇宙局・在日)
マユミ・イトー ネバダ大学準教授(政治学)
E・B・キーン 南カリフォルニア日米協会専務理事
エリス・クラウス カリフォルニア大学サンディエゴ校教授(日本政治)
デーン・ミラー ミラー・シュア・アンド・イム社共同経営者(在ホノルル)
マイケル・モラスキー コネティカット大学教授(日本語)
リチャード・サミュエルズ マサチューセッツ工科大学教授(政治学)
マイケル・シャラー アリゾナ大学教授(日米外交史)
マーク・セルドン ビンガムトン大学教授(社会学・歴史)
パトリック・スミス『日本―再解釈』(1997年)著者
スミ・アダチ・ソバク 『東西冷戦』(1994年)著者
コウジ・タイラ イリノイ大学教授(経済学)
マーク・ティルトン パーデュー大学准教授(政治学)
ピーター・バン・ネス デンバー大学教授(アジア政治)
メレディス・ウーカミング ノースウェスタン大学教授(政治学)
[日本政策研究所、所長、チャルマーズ・ジョンソン氏の許可を得て、翻訳転載]
日本政策研究所ホームページ・アドレス
http://www.nmjc.org/jpri/