大蔵省財務次官である榊原英資氏へのインタビューを取り上げたメモ『ビッグバンが日本へもたらす影響』(No.143)をお読みになった読者から質問が寄せられました。ニューヨーク在住のエコノミスト、マイケル・ハドソン氏がそれに回答しましたので、他の読者の皆様にもその質問と回答をお送りします。 いよいよ日本版ビッグバンが日本でも本格化しますが、これが実際何を意味するかが、2人のやり取りから明らかになることを期待します。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
ビッグバンに関する読者からの質問とハドソンの回答
読者:ハドソンの前提としているものがどうもあいまいで、何らかの意図を持って語っているように感じました。(詳細は以下のとおり)
ハドソンの回答(以下、回答と表記):物書きやレポーターというのは政府が言うことを鸚鵡返しに繰り返すのでなければ、たいてい自分の視点・偏見で物事を書いたり報道したりするものである。この読者のように、どういった偏見があるかを常に意識して読む姿勢は重要なことである。私の狙いは、日本が世界の中でどのように見られているかについて、また世界の変化や危機が日本にどのような影響を与えるかについて、日本の読者に伝えることにある。
読者:基本的に、日本の金融資産が世界に出て、世界の金融資産と同じような流動性をもって運用されるということに対して、既存の資産家が恐怖感を持っているということなのではないだろうか、という、印象を持ちました。つまり、金融部門においても、日本の支配力が進むのではないかという形で。
回答:ビッグバン後に「海外における金融部門において、日本の支配力が進む」ことを恐れている国などない。なぜなら、日本のミューチュアルファンドの投資家から外国の株式や債券市場に流れる資金は、海外の株価指数を押し上げるだけだからである。そして恐らく日本の日経平均株価は下がるであろう。
資本市場の統合性が高まっているため、海外の株式市場に流れる資金が増えれば、債券市場へも資金が流れ込む。こうして株と債券の利回りは同等になり、その結果、米国の金利は下がり、米国の好景気は続く。建設ブームを刺激し、新規の住宅ローンの増加などにより、米国経済はさらに負債を積み上げることが可能になる。
ハドソン:例えば、銀行が信託会社および抵当金融会社と合併した場合、不良抵当債権が増えると抵当貸出し部門だけでなく、この金融コングロマリット全体が衰弱する。米国で抵当の貸し手(S&Lと貯蓄銀行)を分離しておいたのはこのためである。そうすれば抵当の貸し手が倒産しても、少なくとも商業銀行制度を道連れにすることがなかったからである。
読者:これはすでに日本では連携されているのではないか。富士銀行グループがいい例。木津信用金庫もそうではないのか。いまさら言うことでもあるまい。
回答:日本は今、銀行にさらに大きなリスクを負わせることで、銀行の債務超過の問題を解決しようとしている。他のほとんどの国でこの政策は裏目に出た。例えば、米国では、レーガン大統領が1980年代初期にS&Lを規制緩和し、不動産投資や高利回りのジャンク・ボンドの購入による資金運用を許したが、これは米国のS&Lバブルを悪化させることになった。
多くのS&Lがギャンブラーと同じように高リスクの賭けを行い、ジャンク・ボンドや不動産で大損をした。規制緩和や、規制当局とS&Lの癒着が、S&Lに、安全というものが何かについて、間違った概念を抱かせたのである。今の日本はこれと全く同じ状況にある。米国では、破綻しても政府に救済してもらえると信じた銀行がより大きなリスクを犯した。チェース・マンハッタンやマニュファクチャラーズ・ハノーバ、シティバンクなどの大手商業銀行は自分達のような大手がつぶれることはないと過信し、不動産や途上国などに何百万ドルもの融資を行い、巨額の不良債権を抱えることになった。しかし、米国は国粋的な経済政策を他の諸国に押し付けることができたたために、チェース・マンハッタンやシティバンクなどの大手は不良債権から抜け出すことができたのである。しかし、日本には米国のような外交・政治能力はない。日銀や大蔵省が適切な規制や警告を与えなかった結果、日本の銀行はアジア諸国への貸付、通貨取引きやデリバティブなどでさらに危険を冒し、現在、不良債権の額は1990年代初期よりもさらに増加している。
究極の問題は日本の銀行や資金運用マネージャーが今起こっていることを説明できる経済理論を持っていない点にある。彼らが信じているのはマネタリストの考え方であり、「政府は考えたり、介入したりすべきではない、政府が考えようとすれば問題が起きるだけである」とするものである。マネタリストのような敗北主義的な理論を取り入れるのは自殺行為に等しい。企業、特に金融機関はこのマネタリストの考え方を推し進めようとする。政府に代わって自分達が考え、計画したいと思うからである。
ハドソン:何をするための好機がもたらされるのかは明らかである。つまり、それは日本人が日本から資金を海外に流出させる好機であり、日本の株を売却し、日経平均株価を低迷させ、逆に米国の株を買って米国のダウ平均を押し上げることになるのである。
読者:今、日本に眠っている資金、とりわけ郵便貯金は、大蔵省のばらまき行政に使われて、日本の自然破壊のための財源になっている。国外で投資されることによって国際分散投資されることになった方が、国家にとって良いのではないか。
回答:もちろん個人については読者が言っていることは正しい。問題は日本全体として見た場合である。長期的な国家政策として日本の貯畜を日本以外の国の投資に回すことは破壊的な影響をもたらす。ロックフェラー・センターやハリウッドの映画スタジオでの苦い経験から明らかなように、日本が経験の浅い分野でギャンブルを行うのは特に危険である。米国の資金運用マネージャーは超一流の詐欺師であることを忘れてはならない。個人が短期的に貯畜を保護するためには賢明な方策であったとしても、国家にとって、必ずしも長期的に良い結果をもたらすとは限らないのである。
ハドソン:資金不足だけではない。日本の銀行やその他の金融機関には当座の支払い用の流動資金が不足し、流動性危機が生じる。金融機関は債権を回収しなければならなくなり、それによって民間銀行の顧客は業務に支障をきたすことにもなりうる。
読者:誤った前提のもとで行う議論のように思えるが……。
回答:ビッグバンの後、日本人が高金利を得るために、銀行や郵便局から預金をおろし、それを米国企業の株や債券で資金運用する米国証券会社に預けたとしよう。その時、米国の証券会社は円をドルに変換する。その一方で、日本の銀行や郵便局は預金の引き出しに対応するために、資産を売却しなければならなくなるであろう。金融機関が株や国債を売却すれば(他の条件が一定として)、株や債券の価格を押し下げることになる。日本の有価証券の価格が下がれば、日本の預金者や日本の株式市場の外国人投資家は、日本の預金や株式、債券をさらに売却して、米国の有価証券を購入したいと考えるであろう。こうした悪循環は相乗効果を生む。
回答:「グローバルな管理」とは、将来のために日本人がためてきた資金が日本経済から海外に流出し、それによって日本人の将来の幸福が奪われることを意味するのであろうか。
ハドソン:その通りである。貯蓄が日本国外へ流出するにつれて、円のドルに対する価値が下がる。
読者:これが理解できない。国内で運用されて自然破壊に使われるよりも、国際的に運用されて世界の発展に使われる方が良いのではないか。
回答:非常に利他主義的な考え方に思える。各国の動きがすべて世界の利益につながれば理想的であるが、国家や経済はその国のために存在することが前提となって世界経済は構成されている。日本は米国や他の国の幸せのために自国の将来を犠牲にしたいと思うであろうか。また、日本の貯蓄を、メリルリンチや他の金融機関に回すことが本当に世界発展につながるのであろうか。「国際的に運用」と言うが、それは日本の貯畜を株や債券の購入に使うということである。生産活動に結びつく工場や建物の建設などの直接投資や雇用にはつながらず、米ドル建ての資産価値が上がるだけである。そうしたキャピタル・ゲインを得る米国企業の経営者は自分の報酬をさらに押し上げ、スワップ取引により外国企業を買収するであろう。これが世界にとって好ましい方向性なのであろうか。最善の発展手段だと言えるのであろうか。実際には、日本が米国の株式市場投資家を金持ちにすることによって、世界をより悪い方向へ導くことになるのではないだろうか。
古典派エコノミストが問うように、貯畜から最も高い利益率を上げる投資先に貯畜を回すことが、社会にとって最良の結果をもたらすとは限らない。
読者:資本が流出するということは、ためていたお金が有効に使われるということであり、失われる、あるいは盗まれるということとは異なる。ハドソンの言い方では、リターンのないところに円が流出していくような感じではないか。そのような形での流出が起こるということを言いたいのだろうか? そうであっても、公共工事と称してお金を自然破壊に使うよりはましだと思うのだが。
回答:私はそうは言っていない。日本の個人投資家は円建て資産よりもドル建て資産の方がより高い利益を得ることができるであろう。しかし、金融界における米国の圧倒的優位性と株式市場のバブルをうまく利用することが、本当に日本や世界にとって「有効」なのだろうか。
ここで私が言おうとしたことは、貯蓄が海外に流出することが日本の銀行や保険会社にいかに悪影響をもたらすかである。貯蓄が海外に流出すれば、銀行は株や他の資産を売却するか、あるいは他の国の中央銀行に身売りしてそのための資金を調達しなければならなくなる。
巨額の資金が流出すればこうした金融機関は破綻し、政府による救済が必要になる。支払いが途絶え、金融不安が生まれれば円は暴落する。円の暴落は海外預金に切り替えた個人投資家にとっては有利かもしれないが、日本の納税者全体としては損失であり、もはや日本経済は自国の金融制度を持てなくなる。
ハドソン:危機であるかのようだが、実際には、不動産や株式市場を高騰させるためにドルを軽率に韓国の銀行に貸し付けた米国の銀行が招いた危機なのである。
読者:この目的の設定は悪意に満ちている。米国の銀行は、韓国に発展の可能性が大きかったために、リスクを覚悟で投資したのではないか。その投資の使い道が少し散漫であったために、韓国自らがそれを返せない状態になったのであろう。それを見て、国際的な格付けが下がったために、ウォンの暴落が起こり、危機的な状態となったのではないか。
回答:「リスクを覚悟で投資すること」はなにも悪いことではない。しかし、銀行はそのリスクに対して責任を負っていない。銀行が融資するお金は預金者の預金であり、政府によって保証されている。また米国の外交政策によって、銀行が行う投資はリスクから守られてさえいる。韓国で不良債権が出たとき米国の銀行はどうしたかというと、損失分を自行で清算するのではなく、財務省に掛け合った。米国の銀行を救済するよう、韓国政府と韓国の国民に圧力をかけるように求めたのである。韓国の銀行が米国銀行に借金を返済できなければ米国の銀行、ひいては米国政府や納税者がそれを肩代わりさせられることになる、と米国の銀行は米国政府に働きかけたのである。
こうしてIMFからの融資により救済されたのは、欧米や日本の銀行であった。韓国の銀行はまだ国内の不良債権を清算できず、依然として倒産の危機が残っている。そしてそのツケを肩代わりするのは韓国の納税者や企業なのである。
さらに、海外の銀行が韓国への新規の融資を行わなくなり、これは韓国企業が自国の銀行から融資を受けられなくなることを意味する。こうして金融逼迫が生じ、韓国企業は倒産を避けるために米国や海外のバイヤーに身売りせざるを得なくなる。韓国経済はこのように金融外交の餌食となり、自国の企業を外資に奪われていく。これが公平な状況だといえるであろうか。
読者:ハドソン氏の言い方は、高利貸がいつも悪く、借りて遊んでいたやくざがいつも正しいような表現に取れる。事実は、リターンの取れる可能性を見誤って、実力以上に資金を借りてしまった韓国と、韓国の発展基盤が脆弱であるということを見誤り、実力以上に貸し付けをした国際金融の問題なのではないか。
回答:「やくざがいつも正しい」とは「やくざがいつもうまく切り抜ける」ということであるとすれば、悲しいことだがそれは正しい。また、「実力以上に借りてしまった韓国」についてであるが、問題は世界には巨額の貯蓄があり、その金額は銀行であろうと他の何者であろうと、生産的に投資できる額をはるかに上回っているという点にある。
米国では1990年の不動産バブル崩壊以来、金融機関が預金者に支払う金利が低く抑えられている。資金があっても高利子を稼げる手段がほとんどなかったのであるから、それは賢明であったと言えよう。不動産部門には債務が積み上げられ、新たな融資先として考えられるのは高リスクのものだけであった。
米国の預金者は銀行から預金をおろし、それをミューチュアル・ファンドや短期金融商品投資信託に投資した。これで株式市場が高騰したのである。悲劇なのは、裕福な金融商品保持者には巨額の富が集まっている一方で、世界の大半が貧困にあるという事実である。なぜ生活水準を向上させ、人々の暮らしを良くすることに直接投資が向くよう、世界経済が構成されないのであろうか。それどころか、新規の貯蓄はバブルをさらにふくらませるために使われている。
ハドソン:ここで榊原氏は、「資本流出」が起こることをはっきりと認めている。その結果、先に述べたように、日本が財務省証券を売却しない限り、地元通貨の価値は一様に押し下げられる。
読者:資本が流出するということは、日本国民個人個人が国際的な債権を保有するということではないのか。これは、国内でだぶついている資金が国際投資に向かうということであり、国際的な債権の暴落と世界の株式の上昇を引き起こすであろう。しかしこれは、日本の国際的な地位が低下するということを意味するものではあり得ない。世界の債権国としての国際的な地位の向上につながるのではないか?
回答:そうかもしれない。しかし、なぜ日本の貯蓄を生産活動に結びつく実体のある富に投資せずに、架空の富である金融商品に回すのか。これはまさに米国の多国籍企業が行っていることと同じである。
読者:これと、為替の問題とは実は無関係であろう。
回答:資本の流れは為替に影響する。日本の貯蓄がメリルリンチや他の米国の資産運用者に流れ、資産運用者が米国の証券市場に投資すれば、日本からの資本の流出は円の価値を引き下げることになる。
もちろん日銀が米国の財務省証券(米国債)を売却して、その資本流出分を相殺することもできる。しかしそうなれば、日本経済が所有する財務省証券(固定金利、ドル建てで価値が固定)の割合が減る一方で、価格は上昇するかもしれないが価値が下がる可能性のある米国の株や債券の割合が増えるだけである。
ハドソン:日本の預金者が自分の貯蓄を多国籍企業の証券会社に預け、証券会社は米国やヨーロッパ市場にその貯蓄を投資するというのに、東京に海外資本が流入するわけがない。
読者:多国籍企業の証券会社は、欧米にのみ価値を見い出しているとでも言うのであろうか、ハドソンは。そのような偏狭な観方で動くならば、その証券会社は国際市場から締め出されるであろう。
回答:確かに、現在の証券会社は欧米にのみ価値を見い出している。アジア企業を安く買いたたくためにミューチュアル・ファンドがわずかに生まれたが、大半の米国投資家はアジアを恐れている。インドネシアのスハルトによる家族や軍隊の利益のために労働者を搾取する家族主義や他のアジア諸国の泥棒政治に対して、外国人投資家は愛想をつかし、長期的に株や債券の価値の上昇が期待できる資本市場を求めて、より民主的な国を探し始めている。
「国際市場から締め出される」ようなことはあり得ない。あなたの言う「偏狭な観方」こそ現実なのである。
読者:投資先は、その安定度・収益性などから考慮されて選択されるものである。その中には当然、東京市場も含まれる。ビッグバン以降の東京市場は、現在のようなPKOによってコントロールされるものではなくなるであろうし、市場の透明性が高まっているのであるから、現在よりはるかに投資しやすい市場に変貌することであろう。
回答:透明なだけでは不十分である。日本経済が大蔵省と自民党の誤った管理によって崩壊し、自滅しつつあることは多くの米国投資家の目に明らかである。米国のエコノミストは橋本や自民党を全く信用していない。橋本が何をやろうとしているのか、日本経済を崩壊へ導くのが明らかな行動をなぜ取っているのか、誰にも理解できない。日本の状況が悪いことが透明になれば、外国人は日本への投資や日本の上場株の購入を躊躇するだけである。