金融ビッグバンが本格始動し、このところ金融ビッグバンをテーマとする雑誌のインタビューやテレビの出演の依頼が増えています。4月4日に放映されたフジテレビ系の「土曜一番!花やしき」にも出演しました。その中で私は、「金融ビッグバンが日本に導入されれば、金融業界は高利貸と全く同じになる。そして他の大多数の一般国民を犠牲に金融業界だけが栄えるようになれば、イギリスや米国と同様、日本でも貧富の差が拡大する」と主張しました。ただし、金融ビッグバンで先をいく両国が、長年のリストラの後、好景気で潤っていると他の出演者が指摘したのに対し、これが事実ではないという反論が充分にできなかったように感じます。 そこで今回は、米国が好景気であるとする主流派の報道は正しくないことを示すNationの記事をご紹介します。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
暴かれた「アメリカ・モデル」
ジェフ・フォウクス
(The Nation:1997.10.27)
最も人気がある米国の輸出品はハリウッド映画であるが、「先進国であれ低開発国であれ他の市場経済諸国がグローバル市場にうまく適応するためには米国経済が模範となる」という幻想がそれに続いて人気があるようだ。
1997年6月のG7経済首脳会議では、こうしたばかげた考え方がクリントン政権によって色濃く印象づけられた。同政権は主要経済分野のほとんどにおいて米国が他の6ヵ国を凌いでいることを吹聴する広報資料を配布した。そしてクリントン大統領自らが米国の奇跡を宣伝し、もちろんそれは同政権の政策によるものだとしたのである。
西欧諸国の失業率の高さや、1990年に始まった株式市場崩壊から抜け出せずにいる日本の状況を見ると、クリントンが最近の米国経済の成長を誇るのも無理はない。同じ状況なら、いかなる国の政治家でも自慢せずにはいられないであろう。
しかしクリントン政権はさらに野心的な主張も行った。米国経済の急成長は、新自由主義のパラダイムそのものの卓越性を示すものであるというのである。この主張はアメリカの主流派のマスコミや業界紙、さらには固定観念から抜け出せない他のメディアによって毎日のように繰り返し報道された。その主張によれば、西欧の成長が遅い理由は、労働者の保護や福祉手当てなどによって効率性が阻まれ市場に負担がかかっているからだという。そして新しいシナリオは、市場の規制緩和、労働組合の弱体化、社会安全保障制度の縮小または民営化、法人税削減、そしてほんの一握りの人たちを大金持ちにするようなチャンスを与えるために国民の義務について講義することなどが必要であると訴える。そうすれば、米国式繁栄が必ずやってくる、というのである。
アメリカ・モデルのイデオロギー的な覇権はあまりにも完璧であり、あえて異議を唱えるとすれば自由放任主義の未来への移行コストの不満しかない。例えばヨーロッパのエリートたちの間で聞かれるのは、社会的保護を取り除くべきかどうかではなく、それをどの程度の速度で実行するか、という問題である。規制緩和のテンポがあまりに急速であると社会は甚大な痛みを伴うことになり、それが新自由主義の企業に対する反発を招くことになるのではないかと恐れている。
しかしテンポやタイミングの問題以上に、米国経済の成功物語には深刻な問題が潜んでいる。それは米国経済を示す統計と相反する問題である。以下に真実を列挙してみよう。
真実その1:米国の雇用の急増は何も今に始まったわけではない。米国の雇用の増加率は数十年もの間、ヨーロッパのそれを上回っている。ヨーロッパ・モデルの方が良いとされていた60年代、70年代ですら雇用増加率は米国が上回っていた。過去50年間、オーストラリアやカナダといった国々の雇用が急増してきたのと同じ理由で、米国の雇用増加率はヨーロッパを上回ってきた。それは、大量の移民の流入そして高い出生率による労働力人口の急増に起因する。
真実その2:ここ数年の米国の急成長と低い就業率の第一の理由は、より自由主義的なマクロ経済政策によるものである。80年代、米国は巨額の財政赤字を抱え、それが10年間におよぶ成長を刺激した。90年代になると財政赤字は削減されたが、米国の中央銀行は拡張的通貨政策をとってきた。米国にはヨーロッパのようなマーストリヒト条約の制約もなく、したがって、需要全体を喚起するための政策を自由にとることができた。事実、より速い成長に抵抗する米国の中央銀行家たちの政策は、徐々に反対され却下されるようになった。少し前までの金融界の通念では、失業率6.5%で容認できないインフレを招くとされていたが、その敷居値は6%に下がり、次に5.5%、さらに5%へと低下した。現在の失業率は5%をわずかに下回っているがインフレの兆候は見られない。
真実その3:西欧と米国の失業率の差は誇張されていることが多い。失業者の定義の違いを調整すると失業率の差はずっと縮まる。例えば、米国の定義では、1996年のドイツの失業率が7.2%であったのに対し、米国は5.4%であった。これに現在投獄されている米国の労働力人口(ドイツの約10倍)を加えると米国の失業率は6.4%に跳ね上がる。
真実その4:最近の米国の雇用の増加は、いわゆる労働の柔軟性とはほとんど関係がない。事実、米国の労働市場の規制は、現在の雇用増加が始まり、失業率が7.5%であった1992年よりも厳しくなっている。クリントン政権になってから米国は雇い主に対して家族休暇および医療休暇の提供を要求しており、また最低賃金を大幅に引き上げ、労働環境の規制を強化した。最も貧しい米国人のための社会福祉制度は縮小されたが、その影響は市場に集中し、労働市場では労働力の過剰が続いている。したがって福祉改革によって、子持ちの女性が、すでに失業率20%にもなる低賃金労働市場に追いやられることになるであろう。
真実その5:現在の雇用拡大の時期に米国で生まれた新しい雇用はすべてサービス分野のものである。そのほとんどが低賃金の小売業と消費者サービス分野であり、ここでは製造業とは異なり、米国の労働者はヨーロッパの労働者と比較してかなり低賃金である。クリントン政権の経済諮問委員会は、新しい雇用の大部分は平均賃金を上回っていると主張しているが、これが混乱を招いている。厳密にはそれは事実であるが、今回の雇用拡大の時期に、実質賃金の中央値が低下したために、これらの職に就く人々の賃金は下がっている。1997年上半期にようやく労働者市場の規制が厳しくなり始め、実質賃金の中央値の低下はおさまったが、実質賃金は、前回の好景気の1989年の水準を5%以上下回ったままなのである。統計数字がいかに実態を反映していないか、その例を挙げよう。鉄工所に勤める労働者が時給18ドルで健康保険と年金手当てのついた職を失い、時給9ドルで手当ての全くつかないファスト・フードのレストランのアシスタントの夜勤マネジャーの職に就いたとする。生活が良くなったか、悪くなったかは一目瞭然である。しかし政府の分析では、新しい職が「マネジャー」であり、マネジャーの賃金の平均が、鉄工所の生産労働者の平均よりも良いために、今の方が良い、ということになるのである。
真実その6:米国の景気拡大の中で引き続き低下しているのは実質賃金ばかりではない。健康保険と年金プランの手当てのついた労働者の割合もまた減少している。さらに、パートタイムやその他の非定期採用者の数も着実に増加している。米国で最大の雇用主は、人材派遣会社のマンパワー社である。
真実その7:所得、富の不均衡、その結果生まれた政治力の不均衡が、新しいアメリカ・モデルの特徴である。1947年から1970年代半ばまでに上位5%と下位20%の世帯所得の占める比率は、14対1から11対1に縮まった。それが、今では19対1にまでに開いている。新しく発表された国勢調査によれば、下位60%の世帯の平均所得は過去7年間低下した。1974年、米国大企業の平均的なCEOは平均的な労働者の34倍の所得を得ていた。今日、それは約180倍になった。より大きな変化は、所得が労働者から資本家へと着実にシフトしている点である。民間企業の労働者の所得の割合は戦後上昇したが、80年代に下がり始め、今でも低下の一途をたどっている。資本家の取り分が増えていることから、ここ数年間の株価の急騰ぶりの説明がつく。米国の貧困率は、最近の景気拡大にもかかわらず西欧の2~3倍である。フランスの6歳以下の貧困率は6%だが、米国は22%である。どちらの経済がうまくいっているか明らかである。
真実その8:米国の労働人口の大半が犠牲になっているにもかかわらず、米国経済の競争力は高まっていない。その明らかな指標は、20年間にわたる貿易赤字で、これは1996年に過去最高を記録した。一方で、高賃金と手厚い福祉制度を持つドイツは、貿易黒字を記録している。もう1つの指標としては、米国の生産性増加が全体的に低く、他の主要先進国の半分しかない点にある。これは1つには、米国が安い労働力に依存しているためである。大規模なダウンサイジングや合理化にもかかわらず、製造分野においても、米国の生産性の増加率はG7諸国の平均を下回っている。米国は景気の循環的上昇期にあるのに対し、西欧はマーストリヒト条約の基準達成で圧迫され、また日本は金融市場の崩壊によって低迷していることを考えると、米国がこうした数字を示しているのは全く芳しいことではない。
新しいアメリカ・モデルが約束するものは、規制緩和、民営化、そして労働者から資本家へ所得をシフトしていけば、いずれ一般国民の生活水準が上がってくる、というものである。アメリカの一般労働者は、約20年間この利点がもたらされるのを待ち望んできたが、現在、1979年よりも所得が10%低くなっている。アメリカ・モデルをとり入れた他の国も同じような問題を抱えている。
イギリスでは、その経済成果を祝福したジャーナリストも含めて、ピラミッドの頂点に属する人々に所得が再配分された。しかし、その成果を得るために犠牲になった労働者がそれに見合った取り分を獲得できる程、パイ全体は大きくはなかった。例えば、過去6年間イギリスの雇用増加率はドイツ、フランス、日本を下回っている。今日、イギリスの就業人口は1992年と比較して100万人分少ない。
メキシコでは、政府がアメリカ・モデルに倣い、規制なき貿易、金融の規制緩和、民営化を10年以上行ってきた。その結果、投機ブームによる通貨の崩壊、実質賃金の40%低下、中流層の貧困化がメキシコを襲った。こうした新しいアメリカ・モデルの採用は、対外債務の負担からメキシコを救済する代わりに、対外債務の負担をさらに50%増加させることになり、これを支払うのは労働者である。
それでも、米国から学ぶべきものもある。ただしそれは、マスコミや企業、金融機関が勧めていることではない。第一に、上記のような連邦準備制度の統計を分析すると明らかなように、世界の先進経済諸国においてインフレなしに就業率を上げる余裕が米国には十分にあるという点である。
第二に、雇用は確かに拡大しているものの、そのほとんどは生産性が低く、賃金の安い消費者サービス分野からもたらされた。これらの雇用へのシフトは、賃金の高い製造業や生産分野の賃金と手当てを引き下げることになる。この流れに対抗するために、議会は最低賃金を引き上げ、低賃金労働者の減税につながる勤労所得税控除を通して低賃金者を補助した。長期的に重要なのは、サービス産業の低賃金労働者を組織化するために米国の労働運動がより活発になるとのことである。
第三は、米国には真似る価値のある労働の柔軟性がある。米国の学校、ビジネス、その他の機関は人生の初期に失敗したり、落ちこぼれた人間に対して、より開放的である。30代、40代、50代、さらにもっと後でも、米国では新しいキャリアや新しい人生を始めることも容易である。アメリカが世界に提供できる教訓は、上昇志向の社会流動性のための好機にあるのであり、保守的な労働法や貧乏人や失業者を冷たく扱うことにあるのではない。
実際、模範となるモデルがひとつだけということはありえない。現在の米国経済政策も、西欧または日本の政府が遂行している政策も新しいグローバル経済において労働者の利益を推進する上で適切なものではない。適切なモデルは、それらのすべてから最善の部分を集めて作られるであろう。より拡張的なマクロ経済政策を通じて高成長を遂げている米国。無慈悲な規制のない市場から勤労世帯を守る社会契約を持つヨーロッパ。そして雇用の安定を社会の最優先事項とする日本。これらをミックスさせたものに、労働者の権利の保障と環境基準を加え、さらに国内経済を刺激するために第三世界の国民の債務救済を加えるべきである。
1996年11月、米国の有権者は社会の安全網に対する保守派の攻撃を受け入れなかった。1997年初頭、イギリスの有権者はアメリカ・モデルのサッチャー版はイギリスではうまくいかないと結論づけた。フランスでは、有権者は政府がとっていた新自由主義を非難する連立政府を選択し、多くの人々を驚かせた。そしてメキシコでは、与党による厳しい選挙統制にもかかわらず、メキシコで2番目に重要なメキシコシティの市長に、米国モデルを熱心に批判していた候補者が当選した。
将来、どのような政策がとられるかは定かではないが、1つだけ確かなことがある。つまり、新しいアメリカ・モデルは、アメリカにおいてさえもその大半を占める労働者にとってはうまく機能していない、という点である。
[The Nationより、許可を得て翻訳・転載]