No.159 読売の7つの提言に対する反論(2):税率の恒久的引き下げ

昨日に引き続き、読売新聞の「経済危機7つの提言」の中から、3つ目の提言に対して、ニューヨーク在住のエコノミスト、ハドソンと私の2人で反論を試みましたのでお送りします。今回の提言は所得税・住民税の最高税率、および法人税の引き下げに関するものです。読売新聞のこの提言を実施すれば、日本も英米両国のように、金持ちはさらに裕福になる一方で、一般庶民の税負担は増え、社会が分断することになるとハドソンは指摘しています。また、その行き着く先は階級闘争の再燃だとも警告しています。

あすでは遅すぎる・経済危機7つの提言
税率の恒久的引き下げ(連載3)
98.04.23 読売朝刊
経済危機取材班 調査研究本部主任研究員・西田進

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<所得・住民税最高税率65→50%>
読売:数々のヒット曲を生み出している人気作曲家の小室哲哉さんは、昨年の所得税納税額が十億円に上り、高額納税者番付の全国第四位に入って話題となった。しかし、今後は番付上位から姿を消しそうだ。収入が減るからではない。小室さんは昨年四月にロサンゼルスに自宅を移したため、今年からは一部を除き所得税の大半をアメリカで納税するからだ。小室さんのロス移住は「国際的活動が増えたため」(所属事務所のTKミュージアム)だが、その背景には日米の税率格差という問題も潜んでいる。日本の所得税の最高税率は住民税を含め65%だが、アメリカでは46%程度、イギリスは40%と低い。高額所得者の場合、海外移住すれば税負担を数千万円から数億円軽減することも可能だ。日本の高い所得税を嫌って海外に移り住むベンチャー企業経営者や芸能人などが跡を絶たない。働くことにペナルティーを科すような税制は経済社会の活力を奪う。

ハドソン:今、この小室氏のような例が世界中で問題になっている。金で動く政治家が富裕者や政治献金を行う企業に対してあまりにも多くの抜け穴を用意したため、法人税の低い、あるいはゼロの国に移転する企業や高額所得者が跡を絶たず、国が彼らから正当な税金を徴収することは今やほとんど不可能になっている。こうした税の抜け穴は税率が今よりもずっと高い時代に誕生したものであるが、税率の上限が大幅に低くなった現在も、そのまま抜け穴は残っている。それでは国はどうすれば良いのであろう。海外に動かすことのできない、国が徴収できる唯一の税金が、土地や不動産に対する税金である。こうした土地や不動産といった有形資産に対する課税が、結局最も効率的なのである。読売新聞のように、海外に移り住む企業や富裕者に降参し、「彼らにはかなわない。この勝負は我々の負けだ」といってしまっては何の解決策にもならない。税制を正しい方向に改革すれば良いのである。

読売:早急に最高税率をグローバルスタンダード(国際標準)まで下げ、税率の累進構造もなだらかにする必要がある。

ハドソン:読売の提言は階級闘争を再燃させることになる。日本はなぜ米国、イギリス、ロシア、チリなど、レーガノミクスやサッチャー主義、えせ資本主義といった国のやり方を真似なければならないのか。これらの国では、政治献金やシンクタンクへの巨額の投資によって大企業が政治過程を支配している。日本も同じことをしろというのか。国際的にこうしたことが行われているからといって、日本の大企業も同じように高額な賄賂を払って政治家を買収し、税率を下げさせることが国際標準であるわけがない。今日、英米の選挙は金で決まる。これが両国の新しい「民主政治」の形であり、結局それは寡頭政治なのである。日本は、立法過程の基盤を投票ではなく政治献金に置くような「不正資本主義」や政治の民営化を真似るべきではない。

<法人税の実効税率46→40%>
ハドソン:日本が法人税を引き下げるのであれば、最も良いのはその減税分を土地や他の不動産、さらには投機的な株式収益に対する税金に転換することである。

読売:法人税の実効税率(地方税も含め実際にかかる税金の負担割合)も46.36%と国際的に突出している。先進国の多くは30-40%前後で、途上国は15-30%程度とさらに低い。

ハドソン:名目税率には政治家や縁故者に払われる賄賂は含まれていない。そして発展途上国で事業を行う場合には、そうした賄賂が必要不可欠であることを読売新聞は言及していない。いくら法人税が低くても現地で事業を行うために賄賂が必要であれば企業の負担は同じである。
さらに重要なことは、米国が所得税の最高税率を半分に削減できたのも、日本人にその税負担を転嫁できたからである。米国の純赤字はすべて日本が補填していた。しかし、日本が減税を行っても、赤字を補填してくれる国はない。そして、読売新聞は減税分の財源をどこから調達すべきかに言及していない。減税だけを提案することは、あまりにも無責任である。米国は減税しても日本に財務省証券(米国債)を購入させれば良かった。日本の場合、公共サービスを削減するか、財政赤字を増やすか、消費税を増税するしか道はない。
一方のイギリスでは減税による税収の減少分を補うために、国有企業や国有財産を売却した。電話、石油の埋蔵、鉄道、バス、航空会社、空港、鉄鋼、公営住宅などをすべて売却した結果、イギリス政府の正味資産はマイナスに転じた。そして、それまで公共事業で行われていたサービスの値段はすべて跳ね上がった。労働力は縮小し、社会保障も削減され、今やイギリス国民の大半が窮状を訴えている。票を集めるために巧妙に仕立て上げられた「民営化」の夢は、所詮夢に過ぎなかったことにイギリス人は今になって気づいたのである。だからこそ、トーリー党は大敗を喫した。同じ理由で米国では共和党員が追い出され、またチリでもピノチェトの独裁政権は失脚した。他の諸国が18年前に犯した失敗を、本当に日本は繰り返したいのであろうか。この失敗のために支払う代償は国家の破綻である。これこそ、読売新聞が日本を導こうとしているトンネルの向こうにある状況なのである。

耕助:確かに日本よりも米国の方が法人税は低い。しかし、それは米国企業がロビー活動を通して政府に対する影響力を強め、自分たちに有利なように税制を改正していったからである。企業が昨年の損失分を先まで繰り越して税金から控除できるという純営業損失控除、借入金の支払い利息分を差し引く控除、その他数多くの特別措置によって米国企業は法人税の支払いを逃れている。1950年に米国の総税収額の割合は個人対企業が100:76であった。それが1992年代には、100:21となった。50年と80年代を比べて、企業の納めた税額の増加率は264%であったが、同時期に個人の支払った税額の増加率は1041%にも上る。企業の節税分を穴埋めするのは、結局個人の所得税しかないのである。

読売:「これでは外国企業が日本への投資をためらうし、日本企業の海外流出を一層進め、日本経済の活性化どころか空洞化を助長する」(本間正明阪大教授)。法人税の実効税率を40%程度まで下げ、企業の活力を高めるサプライサイド(産業側)に向けた政策が必要だ。海外から日本への投資は、世界中の企業の対外投資総額のわずか1%強で、対ベトナム投資より少ないのだ。日本に投資魅力がないのは法人税の高負担が大きな要因となっている。

ハドソン:読売新聞は米国の企業家にもインタビューをすべきであった。米国の多国籍企業は、日本の法人税を一銭も支払わずに日本で事業を行うことができることを知っている。日本での経費を法外な額に水増しして、利益がゼロであったと申告するのである。こうした多国籍企業の会計手法は世界中で政府を騙すために利用されている。読売新聞が擁護する世界は、まさにこうしたグローバリズムなのである。読売新聞は外資の日本への投資を増やすために法人税の減税を提言している。しかし、多国籍企業は日本が減税しようがしまいが、税金ゼロのパナマやバハマ、バミューダ、西インド諸島のクラサオ島、ケイマン諸島などの資本逃避地を利用して会計処理を行うだろう。したがって日本がわずかばかり減税したとしても外資の日本への投資は増えないのである。読売新聞は日本の問題をすべて高税率のせいにしているが、それが原因ではない。

読売:80年代半ばの急激な円高も手伝い、工場を海外に移す企業が増えた。

ハドソン:企業が製造拠点を海外に移転するのは法人税が低いからではなく、低賃金労働者を利用できるからである。こうした海外拠点で日本企業がいかに高い税金を負担しているかを聞いてみるべきである。さらに、読売新聞は所得税、法人税、住民税の税率の恒久引き下げを提言しているが、それだけ税収が減った後、インフラ整備が滞ったり、労働者の教育レベルが下がり、それが原因で企業が海外に移転することもあることに読売新聞は触れていない。

読売:その代表格のアイワは昨年10月にもインドネシアに第二オーディオ工場を新設、これで海外工場は7ヵ所に増えた。かつて3つあった国内工場は1つしか残っていない。アイワの海外生産比率は既に90%に達している。

ハドソン:確かにこうした動きは問題である。しかしこれには多くの原因があり、その解決策も多くの観点から考えなければならない。ところが読売新聞はそれをすべて1つの方向に集約し、単純化し過ぎている。それは以下に明らかである。

読売:単なる景気対策にとどめず、日本経済再生に向けた構造改革につなげるため、橋本首相は財源問題も含め税制改革の具体策を早急に示さなければならない。例えば、日本には企業が2百43万社あるが、うち65%は赤字で法人税を払っていない。

耕助:これは、法人税の徴収方法が甘すぎるからではないのか。サラリーマンは税引き後給与の可処分所得から、生活費や教育費を賄っているのに対し、企業の場合は売上からすべての経費を除いた後の利益に対して法人税が課せられる。銀行や保険会社、証券会社、その他の高利貸しはさらに有利である。一般の個人は生活費や税金を除いて余裕があれば貯蓄を行う。しかし、金融機関は全収入から先にそうした貯蓄分(引当金)を控除することが許され、その後の金額が課税所得となる。

読売:島田晴雄慶大教授の試算によると、法人事業税の見直しなどで赤字法人にも課税ベースを拡大すれば、法人税の実効税率を40%程度に引き下げる財源確保は可能だという。

耕助:赤字法人にも、課税ベースを拡大すると提案しているが、一体どのように拡大するというのか。私が上述したように個人の税金と同様に徴税を徹底するというのであれば、そのための詳しい方法を提示してもらいたい。

読売:日本の税制をグローバルスタンダードに合わせるなら、所得税の課税最低限や消費税も同じように扱う必要がある。所得税の課税最低限は米英などに比べて高い。全国の給与所得者と個人事業主合わせ5千9百万人(農業などを除く)のうち所得税の納税者は4千8百万人。1千百万人は納めていない。

ハドソン:これは当然である。どのような国でも最低所得層が生き延びることができるように、貧困者には税の支払いを免除している。これは累進税制の最も基本的な原則である。

耕助:読売新聞は意図的に「グローバルスタンダード」という言葉を用いているが、これは英米のスタンダードに他ならない。そしてここで提言していることは、税負担を富裕者や権力者から一般国民に転嫁することである。これこそまさに、英米でレーガンとサッチャーが使った手口であり、それが今両国を二極化させ、貧困や犯罪、麻薬といった問題で苦しめている。

読売:課税最低限の引き下げは低所得層いじめになるとして、政治的にも避けられてきた。しかし、税制改革の影響で本当の社会的弱者が困るのを防ぐには、社会保障の充実など政策面の措置で対応するべきだ。

ハドソン:最低所得者から税金を取り、次に取った分を福祉で返す、という読売新聞の提案は、官僚の煩雑な手続きを増やすことに他ならない。そうした不毛で無駄な官僚手続きを増やしながら、一体どうやって財政赤字を削減していこうというのであろうか。

<相続税の最高税率70→50%>
読売:成功した者に懲罰的な高率課税で報いるのではなく、「薄く広く公平な負担」で人々の「やる気」を引き出すことが大切だ。それで経済を活性化させられれば、国民全体のプラスに結びつく。

ハドソン:これが読売新聞の真意である。読売新聞がここでいう「成功」とは何か。資本利得や財産相続を手にしたり、不動産や株式市場に投資して儲けることか。従業員をレイオフし、工場を海外移転させて成功することなのか。「成功」にもいろいろある。利益を出していればすべての成功を歓迎していいかというとそうではない。しかし、読売新聞はすべてを一緒くたにしている。それが生産的な努力ではなく、結局寄生を奨励することになるのではないかと私は危惧する。

耕助:高額所得者はその所得が自分の努力だけではなく、自分が暮らしているすばらしい社会のおかげで得られていることを認識し、感謝すべきである。税金を使って政府が整備した交通や教育、情報通信網、ひいては信頼や平和、勤勉さがあってこそ、恩恵に与かることができるのである。手にした利益を1人占めにし、巨額の富を自分だけの手柄のように考え、税金逃れに奔走するのはあまりに利己的であり恩知らずではないか。

読売:その意味では、「二代相続すれば財産は一割以下に減ってしまう」(上原昭二大正製薬会長)くらい高率の相続税の最高税率(70%)を、50%程度に引き下げることも必要だ。

ハドソン:相続税は働かずして得た富に対する課税である。相続税がかかるからといって生き返る人はいないし、相続税がかかるから相続しない、という人もいない。相続税は、すべての人々が同じ土俵に立つようにするものなのである。

耕助:読売新聞は減税で人々のやる気を引き出すというが、相続税の引き下げは相続した富に寄生して生活することを可能にする。これは人々のやる気を奪うことになる。何も生産しない、労働を伴なわない寄生者の税金を低くすれば、結局は生産者の税金を引き上げざるを得なくなる。

読売:税制改革のための財源としては、景気情勢をにらみながら、公共事業を含む無駄な歳出の削減、消費税引き上げなど直間比率の是正に取り組むことだ。

ハドソン:直間比率の是正というが、直接税と間接税の正しい比率など存在しない。読売新聞は全く根拠のない主張をしている。経済学者達が最適だとしているのは、所得や売上への課税ではなく、土地への課税である。

耕助:つまり読売新聞のいう「是正」とは、富裕者や権力者の税金を減らし、一般庶民の税金を増やすことなのである。

読売:消費税は福祉目的税化し、年金、医療、社会的弱者対策に使うべきだ。

ハドソン:ごまかされてはいけない。「福祉目的」という言葉は、有権者に消費税増税を受け入れさせるための政治的意図をもって書かれている。政府にとって歳入はすべて同じである。歳入を財源によって区別するなどということはあり得ない。

読売:アメリカ経済は株価が史上最高値を更新し続けるなど絶好調だ。その原動力となったのは80年代半ばのレーガン元大統領の税制改革だ。

ハドソン:米国経済は株式トレーダーには確かに好調かもしれないが、ただそれだけのことである。レーガン大統領の税制改革によって巨額の財政赤字が生まれ、その赤字は貨幣を鋳造することで埋められた。その結果、賃金や物価ではなく、株式や債券、不動産の価格が急騰した。日本ではこのレーガン政権時代に世界でも最も急速な株価の上昇が起きた。今日、日本はこの時代をバブルであったと振り返り、それが今、この読売新聞が解決しようとする問題になって残ったのである。この読売の処方箋は、日本にバブル経済を再燃させ、さらに深刻な問題を生むことになる。

読売:当初は財政と経常収支の「双子の赤字」が拡大して批判を浴びたが、大胆な規制緩和と法人税、所得税の抜本改革は企業経営者や中高所得層の意欲を刺激し、経済活力を飛躍的に高めるきっかけとなった。

ハドソン:しかし、減税は財政赤字も経常収支赤字も削減しなかった。確かに、ジャンクボンドを使った企業の乗っ取り屋たちの意欲は刺激した。しかし、そうした企業乗っ取りの過程で米国企業は負債を増やし、悪影響を受け始めた。レーガンとブッシュの時代の株価高騰により、米国企業の目的は収益を上げることではなく、資本利得を増やすことに転じた。その結果、直接投資は枯渇し始め、不動産投機が主目的になってしまった。どこかの国でも同じことが起きなかっただろうか。

耕助:金持ちと権力者のためにレーガンが行った減税は、米国を世界最大の債権国から世界最大の債務国に転落させた。世界で最も豊かだった社会は、貧困や麻薬、犯罪がはびこる第三世界の国に変わってしまった。

読売:江戸時代には「五公五民」が原則で、田畑からの収穫の半分は年貢に納め、半分は農民に残った。それが厳しい取り立てで「七公三民」や「八公二民」になると、一揆(いっき)が起きたともいわれる。平成の税制改革も最高税率は「五公五民」「四公六民」を目指し、経済社会を支える企業と働く者を大切にしていかなければならない。

ハドソン:「企業と働く者を大切に」というが、不良債権を抱える銀行や不動産業界が、社会の大きなお荷物に簡単に変わり得ることは、すでにわかったはずである。企業や金持ちの投機家が間違った行動をとれば、大切にされるべき社会の「宝」が社会の「癌」にもなり得るのである。そこをきちんと区別して考える必要がある。