今回も読売新聞の「経済危機7つの提言」の中から7つ目の提言に対するコメントをお送りします。読売新聞はここで橋本首相を、リーダーシップを発揮しない「顔の見えない」首相と呼んでいますが、実際には、橋本首相は日本を米国に売り渡すために数多くのことを行ってきました。さらに読売新聞はその指導者が今以上に自由に米国の要求を実行できるように、首相の権限を強化する改革を急ぐべきであると提言しています。マイケル・ハドソンの反論を皆さんはどのようにお考えになりますか。ご意見をお待ちしております。
あすでは遅すぎる・経済危機7つの提言
顔の見えない首相はいらない(連載7)
98.04.28 読売新聞
経済危機取材班 尾崎和典
読売:欧米で「ジャパンプロブレム(日本問題)」という言葉がしばしばささやかれている。かつては日本異質論、黒字批判論だったが、今回は違う意味が込められている。「日本には資金も能力もあるのに、政治的意思が欠けているために問題を解決できない」という内外の指摘である。
ハドソン:米国では、1985年にも日本の「問題」がよく議論された。しかし、当時と今の違いは、今「問題」になっていることが、当時は「解決策」と考えられていた点である。当時、米国の金融外交官は日本が政治的意思に欠けているのをよいことに、日本がどうすべきかを1から10まで指図した。その内容は以下のようなものであった。
* 金利を非現実的に低く抑え、バブル経済を膨張させる。(これによる米国株式市場の活況に乗じて多くの米国人が金持ちになった。)
* 米国の財政赤字を補填するために、日本が犠牲になって日本の資金を米国に還流させる。さらに、どのような競争条件であっても米国の輸出業者に日本市場で一定の市場占有率を保証するという、不当な貿易協定に応じる。
* 国連、世界銀行、IMFなどのすべての国際機関において、米国を支持する。
* 米国支配の国際機関を通じて、日本は貿易黒字を海外援助として第三世界の米国の同盟国に還流させる。
* 日本政府は増税、および国民の借金にあたる国家債務を増やし、米国の最大の債権国となる。
つまり、日本の政治的意思の欠如は昔からの問題なのである。今回の読売新聞の提言は、単に一番最近の政治的意思の欠如を示しているにすぎない。そして米国の受け売りである提言をあたかも自前の解決策であるかのごとく見せかけて、親米派の与党である自民党の広報機関となっているのが読売新聞なのである。
読売:未曽有(みぞう)の危機に直面しながら、有効な手を迅速に打たずにきた日本の政治のリーダーシップの欠如に対する海外の視線は厳しい。
ハドソン:米国人や他の外国人が最も恐れていること、それは日本が現実に、独力で問題を解決してしまうことである。自民党の手先である読売新聞がこの連載で紹介してきた提言は解決策などではなく、むしろ逆効果となって事態を悪化させるものである。
読売:橋本首相が4兆円の特別減税などの経済対策、財政構造改革法改正を明言した9日から一夜明けた10日、政府高官や首相側近から、「1、2月に4兆円減税をやっていたら相当効果があったろう」と、遅すぎた決断を悔やむ声が漏れた。経済危機が深刻さを増した今年初めから、自民党の加藤幹事長ら党執行部が景気対策を小出しに表明し、市場への「口先介入」を続けてきた間、首相はひたすら沈黙を守っていた。当時、自民党幹部の一人は、「首相自身が景気対策を表明すれば、財政構造改革路線の転換と受け取られ、党内外から政治責任を追及されるからだ」と解説した。政権維持と政争への思惑という低次元の発想が優先したのだ。危機にあたって、首相がリーダーシップを発揮しなければ、国民も市場も政治を信頼しない。国民にとって「顔が見えない首相」を持つのは不幸なことだ。
ハドソン:自民党は、読売新聞を通して、橋本首相の退陣を望んでいると公言したいようである。しかし、新しい首相は政策を変更できるのであろうか。それともやはり米国にいわれるままの政策をとり続けるのであろうか。
読売:政府・自民党の経済対策は、90年8月の湾岸危機の際、日本の対応が「小出し」「遅すぎる」と批判されたのと似ている。
ハドソン:湾岸戦争の問題は政府の「小出し」で「遅すぎる」対応ではない。問題は、日本が米国のいうままに行動し、米国の戦争費用を捻出するために日本国民の税金を使ったことにある。湾岸危機において、日本は極めて迅速に、かつ極めて従順に米国の最西端の州として最大の費用を負担したのである。
読売:「全面支持にふさわしい数字が必要だ。1分、1秒でも早く決断しなければならない」。91年1月に湾岸戦争が勃発(ぼっぱつ)した直後、橋本蔵相(当時)はこう発言し、わずか1週間後に90億ドルの追加支援が決まった。首相は、この言葉を忘れてしまったのだろうか。
ハドソン:米国の戦争に対して、これだけの貢献をした主権国家が他にあったであろうか。他の国は米国への宥和をほのめかす以上の行動はまったくとらなかった。そのことを考えれば、日本の対応は決して「小出し」でもなければ、「遅すぎる」こともなかった。これだけの行動をとる国は過去も将来も日本以外にはない。
読売:与党内や各政党、省庁間の調整を踏まえて政策決定する調整型リーダーシップの限界は阪神大震災やペルーの日本大使公邸占拠事件などでも露呈したが、今回の経済危機への対応もその典型だ。「鉄の女」といわれたサッチャー元英国首相のリーダーシップは、1つのお手本だ。サッチャー元首相は、回顧録の中で、経済政策の基本方針に関して、「最終的には私がどれほど本気であるかという、真剣さの質にかかっていたのであり、私はだれ1人として疑いをもたないようにした」と述べている。「英国病」といわれた経済状態から英国を再生させたのは、「断固たる信念」に裏打ちされたリーダーシップだった。
ハドソン:読売新聞は歴史を偽って描写することを恥ずかしいと思わないのであろうか。サッチャーのマネタリズムはイギリスを景気後退に追い込んだ。減税による税収不足は公共資産を売却して補填された。イギリスの国有電力会社12社のうち9社は米国企業に売却された。買い取った米国企業が営業利益をイギリスの消費者に還元することなどもちろんなかった。そしてその後もバス民営化後の値上げとサービスの低下、さらには水道水の水質悪化など、生活水準は低下した。イギリス人がロンドンに住むことはもはや不可能になり、ロンドンは観光客の街となり、高級デパートも外国人にしか利用できず、主な商業物件も外資に売却されている。イギリスの有権者はこれに反旗を翻し、トーリー党員は過去100年で最大の投票差で大敗し、政権を退いた。その後、イギリスの流れは変わったが、それも手遅れであった。公共部門は売却され、国有資産を失ったイギリス政府のバランスシートは大きな赤字を抱えている。公共部門の売却益はイギリス国民全体の生活水準の向上には充てられなかった。富裕者のための減税と法人税の減税に使われたのである。 サッチャーが首相に就任した1979年当時と比較して、イギリスの現在の労働者数は200万人も減少している。イギリスでは階級闘争が再燃し、保守党は今や骨抜き状態である。読売新聞は、こうした事実をなぜ読者に知らせないのか。
読売:それを支えたのが、多数の与党幹部が閣僚として内閣に入る英国の政治制度だ。
ハドソン:イギリスの政治制度では首相が絶対的な権力を持つ。レーニンはイギリスの労働党のトップダウン支配を参考にして共産党を設立した。サッチャーが任命した政府高官たちが自叙伝の中で、自分達が犯した数々の失敗について記している。日本国民はこうした自叙伝を読み、イギリスの過ちを繰り返すのではなく、それから学ぶべきであろう。
読売:「サッチャー政権時代には、こうした制度を利用して、トップダウンの政策が徹底的に行われた」(渡部亮・野村総研ヨーロッパ社長著「英国の復活・日本の挫折」)調整に手間取って対応が遅れがちな調整型リーダーシップの欠点を補い、首相がトップダウンで政策決定できるような改革を急がなければならない。
ハドソン:読売新聞の提言はサッチャーリズム、つまりマネタリズムである。そして日本に、民主主義をやめて大蔵省と日銀主導の独裁政治を採用するよう主張している。もし日本が独裁主義になれば、南米の独裁主義国が自国の鉱物資源を枯渇させたのと同様に、日本はその貯蓄と資金を奪われて第三世界の国に転落する。こんな政策が選挙で国民の支持を受けるであろうか。
読売:橋本行革の柱である中央省庁再編では、経済財政諮問会議を持つ内閣府の設置など首相の権限強化策が盛り込まれたが、実施目標は2001年だ。それを待たずに、首相直属のスタッフ機構を設置することが急務だ。
ハドソン:まず読売新聞は橋本首相は実行力がないと批判した(しかし実際には実行力がないどころか、日本を米国に売り渡すために多くのことを実行している)。そして次に、その首相の権限をさらに強化すべきだと主張している。つまり、日本の有権者に有無をいわせずに、首相が米国のためにより多くのことを行える権限を与えよ、というのである。本当に日本を外国に支配される独裁主義国にさせたいのか。
読売:スタッフ機構には自民党幹部も加え、政府・与党一体となった政策決定を首相主導で迅速に行う体制を作るべきだ。
ハドソン:ここにこそ問題がある。日本経済を米国に売り渡すという政策決定を「迅速に行う」ことこそ、日本が一番やってはならないことである。
読売:首相が4兆円特別減税を打ち出した背景に、大幅減税を求める米国などの「外圧」があった。
ハドソン:読売が「外圧」を認めていることを知りほっとした。ただし、橋本が行った重要な意思決定がすべて同様に米国からの「外圧」であったとも付け加えるべきであった。
読売:橋本首相は、内海孚元財務官(慶大教授)ら個人的人脈も使い、各国の真意や市場の動きを探ったとされるが、首相の側近は「限界があった」と嘆く。経済と政治が密接に絡み合って、グローバルな国際情報戦争が展開されている時代に、永田町や霞ヶ関での情報戦に明け暮れていたのでは当然だ。
ハドソン:読売新聞は何をいいたいのか。日本は他の国の要望に耳を傾け、それに基づいて政策を決定すべきだとでもいいたいのであろうか。他の国が日本にとって良い提言をするはずがないではないか。彼らが主張するのは、もちろん自分の国や企業の利益になることである。
読売:「市場の政治化」が進む中で、市場を熟知し、市場を“利用”しながら政策を展開する戦略が必要だ。経済同友会の堤清二副代表幹事は20日の記者会見で、首相の退陣を求め、「ブレーンの景気認識が現実とかけ離れ、結果として首相も誤った。なぜ、幅広くエコノミストの意見を聞かなかったのか」と指弾した。首相のスタッフ機構の改革に併せて、いつまでも官僚たたきに明け暮れず、国際的な市場の動きと経済に通じた専門家集団を積極的に活用すべきだろう。
ハドソン:読売新聞のいう「専門家」とは、米国流経済学の教育を受けた経済学者、主にマネタリストのことである。彼らの経済理論は、最も裕福で権力を持つ米国人の利益だけを満たそうとする腐敗したものである。そのような専門家集団を積極的に活用すれば、日本を貧困化させ、今以上に米国への依存を高めることになる。
読売:<顔の見えない首相はいらない>
1. 意思決定は大胆、迅速に
ハドソン:顔の見えない新しい首相に「大胆、迅速に」日本を米国に売却させるべきではない。
2. 首相のスタッフ機構の改革を
ハドソン:選挙で選ばれたわけでもない金融官僚の権限を強化してはならない。選挙で選ばれた立法府に力を与えるべきである。
3. 専門家集団も有効に使え
ハドソン:問題はどのような専門家を雇うかである。米国の「認定証」を持つ専門家には注意すべきである。こうした専門家は日本を売り渡してしまう。彼らは国家経済を崩壊させるプロである。米国はこうしたマネタリストの専門家をロシアに派遣し国有財産を売却させた。またユーゴスラビアにも送ってそれが民族紛争や国家分裂を招いた。さかのぼって1960年代初期にはベトナムに派遣し、またIMFの緊縮政策を通じて南米も崩壊させた。イギリスはサッチャーリズムで破滅し、また米国自身、レーガノミクスで瀕死の打撃を負った。日本にはこうした読売新聞の提言を受け入れる以外に道はないのか。米国の選挙権を持たない日本人が、米国の納税者になる他、道はないのであろうか。200年前、米国は「代議権なければ納税義務なし」をモットーに独立戦争を起こし、イギリスから独立した。日本がその貯蓄を米国に貢ぎ続ける国になることをあえて選ぶのであれば、せめて米国の51番目の州(または、プエルトリコの次の52番目)になるかどうかの国民投票をすべきであろう。