No.176 参院選について思うこと(10)

参院選について思うこと(10)

参院選を目前にして、自民党は自分達の経済政策が正しいと国民に信じ込ませようと必死である。参院選が公示された6月25日、橋本首相は街頭演説において「私、そして自民党を信じていただきたい。まず、景気回復には政治に安定を取り戻すことが一番重要であり、自民党はそれに一つずつ取り組んできた。経済についてもできることはすべて行っている」と述べた。また村岡官房長官は「この選挙は日本の将来を左右する重大な選挙である」と語った。私もこの言には全く同感である。

一国の将来を考えるにあたって、国民がどんな国を望んでいるのかという、その国の哲学をまず明確にする必要がある。国民は、すべての国民の幸福を目指す政府を望んでいるのか、それとも、一部の大企業や富裕者の利益のために国を治める政府を望んでいるのか。後者のような政府では、政府高官が政治献金や天下り先といった大企業や富裕者からの賄賂で買収され、国民の利益よりも、そうしたスポンサーの利益を優先させる。また、企業を、国民を幸福にするための手段と考える政府がいいのか、それとも、国民を材料のように扱う政府がいいのか。後者は、労働者の賃金や手当てを最少に抑え、また消費者としての国民から最大限の支出を引き出すことで、大企業やその経営者の短期的な利益追求を後押しするような政府である。

1950年代から1970年代にかけ、第二次大戦の瓦礫の中から日本を復興させ、日本史上のみならず世界史上でも類のない程、国民の生活水準をもっとも高く押し上げたすばらしい政府が日本にはあった。当時の日本は経済的な奇跡を遂げた国として、また「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」として、世界に注目された。さらに、日本の協調的経済モデルが、英米流の貪欲な利益追求や搾取に取って代わるとして期待された。ここで注目すべき事実は、当時の日本の選挙の投票率が今よりもずっと高かったということである。一部の人の利益ではなく、国民全体の利益を重視する議員を当選させるために、ほとんどの有権者は選挙で票を投じた。そして、当時の経営者達は次のようなことを考えていた。「社会の目標は国民を幸福にすることであり、その中で企業の果たす役割は、国民の幸福につながる物やサービスを提供し、国民がそれを購入できるよう雇用を提供することである。企業の利益拡大は正当な目標ではなく、企業が取ってよい利益は、研究開発や設備投資に必要な分だけで、企業はそれ以上の利益を取る代わりに、値下げをするか、あるいは社員の賃金や手当てを増やすべきである」。当時の経営者は偽善者ではなかった。こうした目標を心から信じ、理想で終わらせることなく実現させた。だからこそ「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」と言われるようになったのだと、私は信じている。そして、そのすばらしい社会を駄目にしたのはその後継者達、つまり現代の日本人だと思う。

これは今の日本の現状を見れば明らかである。先に述べた経済成長期の特徴とは全く逆に、国民の幸せを犠牲にして大企業の利益を優先させているのが今の日本である。また、政府による経済の診断はすべて間違っている。企業の売上や収益、株価の上昇が停滞しているために日本の景気が悪いと政府は結論づけながら、日本国民を最も苦しめている二つの状況、つまり上昇し続ける高失業率と、依然として高すぎる地価からは目を背けている。

また、日本政府が用意した経済問題に対する処方箋は、さらにひどい。

1) 法人税、高額所得者の所得税、有価証券取引き税、地価税、相続税などを引き下げる一方で、消費税のさらなる増税を計画している。これは、政府に賄賂を支払える富裕者から、選挙で投票もしない無関心かつ怠惰な一般国民に、税負担を転嫁することに他ならない。
2) 高利貸し同然の金融機関がバブル期につくった不良債権の後始末に公的資金を投じ、博打のつけを国民に押し付けている。

さらに言えば、こうしたやぶ医者の処方箋は、政府自身の診断そのものとも矛盾している。法人税を引き下げれば企業の収益増につながるだけで、企業に利益をもたらした社会が企業から受け取るべき利益を減少させるだけである。高額所得者の所得税や相続税を減税しても、経済を刺激することにはならない。なぜならば、欲しいものはすべて手にしている高額所得者の消費増は減税では期待できず、その分、貯蓄に回るだけだからである。また、有価証券取引き税や地価税を下げることは、博打を煽るだけである。挙げ句の果てに消費税を増税すれば、橋本不況あるいは自民党不況を招いた消費税の5%への引き上げと同様、デフレを招くことは必至である。不良債権を公的資金で処理しても景気の回復にはつながらない。なぜならば博打はやり得だという悪い教訓を植え付け、将来、金融機関によるさらなる博打行為を奨励することになるからである。博打で勝てば賞金を手にし、負けてもそのつけは国民に消費税として支払わせれば、全く損はしない、という教訓である。

私には、今の日本の「経済危機」が日本政府のでっち上げに思えてならない。国民に危機感を煽ることで、スポンサーである富裕者や大企業の減税を行うための消費税増税を受入れさせる。さらに、金融業界を助けるために不良債権の公的資金による後始末をも納得させる狙いではないかと考える。これは日本政府の常套手段である。結局のところ日本政府は、「日本を軍事攻撃から守るという米国からの約束だ」と言っては日米安全保障条約を日本国民に受入れさせ、また米国の軍事的野望に日本を加担させるための新ガイドラインをも完成させてしまった。残されたのは米国の加護が受けられると信じて疑わない「裸の王様」同然の日本国民だけである。

橋本首相は自分を信じろ、自民党を信じろ、と言うが、彼らは国民が寄せた信任を完全に踏みにじったと私は思っている。来る7月12日の参院選では、是非2人以上の有権者を連れて、投票に行っていただきたい。「国民の信頼を取り戻したいのであれば、国民に誠実かつ十分に仕えなければならない」という教訓を自民党に教えてやろうではないか。