No.178 参院選について思うこと(12)

 今日は7月12日の参院選での重要な争点の1つである、税金についての私見を述べたいと思います。国家の税金を考えるとき、それを自分が勤務する会社や組織に置き換えて考えてみて下さい。経営者が自分の報酬を増やすために、あなたや部下の給料を削ろうとしたら、あなたはどう感じますか。権力を利用して社員や部下を犠牲にし、私利私欲を貪るような経営者をあなたはどう思いますか。こうしたことが自分の身の回りで起これば、きっと読者も許せないと感じるに違いありません。しかし、それが政府や税金の話となると、税金を払っている当事者であるにもかかわらず、他人事のように感じるのはなぜでしょうか。事実、私利私欲を貪る経営者と同様に、政治家がいかなることをしようとも、6割の有権者が選挙にさえ行かず、彼らの悪事を見て見ぬふりをしています。国民がこのまま黙っていれば、社員が何も言わない会社で独裁的な経営者が会社を私物化するのと同様に、政治家は国家を私物化し続けるでしょう。それとも、日本の政治家が推し進めている政策が、いかに言語道断なものであるのか、日本人は気づいていないのでしょうか。もしそうだとしたら、その目を覚ますためにも、その詐欺まがいの行為を以下に暴いてみたいと思います。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

参院選について思うこと(12)

 冒頭で述べた、部下の給料を削ってまで自分の取り分を増やそうとする経営者の例は、現実に今、日本で起きている。自由民主党が繰り広げる、壮大なプロパガンダ・キャンペーンがそれである。日本経済は病んでおり、それを治すには、(1)バブル時代に銀行が博打や賭博者への融資で生んだ負債を日本の納税者に肩代わりさせ、(2)日本で最も裕福な1%の国民の減税をするために99%の国民へ増税するしかないと、国民に信じ込ませようとしている。さらに自民党は、もしこの2つのことを行わなければ、日本経済はデフレに突入し、日本発の世界恐慌を引き起こし、日本の対応がまずかったからだとして世界から大きな怒りを買うことになると国民を脅している。

 このシナリオはすべて自民党がでっち上げた嘘である。自民党はこうした嘘をついても、日本国民はあまりにも怠惰で無関心であるため、この嘘を見抜いて自民党の詭弁を問い正したり、悪事を働いた自民党を選挙で落選させるようなことはしないと、高をくくっている。

 博打で大損をした自民党支援者の不良債権処理については、その政府救済策がいかに言語道断なものであるか前回すでに説明した。今回は、自民党が自分達や、裕福な取り巻き達の税金を削減するために、一般国民の税負担を押し上げるという、いかに不当な政策をとっているかについて言及したい。

 自民党は日本経済を立て直すには、大企業の法人税、高額所得者の所得税や相続税、有価証券取引税や土地取引にかかる税金を是非とも減税しなければならないと主張する。
 この主張を1つずつ検証してみたい。

1. 日本に減税をする余裕はない。日本の国と地方を合わせた長期債務残高がGDPに占める割合は、1965年にはたった0.5%であったものが、1997年には93.1%、今年にいたってはGDPの101.8%にまで膨れ上がった。これはつまり過去30年間に、日本のGDPは14倍にしか増えていないのに、国家債務は200倍以上に増えたということである。つまり、日本の借金が収入の14倍の速さで増えたのである。OECD推定によれば、国と地方の債務残高がGDPに占める割合(1997年)は、主要国の中で日本が最も高い。

         各国GDPに対する国と地方の
         債務残高の割合(1997年)
         ————————
          日本   93.1%
          アメリカ 61.5%
          ドイツ  60.7%
          フランス 57.0%
          イギリス 53.8%

 政府が借金をするのであれば、その使途は、孫子の代がその負担だけでなく恩恵も受けられる、具体的に言えば、何十年にもわたって公益となる道路、橋梁、鉄道といった社会資本投資に向けられるべきである。しかし、実際には、国家歳出と税収の差額を補填するために政府が国債を発行することが増えており、これは、次の世代の日本国民を欺いていることに他ならない。なぜならば、赤字を補填するための国債は、自分達の税金で支払うべき費用を、孫子に押し付けているに過ぎないからである。日本政府がこれまでとってきた政策は、次の世代に極めて不公平な政策だと言える。

2. 国債残高の内訳を見ると、将来の世代に恩恵を与える投資のための債務、つまり建設国債の残高は、日本の国債残高全体の7割弱でしかない。残りの3割以上が赤字国債、つまり、大企業に減税を行った結果生じた法人税収の減少分を補填するために生まれた債務である。法人税と所得税による税収の総額を比べてみると、1965年には、国民が払う所得税の税収を100とすれば、法人税収は96であった。しかし、自民党が企業の法人税率を徐々に引き下げていった結果、今ではその割合が所得税100に対し、法人税69にまで落ち込んでいる。(そして、法人税の税収の減少分を補填するために発行されたのが「赤字国債」である。)1965年と同様に、企業がその年の所得税収の96%に相当する法人税を納め続けていたと仮定すれば、この間の法人税収は約83兆円増える。同時期に発行された赤字国債も、ほぼ同額の83兆円であることから、赤字国債の真の意味は、「自民党が企業から受けた支援の見返りに法人税を減税するために発行した国債」だと言える。その自民党は今、法人税のさらなる減税を求め、その穴を埋めるために一部は消費税増税で今の世代に、残りは赤字国債で次の世代に支払わせようと企んでいるのである。

3. 自民党は所得ランキング上位1%の高額所得者の所得税および住民税を減税し、その分残りの99%の国民からの税収を増やそうとしている。自民党およびその広報機関であるマスメディアが、この信じられないような政策を国民に受入れさせるために、どのようなプロパガンダを繰り広げているか、以下に6月11日付読売新聞の社説を検証してみたい。

「99年度の税制改革に向け、政府税制調査会が審議を開始した。2つの小委員会で所得・住民税と地方法人課税の改革を検討し、今年末に改正案を答申する。検討対象となる所得・住民税と法人事業税(地方税)は、ともに狭い課税範囲に高い税率を適用するという問題を抱えている。政府税調は、減税を景気回復にどうつなげるかという見地とともに、「広く薄い負担への改革」という原則に立脚して、大胆な議論を展開してほしい。所得・住民税では、合計65%に達する最高税率の引き下げと、これに伴う累進構造の見直しが検討される」

 まず第一に、「合計65%に達する最高税率」が課されるのは、年収3,000万円以上の高額所得者だけであり、その割合は全給与所得者の0.1%にも満たない。給与所得者のわずか0.1%にも満たない富裕者のために減税することが、果たして日本全体の景気回復につながるのであろうか。

 第二に、税率65%が課されるのは、所得からありとあらゆる控除を差し引いた後であり、実際に収入の65%を所得税・住民税として納めているのは年収9億円以上の超高額所得者だけである。年収9憶円以上の、本当に一握りの大金持ちのために減税することがどうして景気回復につながるのであろうか。

 第三に、大蔵省が4月17日に国会に提出した資料によると、給与所得者全体の0.1%に相当する、給与収入3,000万円以上の日本人は、実際には所得全体の34%しか所得税・住民税を払っていないことがわかる。事実、次の表から、日本の所得税率・住民税率が、低所得者には他の先進国よりも低く、また高所得者には比較的高い割合となっていることから、極めて公平な税率になっていることが明らかである。

  給与収入階級別の所得税・個人住民税負担額の国際比較(単位:万円)

  ——————————————————–

  給与収入  日本  米国  イギリス ドイツ フランス
  ——– ——- —–  ——- ——- ——
   500   16.9  52.3   89.1   41.6  15.7
       (3%)  (10%)   (18%)   (8%)  (3%)
   700   45.7  94.6   154.2  106.5  46.1
       (7%)  (14%)   (22%)  (15%)  (7%)
  1,000  118.0  196.9   274.2  215.5  99.7
       (12%)  (20%)   (27%)  (22%)  (10%)
  3,000 1,011.2  997.9  1,074.2 1,264.7  935.5
       (34%)  (33%)   (36%)  (42%)  (31%)
  ——————————————————–注) 1. 夫婦子2人(うち1人は16~22才)のサラリーマンの場合である。
2. 個人住民税は所得割のみである。アメリカの住民税はニューヨーク州の所得税を例にしている。
3. 邦貨換算は次のレートによる。1ドル=119円、1ポンド=195円、1マルク=67円、1フラン=20円。

(大蔵省提出資料98/4/17)

 さらに、上の表から言えることは、日本の高額所得者の所得税率・住民税率は、アメリカ、イギリスとほぼ同等であり、さらにはドイツよりも低いということである。これをさらに引き下げても景気の回復には決してつながらないことは明白であろう。

 給与収入3,000万円以上の、給与所得者全体の0.1%の日本人に対して、所得税・住民税を引き下げるという自民党の計画は、税金に関する最悪の詐欺行為である。国会議員の昨年の平均年収が3,120万円であることを考え合わせると、この計画はまず第一に彼ら自身の税金を削減するための計画と言えるであろう。そして、政治献金や接待、天下り先の提供元である自民党支援者や大企業の経営者、さらには自民党の広報機関の経営者や編集員の税金を減らすための計画である。2400年前にアリストテレスは、政治の問題は誰が政権を握るかではなく、政権を握った者がその権力を一般国民の公益のために使うか、それとも私利私欲のために乱用するかどうかだと、いみじくも述べている。彼が生きていれば自民党をさぞかし嫌ったことであろう。

 選挙を3日後に控え、このシリーズも今回で12回目となった。ここまでこのシリーズをお読みになっていただいた方は、この参院選で投票することを決意されていることと期待したい。再度繰り返すのは釈迦に説法かもしれないがあえて言わせていただく。来る参院選には、いつもは選挙に無関心な家族や友人を2人以上誘って投票所に足を運んでいただきたい。不在者投票なら今日でもできる。日本を変えられるのは、投票権を持つ有権者だけなのであるから。