No.202 愛国心に関する4つの質問とそれに対する回答(4)

終戦記念日の夜の『ザ・スクープ』出演にあたり、テレビ局からの質問に対して事前に私が用意した回答を、昨日に引き続きお送りします。

 

愛国心に関する4つの質問とそれに対する回答(4)

質問4:健全な愛国心は必要だと思います。しかし、愛国心とは時としてナショナリズムに足をとられ、戦争の火種になるという点では、今も昔も変わらないと思います。その点、私たちはどのように考え、行動する必要があるのでしょうか。

回答:愛国心とナショナリズムを辞書で引くとこの2つの言葉は定義も似ており、愛国心が時としてナショナリズムにつながることは理解できる。しかし、愛国心であれナショナリズムであれ、それが必ずしも「戦争の火種」になるとはいえないと思う。スイス人、スウェーデン人、カナダ人、ベルギー人、デンマーク人、すべてが祖国を愛し、祖国に傾倒し、さらに国家的独立を維持している。しかし、近年これらの国が戦争を起こしたという話は耳にしない。日本人は誰もが、愛国心あるいはナショナリズムが戦争につながると考えているのであろうか。そうだとすれば、これもマインドコントロールの影響ではないだろうか。

米国のわずか222年の歴史に比べて、日本には記録に残っているだけでも約1400年の歴史がある。そして私が知る限り、1400年間に日本が対外的に起こした戦争は米国よりもはるかに少ない。これは日本人が米国人よりも愛国心が薄く、ナショナリズムの傾向も弱いためであろうか。

軍国主義者が愛国心やナショナリズムを利用して日本を帝国主義へと導き、1945年に破滅に追い込んだと信じる日本人もいるであろう。おそらく愛国心やナショナリズムの再燃がこうした軍国主義者に利用されやすい状況を招くのではないかと恐れているのだと思うが、それは誇張であり見当違いであると私は考える。

なぜ誇張かというと、日本の根本的な転換を無視しているからである。1945年以前、日本は独裁政治のような状況にあった。しかし、現在は民主主義国家なのである。当時、日本の国民には一部の軍国主義者が国家を乗っ取ることを妨ぐ力はなかった。しかし、民主主義社会の今は国民にその力がある。国民が民主主義社会の一員として考え行動するならば、そして指導者達が日本国民の幸福のために国を治めるよう厳重に監視するのであれば、一部の軍国主義者などに国家を乗っ取られることなど決して起こり得ないであろう。国民のために統治する政府であれば、侵略戦争を起こすことはあり得ないし、また海外からの差し迫った脅威から日本を防衛する目的以外の理由で、日本を戦争に参加させるようなことは決してないであろう。

しかし、それには継続した監視が必要である。日本を再度軍国主義や帝国主義に向かわせる恐れがあるのは、一部の狂信的な右翼団体ではなく、自民党ではないかと私は思う。自民党は危険な軍国主義を防ぐ要である憲法9条を一貫して無視する政策をとってきた。ベトナム戦争でも湾岸戦争でも、日本にある米軍基地から米軍を出兵させた。さらに国連の平和維持活動で日本人が命を失っても、日本人の活動を拡大すると主張している。先月にはハワイ沖での米第3艦隊による軍事演習(リムパック)に海上自衛隊を参加させた。また現在、ガイドライン関連法案を成立させようとしている。自民党は、軍国主義に戻ることを恐れる国民が憲法9条の改正に必ず反対することを知っていて、こうした政策を徐々に行っている。最終的に憲法9条が骨抜きにされるのは間違いなく、軍国主義再燃を憲法9条を盾に食い止めることは不可能になるであろう。こうした自民党の政策こそ、軍事主義再燃の真の脅威であり、これを食い止めるためには、こうした方向へ向かわせようとする政治家を選挙で落選させ続けるしかない。

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以下は、同じ質問に対してエコノミストのマイケル・ハドソンが送ってくれた追加のコメントである。

ハドソン:第二次世界大戦後、ナショナリズム、ひいては愛国心に対する信奉が失われた。結局、戦争を引き起こしたのはナショナリズムであったからである。ナショナリズムは植民地主義および好戦的であることと結びついている。その後、ナショナリズムに代わって「国連」、実際にはその中心的存在である米国が信奉されることになった。このようになったのも、米国が国粋主義ではなく「グローバリスト」、つまり国益よりも世界の利益を考えるというイメージを人々に植え付けたからである。しかし実際にはこのグローバリズムとは、米国中心のグローバリズムであった。

今日、先進諸国にとって戦争の脅威とは実感を伴わないものになり、それが今も存在するのは主に第三世界の国々に限られている。しかし、先進諸国にとってはグローバリズムこそが真の脅威なのである。多国籍企業(無国籍企業と呼ぶべきかもしれない)、特に米国政府に支持された米国の多国籍企業は各国政府の力を弱め、あるいはその規制から巧みに逃れることで、自分達に都合の良い経済環境を形成している。その一方で、自国の経済を海外の経済侵略から守っているのである。

このグローバリズムに対抗できるのは政府の積極行動主義しかない。そのためにも国家が必要である。特に安全と繁栄のもとに築かれた人々の生活を守るための愛国心は重要である。そうした健全な愛国心は、他の国への攻撃につながるような愛国心、あるいは偏狭な人種的優位性の教義とは全く別物である。

真の問題は、いかにナショナリズムや愛国心をプラスの効果を持つように組み立て直すか、さらにはそれをいかに米国中心のグローバリズムに対抗させるかである。(これは、円や外貨準備高、金利、さらには経済全体の統制力を国家がどう維持するかという問題にもかかわってくる。)