今回は、ニューヨーク在住のエコノミスト、マイケル・ハドソン氏の論文をお送りします。マイケル・ハドソン氏は、日本のバブル崩壊から金融ビッグバンにいたるそもそもの原因が1985年のプラザ合意にあると解説しています。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
日本はいかにして「奇跡的な経済発展」を「バブル経済」に変えたか
マイケイル・ハドソン
日本が「奇跡的な経済発展」を遂げていた時代、通産省の指導のもとでとっていた経済政策は、国民の貯蓄を新規の直接投資、つまり、工場の建設や技術の獲得、さらには労働者の教育や雇用に還流させることであった。この政策が大きく転換したのは、1985年のプラザ合意からである。その後日本の大蔵大臣は次々に、日本人の貯蓄を直接投資にではなく、米国へ還流させた。貿易黒字で稼いだドルを製造設備にではなく、日銀や他の金融機関を通じて米国財務省証券に投資することによって米国の資金調達を助けたのである。
皮肉なことに、日本が貿易黒字を米国の財政赤字の補填に融資する一方で、日本国内の財政赤字が膨らみ始めた。しかし、それは日本に貯蓄が不足したわけではなく、むしろ逆で、不動産や株式市場に貯蓄を振り向ける大蔵省の低金利政策によりバブルが増大したことによるのである。
日本は金融政策を誤っただけでなく、財政政策にも失敗した。日本政府は低金利で集めた貯蓄を不動産や株式の投機に振り向ける一方で、キャピタルゲイン税(おもに土地売却益)と高額所得者の所得減税を行ったのである。この減税でさらに多くの資金が不動産や株式に集まり、海外での投機もさらに急増した。しかし、減税によって政府の歳入は減少し、その分国債の発行をいっそう増やさざるを得なくなった。こうして日本は不動産や株式の資本売却益で貯蓄が増え続けたにもかかわらず、公的債務は雪だるま式に増大したのである。
この政策を日本は「市場主導型」と呼んだが、実際には、不動産も株式も市場の力によってではなく、政府のバブル政策によって膨張した。その政策が失敗した結果、再度、市場主導型の政策が求められ、1998年4月に発動されたのが金融ビッグバンである。この政策は、日本の貯蓄を米国や他の国の資産運用者の手へと流出させることになった。その後、米国が日本の金融政策を非難したこともあって、毎月250億ドルもの貯蓄が海外へ流れた。また、円安の進行も、より多くの貯蓄を米国へ流出させる原因となっている。
日本の産業資本主義は、「金融資本主義」とも呼べる全く新しい経済に変わりつつある。日本経済が生み出す利益はますます、日本国民ではなく海外の投資家の懐に流れている。さらにこのビッグバンでは、日本経済の計画そのものが日本政府や日本の産業界ではなく、海外金融機関によって立案されるようになった。そして、日本が多額の資金を拠出しながら米国が支配権を握っているIMFや世界銀行、アジア開発銀行などを通じて、米国の金融外交の一部として、日本経済の立案も行われている。
これらすべてのことが、1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテルで当時の竹下大蔵大臣率いる大蔵官僚が、日本の金利を引き下げることによって日本経済にインフレを起こさせ、日本の貯蓄を米国へ流出させることに合意したことから始まったのである。
米国の政府高官が両国の経済を破滅させる政策に日本の協力を求めた理由は、共和党大統領候補の再選を助けるためだった。日本がこの要求に従ったのは、貿易黒字によってさらに円高が進めば、価格が上がった日本製品が世界市場から締め出される恐れがあったからである。日本の金利が低ければ、日本の輸出業者はその貿易黒字を円に換えて円高を促進する代わりに、その利益をドルのまま保有するであろうと考えたのである。円とドルの為替レートの均衡を保つという目的だけのために、結果として両国の経済が歪められることになった。
プラザ合意の後、1987年2月にルーブル合意が結ばれ、それから10年間、米国の政治家は日本に金融緩和策をとるよう圧力をかけ続け、日本のバブルが煽られた。その結果1991年には日本の銀行が支払い不能に陥りバブルは崩壊した。
日本政府は不良債権を引き受け、増税によってそれを補填しようとしている。しかし、同時に自民党は高額所得者の所得税と法人税の減税を予定している。これによって日本はさらに公的債務を増やすことになる。バブル崩壊時には世界でもっとも高い貯蓄額を誇った日本が、世界でもっとも負債を抱えた国になるのである。
いったいなぜこのようなことになったのか。奇跡的な経済発展をもたらした政策をなぜ日本は放棄したのであろうか。なぜ自民党は、経済を再生させるための政策として、新しいバブルを再燃させて不動産や株式市場の価格をバブル期に戻すことしか考えられないのか。銀行の不良債権や不動産担保物件が政府に引き渡され、破格値(通常額面価格の10%といわれる)で民間所有者や外国人投資家に売却されるのであれば、政府はそれら資産の値段を再び上昇させる必要はないではないか。
こうした問題は主に、日本の政策を米国が作ってきたという事実に起因する。過去数十年間にわたる日米関係に一貫していることは、米国の官僚が日本の官僚を説き伏せて、日本ではなく、米国に利益をもたらすような政策をとらせてきたということである。それらの政策を正当化するために、もっともらしい経済理論や「即効薬」がどこからともなく引き合いに出されてきた。
日本の不良債権問題は、ロシア式のショック療法の導入で治るはずだった。しかし、ビッグバンによって日本の貯蓄は米国や海外の株式や債券市場へ流出し、銀行は所有資産を簿価よりもずっと安い価格で清算しなければならなくなり、多くの金融機関が債務超過の危機に陥った。その結果として起きた銀行危機はショックとはなったが問題解決にはならなかった。また、ビッグバン後の騒ぎによって、日本の銀行制度を取り壊し、その一部を債務超過となっている不動産とともに海外投資家に安く売却するよう、米国は日本に対する圧力をますます強めている。つまり、日本の金融危機は米国その他の海外投資家にとってはまたとない好機となったのである。