No.220 マネタリズムの非民主的な政策

   今回は、ニューヨーク在住のエコノミスト、マイケル・ハドソン氏の論文をお送りします。今年に入り、米国が日本に対して強要したのは、金融インフレ政策でした。マイケル・ハドソン氏は、これまでのデフレ引き締め策から一転した態度をとる、米国の真の狙いについて解説しています。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

マネタリズムの非民主的な政策
マイケル・ハドソン

 米国はこれまで、大半のIMF加盟国にデフレ引き締め策を要求してきた。ではなぜ、今年になって日本にインフレ金融政策をとるよう強く求め始めたのであろうか。マネタリストが、デフレと高金利は経済を殺す、という教訓を学んだからであろうか。

 この米国の二重政策を説明するには、1990年代半ばまで米国や他の国の国際投資家が第三世界や他の新興市場の株や債券をほとんど所有していなかったという事実に目を向ける必要がある。高金利と重税を特徴とする金融引き締め策は、株式および不動産市場の高騰を抑えると同時に、これらの国の賃金および消費レベルも低下させる。こうした債務国と米国との主な接点は、多国籍企業がこれらの国の労働者を雇用していることであり、労働者の賃金は緊縮政策と通貨の慢性的な下落により低く抑えられてきた。

 ところが日本は事情が異なっていた。米国やその他の国の国際投資家は日本の株式市場にすでにかなりの投資を行っていたし、日本の不動産を破格の値段で買収し始めていた。そして欧米企業は日本人労働者をあまり雇用していない。事実、インフレで車やその他消費財の日本国内での売上が増加すれば、米国メーカーにとっては輸出競争の緩和につながる。そのため、米国は南米や東アジア、さらには他のIMF加盟国に対しては依然としてデフレ政策を提唱しているにもかかわらず、クリントン大統領もルービン財務長官も日本には声高にインフレを要求したのである。  

 1998年4月、ビッグバンの始動で円が1ドル130円から148円に下がった時、米国はアルゼンチンやその他の債務国が同じ状況に陥った時に求めた金利の引き上げを日本に要求することはなかった。それによって株価や不動産価格がさらに押し下げられるからである。それどころか、日本にはさらなるインフレを迫った。また、南米諸国に対しては国内の購買力を吸収し、その分海外の債権国への返済に資金が回るようにするために増税を求めたのに対し、日本の自民党政府に対しては増税した消費税を元に戻すよう米国の外交官は要求した。

 つまり米国は日本に対してはマネタリズムではなく、ケインズ主義を採用した。なぜなら米国は、債権者としてではなく債務国、さらには株式市場や不動産への投資家として日本から利益を得ていたからである。米国の投資家は日本の株式市場や資産インフレの波に乗ることで金儲けをしようという魂胆であったのである。

 しかし、ビッグバンによって間接的に、米国の金融外交官が思ってもみなかった相殺作用がもたらされた。日本の貯蓄を米国の株式市場に振り向けるチャネルを開いたことで、メリルリンチその他の証券会社にその金を狙ってしのぎを削らせることになり、米国の株式市場に1ヵ月で約250億ドルの資金が流れた。しかし、日本経済が低迷する中で自己資本比率を国際決済銀行が要求するレベル以上に引き上げなければならない日本の銀行は、バランスシートを立て直すために価値が下落していない株式、主に米国の株式を売却せざるを得なくなった。こうして、日本および他のアジア諸国が米国株式をいくら売却したかという月次統計を連邦準備理事会が発表すると、米国はその数字に驚かされることになったのである。  

 1998年8月以降、アジア経済の崩壊は、活況を呈していた米国の株式市場にまで波及し始めた。大統領の中間選挙を11月に控えた米国にとって、繁栄を装うことが以前にも増して緊急課題となっている。したがって、日本経済を早急に再膨張させ、株式および不動産市場に新しいバブルを再燃させることがますます日本に求められている。アジア諸国の中で唯一日本だけが、労働者までも消費者支出を増大させてリフレーション(通貨再膨張)の恩恵を享受するよう奨励されているのである。結局、これによって犠牲になるのは日本企業であって、米国企業ではない。米国が最も恐れるのは、日本経済が崩壊すると世界市場に日本や東アジアの製品があふれ、それによって欧米の製品が締め出されてしまうことである。

非政治的金融実務主義という神話  

 中央銀行は政治的な影響を受けない実務家(テクノクラート)であるというイメージを定着させようとしている。しかし、米国では大統領選挙の年になると必ずマネーサプライの増加と金利引き下げが行われ、偽りの繁栄が生み出される。つまり彼らのいう「政治とは無関係」とは、ただ単に中央銀行や金融担当官が選挙で選ばれていないという意味に過ぎない。  

 米国のFRB(連邦準備理事会)議長も財務長官もホワイトハウスからは独立しているかもしれないが、米国の大手金融機関からは独立していない。政治家が大手金融機関の批判を後回しにするのは、彼らが主要な政治献金者であるからだ。彼らの共通の目標は、賃金、製品やサービスの価格を抑えながら、株や債券、不動産の資産価値を上昇させることである。金融担当の行政官と彼らを支援する金融機関は、国内外でこの目的にコミットする政権を支援する行動をとる。そして米国の政策に従わない国は、金融の襲撃に遭ったり、IMFや世界銀行からの脱退を迫られたり、米国同盟国からの融資を受けられない羽目に陥るのである。  

 米国金融担当官が、雇用と直接投資の促進か、あるいは賃金の抑制と産業利益の増加を望む債権者の要求のうちの二者択一を迫られる時、彼らは国民の生活水準の向上や金融の独立性よりも、世界的な金融機関や資産管理会社のために忠節を尽くす。彼らは国内労働者だけでなく産業界に対しても敵であることが多いのである。したがって彼らにとっての「通貨の安定」とは、輸入品や国内製品に対する購買力を下げるために消費税を増税することであり、海外の債権者や投資家への支払いを増やし、外国為替取引きを増加させることなのである。  

 また、米国金融担当官にとって「財政負担」とは消費者や賃金労働者への増税を意味する。増税が必要になるのは、銀行、保険、不動産部門に対する減税や富裕層の不労所得者に対する減税を行うためであり、さらに税収不足のために累積した公的債務の金利を支払うためである。また、通貨の下落やデフレの中でも負債の返済は必要であるため、公益事業や国営産業の国際投機家への売却が余儀なくされることもある。

 今日の金融資本主義でもっとも重要なことは資産価格を上げることである。現在、多くの国が、金利を引き上げて景気を減退させるよりも、金利引き下げによりバブルを生み出すことを目指している。直接投資や雇用増加への関心は総じて低い。バブルは「キャピタルゲイン」の創出と表現され、株価や不動産価格の上昇がインフレの副次的な効果ではなく、あたかも積極的な資本形成を意味するかのような印象を与えている。  

 過去において、株式市場や不動産価格の上昇は経済の繁栄を映し出すものであった。しかし、今日のウォール街の活況ぶりは経済全体からは切り離されている。金融部門は資産価値の上昇を好景気の印であるとし、大多数の国民が負債デフレで困窮を強いられる中で一部の富裕者の利益を満たすために経済が歪められているなどとは決していわない。  

 過去もまた現在も、第三世界へのマネタリスト戦略は、海外から資金を引き付け、通貨価値を支えるために金利を上昇させることであった。この政策が求められるのは、国内外の投資家が高い為替レートで資産の売却をする国で、その資本逃避を国家が後押ししなければならない国である。こうした引き締め策の受益者は、欧米の債権者や主要投資家であって、その国の国民では決してない。  

 今日の新自由主義の根底には、各国が国益に基づいた行動をとるという前提がある。しかし、その国益とは何なのか。長期的なものなのか、短期的なものなのか。また政治的なものか、経済的なものか。短期的な政治目的、例えば不動産や株式市場の投機家のキャピタルゲインを増加させるなどの目標が、より広範囲にわたる長期的な繁栄と相容れない場合はどうなるのか。自由市場の前提が正しいとすれば、なぜ政府が介入して、こうしたバブルを促進するのであろうか。  

 金融、不動産および政治的利害をすべて満足させるために金融政策が独立性を失ったという事実の前に、自由市場理論はもはや成り立たない。金融の利益を満たすことと、その国全体の長期的な利益を満たすこととは相反する。そして現職の米国大統領の政治的利益を満たすことは、世界の進歩的な長期の利益、さらには米国の利益を満たすことともまったく異なるのである。

 マネタリストには、すべての実務的な目的のために短期と長期を一緒くたにする致命的な傾向がある。また彼らは、政治的な目的が長期にわたって市場の目的よりも優先されることはないと主張する。しかし、「市場」がその力を発揮するまでには長い時間がかかるかもしれず、その間に立て直しに何十年もかかるような金融の傷痕が残る。米国の政治家が政治献金者や不動産や金融の利害のために経済を歪めれば、この問題はさらに悪化する。さらに、海外の政治家も国益を捨てて、国際金融資本の利益を優先させるかもしれない。マネタリストの経済理論に転向した国は、国内に引き締め政策や負債デフレを課す一方で、資産価格のインフレを支持し、金融、保険、不動産部門に税控除を与え、資本逃避を後押しし、国営企業を民営化していく。  

 マネタリズムとは、労働者や企業の利益を犠牲にして、金融部門を優遇する政府の経済統制だといえるかもしれない。中央銀行と金融当局を仕切っているマネタリストは、金融および不動産バブルの後に残る貯蓄と負債の間接費は、金融機関の破綻によって消滅させるのではなく、むしろ大切にすべきだと主張しているのである。