No.222 金融戦争は中央銀行の消滅を導く(前編)

   今回は、オタワ大学の経済学の教授マイケル・チョスドフスキーの国際金融危機に関する分析をお送りします。彼の分析によれば、アジアの通貨危機を招いた張本人である国際的な銀行や証券会社が、IMFから救済を受けた国から債務が返済されることによって最終的な受益者になるとしています。また、国際金融戦争により国家の主権が奪われ、中央銀行が機能しなくなり、国家はもはや金融戦争に立ち向かえなくなっていると分析しています。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

金融戦争は中央銀行の消滅を導く(前編)
マイケル・チョスドフスキー

 人類は今、冷戦後最悪の経済危機を経験し、それによって世界の多くの国々が貧困化している。世界的に通貨が下落し、国家経済が不安定になった結果、世界中の人々が貧困にあえいでいる。この危機に直面しているのは東南アジアやロシアだけではない。多くの国々で生活水準が急激に低下している。20世紀末に世界を襲ったこの危機は、1930年代の大恐慌を超えるものであり、より広範な地政的影響を与える。経済の混乱によって地域紛争が発生し、社会の分断やさらには国家の崩壊にもつながっている。これほど深刻な経済危機はかつてなかった。

 西洋のメディアは「世界金融危機」が起きていることを否定し、その社会的影響を軽視したり、歪曲したりしている。国連を含む国際機関は、20世紀後半は貧困をなくすために未曾有の進歩を遂げたとし、世界中に貧困の波が押し寄せていることを否定している。彼らの総意は、西洋経済は健全で、ウォール街の反落はアジアの単なる流感と、自由市場経済へ移行するロシアの混乱が原因だというものである。

世界金融危機はいかに進展したか  

 1997年半ばに始まったアジア通貨市場の下落に続き、1997年10月には世界中の主要証券取引所で劇的なメルトダウンが起きた。1998年前半、ウォール街は日本からのパニック的な資本逃避で一時的な回復を見せたが、8月にはロシアのルーブル暴落によって急落した。8月31日にはダウ工業株平均は554ドルというニューヨーク証券取引所の史上2番目の下げ幅を記録し、9月には世界中の株式市場で劇的なメルトダウンが起きた。7月半ばにダウ平均が9,337ドルのピークに達してから、数週間のうちに2兆3,000億ドル分の「架空利益」が米国の株式市場から消滅したことになる。

 ルーブルの暴落によってモスクワ最大の商業銀行は倒産に追い込まれ、今やロシアの金融制度全体がごく少数の西側の銀行や証券会社に乗っ取られる危機にある。また、その危機によってドイツ銀行やドレスナー銀行などの西側債権者には、巨額の債務不履行の可能性が生じた。1992年の国際通貨基金(IMF)のショック療法に続くロシアのマクロ経済改革の開始以来、ロシアの軍需工場や基幹産業、天然資源など約5千億ドル分のロシア国有資産が民営化プログラムや強制倒産によって差し押さえられ、欧米の資本家の手に渡っている。冷戦後の余波によって、ロシアの経済や社会制度全体が崩壊しつつあるといえる。

金融戦争  

 こうした危機をもたらしている要因は、金融操作による世界の富の争奪戦である。それはまた、経済の混乱と社会の荒廃の原因でもある。通貨投機家で億万長者のジョージ・ソロスの言葉を借りれば、「市場機能がすべての領域に拡大すれば、社会全体が崩壊しかねない」。権力者による市場操作は金融・経済戦争の形をとる。失った領土を再び植民地化する必要も、侵略軍を送る必要もない。

 20世紀末には、「国家の征服」が生産的資産や労働力、天然資源、施設を統制下におくことを意味するようになり、帝国主義的な方法での征服は企業の役員室から行えるようになった。指令はコンピュータ端末や携帯電話から発せられ、適切なデータが即座に主要金融市場に送られ、国家経済をしばしば混乱に陥れる。「金融戦争」ではデリバティブ、先物為替、通貨オプション、ヘッジファンド、インデックス・ファンド等のありとあらゆる複雑な投機手段も使われる。これらの投機手段を使う目的は富の獲得と生産的資産の支配にある。マレーシアのマハティール首相は「為替トレーダーの利益のための意図的な通貨切下げは、独立国家の主権への深刻な侵害に他ならない」と述べている。

 IMFはこうした市場操作による世界の富の着服を一貫して支援し、IMFによるマクロ経済への致命的な介入が世界中の国々をほぼ同時に容赦なく粉砕してきた。「金融戦争」に境界線はなく、冷戦時代の敵陣営に限定されたものでもない。韓国、インドネシア、タイの中央銀行の金庫は機関投機家に略奪され、通貨当局は通貨の買い支えを試みたが失敗に終わった。その結果、1997年には1,000億ドル以上のアジアの外貨準備高が民間金融機関の手に渡った。通貨切下げの結果、一夜にして実質所得が激減し、雇用が奪われ、戦後に目覚しい経済発展を遂げたこれらの国々で多数の貧困が発生した。  

 外国為替市場でのこうした詐欺行為によって国家経済は不安定になり、その結果、強欲な海外投資家がアジア諸国の生産的資産を略奪する下準備ができあがってしまった。タイでは、銀行やその他の金融機関56行がIMFの命令で閉鎖され、一夜にして失業率が倍増した。  

 韓国ではIMFの「救済作戦」によって致命的な連鎖倒産が起き、「破綻した商業銀行」は即座に破産させられた。1997年12月のIMFの「調停」の後、毎日平均200社以上が閉鎖され、日々4,000人の労働者が解雇され、失業者として路頭に放り出された。  

 貸し渋りと「銀行の即閉鎖」によって、1998年には1万5,000社の倒産が見込まれる。これには韓国の建設会社の90%が含まれる。そして韓国の国会は、法制化をIMFにいわれるままに承認するようになった。IMFの指定した期限までに法案が国会を通過しなければ、救済の支払いがなされず、そうなれば再び通貨投機が生じる危険があると脅迫されたからである。  

 IMFが支援した強制倒産などの「脱出プログラム」は韓国の財閥の解体につながり、その解体された企業は「外資系企業との戦略的同盟が奨励されている」(これはいずれ西洋資本に支配権が渡ることを意味する)。通貨切下げによって韓国の人件費もまた急落し、1つの工場を買うより、ハイテク会社全体を買収する方が安くなった。流通網、ブランド名、熟練労働者すべてを一度に手に入れることができるからである。

中央銀行の消滅  

 この世界規模の危機はあらゆる点から中央銀行機能の消滅を示しており、それは経済における国家の主権が損なわれ、国家が社会を代表して貨幣の創造を統制する能力を失ったことを意味する。言い換えると、「機関投機家」の民間資金力が、世界の中央銀行の限られた能力をはるかに凌いだということである。中央銀行が単独または共同で行動を起こしても、もはや投機活動の波に太刀打ちできない。通貨政策は民間の債権者の手に渡り、国家予算を凍結させ、支払いプロセスを麻痺させ、何百万人もの労働者への賃金の支払いをストップさせ、さらには生産および社会プログラムの崩壊を加速させるだけの力を持つようになった。危機が深刻化するにつれ、中央銀行への投機的な奇襲は中国、南米、中東にも広がっていき、経済と社会を崩壊させている。  

 中央銀行の外貨準備高が略奪されるのは発展途上国だけではない。カナダ、オーストラリアを含む西側諸国の通貨当局も、通貨の下落を食い止めることができなかった。カナダで投機的な攻撃がなされたとき、中央銀行の準備高を支援するために民間の金融機関から数十億ドルが貸出された。円安が更新されている日本でも韓国と同じシナリオが進行すると、エコノミストのマイケル・ハドソンは見ている。ここでの主役はゴールドマン・サックス、モーガン・スタンレーなどの金融機関で、彼らは日本の不良債権を評価額の1割程度で買いあさっているという。  

 ここ数ヵ月、米国のルービン財務長官とオルブライト国務長官は日本に政治的圧力をかけて、日本の不良債権を即座に処理し、願わくば米国その他外国の投資家に、破格の値段で投売りするよう指示している。彼らの目的を達成するために日本国憲法を書き換えるよう圧力をかけ、また、行政改革や金融制度の再構築までも日本に迫っている。外国投資家が一度日本の銀行の支配権を手にしたら、それら銀行は次には日本の産業の買収にとりかかるであろう。

債権者と投機家  

 世界最大級の銀行と証券会社は、債権者でありかつ機関投資家である。投機的な攻撃を通して国家通貨を不安定にさせ、ドル建ての負債額を増加させる。それから彼らは債権者に変身し、負債を取り立てる。最終的に、IMFおよび世銀主催の「破産プログラム」では「政策アドバイザー」あるいは「コンサルタント」と呼ばれる役割を演じ、最終的な受益者となる。例えば、暴動やスハルト失脚の真っ只中で、インドネシア、IMFが指示した主要経済部門の民営化政策を任せられたのは、リーマン・ブラザーズ、クレディスイスファーストボストン、ゴールドマンサックスなど世界の大銀行8行であった。世界最大の資産運用者が放火犯でありながら、消防士になりすまし鎮火する。そして最後に、どの企業を倒産させどの企業を海外の投資家に格安で売却させるかをも決定している。

[著者の許可を得て翻訳転載]