No.230 APEC首脳会議に際して

 日本政策研究所所長のチャルマーズ・ジョンソン氏が、11月17、18日のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の非公式首脳会議に際して、以下の記事を『オーストラリアン・ファイナンシャル・レビュー』に寄稿しました。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

APEC首脳会議に際して

チャルマーズ・ジョンソン

 『ウォールストリート・ジャーナル』、『エコノミスト』、『オーストラリアン・ファイナンシャル・レビュー』といったメディアにおいて、東アジアの「縁故資本主義」、アジア株式市場の不透明性、IMF主導の「改革なければ援助なし」論、さらには英米流資本主義に挑戦したアジア経済がいかに失敗したかという記事がさんざん取り上げられてきたが、ここにきてこうした説明がどれもアジアの、そして今や世界的規模に広がった危機とはまったく関係がないということに我々は気づき始めた。この危機の原因解明はAPEC非公式首脳会議の主題でもある。もし今回の会議でこの解明を怠り、あたかもアジア太平洋地域にグローバル化の道が残されているふりをするなら、APECは即座に存在意義を失うであろう。以下は韓国からマレーシアまでアジア各地で検討されているアジア危機の新しい解釈である。

 冷戦後、米国は世界の覇権を維持するためには東アジアで巻き返しを図るしかないと決意した。高成長を続ける東アジア諸国はこの地域で米国を追い上げてきており、今こそこれらの諸国を引き離しておかねばならないと米国は考えたのである。この巻き返しには2つの政策が用いられた。まず最初に、アジア人の抵抗を弱めるために、有名な経済学者であるジャディシュ・バグワティスとロス・ガーノーツなどによるイデオロギー攻撃が行われた。彼らは実際に「市場の力」を経験したことはなかったが、グローバル化、この場合は米国主導の経済制度がいかに優れているかを説くために雇われたのである。米国主導の経済制度とは具体的には、完全なる自由放任主義、労働組合や社会保障制度の撤廃、規制当局に金融機関出身者を就かせること、トップ経営者と一般社員の賃金格差拡大には目をつぶること、いかなる社会的代償を払うことになろうとも製造拠点を低賃金国へ移転すること、そしてすべての国家間での資本の移動を完全に自由化することであった。

 次に米国は、第二段階の政策を実行した。アジア諸国が市場を世界に開放し始め、裸同然の状態になったところで、そこにヘッジファンドを解き放ったのである。ヘッジファンドとは、欧米諸国の白人大富豪が所有する資本の結集であり、デリバティブと呼ばれる極めて高度な金融商品を操る。通常彼らは拠点をケイマン諸島のようなオフショアの租税回避地に置き、規制や収税から逃れるためにはその「自由市場民主主義国家」においてあらゆる手段を講じる。そのヘッジファンドはタイ、インドネシア、韓国をいとも簡単に略奪した後、ショックで震える被害者たちをIMFに引き渡した。しかし、IMFによる救済は被害を受けた国の人々を助けるためではなく、東アジア経済の破綻で欧米の金融機関が不良債権を抱え込まないようにするためであった。

 これらの政策の実施によってもめごとが起きることを米国は予期していた。1998年3月4日、東アジアに駐屯する米海軍総司令官ジョセフ・プルハーは議会において、東アジアで労働争議を含む混乱の兆しがあるため警戒体制に入ったと証言している。そして必要と思われた時に、プルハー率いる特別部隊が長年訓練をしてきたインドネシア軍がスハルトを失脚させた。この混乱で約1,200人の商人が殺され、少なくとも165人の華僑の女性が強姦に遭った。

 しかし、事態は手のつけられない方向に発展した。最大規模のヘッジファンドの1つが欲を出しすぎたために、米国政府がそのファンド救済に一役買わねばならなくなり、その実態が明るみに出てしまったのである。さらに弱体化した東アジア諸国は、米国防総省が売りつける武器を購入し続けることができなくなり、米海兵隊(別名、ヘッジファンド保護部隊)の駐留費用の負担を疑問視し始める国も出てきてしまった。グローバル化はいかさま金融業者の信用詐欺だとまで評判を落とし、ストックホルムのノーベル賞委員会でさえ、数式ではなく人間について研究する経済学者に目を向け始めた。そしてWTOへ加入を避ける中国人が今ほど賢く見えたことはなかった。

 『ニューヨークタイムズ』の報道によると、オルブライト国務長官(*注)は、マレーシア、インドネシア、タイを歴訪し、自由貿易、市場経済、民主化、人権尊重を求める演説をすることになっているという。聴衆に石を投げつけられるようなことがなければよいのだが……。

(*注:オルブライト長官はマレーシアに来た後、           
イラク情勢の緊張により他の諸国への歴訪を取りやめた。)

[著者の許可を得て翻訳転載]