上智大学教授の渡部昇一氏によるご講演をご紹介します。
これからの日本の生きる道
上智大学教授
渡部 昇一 氏
本日は、日本型を見直すというテーマでお話をしたい。日本型という時、過去30~40年のやり方ではなく、日本古来の特徴というものを思い起こすべきではないか。その一つは国境を越えて仏教が日本に伝来した時のことである。宗教を受け入れて仏教国になるか、または完全に拒絶するかの選択を迫られた。百済は仏教国になったし、シナでも仏教を受け入れた王朝があった。ところが、先祖崇拝という宗教を持っていた日本は、仏教を完全に日本風にアレンジした。そしてそれを真理とするために、インドでは大日如来、日本には天照大神という日本の神様になって現れたのだと解釈した。こうして神も仏も同じになり、両方拝んで良いとなった。さらに、神が造った日本を同時に仏の国であるとし、日本の風景を詠めば仏の地を歌うことであり、お経を上げるのと同じこととされたのである。
これこそまさに日本的な柔軟な対応であったと考える。つまり、自己を失うことなく圧倒的な外国文明をも消化するということであり、そしてこれが日本の特長であると私は思う。例えば明の国でも作れなかった鉄砲が、種子島に渡ってわずか2年ほどで大量生産され、当時の日本は世界一の鉄砲製造国となったことからもわかる。優れた外国文化があれば、すぐにそれを消化する能力を持つ国、それが日本なのである。
● 今の日本は維新前夜
明治維新について考えてみたい。武で成り立っていた政権の象徴であった井伊大老が桜田門外の変で暗殺され、その衝撃波が原因で、わずか7年後には江戸城に天皇が住むようになった。ここでの変化は、戦後日本の体制の変化と本質的に似ている。戦後日本は官僚、それも大蔵省支配であった。権力でいえば、大蔵省が将軍家で各省庁は大名程度である。なぜなら大蔵省は税金を握っているからだ。戦前の国民の三大義務は兵役、税金、教育で、国民にとって一番重い義務は兵役だった。戦前の納税者は金持ちと大地主だけで、サラリーマンが納税者になったのは昭和15年、シナ事変で戦争費用を捻出するためだった。ところが戦後、兵役がなくなり国民一律に税金を課すようになった。そして大蔵省はプライバシーに立ち入る権限を持った。例えば病院の管轄は厚生省でも、経営状態までわかっているのは大蔵省である。その他、郵便貯金を自由に使うこと、すなわち第二の予算とも呼ばれる財政投融資や国家予算の99%を決定する権利も大蔵省にあり、大蔵省=将軍、他の中央官庁=大名という構図は明白であった。
ところが住専問題が起こり、この構図が変わった。これを境に、一挙に大蔵省分割案まで出てきた。郵便貯金は取り上げられ、金融監督庁が誕生。これらは住専以前には考えられなかった事態である。桜田門で井伊大老の首が落ちたのと同じで、大蔵省のいいなりにはならなくなった。大蔵省が乗り出しても銀行はつぶれ、合併もしない。代わりに企業が気にするのは外国の格付け機関になった。つまり現在は維新直前と酷似している。幕末には西郷隆盛の決断で江戸城を無血占領し、廃藩置県で大名をなくした。しかし重要な点はここからである。西郷隆盛にはそこから日本をどうするか、という明確なビジョンがなかった。これに対し幕末の頃すでに訪欧していた伊藤博文や井上馨の意見を入れた岩倉使節団は、明治6年まで世界を見て回る。帰国後、彼らは基本的なところで意見が一致した。四の五のいっても仕方がない。欧米の進んだ社会を目にした彼らにとってとるべき道はただ一つ、欧化政策だということになったのである。ペルシャ、トルコ、エジプト、シナ、コリアなどは四の五のいう人によって、植民地、半植民地のような状態になった。しかし、日本だけはこうして欧化政策をとり、日露戦争まで勝ったのである。私がいいたいのは、“腹を括る”というのがいかに大切かということである。
● キーワードは「ユダヤ化」
では、現在はどうであろうか。世界の情勢を見ればこれからの世界のルールは「ユダヤ化」であると思う。ユダヤ人は世界の金融を握っているが、これはユダヤ人の陰謀ではない。中世のキリスト教会では金を貸して利子をとってはならなかった。そのため、賎民扱いされていたユダヤ人が金貸しになったのである。アメリカはアングロ・アメリカといわれ、法制度や政治形態はイギリス的だといわれるが、実際の原理はユダヤ的である。移民の国アメリカでは、家柄より能力を重んじる。また、様々な慣習による暗黙の了解などは存在しないので契約を重んじる。これらは皆、ユダヤ的なことである。グローバル化しなければ生き残れなかったユダヤ人。例えばロスチャイルド家は、フランクフルトの金貸しで繁盛したが、王様の気分でいつ財産が没収されるかわからない。そこで優秀な息子たちをパリ、ロンドン、ナポリと世界にばらまいた。そうすれば一箇所で迫害されても逃げて行くことができる。迫害のない時は世界で最初の国境を越えた情報網となった。1815年、ワーテルローの戦いでナポレオンが負けるやいなや、その情報はロスチャイルドに届く。彼はロンドン債券市場でイギリスの公債を売りに出す。イギリス人も「ウェリントンは負けたのか」と売りに転じ、市場は暴落、それを買い占めたロスチャイルドは大富豪となったのである。
● 日本のとるべき方策は
では、グローバル化に日本はどう対処すべきか。迫害を受けてきたユダヤ人にとっては、能力がすべてであった。優秀であれば、他のところへ逃げて生き延びることができる。教育ママのことを英語では「ユダヤ人の母」というくらい、徹底的に子供の能力を伸ばそうとする。その結果、ノーベル賞受賞者の二割以上はユダヤ人である。とにかく能力第一主義である。立派な国を持つ日本人はユダヤ人ほど切実ではない。そういう日本人にとって、生涯能力主義の中で仕事をするのはきついことかもしれない。しかし、日本では日の目を見ることのなかった、若くて能力がある自然科学者等がアメリカの大学で開花した例はいくらでもある。これもアメリカが実力社会、すなわちユダヤ的だからである。
金融業界においてもアメリカは実力社会である。ところが日本はこれまで大蔵省幕府の御用機関であった。金融に精通した人々が経営をするのではなく、大蔵省をうまく接待することのできる人だけが出世した。さらに大蔵省が、すべて同じ金利でやれと命令してきた。戦後50年もこれが続けば、いかなる能力を持った人でも企業でも、それが弱体化するのは当然のことである。好むと好まざるとにかかわらず、今世界のマーケットは一つである。日本企業も世界から資材を調達し、加工した製品を世界に売っている。グローバル化が天下の体制であり、実力主義を無視することもできない。そして世界という市場であれば契約主義も当然である。契約主義を奉じている相手に、暗黙の了解を期待することはできない。一国だけ国際ルールからはずれることはならないのである。
私がもう一つ提案したいのは、本当に貧しい人だけ免除して所得税を一律一割にすることである。税収不足をいう人がいるかもしれないが、あれこれ控除をせずに、所得を得ている人が一律一割の納税義務を本当に果たせば、国の歳入は今よりも増える。これは主税局長も認めている事実であり、それくらい金持ちは企業を含め、税金逃れをしているということなのだ。さらに相続税もゼロにすることを提案する。その例がスイスで、昔、産業もなく貧しかったスイスでは国民は出稼ぎで雇い兵をしていた。相続税がなくなり、富や資本が蓄積され、それで高価な時計、オルゴール作りといった仕事ができるようになったのである。
逆に、私有財産を認めない国は衰退する。ソ連が良い例で、私有財産を認めなかったソ連は、石油も森林資源も金もあるにもかかわらず、つぶれてみれば二流の武器以外何も残らぬ国となった。すべてが「雲散霧消」してしまったのである。バブル期に東京の地価は暴騰し、頻繁に売買され、そのたびに巨額の税金が国庫に入った。一番儲けたのは大蔵省だったともいえる。では、その金は今どうしたか、というと「雲散霧消」であり、鉄道の赤字も国の赤字も全然減っていない。ある大蔵省局長にたずねたら、「そうです。国は貯金できません。入ったら使わないと」という返事。一体どこに消えたのか、と聞きたい。
● 日本人は腹を括れ
混沌の時代にある日本。私は日本を救う道は四の五のいわず、世界情勢を見据えて行動することだと思う。もし日本が国の方針として、所得税は一割、相続税は全廃だと世界にアピールすれば、ユダヤ人が日本の国籍をとりにくると思う。日本は歴史的にもユダヤ人を助けこそすれ、迫害したことはない。問題といえば税制だけだと思う。今アメリカが日本に減税を迫っているのは、ユダヤ人がクリントン大統領に圧力をかけているからだと思う。歴史的にも、日本が日露戦争の資金に困った時、ユダヤ人をいじめるロシア人と戦う費用ならと、足りない500万ポンドをアメリカのユダヤ人投資会社社長が出している。日露戦争は日本もロシアもユダヤ人のお金で戦ったのだ。
私は日本という国の素晴らしさは、先にも述べたとおり自己を失うことなく外国文明を消化できるところにあると思う。今こそ歴史の中で日本に幾度もおとずれた分岐点を振り返り、「四の五のいわずに」外のものを取り入れ、日本風にアレンジする能力を発揮する時であり、これが日本の生きる道だと私は思う。
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1930年、山形県生まれ。上智大学卒。ドイツのミュンスター大学、イギリスのオックスフォード大学に留学し、現在に至る。歴史に根ざした重厚な政治・文化批評を展開する評論家。ことに近・現代の日本について、歴史と思想の評価をめぐって進歩派とさかんに論争し、論壇をはじめ著作でも激しく進歩的知識人を批判し続けている。著書は『ドイツ参謀本部』(中公文庫)、『ビジネスマンが読んでおくべき101冊の本』(三笠書房)、『逆説の時代』(PHP研究所)など。