No.242 高野 孟 氏 ご講演(弊社主催『基調講演』より)

ジャーナリストの高野孟氏によるご講演をご紹介します。

これからの日本の生きる道
自律した市民を目指して

ジャーナリスト
高野 孟 氏

私は一ジャーナリストとして、既存のマスメディアの規格に合わせる必要のない新たなコミュニケーションを追求してきた。1975年からニュースレターを発行し、80年代半ばからパソコン通信を利用してきた。オンライン週刊誌『東京万華鏡』を作り、世界に向けて4年前から発信を始めている。マスメディアの介在なしに全世界に自分の主張を送り出すことができるというのは、まさにコミュニケーション・ルネッサンスではないかという気がする。

● 成熟社会の到来

今日本は社会全体が転換期にあると思う。明治から百年、日本はずっとお上任せの発展途上国型のシステムでやってきた。これを終わらせて真に成熟した先進国経済、市民社会のシステムや発想に変えるという展望を見出さなければいけない。日本は不況だといわれているが、私はそうは思わない。日本経済にはもちろん光と影の部分があるが、悲観主義に走るまえに、まず日本経済の光の部分を認識しておくべきである。日本のGDPは5兆ドル、500兆円規模の経済である。これはアメリカの六割、世界第2の規模で、日本を除くアジア諸国を合わせても日本の半分しかない。日本人1人当たりのGDPは約3万5,000ドル、アメリカは2万5,000ドルで韓国が一昨年ようやく1万ドル台になった。つまり日本人はアメリカ人1人と韓国人1人を合わせた分の働きをして、それだけの富を生んでいる。このように大きな経済はそうむやみに前年より伸びるものではないし、伸びることを期待すべきではない。成熟した経済にとって適切な成長とは何か、あるいは成長が本当に必要なのか、もう一度考えるべきである。そして世界有数の富をいかに上手く活用するか、といったことの方がはるかに大切だと私は思う。

成熟社会ということは、それを構成する様々な市場も成熟することであり、それが企業に転換を迫る場合もある。例えば日本には10社の自動車メーカーがあるが、合併などで21世紀には2、3社になるといわれている。これは不況のためではなく、成熟市場というのはそういうものだからである。これまで発展途上国的手法でやってきた日本の産業が成熟した経済に直面しているのであって、好、不況にかかわらずやってくる問題なのだ。これまでお上への依存の強かった農業、銀行、土木建築といった業界が厳しい状況になるのは当然といえるかもしれない。

● 物作りの強みを活かせ

日本の最先端産業での事情は異なり、日本が事実上の標準を作っている分野もたくさんある。そのような先端産業はとうの昔に自立を果たしていて、世界との厳しい競争をしながら伸びてきた。エレクトロニクス業界では世界随一という企業、製品がたくさんある。それは大企業だけではなく中小、ローカルな企業にも驚くほどの力を持っているところがある。例えば四国の日本高度紙工業という会社は土佐の典型的伝統衰退産業である和紙を作っていたが、ある時爪ほどの大きさのコンデンサー用紙を製造する機会を得た。これは特殊な性質を要求されるが、伝統と最新技術を合わせて研究開発を行い、全世界のシェアの七割を制覇した。豊橋市には樹研工業という社員40人ほどの町工場があり、世界最小の超精密プラスティック歯車を製造している。真剣に物作りに取組んでいる中小企業は健在で、音をあげているところは今まで自分の足で立ってこなかったところなのだ。21世紀の日本のイメージはまさにここにあると思う。

これまで日本は安くて高品質の耐久消費財の供給国という位置づけを自ら築き上げ、完成品、消費財を全世界に向けて薄利多売をし、外貨を手にしてきた。しかし、この状況が過去10年で激変した。いまや日本の輸出における消費財は約15%となり、七割が日本しか作っていない新素材などの資本財になり、消費財は海外生産にシフトしていった。アメリカは物作りの基礎までを流出させてしまったが、日本の場合基本的な部分は流出しておらず、大量の労働力が必要な部分だけを海外へ出した。日本には物作りの知恵の大きな集積があり、それを活かして世界で活躍する企業が数多く存在し、それが日本経済に富を生み出している。こういうところは政府依存度が低く、援助も望んでいない。このような日本の強みを発揮する戦略を奨励するための政策や、より根本的には教育制度はどうあるべきなのかといったことも考える必要があると思う。

● 心臓病にかかった日本

今の日本の病状は巨大な富を生んでいるにもかかわらず、その富が上手に活用されない、つまりお金の巡りがおかしい心臓病のようなものではないか。発展途上国型システムは明治憲法とともに始まり、司馬遼太郎も「この国のかたち」というエッセイで日本の国の形は100年前にできたとしている。特に継続性が一番明確なのは大蔵省の絶対権力である。明治20年代、農業国であった日本の人口の八割は農民で、税金は農地税が税収の六割以上を占めていた。集めた税金を農村に戻せば近代化が達成されないので、大蔵省は税金を使って鉄、船、紡績と産業を興してきた。大蔵省は貧しい農業国で税金を一手に集め、それを目的を定めて使ってきた。

財政中央集権はそうした発展途上国丸出しのやり方なのである。また、予算だけでは足りずに政府は国民に貯蓄を奨励し、郵貯で集めた国民の金を財政投融資として、公社、公団、政府系企業へ投入した。それでも足りないと民間金融機関を全部束ねて護送船団方式で取り仕切り、利率もサービスも全部同じで100年間やってきた。政府が経済の血液をすべてつかさどってきたのである。そしてそれは大成功だった。しかし、日本経済が1兆ドルに達したあたりから、そのやり方を考え直すべきであったと思う。それができぬまま経済だけは5兆ドルにふくれ上がり、それが日本が世紀末に抱える最大の問題になった。

● 日本再建計画

ではこの仕組みをどうすれば良いのか、ここに松下幸之助は早くから着目した。彼の死後、PHP研究所が立教大学の斎藤精一郎教授を中心に4年間の研究プロジェクトを行った。簡単にいうと日本全体を12州に分け、現在330ある市町村を257の府と呼ばれる自治体に再編成する。そして再編成された末端自治体にすべての生活関連予算の財源と権限を渡すのである。すると自分たちの払った税金の八割が地元に残る。地元とは約20万~25万人程度のコミュニティで、そこで自分たちの税金の使い道を決める。地方が税金を集めて、東京に中央交付金を出すような形にする。中央政府は外交、防衛、年金保険、司法裁判、高等学術研究といったことを行い、あとは地方が自分で決める。斎藤構想では10年間で七割の中央公務員が削減され、地方公務員は減らないが町長だけでも3,000人は不要となる。また八割の財源を地元で使うため、関心が強くなり不正に対するチェックも厳しくなる。こうして高齢化比率、GDPなども計算して、97年度から地域分権社会に転換し、合理化効果と予算の無駄を集積すれば、2001年には96年に比べて18兆円の支出の削減が可能になると斎藤構想はしている。さらに2005年以降は年30兆円の支出が浮くようになり、それを財源にして、一切の増税も医療費福祉関連の増額もなしに、十分に高齢化に対応できる福祉社会の充実を図っていくことができるという。そして2025年になると現在の所得税は全廃しても国家財政は赤字にならない、つまり松下幸之助の無税国家という夢が実現されるという。

本当かどうかは別として、大切なのはその発想だ。明治以来の発展途上国むき出しの中央集権的なシステムを21世紀まで引きずれば日本はどんどん重税国家になっていく。金が必要なところにいかず、活性化されず、後ろ向きな業界にほど金が流れていき腐敗が深まっていく。その結果、国民に重税が課せられる。今こそシステムそのものを成熟社会にふさわしいものに変えていかなければいけないと思う。

● 自律の21世紀へ

これまでの日本的なシステムにも良い部分はあった。しかしその前提は、お上任せ、一般国民は愚かだというものであった。しかし、皆の知恵、富を作り出す国民の知恵の方が優れており、その知恵をお上は妨げてはいけない。これから大切なキーワードは「自律」であると思う。政府任せは「他律」であって、そこからの脱却には覚悟がいるが、それが自律なのである。他律の100年間が終わり、自律の社会に立ち向かう谷間にあるのが現在の日本である。

では、これから日本は限りなく無秩序に向かうかというと、決してそんなことはないと私は思っている。自律の精神はまだ日本全体を覆うには至っていないかもしれないが、自律した市民を描くとき卓越した物作りを行っている中小企業経営者たちを私は思い浮かべる。世界を見据え、従業員の福祉も独自に実現している経営者を自律した市民として私は尊敬する。そしてそうした力は日本の中に確実にわいてきている。コンピュータ・ネットワーク社会はそうした人たちが横のつながりを持つことを可能にしている。自律の精神で21世紀に向かっていこうとする人にとってネットワークは大きな武器となるのである。

今という時をバブル崩壊から10年と見るのではなく、発展途上国的なシステムと発想でやってきたお上任せの100年の終焉の時だと考えたい。この100年の功罪というものを吟味しつつ、何を受け継ぎ、何を捨てるかはっきりさせ、21世紀へのステップを踏む。今が100年目の転換期である、という意味合いをそのように捕えていただきたいという提案をして、講演を終わりたいと思う。

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<< 高野 孟 氏 プロフィール >>

1944年、東京都生まれ。早稲田大学卒。通信社、広告会社勤務を経て、フリー・ジャーナリストに。『インサイダー』創刊参加以降、様々な電子メディア・ジャーナリズムのための実験に取組む。現在は(株)ウェブキャスターの代表取締役として、『東京万華鏡』刊行、MSN向け『パワー・コラム』提供、プッシュ型インターネット放送向けコンテンツ提供などに事業拡大。『サンデー・プロジェクト』、『朝まで生テレビ』などに出演。著書は『情報世界地図98』(国際地学協会)など。