No.244 日本はなぜ金融恐慌に陥ったか―そこから脱出するための代価

 今回より3回にわたり、ニューヨーク在住のエコノミスト、マイケル・ハドソンによる日本の金融問題に関する分析をお送りします。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

日本はなぜ金融恐慌に陥ったか
― そこから脱出するための代価 ―

マイケル・ハドソン

 通常、貯蓄は借金と正反対のものとみなされている。個人が借金を返済するには倹約するしかない。貯蓄とは、定義上、消費を慎むことである。それゆえに、どの国の国民所得統計においても、借金の返済は「貯蓄」としてカウントされる。では、各国の経済が負債から抜け出すためには、貯蓄を増やせばよいのだろうか。

 新しい貯蓄が貸付に回る限り、その答えはノーである。貯蓄の大半が銀行制度によって還流され、貸付に回るのであり、その場合、新規の預金には必ず新規の負債が発生する。

 銀行の預金貸付の担保である資産の価値を取り戻すために、不動産や株価を1990年のレベルまで引き上げようとする大蔵省の近視眼的な試みには、こうしたバランスシート、つまり貯蓄は他方で必ず負債を生じるということが考慮されていない。

 預金者にとって、銀行預金や年金基金積立金は個人資産である。しかし、銀行にとってこれら預金は負債、すなわち、預金者に返済しなければならない借金である。したがって、銀行は預金の借り手である企業や個人にとっては債権者であるが、預金者に対しては債務者である。

 銀行は預金者に払う金利より高い利子で貸付を行うことで利益をあげる。その利益の大半が資本準備金を増やすために株や債券に投資される。資本準備金は預金の引き出しに備えた「クッション」のような存在である。しかし、不動産や株価が下落すると、銀行が保有する資産価値および貸付を支える担保価値は、預金者へ返済しなければならない金額を下回ってしまう。

 そのような事態が生じると、銀行は政府による救済、または他の方法(例えば、自行の株式を海外へ売却して資本を増やすなど)を講じない限り、預金者に対する借金の返済を保証できなくなる。銀行融資や投資の市場価値が下がると、それが預金高に見合わなくなり、架空の貯蓄となる。これが今日、日本の銀行が置かれている状況である。

 この未曾有の状況に適切に対応するにはどうすればいいのか。貯蓄を増やすべきなのか、不動産や株価の上昇を期待して、経済をインフレにすべきなのか。それとも日本人の貯蓄を米国やヨーロッパにもっと送金すべきなのだろうか。

 これまで日本は貯蓄率が世界一高いことを称賛されてきた。この高貯蓄率が、1985年以前の高度経済成長を資金的に支えた。しかし、1985年のプラザ合意で、日本の政府高官がインフレ的な金融政策を米国に約束して以来、日本の貯蓄の使い道が変化した。工場建設などへの直接投資で不動産価格や株価が上昇したり、さらには銀行の預金を投じた資産価値の上昇で銀行のバランスシートの市場価値が取り戻されるといった状態には到底及ばないどころか、負債まみれの資産がデフレにあえぐという状況から日本は一向に抜け出せないでいる。一方で、金利はさらに引き下げられ、新たに創出される貨幣の量は増え続けている。

 この論文では、日本がなぜこのような苦境に陥ったのか、そして米国のアドバイザーが日本の政治家に押し付けている解決策では、事態を好転させるどころかいかに悪化させるかということについて説明する。

日本を負債に追い込んだのは高貯蓄率

 今日の日本の経済停滞は、主に巨額の負債が原因だとされている。日本の公的債務がGDPに占める割合は他のどの国よりも高く、さらに増加の一途を辿っている。日本の債務は余りにも巨額であるために格付け機関であるムーディーズは日本国債の格下げを行い、日本政府や企業の資金調達時に支払わねばならない金利を上昇させた。

 日本人が世界一の貯蓄家でありながら、その一方で日本経済が負債にまみれるという状況がなぜ起こるのか。この答えは複式簿記同様、単純なことである。ほとんどの預金は貸出され、したがってそれは借り手の負債になる。預貯金が増えると、貸出せる金額も増える。結局のところ、日本の預貯金の大部分が、不動産担保の負債や企業、消費者、政府の負債に変わっていく。その結果、直接の資本形成のために融資される預金はどんどん減っている。だからこそ、預金の増加と同じ割合で失業率もホームレスも増え、多くの日本人の生活水準が下がりつつあるのである。

 貯蓄が増えると負債が増えるという考えは、多くの人には皮肉に聞こえるかもしれない。一見矛盾するようにも思える。しかし、現代の財務計算の基本は以下のとおりである

資産 = 負債 + 正味資産

 貯蓄の大部分は銀行、郵便貯金、その他金融機関に預けられ、国内外の借り手に貸出される。保険料の形で積み立てられる貯蓄もあり、それも同様に貸出される。また、年金の形で積み立てられ、債券、不動産ローン、株式などに投資される貯蓄もある。(もちろん年金や退職金を積み立てても、個人的な負債を抱える人は多い。)

 これらの貯蓄の投資パターンを追跡すると、日本(そして世界)の最近の負債問題が、高い総貯蓄率の自然な成り行きであることがわかる。つまり、貯蓄が集まれば集まるほど、それを新しい固定資本の形成のために直接投資するか株式市場で普通株に投資しなければ、その国の負債は増加するのである。

 問題の原因は、日本の貯蓄が1985年以降どのように還流(投資)されたかにある。1986年~90年の貯蓄の大部分は貸出され、日本企業に直接投資されるのではなく、新しい借金、主に不動産担保の負債となった。1991年以降は、日本の貯蓄の多くは米国とヨーロッパの借り手に貸出され、日本国内ではなく海外の株式市場と海外の不動産市場を膨張させている。

日本はインフレで負債から抜け出せるのか

 アメリカのエコノミストたちは通貨インフレを起こせば、日本は不況から抜け出せると提案してきた。ポール・クルーグマン教授がロンドンの『ファイナンシャル・タイムズ』に宛てた書簡では、「たとえ金利を0%に限りなく近づけても、収益の高い投資総額が貯蓄総額を上回っており、それが原因で日本は苦しんでいる。これでは、異例の措置をとるしかないと考えざるを得ない。悪評高い私の提案、‘管理インフレ’をあえて受け入れる必要はないが、日本経済は実質金利をマイナスにし、つまりインフレを起こす必要があると確信させられる状況が圧倒的に強い」。これはつまり、インフレによって物価が上昇すれば、債券およびその償還費用を製品やサービスで賄う場合に必要なその絶対量が減少し、そうなれば債務負担も恐らく軽減されるという考え方である。

 しかし、この提案には、中央銀行は通常、通貨供給量を増やすために債務を増加させるということが考慮されていない。確かに、中央銀行は国債を購入して通貨供給量を増やす。これによって国債の価格が上昇し、したがって利子は下がる。こうなると、債券、株式、不動産、その他の所得を生み出す資産の価格が上がるのである。

 しかし、基本的に、金融緩和は負債の増大と同じことである。不景気から経済を救うには負債を増やすことだ、ということになる。だが日本の負債まみれの不動産分野を見れば「負債インフレ」では、日本が現状から抜け出せないことは一目瞭然であろう。

日本の低金利政策が貯蓄を海外に流出させ、海外の資産価格を高騰させている

 大蔵省の考えは単純すぎるといっていいほど単純である。日本の銀行のバランスシートは、融資の担保となっている不動産の暴落と、銀行の資本準備金の投資対象である株式の暴落によって、悲惨な状況になった。

 資産価格の暴落により、預金者のお金で取得した投資を銀行が売却しても預金残高分を取り戻すことができない状況になった。このために銀行は企業顧客に貸し渋っている。銀行からの融資なくして、日本企業はどうやって事業を続けることができるだろう。

 大蔵省のエコノミストはこの問題を単純に経験則で解決しようとした。資産価格は金利と反比例する。年間利回り百万円の国債や不動産は金利10%だと1,000万円で売れる。しかし、金利が5%に下がると価格は2,000万円に上昇する。(エコノミストはこれを数式で次のように表わす。国債の価格=1/金利、不動産の価格=1/賃貸料)

 大蔵省は、銀行に支払い能力を持たせるために金利を低くしなければならないと考えた。それによって銀行の担保物件の価格を上昇させ、不動産や株式市場を再び膨張させようとした。金利を半分に下げれば、資産価値は2倍になるはずだった。こうして金利は5%、次に4%、3%、そして戦後最も低い2%となり、ついには1%をきった。1998年半ばには0.25%という超低金利となり、宗教的理由から利子をとることが禁じられた中世を除き、歴史上のどの国と比較しても最低の金利となった。

 大蔵省を驚かせたのは、こうして徐々に金利を下げても不動産や株式市場価格にはほとんど上向きの影響を与えず、それどころかさらに金利を下げ、通貨供給量を増やしても不動産価格や株価は下がり続けたことだった。金融緩和のために、日銀は国債を買って金利を下げた。日本の通貨供給量は急増し金利は下がったが、それでも資産価格は下がり続けた。これは既存の正当理論では説明のつかない奇妙な現象だった。

 そのような異変が起きると、新しい現象を説明するための新しい理論を求める圧力が生まれる。エコノミストたちにとって、異例なことは何か新しいことを考え出さねばならないということである。日本の場合、問題はこの新しいことが何なのかである。

 それは日本の貯蓄がどのように還流しているかにある。今のところ貯蓄のほとんどは海外に流出している。低金利政策は借金を奨励するが、貸付、特に国内向け貸付をも落ち込ませるということを日銀は忘れている。日本の低金利政策が、金利が日本より高い諸国への貸付を奨励しているのである。

 日本が国際水準よりも低い金利を設定する限り、国内向けの貸出しは促進されないであろう。なぜなら銀行は最も高い金利を取れるところに融資を行いたいと考えるからである。銀行が苦境に陥れば陥るほど、より必死になってリスクも度外視するようになる。そして、高金利を取るしか、負債から抜け出す方法はないと考える。

 そのような必死の覚悟が大きな誘因となって、銀行は博打に手を染めるようになる。有形資本の形成を増やすための国内の直接投資家や建設業者などへの貸付ではなく、株式市場や通貨投機家(特に海外)へ貸出す資金が占める割合が増加してきた。

 海外への貸付はケインズ用語では「リーケイジ(漏損)」と呼ばれるが、投機家への貸付も利益をもたらさない。創出される通貨および蓄積される銀行準備金の大半が日本企業に貸出されていないため、新しい工場も建設されなければ、新卒採用も減っている。さらには、不動産の買い手に融資が行われないため、日本の土地や不動産価格が再び高騰することもない。

 金は主に外国人に、特に株式投機家や「デリバティブ」トレーダーに代表される米国の借り手に貸出されている。日本で創出される通貨が日本国内ではなく米国やヨーロッパの金融市場に回っているのである。

 なぜそうなったのか、理由は簡単である。低金利政策により投機家やその他の借り手がより低コストで借金ができるようになった一方で、低金利であるがゆえに銀行は貸出しを抑えるからである。米国の借り手に貸付ければ5~6%の金利が稼げるのに、1~2%の低金利しか得られない日本の借り手をわざわざ選ぶであろうか。

円安・ドル高がいかに日本の銀行による海外貸付を促進したか

 円をドルに変換して5%の金利を稼ぐことに加えて、日本の貯蓄を海外に貸付けることは日本の銀行や海外投資家に一筋の光明をもたらした。1998年9月半ば以前、円に対するドルや他の外国通貨の価値が上昇した。その結果、日本の貯蓄を外国通貨に変換すれば、国内よりも高い金利を稼ぐことができるだけではなく、円に対するドルの価値が上昇し続ける限り為替差益も手にすることができるようになり、銀行は円換算でより価値が上がったドルを手にした。

 つまり、日本の土地や株価を膨張させるためには、低金利や通貨インフレだけではだめなのである。今必要とされているのは、日本の資産市場に対する貸付である。しかし、日本の通貨インフレの副産物である低金利政策の下では、銀行にとってそのような貸付は経済的なことではなかった。日銀が金利を上げない限り、それが銀行にとって経済的とはならないであろう。そして日銀が金利を低く抑え続ける限り日本の貯蓄は海外に流出し、米国や海外の株価や不動産価格を高騰させ続けることになる。

 一度この流れが始まると、あとは独りでに勢いが増す。こうして米国の株式、債券市場は世界における流動性の溜まり場となった。すなわち泥棒政治のロシアや中南米、その他資産がどんどん剥ぎ取られる国々からの資本逃避先となったのである。米国の9割の国民が経済的苦境にあえいでいたとしても、米国の株式市場は活況を呈した。不動産もそれに続き、大手金融センターから資産価格のインフレが新しいバブルを生んだ。そしてバブルが大きく膨らめば膨らむほど、海外、特にアジアからの資金が流入した。

 通貨価値は、貿易(輸出入)のためではなく、資産価格のために存在する。外国の株式や債券市場が日本よりも早く上昇すると見込まれれば、日本の国際収支は流出の方が高くなり、それによって円の為替相場は下がる。円が下落すればドル建て資産がさらに魅力的な買い物になり、円の下落はさらに加速する。

 こうした状況下でインフレが起きれば、日本の通貨は世界の為替市場から締め出され、日本が第三世界の国におちぶれる危険性が出る。米国のエコノミストたちの「助言」に従えば、日本はそうなってしまうのである。

 米国の助言は有効ではないし、日本に好意的なものでもない。日本に金融における自殺行為を迫るものである。

 以上を要約すると、貯蓄の大部分は貸出され、他の人の負債になるのである。当初、日本の高貯蓄率によって、不動産価格と株価が高騰することになった。これを「経済の奇跡」と呼ぶ観測者たちがしばしば見落とすのは、資産価格の上昇とともに、負債の割合も増えたということだった。

 こうした負債には巨額の利払いが必要になる。借金が増えれば増えるほど、地価がどんどん上昇し、不動産所有者が債権者に払わなければならない金利の額は賃貸料所得を上回った。多くの不動産所有者は支払い不能となり、銀行への返済をやめたため、それが銀行の不良債権となった。もしそれを抵当流れ処分にすれば、その資産価値を書き出さなければならない。しかし、資産価値は銀行の預金残高をカバーできないところまで下がっている。こうして日本の不動産と株式市場の暴落によって銀行が支払い不能に追い込まれたのである。

 大蔵省の解決策は資産価値が再び上がることを期待して、通貨供給量を増やし、金利を下げるというものだった。しかし、ここで見落とされているのは、日本の金利が下がった結果、日本の銀行が日本より金利の高い海外に最高の市場を見出したという事実である。銀行は自民党の低金利政策を受けて、米国の株式、債券市場を膨らませた。

 このプロセスをさらに加速させるために米国の外交官は、日本に規制緩和を進め、ビッグバンを法制化し、実施に移すよう要求している。米国の証券会社やその他の資金運用者は日本の金融部門を買収している。

 これは銀行の失策だろうか。それとも銀行はただ単にこれまで歴史的にやってきたこと、つまりリスクに関わりなく、最も高い金利を喜んで払う顧客なら誰にでも融資を行うことで市場の力に反応しただけのことなのか。こうして、銀行は収益を上げることで負債から抜け出すことを期待しているのである。

 結局、日本の貯蓄が国内の借り手に貸出されず、海外に流出するにつれ、日本国内の不動産・株価はさらに下がり続ける。日本の銀行のバランスシートは、銀行が負債から抜け出すために儲けようとすればするほど、良くなるどころか悪化する。世界経済がどのように動いているかという米国のアドバイザーたちの「説明」と、米国外交の思うままに世界経済が動いている「実体」との差異を理解することができなければ、日本の銀行はさらに多くの金を失う。

 次の論文では、日本人個人および企業の貯蓄を支える銀行や保険会社の資産の質が低下しているために、日本の貯蓄がいかに架空の存在となっているかを説明する。