今回も、ニューヨークのエコノミスト、マイケル・ハドソンの論文をお送りします。ハドソンはこの論文の中で、日本が取り得る選択肢を提案し、「日本は窮地にあるものの、米国の経済的助言を受ける以外にも方法はある」と論じています。是非お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
日本が経済的困難から抜け出すために支払うべき代償(後編)
マイケル・ハドソン
銀行にデリバティブ取引きのための貸付を禁じ、海外投機家から国家経済を守る
日本の銀行は日本経済の崩壊に一役買ってきた。日本の銀行は投機的なヘッジファンドに巨額の貸付を行い、ヘッジファンドはその円を空売りした。これは1998年以前にロシアの銀行が行ったことと酷似している。ロシアの銀行は、ロシア政府によるルーブルの買い支え操作に対抗して、ルーブルを空売りし利益を上げた。こうした投機に対する貸付は自滅につながるので、法律で禁じるべきである。
米国のヘッジファンドが日本経済に与えた打撃は、日本の銀行にも責任がある
昨年の夏、ほとんど誰もが日本に対して悲観的であったがために円は下落した。日本の輸出市場は停滞し、日本経済は不況にあえぎ、負債を抱える企業の負債・資本比率は4対1になった。国内の投資家は貯蓄を海外、主に米国へ移し、その一方で米国の金融機関は日本の金融機関を次から次へと買収していった。IMFによって悪化したアジアやロシアの金融危機の後、資本が安全地帯を求めて米国株式市場へ逃避し、その結果米国の株式市場は高騰した。この資本の流入によって円に対するドルの価値が上がり、日本の投資家は米国の株式市場での利益に加えて、為替差益をも期待した。
この傾向は金融投機の波を起こしたが、98年9月に起きた強力な為替調整操作によって市場は混乱に陥った。円の為替レートは1ドル145円から115円まで20%も急騰し、日本は輸出によって不況から抜け出すことが困難になった。
通常、この状況は、投機家が大量に円を空売りしたためだと説明されている。空売りを平易な言葉で説明すれば、為替レートが1ドル=130円前後であった時に、通貨投機家、つまり市場撹乱者が、円を持っていないのに1ドル=140円、145円または150円で円を売る権利を購入したということである。彼らは円が下落し続け、より少ないドルでより多くの円を購入できるだろうと見込んだのであった。
しかし、ここでおかしなことが発生した。通貨投機家が先渡し予定で円を何兆円分も売ったために、円が突然強くなり、為替総合持高(為替取引の売買残高)をゼロにするために現物市場で円を買い戻さざるを得なくなった。彼らが必死で円買いに走った結果、円が急騰したのである。
この急激な円高の結果、最大のリスクを犯していた米国最大のヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)が経営破綻に追い込まれた。LTCMが雇う数学者が、統計モデルの組立ては冷淡な科学ではなく政治的芸術であると考え、間違った推論をしたために同社は苦境に陥り、取引銀行に対する為替持高を処分せざるを得なくなった。為替持高を清算するためにLTCMは先渡しを約束していた円を買い取るはめになり、狂ったように円を買った。
円の対ドル為替レートはほぼ一貫して下落していたが、LTCMの買い圧力によって為替市場における円の価値は上昇し始めた。これが転機となって、空売り筋や他の投機家は、自分たちの為替持高(ウォール街ではこれを‘エクスポージャー’、すなわち為替相場の変動危機に晒される部分と呼ぶ)をゼロにするために円を買わなければならなくなった。この円買いによって円は145円から20%上昇し、115円になった。
状況をさらに悪化させたのがロシアの金融危機で、安全な市場への逃避に拍車をかけ、皮肉なことに通常ならば財政不安と考えられる、借金で梃入れされた米国市場に資本が流れ込んだ。しかし、海外投資家は、自国のニーズの変化に合わせて国際金融の規則をも書き換える力を持っている米国が、必ず勝利を収めるであろうとわかっていた。
つまり昨年9月半ば以降の円の急騰は「通常の」プロセスではなかった。新たな輸出競争力の増大によるものでも、海外投資が日本に流入したからでもなく、逆に日本人の貯蓄は米国の株式、債券市場に吸い取られていた。円の急騰は純粋に通貨投機に関連した調整操作によるものであり、貿易や直接投資とはまったく関係なかった。
投機家が一瞬のうちに資金を失うのは簡単なことである。なぜなら自己資金は危険に晒される資金全体のごく一部にしかすぎないからである。LTCMを例にとれば、それはわずか1%にしかすぎなかった。したがって、1ドル当たりたった1、2円上昇しただけで、そうした投機取引における自己資本はすべて消失した。円がさらに下落したため、同社は他の取引きで蓄積した資本も売却せざるを得なくなった。他の投機家に支払うために持高をすべてゼロにしなければならなかったからである。LTCMの資本準備金がいったん枯渇すると、そうした博打向けに融資を行った銀行が損失を被ることになった。
LTCMには、日本の銀行も関与していた。日本の銀行から米国の投機家への貸付は、円からドルへの換金によって円の価値を下げる結果にはならず、皮肉にも円を一時的に高くする形で利用された。
窮地に立たされた投機家は、債権者への借金をなんとか返済する方法を考えなければならず、そのためにはどんな資産でも売却する。LTCMも例外ではなかった。LTCMが清算した契約の多くは円の空売り契約であった。取引相手の投機家に支払うために現物取引で円を買い、この持高処分および決算プロセスのために、円の対ドル為替レートが非現実的なまでに高くなった。
その結果は明白であろう。このようなヘッジファンドによるデリバティブへの不安定な投機は、簡単な方法で防ぐことができる。その供給源である銀行融資を禁止すればよい。その他の経済に負担しか与えないような、投機的な目的への融資を銀行に禁じるのである。
製品やサービスの貿易のための為替レートと資本移動のための為替レートを分離する
1998年9月の出来事、そして日本やアジア諸国で過去1年間に起きた事象は、今日、為替レートが相対的な輸出入価格、人件費、または製品やサービスの国内価格によって決定されているものではないことを示している。為替レートを決めているのは「資本の動き」であり、中でも短期的な「ホットマネー」(投機資金)の動きにますます左右されるようになった。
つまり大部分の国にとって海外貿易の輸出入価格は、巨大で狂ったような、かつ極めて流動的、攻撃的な資本やホットマネーに翻弄されている。今、世界にはこれらの不安定な癌がはびこっているのである。
しかし幸運にも、その癌から国を保護する方法はある。先にも述べた通り、国内法によって(銀行にとっては)収益性の高い、売り崩し向け銀行融資を禁止すればよい。金融自由市場主義者は、そのような規制を敷けば投機家は米国の銀行の海外支店をも含む、オフショア金融センターなどで海外資金調達をするだろうと主張する(オフショア・センターは非居住者間取引のための金融サービスに税制・為替管理における特典が与えられている金融市場だが、いうなれば脱税および不正資金管理の温床である)。しかし、そうした悪のオフショア・センターで発生した融資および通貨を無効にすることによって、そうした海外資金調達も阻止できる。オフショア・センターの銀行が起点となって投機的活動やその資金調達が行われた場合、投機の資金調達を行ったとして、その銀行をブラックリストに載せればよい。
これに対する防衛策として、「二重為替レート」が何十年間もうまく機能していた。それは、輸出入のための為替レートと、直接投資を含む純粋な資本移動のための為替レートを別々にすることである。日本では1930年代に二重為替レートが採用されていたので、そこから教訓が得られるはずである。
つまり今日、アジアの貿易が混乱に陥っているのは、為替レートが主に資本の動きによって左右されるためである。すなわち、株式投機、通貨の売り崩しなど、世界の金融ギャングが行う活動が主に為替レートを決定している。通貨の売り崩しやそれに関連した投機的な活動に比べれば、マクドナルドのハンバーガーや自動車などの基本的製品やサービスの相対価格など為替レートとはほとんど無関係になってしまった。
なぜこの事実を認識し、貿易用の円と投資用の円とを分けないのか。
こうした国家の防衛的措置を妨げる主な要因は、2つのレートをひとまとめにしようとするIMFからの圧力である。第二次世界大戦後、IMFの運営哲学は、逃避、攻撃、乗っ取りなどいかなる目的の資本であっても、資本移動に安全な環境を用意すべきであるというものであった。(このIMF哲学は、国際投資家に各国政府の規制から逃れる自由を与える、現在検討中の悪名高き多国間投資協定(MAI)の源泉だと見る者もいる。)これはつまり米国が後押しする自由論の経済哲学であり、資産運用者の行動によって各国経済にどのような影響がもたらされようとも、通貨市場で彼らに完全な自由が保証されるべきだという考え方である。市場に国益を満たさせるための政府規制が、こうしたグローバリストの猛攻撃の前では不当なものとされた。
今こそ「実体」経済を最優先し、金融投機の立場を主から従者に引きずり落ろす時ではないのか。
まとめ
本稿では、日本はこの金融危機から脱するための代替手段を考え始めるべきだと提案してきた。1990年にはじけたバブルを再燃させようと貯蓄を浪費した結果、日本の貯蓄を支えていた経済基盤が空洞化した。今こそ、日本はこの事実に対処する方策を考えるべきである。
もし日本の負債の4分の1が返済できないというのが本当なら、日本はこれ以上自己非難するのをやめ、現実を直視すべきである。そして、その負債と同額の「不良貯蓄」、つまり担保を失った貯蓄を帳消しにすればよい。そうしなければ、その不良債権をどこか他で、例えば労働者に税金を課すことで補填しなければならず、それは間違いなく日本経済をさらに不況に陥れることになるであろう。
日本はこの危機を金融制度再構築の好機と捉え、日本経済の奇跡を起こすのに一役買った頃の金融制度に基づいて改革すべきである。そうすれば、この危機からむしろ利益を得ることになるかもしれない。事実、ドイツで戦後、経済の奇跡が始まったのはまさしく1947年、連合国が国内の負債及びそれと同額の貯蓄を帳消しにしたときであった。
日本がこの経済の奇跡を復活させるための原則は単純である。
健全な経済とは直接投資を奨励すべきであって、投機や負債の増加を奨励すべきではない。
株式投機などの経済的に腐敗したゼロサムゲームのために、銀行が貸付を行うことを禁止すべきである。通貨の売り崩し向けに融資する外国銀行はブラックリストに載せ、その起点である国やオフショアの犯罪センター、脱税センターに対しては制裁を加えるべきである。あるいは、海外投機から身を守るために、日本は売り崩しを狙った投機家に円を売ることを禁じ、売った場合には罰金を課すという方法を取ることもできる。
健全な国家は、外国為替の襲撃から自国経済を守ることができなければならない。とりわけ貿易を、「ひき逃げ」のような通貨攻撃や投機的博打、その他の歪んだ行為から隔離すべきである。資本取引独自の為替レートを適用させれば、輸出入のための円・ドル為替レートは安定する。
また国内では、負債金融を税金で奨励することをやめるべきである。金利を税控除するのをやめ税引き後経費とし、金利負担を補助金で助けるのはやめるべきである。企業や個人が他人の資本を使って自己資本を増やしたければさせてもよい。しかし、それに対して特別税控除を与え、負債を積み上げることを奨励すべきではない。ただし、目的は直接所有を促進することであり、納税者を犠牲にした利子収入を吸い取ることではない。
健全な経済において直接投資を奨励するためのもう1つの方法は、企業や労働者に税金をかけるのではなく、土地に課税することである。こうすれば国家予算は、エコノミストが不労所得と呼ぶ、地代や賃貸収入で賄うことができる。不労といわれる所以は、不在地主や所有者が何もしないのに手に入るものだからである。日本は所得税の代わりに土地賃貸税(ヘンリージョージ税)を採用するべきである。そうすれば産業や労働者を無税にすることが可能になり、それによってコストも低下する。
課税対象を産業や労働から不動産に転換すれば、土地の価値が上がれば儲かるという発想を一掃することができる。土地の価値が上がってもその利益は不動産投機家ではなく、公共部門が手にすることになるからである。そうすればキャピタルゲインを狙った博打のために銀行融資を利用する投機家や不在地主ではなく、直接の使用者や占有者による不動産の利用が奨励される。キャピタルゲインを狙った不動産開発業者は、銀行からの融資の返済に賃貸料を全額あてることはできなくなる。キャピタルゲインは政府に徴収されるからである。これで政府の歳入は十分賄われ、その代わりに現在、土地の賃貸料の大部分を集めている担保貸付を行う金融機関が犠牲になる。
こうした財政改革を行えば、バブル経済につながる新たな「資産価格インフレ」の再燃が防げる。銀行が不動産投機向けの貸付をやめて、高い不動産価格と負債経費で経済に負担をかけなくなれば、その貯蓄は産業の構築に使われるようになる。日本はそこから新しい経済の奇跡を形成することができる。
経済の奇跡は、もちろん奇跡でもなんでもない。よく計画された政策の産物なのである。しかし、この政策を遂行するためには、政治的奇跡が必要である。それは日本が米国の経済助言や米国外交が求める圧制から独立することである。この政治的奇跡が起これば、日本が強制されているIMFや世銀への拠出金を払わずに済むようになるかもしれない。なぜならば、日本は負債の増加や金融投機ではなく、直接投資に基づく新しい経済体制の道を切り開くことになるからである。
本稿では、日本が取り得る選択肢の幅を広げるための提案をしてきた。日本は今窮地にあるが、米国の経済的助言を受ける以外に方法はないと考える必要はない。日本は独自の道を進むこともできるし、かつての経済的奇跡を繰り返すこともできる。しかし、それには米国のグローバルな資産管理者や、投機家、貿易戦略家の利益のためではなく、日本のやり方で、日本の利益のために行動しなければならない。
日本の国内政治の今後10年間は、ここで述べたようなことが議論の中心になるのではないかと見る。本稿はOW読者にその議論を形成するであろう基本的な問題を警告するために執筆したものである。