今回も前回に引き続き、IMFの政策に批判的なミシェル・チョスドフスキー氏による、G7とIMFの提唱で生まれた緊急融資枠に対する分析をお送りします。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
G7提案の金融危機解決策は債権者と投機家のための復興計画だ(後編)
ミシェル・チョスドフスキー
国家の解体:民間分野の官僚の出現
何が政治的に正しい経済計画を構成するのか、それを決定しているのは今や世界の銀行家たちである。新しい「金融構造」は残る資本移動に対する障害物をすべて取り除くことが基盤になっている。
米国連邦準備委員会のグリーンスパン会長によると、金融市場は国の規制当局が監督するにはあまりにも複雑だという。「安全で安定した金融市場を達成するためには、21世紀の規制は民間の監督にますます依存しなければならなくなるだろう」
一般的な傾向としては、銀行や多国籍企業の直接支配のもとに置かれた「民間規制」の方向に向かっており、その中で政府と国際組織の役割は補助的なものとなる。換言すると、北米や西欧を含む世界の主要地域における国家機構に対する債権者の支配力が高まった結果、これまで国家の管轄下にあった活動を監視する民間部門の官僚が生まれる。
しかし、国家の崩壊は社会プログラムや公益企業の民営化に限ったものではない。企業資本はいずれ、国家が支援する「市民活動」をも所有しようと考えるであろう。文化的活動、芸術やスポーツ、地域奉仕活動までが、利益追求を目指すビジネスに変貌するであろう。この点からいって、現在懸案中の多国間投資協定(MAI)が意味することは、対外投資に対する規制緩和や公的機関の解体、さらには国家が支援する「市民活動」の金儲け事業への転換である。
虎を手なずける
通貨危機によって資本移動の障害物を強制的に取り除くと同時に、「自由市場」を推進する政治的権力者は、WTOのMAIや同じくらい論議の的になっている資本勘定の自由化に対するIMF条項の修正案を含めたいくつかの法的拘束力を持つ協定によって、銀行や企業の権利を強化しようとたゆまぬ努力を続けるであろう。
ワシントンからの公然の政治的圧力とともに、G7-IMFによって数十億ドルの融資枠が創設されたことで、香港を含む中国、マレーシア、台湾、チリ、ロシアといった国々に対する将来の投機的攻撃への資金を提供することになるであろう。これらの国々は、外国為替規制と投機的取引の統制のいずれか、あるいは両方によって「自由市場」に対抗してきた。例えば台湾当局は台湾の株式市場の暴落の原因と非難されてきた、ジョージ・ソロス率いるファンドの違法取引を防ぐ手段を講じた。また香港は、株の空売りや通貨投機を抑制する方策をとった。
資金移動を抑制しないという決定とともに、G7の融資枠創設の計画は、こうしたイニシアチブを弱体化させると同時に、地元の資本主義を不安定にさせることをも狙っている。究極の目的は通貨市場の規制緩和であり、残る資本移動の障害を取り壊し、通貨政策に対する国家統制を解体することである。
躊躇する投機家と債権者
世界の負債を増加させ、国家経済を不安定にしたメカニズムを正当化することによって、G7の政策立案者たちは破滅の種もまいた。返済不可能な負債の創出は、世界金融でもっとも力の強い者たちにとっても裏目に出た。負債増に伴う生産の減少と、多数の国で生活水準が同時に低下した結果、消費者市場が低迷し不良債権の急増につながったからである。
世界の富が蓄積することは実体経済にとっても悪影響を与え、雇用の減少と原材料の余剰をもたらした。物理的な資源が未使用のまま放置されたり、あるいは市場プロセスから撤退させられる結果、工場閉鎖やレイオフ、企業倒産が起こる。貧困と失業は、ほぼすべての分野にわたる過剰設備による過剰生産が原因である。
投機家たちは悪循環に巻き込まれている。皮肉にも金融の混乱は、最初に市場を不安定にした張本人である金融機関に悪影響をもたらしている。損をした銀行は韓国、日本、中国系だけでなく、西側の大手金融機関(不安定な投資取引やヘッジファンドの高リスク取引に関与し、新興市場の負債持ち高が高い)までもが自分たちの処方箋の苦さを味わっている。
銀行の多額の損失はまた、ウォール街の何千人ものレイオフの引き金になった。JPモルガン、メリルリンチ、クレジットスイス・ファーストボストンなどで、かつては豊かで成功していたブローカーが冷酷にも首を切られた。
ヘッジファンドの不安定な影響
大西洋の両側にある世界最大級の銀行や証券会社の中には、巨額の損失を被ったところもある。シティグループ、バンクアメリカ、ドレスナー・ドイツ銀行(ロシアの負債で巨額の債務不履行を受けた)、UBS-SBC、クレディリヨネ、メリルリンチ、INGベアリング、クレジットスイス・ファーストボストンなどである。これらの銀行のほとんどは、無数のヘッジファンドと正式に提携する「機関投機家」と考えることもできる。UBSはヘッジファンドのLTCMとの疑わしい取引きによってスイスで捜査を受けている。米国最大の銀行バンクアメリカは、ウォール街のヘッジファンドD.E.ショーの倒産で14億ドルの債権の損失を出した。
G7-IMFの緊急融資枠は、投機的な取引きを抑制するどころか、投機的操作を定期的に行うヘッジファンドに投機承認のサインを送ったことになる。ヘッジファンドの大部分は、政府の規制や税金から逃れるためにオフショアセンターを拠点にしている。
G7蔵相の政治的コンセンサスは、ヘッジファンドの規制は賢明ではないというものだった。イングランド銀行はウォール街と米連邦準備委員会に同調して、ヘッジファンドへの規制強化は自滅につながり得ると強調し、ヘッジファンドに自制を求めただけであった。
1998年9月、ウォール街のコンソーシアムがヘッジファンドのLTCM(30億ドル以上の負債を出した)を劇的に救済した事件は、4,000以上あるヘッジファンドがクモの巣のように入り組んだ世界では氷山の一角の出来事に過ぎない。LTCMの経営者は元ソロモン・ブラザーズの役員、ジョン・メリウェザーだった。
富裕な投資家の集まりといわれるヘッジファンドは、既存の金融体制から誕生し育まれたもので、銀行や企業、裕福な個人の利益のために奉仕し、申告ベースで約3,000億ドルの資本を有する投資銀行の中核をなす。しかし、てこの作用を高度に駆使した操作を通して、この3,000億ドルは増殖し、天文学的な数字となった。LTCMのファンドマネジャー、ジョン・メリウェザーを例にとると、金融操作によって資本の500倍を投資し、推定持ち高は合計2,000億ドルに達していた。2,000億ドルといっても、これは4,000のヘッジファンドのうちのわずか1つが、新興市場でのいかがわしい投資を通じて所有した持ち高である。ヘッジファンドの取引きの大部分はオフショアセンターで行われており、取引高が公表されていないのはいうまでもない。
ヘッジファンドは政府高官とも通じ、G7による改革の方向づけにおいて大きな影響力をふるっている。彼らは何十億ドルもの資金を一夜にして世界中のどこへでも動かす能力を持ち、政府の力をも上回る影響力を持っている。ヘッジファンドの活動は市場の力の操作に基づいている。ヘッジファンドが実体経済から巨額の富を獲得するためには、究極的に巨額の負債を蓄積させ、生産活動を崩壊させることにつながる。
債券市場の苦境と合わさって、ヘッジファンドの失敗は55のオフショアセンター(ケイマン諸島、バミューダ、ルクセンブルグ等)を含む欧米の金融構造全体に悪影響をもたらす。また株式市場の不安定性は、ミューチュアルファンドや年金基金の将来をも脅かす。
合併熱
G7の新しい金融構造は熾烈な競争を煽り、それが巨大合併や買収の動きに波及した。また合併熱はニューヨーク証券取引所の株価を人為的に急騰させ、記録を更新させている。通貨や株式市場の投機で得た数十億ドルもの利益が不動産の取得に向けられている。機関投機家が得る巨額の現金もまた、無数の民営化プログラムのもとで国家資産を含む企業買収向けの融資に還流される。
また新興市場での通貨の投機はアジアや中南米の国家資本主義を混乱させ、現地の経済エリートを従属的立場に追いやり、それによって世界経済と金融権力の未曾有の集中を招いた。IMFによる救済の後、グローバル企業はアジアにおいて利益になりそうなものを買いあさり、苦境に陥っているいくつもの国営企業や金融機関を買収した。
グローバルな同盟
ヨーロッパ資本と米国資本との間に新たな関係が生まれ、世界市場の力関係は急速に変化した。合併ブームによってイギリスやドイツの銀行はウォール街と手を組み、金融の巨大企業が形成されていった。
バンカーズトラストとドイツ銀行、BPとアモコ、ダイムラーとクライスラーなどの巨大合併が、ハイテクだけでなく金融、鉱業、石油、ガスなどあらゆる業界で見られた。巨大合併はまた、冷戦後の地政学的な構造を再構築する。超大国であった旧ソ連が崩壊し、今度はアジア通貨危機の猛襲がアジア太平洋地域における日本の経済支配を著しく悪化させた。
また、欧米の巨大金融機関は世界最大の製造会社の株主であり(例えばドイツ銀行はダイムラー・クライスラーの株主)、さらに救済協定に基づいて、東欧、バルカン半島、中南米、東南アジアの国家経済のリストラも監督している。金融界と産業界のこれら「大西洋企業同盟」は、ライバルである日本企業を含む弱い競争相手の駆逐を狙っている。さらに日本の金融ビッグバンによって、日本経済が欧米の投資銀行による企業買収に晒されるようになった。G7-IMFの経済計画に支援された欧米資本の拡大は新しい局面を迎え、経済大国であった日本の地位を脅かそうとしている。
経済の欺瞞
「虚偽意識」があらゆる重要な討議に忍び込み、グローバルな経済体制の作用を見えなくしている。またそれが原因で、国際社会はグローバル経済が世界中の人々にどれほど破壊的な影響を与えているのか理解できないでいる。金融不安や経済混乱の原因である強力な金融機関の利益と、この危機の原因とは何なのであろうか。
世論はうまく欺かれている。世論が信じ込まされているのは以下のような見方である。「欧米経済は健全で、経済の感染病はアジアとロシアを起点に広まっている。政治家や主流派エコノミスト、欧米のメディアは、決まりきった解決策しか提唱しないどころか、世界的経済危機の原因を軽視し、歪曲している。この病は感染するので、その蔓延を食い止めなければならない」
投機取引の凍結
もっとも緊急に行われなければならないことは、金融市場を公的に監視し、社会がそれを統制するようにすることである。トービン税(ノーベル賞受賞者であるジェームス・トービンが提唱した、短期資本の移動に対する課税)だけでは、破壊の波を覆すには不十分であろう。「金融を弱体化」させるためには、まず国内外のありとあらゆる投機商品をすべて凍結し、ヘッジファンドを解散させ、資金の国際移動を統制し、汚れた金にとっての安全地帯であり不正な企業利益の逃避地であるオフショアセンターを徐々に取り壊す必要がある。これらの予防策は世界的経済危機に対する長期的な解決策にはならないが、それでも貨幣資産の累積を遅らせ、何百万人もが被る通貨や株式市場投機の破壊的影響力を弱めるだろう。マレーシアのマハティール首相はこう述べている。「投機的通貨取引が今日の問題の根本原因だと認めない限り、是正措置をとることはできない。表面的な調整はまったく役に立たない」
ワシントン主導のコンセンサスを打破
投機的取引を凍結するために短期的な予防策をとるだけではなく、世界経済体制の構造において大幅な変更が必要であり、金融権力の集中を覆し、経済政策の主導権を社会に戻して民主的な統制を行うことである。その第一段階として、まず「ワシントンのコンセンサス」を壊さなければならず、IMFが提唱する致命的な経済処方を破棄する必要がある。さらに、マクロ経済改革の仕組みを変更し、賃金を元のレベルに押し上げ、世界の貧困を緩和する方向を目指すような「拡張的な経済計画」を確立する。
ここで極めて重大なのは、「中央銀行の民主化」を同時に行うということである。現段階では国家経済および特別プログラムの資金調達、賃金の支払いなども含めて、債権者と投機家が貨幣創造を支配している。言い換えれば、重要なのは民間金融機関が所有する巨額の国家債務の解消のみならず、社会による通貨政策の支配、すなわち通貨の創造や、経済や社会発展向けの資金調達のプロセスを社会が民主的に統制することである。
また、ワシントンのコンセンサスを破壊する過程において、多国籍企業や世界の銀行が力を増大させることになる、法的拘束力を持つ多数の国際協定(WTOやIMF主催)の制定に対抗し続けることも必要となるであろう。
[著者の許可を得て翻訳・転載]