No.261 もう後がない日本の金融政策

 今回は、2月初めに浮上した日銀による国債引き受け案に関する、シンガポールの『ストレイツ・タイムズ』紙の批評をお送りします。記事の最後にあるリストラ策奨励の結びには同意できないものの、日本が日銀の国債引き受けを考えるほど切羽詰まった状況にあるとする海外紙の指摘を読むことで、日本政府や大蔵省の主張および日本のマスメディアの報道を客観的に分析することができると思います。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

もう後がない日本の金融政策

『ストレイツ・タイムズ』紙 1999年2月18日

 チャールズ・ディケンズの『デイビッド・コパーフィールド』に登場する楽天的な下宿屋の主人、ミコーバーと同様、日本の官僚たちはそのうちどうにかなると信じ込んでいるふしがある。堺屋経済企画庁長官はほんのわずかばかりの景気の変化を取りたてて「変化の胎動が感じられる」と述べ、「景気は底を打った。すべてが好転する」と主張した。大蔵省の榊原財務官はもっと楽観的である。去る2月2日、榊原財務官は国際通貨研究所主催のシンポジウムで講演し、日本経済について「危機は終わりつつある。ここ1~2週間がヤマだ」との見解を発表した。それから2週間たったが、もちろん危機はまだ終わっていないし、その間なされたことといえば大手15行に7兆4,500億円の公的資金注入が決まったことであり、この額は1ヵ月前の予測を上回るものの、政府が金融再生のために用意した25兆円よりはるかに少ない。だからよかったとでもいうのだろうか。

 しかし、そんなに長く現実を否定することはできない。自民党が日銀に新規発行の国債を引き受けさせようと圧力をかけたことからわかるように、日本の財政事情は今や底無し沼のような状況である。国債の日銀引き受け案浮上の裏には、政府が99年度予算案で71兆円もの国債の発行を発表した直後に、債券価格が急落(金利急騰)したことが引き金になっている。発行済み国債の34%を所有する大蔵省資金運用部が新規発行分の長期国債の買い入れを行わないと発表してから債券価格が下落し始めたため、宮沢蔵相が2月16日の記者会見で長期国債の市中買い入れを2月と3月に限り再開すると発表した。しかし、日銀が新発国債を大蔵省から直接引き受けるか、あるいは買いオペ(公開市場操作)で国債を市場から買い入れなければ、債券市場は暴落して金利が上昇し、同時に円が急騰するのではないかと、政府、自民党の一部は恐れている。さらに、日銀が市場で国債を買うことで民間に通貨が供給されなければ、赤字財政による拡張効果も国債による資金調達により相殺されてしまい、逆に紙幣を増発すればインフレを招く恐れがある、というのである。

 当然のように日銀は国債引き受け案を拒否した。2月12日、日銀は短期金融市場の無担保コール翌日物金利の目標水準を「年0.25%前後」から「年0.15%前後」に低め誘導した。日銀が恐れているのは、わずかばかりのインフレではない。事実、卸売物価が年率4.9%の割合で下落しているため、少しのインフレは日本にとってむしろプラスとなるだろう。日銀が恐れているのは、日本株式会社と揶揄される日本経済に通貨をばらまく方策が習慣化することで悪性インフレが起こることである。99年度予算で、日本の公的債務は国と地方を合わせてGDPの120%にも達する。特殊法人や公益団体の赤字および金融再生費用をすべて合わせると、5年後には日本の債務総額は200%に達すると見込まれている。大蔵省資金運用部は郵便貯金や国民年金、厚生年金の掛け金を預かり、財政投融資などで運用している。昨年11月に貸し渋り対策など財投資金を活用した緊急経済対策が打ち出され、余裕資金がなくなったため、国債を市場から買い入れることで政府に融資を行う措置を1月に停止していた。そこで、政府自民党の一部が日銀に紙幣を増発させることを提案したのであった。日銀による国債引き受けという最後の手段を提案する日本政府の態度も、日本のバラマキ財政にはもう後がないことを示唆している。

 さらに、財政赤字にも限界があることが明らかである。国債の発行はよくてその場しのぎであり、最悪の場合は真の問題を隠してしまう。日本企業の中にはそれを見抜いて独自のリストラ策を発表しているところもある。政府も、企業の過剰生産能力や労働力、さらには債務の削減や処分を促進するための支援策を検討中との報告がある。魔法のように、いつのまにか赤字が黒字に転換することをディケンズのミコーバーのように待ちわびるのではなく、これこそまさに日本政府がとるべき方策であろう。

[『The Straits Times』紙(→http://www.arial.com.sg)より許可を得て、翻訳転載]