No.266 多国間投資協定(MAI)で国を訴えたカナダ国民

  多国間投資協定(MAI)に関して、カナダ国民が政府にその交渉の権利はないとして政府を訴えています。世界各国にとって国家およびその国民の権利を優先する模範行動として、参考になると思います。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

多国間投資協定(MAI)で国を訴えたカナダ国民

オタワ大学 経済学部教授 ミシェル・チョスドフスキー

 現在カナダでは、政府には多国間投資協定(MAI)の交渉を行う権利はないとする、国民主導による重要な運動が起きている。これによって、カナダ憲法が保証する基本的権利を損なうような国際協定を交渉する権利がカナダ政府にあるかどうかが問われることになる。

 1998年4月、カナダ政府を相手にブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーにあるディフェンス・オブ・カナディアン・リバティ・コミッティ(DCLC)が訴訟を起こした。4月23日に、カナダ連邦裁判所に起訴状を提出し、受理された。

 DCLCの訴えは次のようなものである。「多国間投資協定(MAI)はカナダ憲法に反する。なぜならカナダ国民に与えられていない権利を、国際法によって外資系企業や金融機関に保証するものだからである。これはカナダ憲法が保証する、法の下の平等という原則に反する」

 提訴を行った者たちは、連邦政府にはカナダを代表して多国間投資協定に調印する権利はないとし、それはカナダ憲法の定める権能外であり、また一般的にそのような条約はカナダ国民にとって最善の利益をもたらすものではないと訴えた。

 こうした提訴自体が、カナダの貿易担当相サージ・マーシ率いる交渉団にとっては恥辱であり、彼らの行動が民主的手続きを明らかに逸脱するものであると訴えることになった。さらにこの訴訟で、多国籍企業との協議を含む、密室会議に参加する議員や官僚の誠実さも問われることになる。

 「カナダ政府は、議会からの信任なしにいかなる条約にも調印する権限はない。もし調印すれば、それは民主主義および代議政体の基本原則に反する。特権の行使は必ず憲法に基づいて行われなければならない」

 DCLCを代表するのは、憲法および人権問題に精通する3人の敏腕弁護士である。この3人の上告側弁護団は、政府側の証人を審問し、極秘文書の提出を求めた。バンクーバーでの審問で、連邦政府の証人は多くの新しい文書を提出したが、その大部分は検閲され黒く塗りつぶされていた。

 政府は今、様々な手段を使ってこの審問を遅らせようとし、公判に入るのを阻止しようとしている。そして、政府側は休廷を求めた。

 1998年1月にバンクーバーで行われた審問で、裁判官に指名されたのは元閣僚のデューブ判事で、被告の1人クレティエン首相の個人的な友人でもあるが、彼はこの訴訟から降りるつもりはまったくない。この訴訟はデューブ判事の公益と私利の両方にかかわることが明らかなので、上告人側弁護団は彼に代わってもっと適切な裁判官に代えるよう求めている。

 訴訟は再開される予定である。上告人側弁護団は、政府側が「内閣特権」を理由に回答を拒んできた質問への回答と、文書の提出を連邦政府に求めている。

新自由主義に対する闘争

 このカナダの訴訟は、新自由主義への1つの闘争手段を示すものであり、政府との空虚な「対話」ではなく、提訴という強硬手段がとられた点で極めて重要といえる。何百万人もの人々を貧困に陥れ、基本的人権、文化的および経済的権利を貶める交渉を国家を代表して、しかも密室で行う権利が、もともと政治家や官僚にあるのかが問われる。

 今回の提訴は、他の反MAI活動を補完するものであり、MAIへの対抗勢力が国家政府や多国間組織に与える影響力を強めることになるであろう。

提訴の国際化

 今回のカナダでの提訴は重要な出来事である。他の国においても、MAIだけでなく、立法府の同意なしに交渉や調印が行われる国際条約や、既存の憲法上の権利に矛盾する条約に対し、今回のカナダの提訴が指針となって、同様の行動をとることが可能になる。

 MAIおよび同種の多国間条約を訴訟によって阻止する行動が国家間に広まれば、新自由主義に対抗する世界規模の運動の1つとなる。カナダの提訴は、カナダと同じような法的枠組みを持つ国々にとって、特に重要な意味を持つ。

多国間条約に関連したIMF条項の改正

 ここで思い出すのが、MAIに反対する市民グループが1998年4月末にパリに集結するほんの2週間前に、国際通貨基金(IMF)が資本移動の規制緩和に関する決議を秘密裏に行ったことである。このことは、マスコミにもほとんど取り上げられなかった。

 IMFの条項の改正は、外国投資を規制し、さらに投機資本の致命的な動きを統制する国家社会の権力を剥奪することを狙ったものである。換言すると、資本移動の規制緩和は、国際法に基づく国際投資条約の立法化といった手順を踏まずに、ご都合主義の修正条項だけで達成できるということだ。

 こうした観点から、IMFが暫定委員会を通じて条項の改正を簡単に行える権限を持つかどうかに焦点を当て、それを法的措置に訴えるか検討することが重要である。IMF規約の改正は加盟国の基本的権利に影響を与えるにもかかわらず、それを協議するのは銀行家、ワシントンの官僚、大企業の経営者だけに限られている。

金融規制とそのメカニズムの合法性を問う

 同様に、世界金融危機という状況の中で、国際規制や金融メカニズム、さらには投機資本などの資本の動きを統制する規制が正しいものかどうかを問うことも重要である。投機資本こそまさに世界のあらゆる地域において、国家通貨の崩壊をもたらし、経済および社会に壊滅的影響をもたらした主犯だからである。

 この点において、株式市場、通貨市場、オフショア・バンキングを統制する規制の多くは、国家の立法府の合意を得て作られたものではない。言い換えると、不正資金を含む国際金融取引を統制する規則の多くは、経済および社会の基本的権利に明らかに反している場合があり、したがって、裁判で合法であるかどうかを問う必要がある。

[著者の許可を得て翻訳・転載]