No.297 都市生活に適した自転車

 京都在住の私は市内の移動時にはマウンテンバイクを利用し、また友人が訪ねて来た時にも自転車で案内する大の自転車派です(自宅にはマウンテンバイクが5台あります)。以下は、自転車こそ未来の交通手段だとする、ワシントンのシンクタンクの所長、レスター・ブラウンの記事です。交通渋滞、大気汚染の緩和にも自転車が最適だと分析しています。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

都市生活に適した自転車

レスター・ブラウン
『デイリー・ヨミウリ』紙 1999年5月24日

 日本政府は、自動車に代わる近距離用交通手段として、120台の自転車を東京の官庁に配給した。これは交通渋滞や大気汚染の緩和、二酸化炭素排出量の削減のために、自転車を利用する各国中央・地方政府の何千もの試みのほんの一例である。都市の状況にうまく適合した自転車は、多くの点で未来の交通手段といえる。

 しかし、このことが始めから認識されていたわけではない。1950年、全世界の年間自転車生産台数は1,100万台であったのに対し、自動車は800万台であった。1969年には自転車2,500万台に対し、自動車が2,300万台と迫り、当時は急速な経済発展に伴い、自動車の生産台数が自転車のそれをすぐに追い抜くであろうと多くの人が予測した。しかし決してそうはならなかった。

 1970年4月22日に始まった「アース・デー」やそれに関連して環境意識が高まる中、自転車の生産台数は1970年には年間44%も伸びて3,600万台に達したが、自動車の生産台数は伸びなかった。数年後、OPECが画策した第一次石油ショックにより石油価格が高騰し、自動車の生産台数の伸びはさらに鈍化し、自転車の生産に拍車がかかった。1978年、中国が市場型経済への本格的な転換を始めると、何百万人もの新しい消費者が個人移動の手段を求めて自転車を購入し、自転車の生産はさらに勢いを増した。

 自動車の生産台数が自転車のそれに迫った時期もあったが、現在は大きく引き離されている。1990年代半ば、世界の年間自転車生産台数は、平均1億台を越えたのに対し、自動車は年間3,700万台に止まっている。ここ数年間、自転車の生産台数が自動車の3倍であるのは、自動車を購入できる消費者の数は限定されるのに対し、自転車の価格はずっと安価なためである。

 世界人口の都市集中化も自転車の生産を後押ししている。50年後、世界人口が100億人に達し、ほとんどが都市化された世界で、現在の米国と同様に2人に1人が自動車を所有するようになるとは考えにくい。それが現実になれば、世界の自動車保有台数が現在の5億1,300万台から驚異的な50億台にも達し、しかもそのほとんどが都市部に集中するということになる。2050年に世界がそうなっているとは想像できない。

 自動車の誕生はそれまでにない機動性、特に長距離を自由に移動できる能力を約束した。道路が整備された田園が大部分を占める豊かな社会では、自動車は確かにその約束を果たした。しかし、自動車と都会は本質的に適合せず、その2つが組合わさると、渋滞、汚染、ストレスを引き起こす。その不適合がここ数年、顕著になってきた。ロンドンでは、自動車の平均速度は1世紀前の馬車の速度に等しく、バンコクではひどい渋滞でまったく動かない自動車の中で運転手が過ごした時間が昨年1年間で平均44日間にも相当した。これはどこかおかしい。

 先進国、発展途上国を問わず、都市行政当局は都市の交通手段を自動車に過度に依存すると面倒な問題を引き起こすことに気づき始めている。問題は、大気汚染を作らずかつ機動性を提供できる交通制度の設計である。さまざまな方法があるが、これは自転車に都合の良い交通制度の確立を意味し、その1つに自転車を都市交通手段の中心に据える制度の確立が挙げられる。この点で最も成功している先進国が、オランダ、デンマーク、ドイツである。オランダとデンマークでは、都市部での移動のうち20~30%が自転車で行われている。これらの国では、交通制度の設計は自転車志向であるだけではなく、自動車より自転車を優先する。都市設計者は自転車専用道路を作り、青信号になったら自転車は自動車よりも先に発進することができるようになっている。

 コペンハーゲンでは、市内を移動する人に無料で自転車を提供する実験を行った。自転車を利用したい場合は、3ドル相当のコインを投入する。自転車が不要になって自転車置き場に返却するとコインが戻ってくるというものである。この制度が非常に成功したので、当初1,000台であった自転車の台数は2,300台に増やされた。ヨーロッパより人口密度がずっと低い米国やカナダでは、自転車を利用しての移動は全体の1%未満に過ぎないものの、交通渋滞の悪化に手を焼く市当局の多くが自転車に目を向け始めている。

 1998年、米国は交通制度向け予算として、自転車および歩行者の基盤整備のために15億ドルを計上し、市が交通制度の中に自転車を積極的に組込むことを可能にした。都市の警察も自転車に目を向け始めている。犯罪現場になかなか到着できないことに業を煮やし全米300都市の警察は、自転車での巡回を行っている。自転車への転換は経済的理由からも促進されている。自転車とパトカーを比較すると、1日の出動件数は自転車を使った警官の方がパトカーよりも50%も多い。さらにコスト面からも、警察用完全装備の自転車1台が約1,000ドル、維持費は年間約100ドルであるのに対し、パトカーの価格は1台平均2万3,000ドル、維持費は年間で約3,000ドルにもなる。首都ワシントンでは、大統領の護衛でさえ自転車に乗ってホワイトハウス周辺の警備にあたっている。ワシントン所在の国際警察マウンテンバイク協会の会員は14ヵ国からなり、自転車に乗った警察官が全世界で1万人はいると推定される。

 自転車に完全に依存している都会のサービスも数多くある。例えば米国の大半の都市ではメッセンジャー・サービスは自転車で行われている。郊外地区のピザ配達や処方箋薬剤の配達にも自転車が適している。南米コロンビア共和国の首都ボゴタ最大の製パン工場は配達用トラック200台を自転車800台に切り替え、1日約2万2,000人の顧客への配達コストを大幅に削減した。

 発展途上国の自転車の製造および保有台数では中国が群を抜いている。しかし、1994年に中国政府が発表した向こう5年間の基幹産業には遠隔通信、石油化学、機械製造、建設とともに、自動車産業が挙げられ、中国に製造基盤を作らせるために、GMやトヨタなどの大手自動車メーカーが誘致された。この決定の後、主要科学者グループがそれに異議を唱える白書を発表した。それには自動車中心の交通制度がなぜ中国には不向きであるか、いくつかの理由が説明されていた。

 その第一の理由は、土地の不足であった。中国が自動車および、それに伴う高速道路、一般道路、駐車場を用意すれば、全国民を養うのに必要な土地が確保できなくなる。さらに、自動車に必要な燃料についても白書は言及し、そのほとんどを輸入に依存しなければならないだけでなく、すでに深刻な問題になっている交通渋滞および大気汚染も自動車の増加により悪化するであろうと記している。一家庭が1台ずつ車を所有し、米国と同程度のガソリンを使うと仮定すると、中国では1日に8,000万バレルの石油が必要となり、全世界の石油産出量を上回る。科学者たちが推奨したのは、自動車中心ではなく最先端の鉄道を導入し、自転車で補完することであった。

 ペルーの首都リマでも、政府が自転車の利用を勧めており、仕事で通勤する自転車を必要とする都会の低所得家庭に融資プログラムを提供するなどの対策がとられている。融資にかかる費用は、公共交通機関の支出の削減により、1年間で取り戻せると見込んでいる。オランダ、デンマーク、ドイツ、日本などの国では、駅に駐輪場を用意することにより、自転車と電車通勤を組合せている。オランダでは、それによって駅まで自転車を利用する人が急増した。オランダでは電車通勤者の4人に3人が自転車で駅まで通っている。駅まで自転車を利用させることの利点を認識した日本の地方自治体は、駐輪場の数を1977年の60万台分から1987年には240万台分に増加させた。これは、日本の鉄道利用率の高さにも寄与している。

 都市生活において自転車が自動車に代わる魅力的な交通手段になる理由はいくつかある。運動になるのはいうまでもなく、渋滞、大気汚染を削減し、個人の移動を可能にする。渋滞解消になるのは、単純に車1台分の空間に自転車なら10台は収容できるからである。自転車用道路は自動車専用道路よりもはるかに多くの人の移動を可能にする。さらに自動車は駐車に多くのスペースをとるために渋滞をもたらす。多くの都市にとって自転車の最大の魅力は大気汚染の削減にある。これは大気汚染が世界最悪レベルのアジアの都市には特に魅力的である。自転車に転換すればそこで暮らす人々の健康に良いばかりでなく、草木も丈夫になる。また自動車は富める少数の人々にしか個人の機動性を提供しないが、自転車は大半の人類社会にそれを提供する。労働者が机に縛り付けられ、ますます都市化する環境では、自転車には運動手段としての魅力も増している。勤務先まで自転車通勤が可能な人々は、定期的な運動機会を日常生活の中に組込むこともできる。

 世界の都市化が進むにつれて、自動車は機動性の提供という約束を果たせなくなってきている。世界の至るところで中央・地方政府は、効率的で清潔、かつ安全な都市交通制度の確立の実現とは、自転車のすばらしい潜在能力を利用することであると気づき始めている。都市化の進む世界において、自転車はまさに未来の交通手段なのである。

※ レスター・ブラウンはワシントンのシンクタンク、ワールドウォッチ研究所の所長である。
詳しくはwww.worldwatch.orgを参照されたい。

[著者の許可を得て翻訳転載]