今週は、イギリスの『インディペンデント』紙から、大統領選に参加するだけで2,000万ドルが必要だと指摘している、米国の大統領選に関する記事をお送りします。今後の大統領選の行方を見守るにあたり、参考になると思います。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
米国大統領選への参加料は2,000万ドル
ガビン・エスラー
『インディペンデント』紙 1999年6月28日
米国の評論家はすでに、来年の大統領選を舌なめずりしながら予想し始めており、今世代で最も重要な選挙になるという者さえいる。しかし米国政治の汚れた秘密は、世界で最も重要な職に就く人物を選ぶ大統領選挙そのものが芯まで腐っている点にある。ホワイトハウスの大統領選を巡る戦いは、4年に一度、年老いたフランケンシュタインのような怪物に電流が流され、怪物を生き返らせて我々を恐怖に陥れる。電流とはもちろん金である。
米国人が国家指導者をどのようにして選ぶかは、明らかに米国人の問題であり、外国人、特に生意気なイギリス人が、米国の選挙制度は21世紀における帆船や馬車のように滑稽なほど場違いだと指摘すれば、憤慨するのは当然である。しかし、民主党と共和党の候補者の先頭に立っている副大統領のアル・ゴアとテキサス州知事のジョージ・W・ブッシュが、総選挙日(最終選挙日)の約18ヵ月も前に選挙戦開始の準備を始めたことからも、米国そして米国以外の国にとっても、これがいかに重大な選挙であるかがうかがわれる。
2000年11月に行われる大統領選挙では、共和党が上下両院の支配権を失うことがあり得ると同時に、次期大統領がその後の最高裁のイデオロギー上の均衡を破る可能性さえある。『ワシントン・ポスト』紙の権威ある解説者、デイビッド・ブロダーは、2000年は1960年のケネディ、1980年のレーガンの選挙と同様に大きな計画の競り合いとなり、それによって米国の統率力に地殻変動がもたらされる可能性があると示唆する。それはそうかもしれない。しかし、政治制度そのものはそれとはまったく無関係な、金権政治以外の何物でもない。
この大統領選への参加費は2,000万ドルである。ゴアとブッシュはすでにその金額を用意したが、他の候補者は用意できていない。結局、予期せぬ災害でも起こらぬ限り、この2人が政党の指名を受けることになるだろうという理由はそこにある。米国政治にとって金は母乳だとよくいわれるが、むしろ人を狂わせる酒に等しい。1996年にアル・ゴアは選挙資金を集めるために仏教団体にまで物乞いに行っている。クリントン大統領はそのためにホワイトハウスを世界で最も由緒ある、朝食付きの高級ホテルに変えた。
大統領選挙制度は、表向きは分別もあり民主的に見えるが、実際はそれとはまったく反対に機能している。基本的に、選挙の年の2月ぐらいから全米各州で、一般有権者がすべての候補者を目にする機会が得られることになっている。そこで、2000年11月の総選挙で党を代表して欲しいと願う候補者を選択する。この手順を経てジョージア州知事であったジミー・カーターや、アーカンソー州知事であったビル・クリントンなど無名の地方政治家が、まったく知られていない地域で自分をアピールする機会が与えられた。カーターとクリントンは勢いをつけ、全米に知られる存在となった。ここまでは良い。党の代表を選ぶために州ごとに行われる選挙は「予備選挙」または「党員集会」だが、この州選挙の運営方法がテレビ時代に合わせてますますばかげたものになりつつある。実際に問題となる予備選挙は、最初に行われる6つだけであり、伝統的なアイオワ州の党員集会、ニューハンプシャー州の予備選、その他、サウスカロライナ州など2、3の予備選だけが重要になっている。
これらの州はすばらしい州ではあるが、それほど大きいというわけではなく、特に重要というわけでもなく、自分達の州以外の何かを代表しているわけでもない。これらの州が予備選挙や党員集会を終える2月から3月初旬頃には、勝者と目された者以外すべての候補者の資金が枯渇する。誰が勝者になるかを米国のメディアが予測し、まるでその予言を実現するかのように、その候補者が実際に勝者となる。カリフォルニア、ニューヨーク、イリノイ、フロリダ、テキサスといった本当に重要な州の選挙は、実際にはほとんど問題にならないのである。
2000年の選挙は熱狂的な競争により、各州が予備選挙の投票日をどんどん繰り上げているため、従来よりもさらに奇想天外なものとなるであろう。最も重要なカリフォルニア州では予備選挙の投票日を夏から春に繰り上げ、ミシガン州は1ヵ月繰り上げて2月22日にした。そのためサウスカロライナ州は2月19日に繰り上がった。ニューハンプシャー州は米国で最初に予備選挙を行わなければならないと州法で定められているため、予備選を2月15日から2月8日に早めることを考えている。これによってアイオワ州の党員集会は1月に繰り上げられることになるかもしれない。
ニューハンプシャー州はさらに、予備選挙をクリスマス前まで大幅に早めることさえ検討しているという。こうなると正気の沙汰とは思えないが、他の州より先んじることで、できるだけ多くの影響力を及ぼしたいと誰もが考えている。加えて、寒さの厳しい北部のアイオワ州およびニューハンプシャー州では、年間を通じて最悪の閑散期であるこの時期にジャーナリストや政治家が訪れることで、何千万ドルもの利益を見込んでいる。
このように、重要な予備選挙や党員集会が数週間の間にすべて開催されることになれば、テレビ・コマーシャルのための資金が以前にも増して重要になる。資金の潤沢なゴアやブッシュ、または億万長者のスティーブ・ジョブズらだけが、ニューハンプシャー、ミシガン、カリフォルニア、サウスカロライナなどの複数の州でほぼ同時にテレビ・コマーシャルを放映できるだろう。しかし、本当に突拍子もない影響を及ぼす要因がまだある。米国では、州ごとに投票規則を定めているのである。
ある州では民主党員として登録している有権者のみが民主党候補者に投票することができる。別の州では、無党派の有権者は、民主党候補者にも共和党候補者にも投票できる。また共和党員でも民主党候補に投票できる、あるいはその逆も可能な州もある。
こうした規則に混乱するのも無理はない。票数を一度数え、その割合に基づいて票を候補者の間で分割する州もあれば、勝者にすべての票がいく州もある。ここまでに述べた大統領選挙の方法をすべて考え合わせると、1990年代の超効率的な米国社会においても丸太小屋に住み手でバターを攪拌する時代同様、非常に原始的な方法で大統領が選出されているといえる。大統領選挙は完全に狂っていて、巨額の資金を必要とする。ますますいかがわしい資金が集まる海の上を選挙制度は漂流している。選挙の過程に関与する米国人が少なくなっているのも不思議はない。1996年の退屈な総選挙では、投票に出かけた国民は半数にも満たなかった。
図らずも、ジョージ・W・ブッシュとアル・ゴアは共に思慮深い政治家である。この2人が予想通り党の指名を受けることになれば、大きな争点、大きな計画、そして壮大な政治論といった遊説を行うかもしれない。しかし誰が大統領に選ばれようと、最も重要な問題は、腐った選挙制度そのものをどうやって改めるかであろう。
※ ガビン・エスラーはイギリスのBBCニュース24の司会者である。