今回は『ネーション』誌(1999年6月28日号)よりラッセル・モクヒバーとロバート・ワイズマンの書いた『Corporate Predators(企業の略奪者)』についての書評をお送りします。通常のOur Worldの形態とは異なる書評の形ではありますが、是非取り上げたい内容でしたので、あえて今回の内容として選びました。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
『Corporate Predators』に関する書評
『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙が大企業350社に対して行った調査によると、1998年のCEOのストックオプションを含んだ報酬は、中央値で263万5,799ドルとなり、年間増加率は3.1%であった。これに対して米国全体の賃金および手当ては3.5%増えたという。これはCEOよりも一般労働者の方が暮らし向きが良くなったということだろうか。とんでもない。この数字は、CEOの報酬は約7万9,253ドル増え、片や4万ドルの一般労働者の年収が1,400ドル増えたということに過ぎないのだ。
最新の数字によるとビル・ゲイツの正味財産は510億ドルで、これは最下位から数えた米国民1億600万人分の正味資産の合計を上回る。マスメディアは株価の高騰に大騒ぎしているが、株価上昇による利益の90%は米国で最も裕福な上位10%の世帯に、そのうちの42%は1%の超富裕世帯の手に渡っていることを忘れてはならない。年金のささやかな増加に一喜一憂している場合ではないのである。
米国の繁栄に格差があることをあえてここで指摘したのは、このラッセル・モクヒバーとロバート・ワイズマンによる『Corporate Predators(企業の略奪者)』を正しく理解していただく上で、ある種の怒りを喚起しておく必要があると考えたからである。モクヒバーはワシントンDCで法律関係の週刊誌『Corporate Crime Reporter』の編集者をしており、ワイズマンは同じくワシントンDCで、企業の悪質な権力に焦点を当てた『Multinational Monitor』誌の編集者をしている。この2人が本書で意図したのは、ラルフ・ネーダーが巻頭の言葉に記しているように、大企業が社会を牛耳ろうとして暴れ出すとどうなるかを明らかにすることにある。確かに、その傍若無人ぶりならびに連邦政府と企業の共謀行為の増長を除けば、それ自体は目新しいことではない。ただし、その傾向は、ウッドロー・ウィルソンが「米国政府は特別利益団体に養われている」と訴えた約90年前に比べはるかに激化している。
その結果、本書を読めばわかることだが、鶏肉業界で実際行われているように、労働者が死亡や障害の対象となっても、特別利益団体はうまくそれを逃れ、また高齢者向け医療保障(メディケア)提供機関は、毎年政府から推定で1,000億ドルを騙し取っている。もっとも強欲な企業の例として、モクヒバーとワイズマンはブルー・クロス/ブルー・シールド社(本書ではブルー・クリミナルと称される)を挙げ、6つの州政府を騙した罪で合計2,210億ドルの罰金を支払ったとしている。
最近の『ニューヨーカー』誌に、CEOが典型的なマフィア風の取締役達に向かって「我が社は国民を痛めつけたいわけではなく、彼らの金が欲しいだけだ、と伝えてくれ」といっている一コマ漫画が掲載された。しかしもちろん、企業は金を奪うだけでなく国民を痛めつけている。最も顕著なのは環境汚染で、汚染を起こしても大方の企業は罰金の支払いを逃れている。モクヒバーとワイズマンはその例として、ジェネラル・エレクトリック社が廃棄した100万トンの化学物質でハドソン川を200マイルにわたり汚染し、魚を食べられなくしたにもかかわらず、その浄化のために1セントも払っていないことを指摘している。アッシュランドオイル社のタンクから石油が流出し、モノンガヒーラ川とオハイオ川を200マイルにわたり汚染させた時にも、課せられたのはわずか225万ドルの罰金であった。これは同社にとっては駐車違反程度の罰金で、痛くも痒くもない。
今年は、米国最悪の海域汚染となったエクソン社のタンカー原油流出事故から10年目に当たる。エクソン社のタンカーはアラスカのプリンスウィリアム湾で約1,100万トンの石油を流出させ、海岸線を1,000マイル以上にわたって汚染させた。数十万の鳥類や哺乳類を殺し、アラスカの漁業に壊滅的な打撃を与えた。しかし、浄化費用の大部分は納税者が負担し、エクソン社はごく一部しか払っていない。それにもかかわらず、その費用の34%を通常の経費として税控除することが許された。1994年、陪審の評決により53億ドルの賠償金を支払うことになったが、エクソン社は未だ1セントも支払っていない。
大企業が政府に納税者を騙すよう説得するのは実に恐ろしいことである。例えば、海外での危険な投資に手を出し、ウォール街のヘッジファンドへの融資で大損をさせられた大手銀行を救済するため、保証基金を利用するよう政府を説得するのである。このように納税者が蔑ろにされている例をさらに挙げれば、政府は薬品の開発費を税金で賄い、新薬が開発されるとそれを製薬会社に譲り、製薬会社は消費者にとんでもない価格で売りつけている。
本書には、司法省や連邦取引委員会(FTC)といったのんきな規制当局の助けを借りて、独占禁止法を今世紀最も恥ずべき悪い冗談に変えることに成功した企業も登場する。本来、企業の力の危険な集中化や価格操作を阻止するはずの独占禁止法が最初に適用されたのは、1914年、小企業の買収により石油精製業界の実に95%を独占するようになったスタンダードオイル社の分割の時であった。最高裁がスタンダードオイル社の巨額の資産を7つの石油会社に分割すると、エクソン社およびモービル社がその中で最大手となった。
しかし、今何が起こっているかに目を向けて欲しい。エクソン社とモービル社は1998年に再合併した。その前には、同じく分割で生まれたスタンダードオイル社とアモコ社が、ブリティッシュ・ペトロリアム社に買収され、再合併している。いい換えると、ロックフェラーの独占企業の解体という歴史上最も有名な反独占行為が、今、急速に逆の方向に向かっているということだ。
司法省とFTCが腐敗し、なすすべもなく傍観している間に、1994年以降、買収・合併件数は毎年過去最高を更新し、1998年の買収・合併金額は2兆5,000億ドルを超えた。薬品、銀行、ハイテク、鉄道、紙、公益事業他、ありとあらゆる分野の企業が、他社との合併に躍起になっている。その中には、その独占が危険な水準にまで達しているものもある。例えば、大手兵器メーカーの間に競争といえるものが存在するとは考えにくい。1985年に始まった兵器メーカー合併の波は、同業界をロッキード・マーチン社、ボーイング社、レイセオン社、ノースロップ・グラマン社の4社に集約させた。このうちわずか3社で、全兵器売上の約3分の2を占める。(真の巨大企業、ロッキード社は1990年以降、26の兵器メーカーを吸収合併した。)
タバコ産業にも同様の独占が見られ、フィリップ・モリス社、R・J・レイノルズ社、ブラウン&ウィリアムソン社の売上が90%以上を占める。しかしタバコ会社も、1社でPCのOSの世界市場90%を独占するマイクロソフト社には及ばない。またボーイング社も、1996年のマクドネル・ダグラス社の買収により、米国唯一の民間ジェット機メーカーとなった。
最大級の合併を行った企業が、薬品/健康医療、保険、石油、通信業界など、ワシントンのロビー団体に最も多額の寄付を行う企業と一致するということは、それほど驚くべきことではない。また政府を愚弄し、規制当局のいかなる対応策もものともせず、昨年合併したのがシティコープ社とトラベラーズ社で、これは60年以上にわたり銀行と保険会社の合併を禁じてきたグラス・スティーガル法に明らかに違反している。
価格操作を防ぐための独占禁止法の施行については、確かに時として大手企業が価格操作で取り押さえられ、罰金が課せられることもある。例えば、数年前に世界最大の穀物業者、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)社は、製品2種類についての価格操作で有罪を認めた。しかし、1億ドルの罰金は、価格操作だけでその約2倍の金額を稼ぎ、政府の補助金で作った農作物で年商130億ドル以上を上げるADM社にとって、大した額ではなかった。それでも同社の古参の会長であるドウェイン・アンドレアスがこれに対して苦々しく不満を露わにしたのは、大半の企業が自由市場で意のままに不正を行うのを司法省とFTCが許しているからに他ならない。この点に間して、アンドレアスはこれまで資本家が発した言葉の中で、恐らく最も率直な意見を述べている。「自由市場で売られている穀物などない。唯の1粒もないのだ。自由市場が存在するのは、政治家の演説の中だけである。中西部出身者以外には、米国が社会主義国であることは理解できない」
ここでいう社会主義が何を意味するかはお分かりだろう。そして大企業と政府の癒着についていうならば、アンドレアスの発言は正しい。モクヒバーとワイズマンのこの著書は、政治家(政治家は実に、80%の選挙資金を企業から得ている)が黙認している企業のひどいやり方のいくつかについて有益な概観を示している。