前回に引き続き、『Shifting Fortunes(富の移動)』という小冊子から、米国経済の実態を示す統計資料をご紹介します。
富の移動(2)
【 株式市場の好景気 】
株式市場の好景気は一握りの米国民に巨富をもたらしたが、大半の国民にはほとんど、あるいは何ももたらしてはいない。歴史的にも高い15%という年利なら投資は5年で倍増する。最近の株式市場はこれをさらに上回る好況ぶりである。
スタンダード・アンド・プア社500種平均株価(S&P 500)は1983~1995年の累計で、配当金の再投資分も含め、582%の収益を上げた。その同時期、米国人家庭の資産は中央値で11%も減少した。
家庭の正味資産の中央値は1995~1997年にようやく上昇に転じたが、依然として1983年のレベルよりも低い。一方、株式市場は1983~1997年に10倍以上上昇した。
1983年1月にS&P 500を含む銘柄に1,000ドルを投資したとすると、1997年末までに配当金の再投資分も含め1万1,175ドルとなり、さらに1年後の1998年には1万4,362ドルに増加することになる。ではこれが100万ドルであったらどうだろう。1983年に裕福な米国人が投資した100万ドルは、1997年末には1,117万5,000ドル、1998年末には1,436万2,000ドルにも増えるのである。
株価の高騰は大半の米国人には無関係である。1995年現在(消費者金融に関する連邦準備調査が完了している最新年)、40%の家庭が直接、あるいは間接的に株を所有している。これは1989年の32%に比べると大幅な増加であるが、依然として全国民の半数以下である。
1995年に5,000ドル以上の株を所有する家庭は全体の3分の1未満であった(29%)。家庭が所有する株およびミューチュアル・ファンドの合計金額のほぼ90%は、最上位10%の家庭が所有していた。また、株式市場の1989~1997年の株価上昇分の86%が最上位10%、42%は最上位1%の家庭に渡った。
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表5 株価の高騰から誰が利益を得ているか
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家庭の富の階層別、株価収益の割合 (1989~1997年)
最上位1% 42.5%
次の9% 43.3%
次の10% 3.1%
最下位80% 11.0%
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出所:経済政策研究所、エドワード・ウォルフ著、『The State of Working America 1998-99』に基づく。
【 最も裕福な階級 】
1992~1995年、最も裕福な米国家庭50万世帯(最上位0.5%の家庭)は資産を1兆6,000億ドル増やした。
1998年9月1日のニューヨーク株式市場の終値で、『フォーブス』誌は米国の長者番付400人の資産を計算したところ、番付に載るための正味資産は最低で5億ドルであった(1997年は4億7,500万ドル)。400人のうち、億万長者は189人で、この数は1997年より19人多い。『フォーブス』誌がトップ400人を集計し始めた1982年の最低正味資産は9,100万ドルで、億万長者はわずか13人だった。1998年のトップ400人の中には、マイクロソフトによって富豪となったビル・ゲイツ、ポール・アレン、スティーブン・バルマーの3人、投資家のウォレン・バフェット、デルコンピュータの創始者マイケル・デル、ウォルマートの財産を相続した5人などがいる。ゲイツは1998年1年間に、正味資産を毎時間200万ドル以上増加させたことになる。
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表6 米国で最も裕福な個人と家庭(1998年9月1日の終値で計算)
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名前 正味資産 資産源
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ビル・ゲイツ 584億ドル マイクロソフト
ウォルトン家 550億ドル 相続:ウォルマート
ウォレン・バフェット 294億ドル バークシャーハサウェイ(投資会社)
ポール・アレン 221億ドル マイクロソフト
コックス家 142億ドル 相続:コックスエンタープライズ
(新聞、TV、ラジオ、自動車オークション)
マイケル・デル 128億ドル デルコンピュータ
スティーブン・バルマー 122億ドル マイクロソフト
ブリツカー家 100億ドル 金融、ホテル、製造
ジョン・クラッジ 98億ドル メトロメディア(総合メディア企業)
ニューハウス家 90億ドル メディア関連企業所有
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出所:『フォーブス』(1998年10月12日号)
ビル・ゲイツは米国の富の格差の縮図である。彼の資産は、最下位45%の米国家庭の資産の合計を上回り、また1998年秋の時点で、米国有史以来の長者番付トップ40人の相続財産リスト中で、ジョン・D・ロックフェラー、アンドリュー・カーネギー、コネリウス・バンダービルト、ジョン・ジェイコブ・アスターに次いで、第5位であった。この冊子の執筆中、ゲイツはすでにアスターを追い越し、バンダービルトをも上回ろうとしている。
耕助コメント: 米国の総人口は約2億5,000万人で、ゲイツの資産はその45%、つまり1億1,250万人の米国民の資産の合計を上回る。では社会に対するゲイツの貢献度は、1億1,250万人分を上回っているだろうか。上記の富豪リストにはマイクロソフトの3人が含まれるが、彼らが富豪になったのは同社の独占戦略および相続によるものである。米国社会は社会への貢献度に応じて報われる社会であるとよくいわれるが、実際は、独占違反者や社会の寄生虫の方が他の一般労働者よりも多く報われる社会なのである。
1997年秋、ビル・ゲイツの正味資産は、グアテマラ、エルサルバドル、コスタリカ、パナマ、ホンデュラス、ニカラグア、ベリーズといった中南米諸国のGNPの合計を上回った。1998年秋までに、ゲイツの資産は約600億ドルに達し、中南米にジャマイカとボリビアのGNPを加えた合計を超えた。また1999年初めのゲイツの資産は815億ドルに達し、さらにドミニカ共和国、ハイチ、グレナダのGNPを加えた合計を上回った。
多くの裕福な米国人は、急増する富で浪費している。高級品への支出は1995~1996年の1年間で21%増加したが、商品売上全体の伸びは5%にとどまっている。アトランタに本拠を置く高級品市場研究所では、2005年までに米国の百万長者の支出が、米国の購買支出全体の60%を占めるようになると予測している。
◆◇◆ 世界的展望 ◆◇◆
国連開発計画の1998年のヒューマン・デベロップメント・レポートは、開発途上国における全国民の義務教育や健康管理、女性の出産にかかわる健康管理、全国民に対する十分な食料、安全な水、公衆衛生の提供/維持には、年間約400億ドルの費用がかかると見積もっている。これは世界の大富豪225人の資産合計のわずか4%未満にすぎない。ビル・ゲイツ1人の資産815億ドル(1999年2月時点)だけで、初年度の資金が賄える上に400億ドル以上のおつりがくる。同国連レポートによれば、世界の大富豪上位3人だけで、最下位の開発途上国49ヵ国のGDPの合計を上回るという。その一方で、13億人が1日1ドル未満、30億人が1日2ドル未満で生活している。
約100ヵ国で実質所得は10年以上前より低くなっており、約70ヵ国の人口10億人は25年前と比べて消費も減少したと、国連レポートは記している。平均的なアフリカ人の家庭は、25年前に比べて消費が20%減少した。
【 脆いアメリカン・ドリーム 】
アメリカン・ドリームの中核は、住宅、万一の備え、老後の蓄えといった控えめな財産であり、勤労者家庭に安定を保証するものであった。残念ながら、今日、多くの米国人はそれさえ持っていない。米国人家庭の正味資産の中央値である5万ドルでは、フォードの大型RV車「エクスカーション」のメーカー希望小売価格にやっと手が届くにすぎない。
多くの家庭が、病気にかかったり、失業期間を持ちこたえるに十分な資産を所有していないし、ましてや快適な老後の基盤を築くにはまるで不十分である。1989年、世帯主が25~54才の中流家庭が所有する金融資産(持ち家を除く正味資産)では、現状の消費レベルを平均3.6ヵ月しか維持できなかった。それを9ヵ月に延長するには、4人家族の貧困線の125%まで支出を減らさなければならない。1995年、中流家庭の金融資産はさらに減少し、現在の消費レベルを維持できる期間はわずか1.2ヵ月で、貧困線の125%に消費を抑えても、1.8ヵ月までしか延長できなくなった。
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表7 蓄えの減少
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<< 家庭の蓄え(1989~1995年) >>
金融資産により消費を維持できる月数
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富の階層 現状レベルの消費 家族4人の貧困線の125%
< 1989年 >
最上位20% 18.7 72.6
上から2番目の20% 4.7 14.6
中位20% 3.6 9.0
下から2番目の20% 0.7 1.0
最下位20% 0.0 0.0
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< 1995年 >
最上位20% 19.0 61.3
上から2番目の20% 3.5 7.9
中位20% 1.2 1.8
下から2番目の20% 1.1 0.6
最下位20% 0.0 0.0
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出所:エドワード・ウォルフ、”Recent Trends in Wealth Ownership,” 1998
消費者金融に関する連邦準備調査に基づく。25~54才の世帯主の家庭について。金融資産とは、各五分位の金融資産(総正味資産から持ち家の正味持ち分を引いたもの)の中央値を示す。
中流階級のもともとわずかな富がさらに侵食される一方で、全く富を所有しない米国人が何百万人もいる。彼らの資産はゼロ、またはマイナスである。初めて住居を購入した後に純資産が築かれるまでの間といった、ある一定の期間に資産がマイナスになるのは仕方がないと長い間考えられていた。しかし今では、多くの米国人が人生のあらゆる段階においてマイナス資産に直面しており、収入がなく、社会保障給付金を補うために資産が必要な不安定な定年後になってもマイナス資産の人が数多くいる。1995年、資産ゼロあるいはマイナスの家庭は18.5%、つまり米国人の5分の1近く存在した。
1983年にはマイナス3,000ドルだった最下位20%の家庭の正味資産の平均は、1997年にはマイナス5,600ドルになった。
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表8 資産マイナスの家庭
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正味資産あるいは金融資産がゼロまたはマイナスの家庭の割合
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1983年 1989年 1992年 1995年
正味資産 15.5% 17.9% 18.0% 18.5%
金融資産 25.7% 26.8% 28.2% 28.7%
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出所:エドワード・ウォルフ、“Recent Trends in Wealth Ownership,” 1998 消費者金融に関する連邦準備調査に基づく。金融資産は正味資産から持ち家の正味持ち分を引いたもの。
大半の米国人の資産がほとんどないに等しいという状況にはいくつかの理由がある。長期にわたる低賃金、年金の減少、手頃な価格の家が入手しにくくなったこと、貯蓄力の低下、借金と倒産の増加、家族経営農家の消滅などである。
【 富の格差の根底にある賃金格差 】
多くの米国人が将来に備えて資産を築くどころか、その日暮らしもままならない状況にある。富裕者は長期にわたる株式の上げ相場が1999年に終わるのではないかと心配しているかもしれないが、かたや労働者は1973年の所得レベルに戻るのに必死である。1998年の平均的労働者の時間給は1973年に比べインフレ調整済みで6.2%低く、週給では12%低かった。農業を除く全産業の生産性は、同時期に約33%増加している。
1973年から減少した累積賃金を取り戻すことは決してできないであろう。ましてやそれによって失われた潜在投資など決して取り戻せない。
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表9 非管理職および生産労働者の実質平均賃金(1967~1998年)
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時給 週給
1967年 $12.03 $457
1973年 $13.61 $502
1979年 $13.57 $484
1989年 $12.70 $439
1992年 $12.28 $422
1993年 $12.22 $421
1994年 $12.23 $424
1995年 $12.23 $422
1996年 $12.28 $422
1997年 $12.47 $432
1998年 $12.77 $442
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1973~1998年の増減-6.2% -12.0%
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1973~1998年、生産性は32.8%伸びた。
非管理職および生産労働者は全賃金/給与労働者の80%以上を占める。
出所:Economic Policy Institute, 1999
最低賃金は貧困レベルの賃金となった。インフレ調整済みで、1998年の最低賃金5.15ドルは、1979年の最低賃金6.39ドルよりも19%低い。最低賃金は、かつては正社員の労働者1人を含む3人家族に公式の貧困線以上の生活を保証するものであったが、今の最低賃金では貧困レベルを保証できるのは正社員労働者1人と子供1人の2人家族だけである。
低賃金しか稼げない労働者の割合が増加している。4人家族を貧困線の上へ引き上げるだけの収入が得られない正社員は、1973年には23.5%であったが、1997年には28.6%に増加している。
貧困率を見ると、公式には1991年3月に不況が終わったとされているとは考えられないであろう。世界で最も豊かな国に、貧困線以下の子供が5人に1人いる。現在よりも貧困の指標がより現実に近かった1973年には、その割合は7人に1人であった。
賃金の低下と貧富の差の拡大によってとりわけ打撃を受けたのは、世帯主30才未満の若い家庭である。両親揃った若い家族の貧困率は1973~1994年に倍増した。「1973~1994年の経済成長の成果を全家庭が等しく共有していれば、子供を持つ家庭の所得の中央値はインフレ調整済みで、33%の減少ではなく15%の増加を見ていただろう」と児童保護基金は述べている。
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表10 世界で最も豊かな国における貧困
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<< 1997年の貧困率 >>
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貧困線50%未満 貧困線未満 貧困線150%未満
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<全人口> 5.4% 13.3% 22.5%
18才未満 9.0% 19.9% 30.6%
6才未満 10.1% 21.6% 33.4%
<男性 > 4.7% 11.6% 20.0%
<女性 > 6.1% 14.9% 24.8%
<白人 > 4.3% 11.0% 19.7%
18才未満 6.6% 16.1% 26.3%
<黒人 > 12.2% 26.5% 39.8%
18才未満 19.8% 37.2% 51.7%
<ラテン系 >10.9% 27.1% 43.9%
18才未満 16.0% 36.8% 55.8%
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* 多くのアナリストは貧困線を少なくとも50%は引き上げるべきだと考えている。1997年の貧困線はあきれるほど低く設定され、1人では8,183ドル、子供1人、大人1人の2人家族には1万1,062ドル、子供1人、大人2人の3人家族には1万2,919ドル、子供2人、大人2人の4人家族には1万6,276ドルと定められていた。
出所:国勢局、『Poverty in the United States: 1997』
所得の分配の大幅な変化は、富の分配に大きな影響を与える。最下位20%の家庭の1994年の税引き後所得の合計が全体に占める割合が1977年と同じであったならば、この階層の所得は550億ドル多くなったはずである。年間550億ドルあったなら、差し迫った需要を満たせただけではなく、持ち家の取得や将来のための投資も行えたであろう。一方、最上位1%の家庭の所得は1,460億ドル減少したはずである。
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表11 家庭所得の移動
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<< 家庭の税引き後所得の増減(1977~1994年) >>
最上位1% 72%
最上位20% 25%
上から2番目の20% 4%
中位20% -1%
下から2番目の20% -8%
最下位20% -16%
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<< 1994年税引き後の平均所得 >>
全所得合計に占める割合が
所得階級 金額 1977年と変わらなかったら 差
最下位20% $7,175 $9,829 $2,654
下から2番目の20% $16,540 $19,352 $2,812
中位20% $25,651 $27,448 $1,797
上から2番目の20% $37,226 $39,129 $1,903
最上位20% $80,417 $71,736 -$8,681
最上位1% $374,131 $241,176 -$132,955
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この表には連邦税しか反映されていない。州税、地方税は連邦税よりも逆累進的であるため、それらも反映されていれば格差はより激しくなる。
出所:アイザック・シャピーロ、ロバート・グリーンスタイン著、“Trends in the Distribution of After-Tax Income,” Center on Budget and Policy Priorities, August 14, 1997.
労働者は収支を合わせようと以前より長時間働いている。平均的労働者の1996年の労働時間は1,868時間であり、1989年の1,823時間、1973年の1,720時間を上回っている。1973年との差は148時間、約4週間分になる。
1979~1997年に、中流家庭の年間労働時間は315時間(8週間分)も伸びた。女性が働いて稼がなければ、中流家庭の暮らしぶりはさらに悪くなるであろう。
1989~1997年で見ると、中流家庭の年間労働時間は129時間増えている。労働時間の増加率は4%であるが、家計所得の中央値(インフレ調整済み)は0.6%(284ドル)しか増加せず、4万4,568ドルにとどまっている。129時間の労働時間の延長で284ドルの増加ということは時給換算で2.20ドルになる。同時期、生産性は9.7%増加した。
一般的に労働組合に入っている人の賃金および手当ては非組合員よりも高い。1998年、組合に属す正社員の週給は、中央値で659ドルで、非組合員の中央値499ドルを大きく上回った。これは年収換算で8,320ドルの開きになる。さらに労働組合員に提供される健康保険や年金などの手当てが含まれていないため、それらを考慮すればその開きはさらに大きくなるはずである。
しかし、ダウンサイジングやグローバル化、組合つぶしの猛攻撃に遭い、組合によって守られていた職は減少している。1994年に『ビジネスウィーク』誌は、「過去10数年間、米国産業界は、組合組織化の権利を行使したことを理由に何千人もの労働者を不当解雇し、これまでの組合闘争の中で最も成功を収めた」と記している。現在、労働組合に加盟している労働者の割合は14%未満であり、1983年の20%、1973年の25%、1955年の35%から大幅に減少している。
企業が労働者から奪った金は経営者の手に渡っている。『ビジネスウィーク』誌の年次調査によると、1997年、平均的CEOは工場労働者の326倍の給与を得ていた。これは1980年の42倍を大幅に上回る。
表12 賃金格差
<< 平均的工場労働者とCEOの賃金格差 >>
年
1960 41倍
1970 79倍
1980 42倍
1990 85倍
1992 157倍
1995 141倍
1996 209倍
1997 326倍
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出所:『ビジネスウィーク』誌、経営者の給与に関する年次調査。