No.313 富の移動(3)

前回に引き続き、『Shifting Fortunes(富の移動)』という小冊子からの抜粋をお送りします。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

富の移動(3)

  
 

【 年金の減少 】

 退職者の収入はこれまで、社会保障(および65歳以上の医療保障メディケア)、個人の貯蓄、そして企業年金の3本柱に支えられているとされてきた。しかし、貯蓄が減少し、年金受給者の割合が減らされているため、その3本柱がぐらついたり、崩れてしまった退職者がいる。

 年金制度に加入している労働者の割合は1979年の51%から、1996年には47%に減少した。さらに、労働者の定年前の賃金および勤続年数に基づき支給額が決定される伝統的な「確定給付型」から、給与天引きで拠出金が集められ、労働者に全投資リスクを負わせる、401(k)などの「確定拠出型」へと、年金制度の転換が見られる。年金全体に占める確定拠出型の割合は1975~1997年に13%増加し、1997年には42%に達している。

 企業が拠出金を負担する企業退職年金制度において、低賃金労働者が保障されることは高賃金労働者に比べてはるかに少なく、それが貧富の差をさらに拡大させている。1996年に企業年金で保障されていたのは、最下位20%の所得階層に属する低賃金労働者ではわずか16%だったが、最上位20%の所得階層では73%であった。確定拠出型の企業年金は、全投資リスクを社員に負担させるだけでなく、会社からの拠出補助は、社員からの拠出額に応じて提供するというものである。現在の家族の衣食住を賄うことと定年後の蓄えの準備との間で板挟みになっている多くの低賃金労働者は、たとえ確定拠出型年金加入の選択肢を与えられたとしても、拠出金を払う余裕はない。

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         表13 企業年金加入者の推移
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           1979年    1989年    1996年
     最上位20% 76.5%     70.2%     73.0%
     全労働者  51.1%     44.3%     47.0%
     最下位20% 19.5%     14.0%     16.0%
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出所:経済政策研究所、エドワード・ウォルフ著、『The State of Working America 1998-99』に基づく。

 『USAトゥデイ』紙による1997年雇用数全米上位100社の401(k)調査によると、401(k)は米国企業で最も人気のある退職金積立て制度であり、税制上優遇されているが、主として高額所得者のための退職手当てになりつつあり、多数の401(k)百万長者を生み出す一方で、それ以外の多くの国民の老後の蓄えが潜在的に不足するという状況を生み出している。同調査からさらに明らかになったことは、最も内容の充実した年金制度を持つのは製造業界で、高額賃金、安定した労働力、強力な組合、豊富な年金を支払う伝統(現在では401(k)プランを含む)といった特徴があるということである。逆に最低レベルの年金制度を有していたのは、ほとんどが賃金の低い小売業やサービス業で、確定給付型の年金を提供するところはほとんどない。

 さらに、401(k)は企業の拠出があったとしてもその割合は低く、支給開始までの待ち時間が長く、社員の投資に対する制限が厳しいといった特徴を持つため、将来の蓄え能力が最も低い労働者は、401(k)の存在によりさらに不利な立場に立たされると、『USAトゥデイ』紙の調査結果が明らかにしている。退職年金制度の内容が最も悪い小売/サービス分野でこの401(k)が急速に増加しており、さらに、男性よりも寿命が長く、退職年金に依存する期間が長くなる女性がこの分野で従業員の大半を占めている。

          
◆◇◆  持ち家なく老いる  ◆◇◆

 シャーロンと彼女の夫には持ち家があったが、今はない。

 夫はトラックの運転手として、妻はロックウェル社の受注処理担当として、長年働いてきた。倹約して夫婦はようやくカリフォルニアに小さな中古住宅を購入し、手を加えた。「この小さな家さえあれば、将来安泰だと思った」とシャーロンは語る。

 1993年、2週間の間をおいて、2人ともレイオフされた。以来、長年にわたって職探しを続けているが、2人ともまともな給与と手当てが得られる正社員の職を見つけるにはいたっていない。パートや臨時雇いでしのいでいるが、基本的な生活費さえ賄えない状況にある。失業保険と貯蓄が底をつくと住宅ローンの支払いが滞り、担保の家は銀行に差し押さえられた。貸家に引っ越したが、家賃の支払いが遅れるたび、立退きを命じられるのではないかと脅えている。最近、車が故障したが、修理することも買い替えることもできずにいる。

 シャーロンの元雇用主であるロックウェル社の年金制度から、夫婦は月200ドルの年金を受給している。夫婦は老後、このわずかな企業年金と社会保障しか得られなくなることを心配している。あるパート先で401(k)に拠出すれば雇用主としての拠出補助をするといってくれたが、401(k)に拠出する余裕は夫婦にはない。58才のシャーロンは、「私達に望みはまったくない」と語る。

【 我が家にまさるところなし 】

 「家を持つことは長い間、アメリカン・ドリームの中心であった。また、持ち家は若い家族に金銭的保障と安定をもたらす基盤であり、純資産蓄積のために不可欠なものであった。事実、これまで無数の家族が家を担保に融資を受け、危機を回避したり、子供の学費あるいは起業資金を調達してきた」と児童保護基金は述べている。

 住宅ローン金利が低く抑えられているため、米国の住宅所有率は1998年に過去最高の66%を記録したが、55才未満に限定すると、所有率は1982年より1998年の方が低くなっている。30~34才の米国人の住宅所有率は1982年の57.1%から1998年の53.6%に、35~39才では67.6%から63.7%に、40~44才では73%から70%へ、45~49才では76%から73.9%に下がっている。

 住宅の所有に対する最大の政府支援は、居住者所有の最初の家と2番目の家に対する住宅金利の課税控除である。残念ながら、税控除の優遇措置の恩恵を受けるのは、ほとんどが高額所得家庭である。支出能力が高ければ高いほど、より多くの政府補助を受けられるということだ。『ニューヨークタイムズ』紙が報じたところによれば、年収20万ドル以上の平均的納税者が住宅ローン金利への課税控除で得られる利益を1ドルとすると、年収20万ドル未満の平均的納税者が受けられる控除はわずか6セントにすぎない。

 1999年9月30日締めの会計年度では、住宅ローン金利に対する税控除額は総額約537億ドルになる。これは、1998年の住宅都市開発省の連邦支出(310億ドル未満)を230億ドル上回る。住宅ローン金利に対する税控除額は、低所得階層向けの住宅投資(23億ドル)の23倍である。

 裕福な住宅所有者に対する税の優遇措置は手厚いままであるが、低所得者向け住宅の連邦予算は1978~1991年に、インフレ調整済みで80%削減された。手頃な価格の住宅不足が深刻化しているのは当然である。

 予算および政策優先センターの報告によると、1970年、低所得家庭向け賃貸住宅戸数は低所得者の数を30万戸上回っていた。しかし、1995年には、1,050万の低所得の賃貸家庭に対し、低所得家庭向け賃貸住宅戸数は610万戸しかなく、440万戸不足していた。さらに、住宅補助は社会保障や医療補助などと異なり全員に保障されるわけではないため、受給資格があっても実際には補助を受けていない人が存在し、多くの地域で多数の待機者がいる。国勢調査の結果は、あばら屋に住んでいたり、あるいは所得の半分以上を家賃に取られ住宅補助を最も必要としている家庭のうち、530万家庭が補助を受けていないことを示している。

 手頃な価格の住宅不足の犠牲になっている人々が増加している。毎晩、約75万人が帰る家のないホームレスである。またいかなる統計にも表れない「隠れたホームレス」の数はさらに多い。年間、一時期でもホームレスを経験する人の数は約200万人にのぼる。また、3分の1以上のホームレスには子供がいる。

 米国市長会議は、主要都市30ヵ所に関する1998年の調査から、ホームレス家庭が緊急避難所を求める件数が1年間で15%増加し、全体の30%の需要が満たされなかったことを突き止めた。また、都市のホームレスの5分の1以上は就業しており、ミネソタ州の1998年の調査結果では、3分の1以上が少なくともパートの職に就いており、正社員の職に就いているホームレスの数は1991年以来倍増し、17%に達していた。

         

◆◇◆  ケネス・リンドーの場合  ◆◇◆

 ケネス・リンドーは日中、歴史上最も長い強気市場の株券と小切手がつまった布地の配達用バッグを抱え、ウォール街の金ぴかのロビーを債券トレーダーや銀行家について歩き回る。しかし、夜になると、マンハッタンの30番街にある男性用のホームレス収容施設で、冬用の上着をシーツにくるんだものを枕にして眠る。

 1月までは、44才のリンドーにも1日20ドルのハーレムの部屋にちゃんとした枕があった。時給5.50ドルの仕事では、手取り給与の約70%が部屋代に消えていった。

- ニーナ・バーンスタイン、“With a Job, Without a Home,” 『ニューヨークタイムズ』紙、1999年3月4日

【 圧迫される貯蓄と生活費 】

 米国の個人の貯蓄率は1984年の8.6%から1997年には2.1%、1998年には0.5%へと減少している。この低貯蓄率を保守派は、欲求を先延ばしにできない米国人の性格上の欠点の証左であるとよく指摘する。しかし、ボストン連邦準備銀行の研究者は1996年のレポートでそれとは反対の見方をし、低貯蓄率の原因は医療費や予期せぬ出費の増加によるものだと指摘した。車、テレビ、冷蔵庫などの耐久消費財向け支出は可処分所得の10%と一定を保っているが、食費、被服費、ガソリン代などの非耐久財向け支出はゆっくり上昇している。

 所得に占める割合が多いのは医療費、育児費、住居費、教育費である。銀行手数料が急激に上昇しており、貯蓄にかかるコストでさえ上昇している。最低預金額を維持すれば手数料は免除されるが、その最低金額まで引き上げられているため、それを維持できない小口預金者にとっては銀行手数料が大きな負担となっている。

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            表14 米国の貯蓄率の低下
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              1984年   8.6%
              1989年   5.0%
              1992年   5.7%
              1997年   2.1%
              1998年   0.5%
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 出所:米国商務省。可処分所得に占める個人の貯蓄が占める割合。

 都市研究所が行った最近の研究結果から、貧困線200%までの低所得家庭は、家族を養うのが困難な状態にあることがわかった。低所得家庭の10世帯に3世帯が、過去1年間に、住宅ローン、家賃、水道・光熱費の滞納を経験し、また低所得家庭の約半分が、食費の心配をしているか、またはすでに捻出できない状況にある。

 食糧銀行(寄付された食料を貯蔵し、公共機関の援助が受けられない困窮者に分配する地方センター)を利用する低所得労働者が増えており、ホームレス収容施設同様、急増する需要に対応しきれないでいる。米国市長会議の1998年の調査では、食糧の緊急要求は過去1年間で平均14%上昇し、食糧援助に対する要求の5分の1は満たされていない。『アメリカン・ジャーナル・オブ・パブリック・ヘルス』誌によると、1998年、その家庭の多くでは家族の少なくとも1人が就業しているにもかかわらず、400万人の子供を含む1,000万人の米国人が、十分な食べ物を得られていないという。

 全米最大の食糧慈善団体ネットワークの調査によると、1997年に食料の支給を受けた家庭の約40%に、少なくとも1人の就業者がいた。コネチカット州の食糧銀行、グリニッジを最近訪れた人の中には、地元のフランス料理店の料理人、建設作業員、最低賃金5.15ドルの家政婦、家政婦の子供のベビーシッターなどが含まれていた。

 生活費の高いボストンで、大人1人、未就学児童1人が税金を含む基本的欲求を満たすために必要な所得レベル(自給自足標準)は、3万2,279ドルであり、これは政府が設定する4人家族の貧困線のほぼ2倍の金額である。生活費の低いマサチューセッツ州バークシア郡でも2万4,678ドルである。元生活保護受給者を含む、多くの低所得労働者が自分の収入だけでやっていけないのは当然である。元生活保護受給者および仕事と保護と両方で生活している人々に対して行った最近の調査から、彼らの年収は一般に8,000~1万800ドルであることがわかった。雇用主から有給休暇や病気休暇、健康保険などを与えられている者はほとんどいない。

 他の先進工業国とは異なり、米国は全国民に健康保険を提供していない。国勢調査局の最新健康保険データに関して、『ニューヨークタイムズ』紙は次のように報じている。「好景気にもかかわらず、健康保険を持たない国民の数が昨年4,340万人に急増し、全国民に占める割合は過去10年間で最高の16.1%に達した。それは、健康保険を提供しない雇用主が増えているからだけではない。国民に生活保護に頼るのではなく、仕事をするよう促すために法律を厳しくした結果、州と連邦政府が共同で提供する医療扶助、メディケード受給者の数も減少している。しかし、低所得の仕事には健康保険が提供されないことが多い」

 1985年には、社員数100人以上の企業の約3分の2が医療保険料を全額負担していた。10年後、その割合は3分の1に減り、加えて健康保険を提供する企業でも、社員の給与から天引きする保険料の割合を増やす所が多くなっている。健康保険がないということは多くの場合きちんとした医療を受けられないことを意味し、死亡率も健康保険を持つ人々に比べて25%も高い。連邦議員の保険料は税金で賄われている。すべての国民がそうされるべきである。

【 借金のわな 】

 米国人家庭は借金を累積している。実質賃金が減るにつれて家庭の借金は増加した。個人の所得に占める借金の割合は、1973年の58%から1989年の76%、1997年の85%に増加している。

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         表15 家庭の年収に占める借金の割合
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             1949年   29.5%
             1967年   59.1%
             1973年   57.6%
             1979年   63.3%
             1989年   75.8%
             1997年   84.8%
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出所:経済政策研究所、エドワード・ウォルフ著、『The State of Working America 1998-1999』に基づく。

 米国内の賃金の低迷および海外の経済危機にもかかわらず、米国人家庭の借金の増加が米国経済の成長を助けている。その一方で、多くの米国家庭と国家経済の長期的健全性は著しく犠牲になっている。持続不可能な借金の増加は景気回復の土台をむしばむと同時に、景気下降の影響を増幅させる恐れがある。金利の上昇は新たに借金をした家庭を苦しめる。失業率がわずかに増えただけでも、不良債権、個人の倒産、担保差し押さえの大幅な増加をもたらしうる。

 借金の増加のほとんどは、賃金が伸び悩む一方で生活費が増加していることによるが、中には融資先のしつこい勧誘や無責任な融資行動が発端になっているものもある。また、手の届かない高額な消費の追求を文化として促進しているために、米国人家庭はさらに借金を増やしているのかもしれない。物質的なものを購入することで、感情的、肉体的、精神的欲求をすべて満たすよう奨励する広告が溢れている。しかし、生活費を上昇させ借金を奨励する銀行や企業に、家庭の借金レベル上昇の責任があることを示す証拠はたくさんある。