No.314 富の移動(4)

前回に引き続き、『Shifting Fortunes(富の移動)』から、大学の学費、借金の実態、および結論部分をお送りします。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

富の移動(4)

 

【 大学の学費 】

 まともな収入を得るためには、大卒の学位がますます重要になっている。学費が急騰した1980年代および1990年代、学生向けの財政援助は奨学金ではなく融資という形で提供されることが多くなった。1980年代の私立大学の学費上昇率は146%であり、これは医療費、住宅費、食費、自動車費用の上昇率を上回った。しかし、同時期、連邦政府が提供する奨学金は47%しか増えていない。公立大学はどうかというと、『ビジネスウィーク』誌によれば、「学生の進学先の80%を占める公立大学では、インフレ調整済みの学費は1980年代に49%上昇したが、必要に応じて提供される連邦政府の無償の奨学金は、インフレ上昇率を13%下回った」という。

 「1989年以降の学費上昇率は94%であり、これはインフレ上昇率35%の約3倍に相当する」と『ビジネスウィーク』誌は述べている。何千ドルにも及ぶ部屋代や食事代を含まない4年制公立大学の1年間の学費の平均は、1997年に、州内に住む学生の場合で3,321ドルだった。2年制では1,283ドルだった。また私立の場合は、4年制が1万6,531ドル、2年制が7,190ドルだった。

 急激に上昇する教育費は、低所得の学生の進路を阻む足枷となっており、『ビジネスウィーク』誌は1994年に次のように記している。「雇用市場では高学歴が第一関門であるにもかかわらず、賃金格差の増大によって低所得者が大学に行くことは以前にも増して難しくなった。ただし、最上位25%の所得層の子供たちに支障はなく、1980年に学士号取得者は全体の31%だったが、今日その割合は76%となっている。しかし最下位25%の所得の家庭では、学士号取得者の割合は、1980年の6%から現在は4%に減少している」

 1990~1997年半ばに学生が行った借金は少なくとも1,400億ドルと見積もられ、これはそれ以前の30年間の合計を上回る。全米学生向けローンの調査によると、1997年に学生が受けた融資の中間値は1万3,000ドルだった。25%以上の学生が学費の支払いにクレジットカードを使用し、また回答したほぼすべての学生が学費以外の借金を抱えていた。

【 借金の誘惑:クレジットカード 】

 1990年代、米国人のクレジットカードの利用が増加し始め、借金による支払いが始まった。クレジットカードによる借金が家庭の可処分所得に占める割合は1989~1997年に60%増加した。

 クレジットカードによる借金の総額は1990年の2,430億ドルから1997年の5,600億ドルへ急増した。クレジットカードの限度額は、すでに抱えている借金の8倍以上に引き上げられた。1997年現在、全米国人家庭の約60%がクレジットカード残高を有し、その平均残高は7,000ドル以上で、利子と手数料だけで年間1,000ドル以上になる。

 消費者の借金が今、急増しているのは当然である。賃金が低迷しているこの時期に、銀行とクレジットカード会社が大々的な勧誘と無責任なマーケティングを開始し、全米中を簡単に得られる融資であふれさせたためである。1997年、クレジットカード発行会社は31億枚(1家庭当たり30枚)の加入申込書を郵送した。過剰借金は、貸手にも同等の責任がある。

 クレジットカードによる借金の大半は、銀行から提供されたものである。銀行発行のカードによる借金は1992~1998年に137%増加し、銀行から送られる郵便物は255%増え、使用されない信用融資枠は256%上昇した。銀行はカード関連の信用貸しを2兆4,000億円提供したが、これは1家庭当たり2万4,000ドルに相当する。

 スタンダード・アンド・プア社は、投資家向けに金融サービス市場を次のように分析している。「金融サービス会社はクレジットカード会員を増やすために、過去数年は特に積極的で、競争も激しかった。金融サービス会社は、商品購入に対する金利を低くしたり年会費を免除したりして、クレジットカード会員になるよう消費者に勧めることが多い。あるいは、他のクレジットカード会社から残高を移せば、最初の1年間は導入期ということで金利を低くするという」。しかし、消費者が借金残高を返済できなければ、導入期間が終了した後に金利が17~21%あるいはそれ以上に跳ね上がり、行き詰まってしまう。

 消費者金融は非常に儲かるビジネスである。クレジットカードは一般に、他の銀行業務に比べて2倍の利益を提供する。金貸し業者は、たとえ滞納金が過去最高あるいはそれに近いレベルであったとしても、巨額の利益を得ることができる。1997年、銀行はクレジットカードの金利6,000億ドル、手数料100億ドルの大半を回収した。

* MBNAは2,100万人の顧客を持つ、銀行クレジットカード業界最大の貸し手の1つである。利益は1990~1997年になんと414%も増加し、1997年には6億6,250万ドルに達した。CEOのアルフレッド・ラーナーは1997年に、1,100万ドル以上の報酬を手にした。
* アメリカンエキスプレス社の利益は1990~1997年に96%増加し、約20億ドルに達した。CEOのハーベイ・ゴラブは1997年、ストックオプション収益の2,700万ドルを含み、224%の昇給を獲得した。彼の1997年の全報酬は3,340万ドルに達したが、同社は同年、3,300人の従業員をレイオフしている。
* ハウスホールド・インターナショナル社は、クレジットカード、ホームエクイティ、その他の担保付きの貸し付けを提供する全米最大の消費者金融会社、ハウスホールド・ファイナンシャル社の親会社である。ハウスホールド・インターナショナル社の利益は1990~1997年に192%増加し、6億8,660万ドルに達した。CEOのウィリアム・アルディンガーは1997年に1,370万ドルを手にしたが、そのほとんどはストックオプションだった。

 クレジットカードによる借金の増加は、年収2万5,000ドル未満の低所得者層の間では特に著しい。1995年現在、年収1万ドル未満の家庭の27%では、クレジットカードの借金が所得の40%以上に達した。一方、年収5万ドル以上の家庭で所得の40%以上のクレジットカードの借金を抱えたのは5%未満に過ぎなかった。

 クレジットカード会社にとって、学生は格好の標的である。クレジットカード会社は、構内に宣伝用のテーブルを設置させてくれた学生グループに手数料を支払ったり、クレジットカード契約者には景品、初年度だけの低金利、その他、人を惑わせる資料などの積極的なマーケティング手法を使い、学生を標的にする。学生が借りた金額は1997年には11%増加し、380億ドル以上に達した。学部生の3分の2以上がクレジットカードを持っている。また大学生の約14%は3,000~7,000ドルの借金を抱えている。

【 倒産の増加 】

 資産の減少と借金の増加の結果、破産審査裁判所を利用する米国人の数は過去最高となった。1990年に71万8,000人だった個人破産は、1998年には140万人と倍増した。個人の申請は1997~1998年に3.6%上昇したが、企業の倒産申請は17%減少し、4万4,000件となった。貧富の差は貧困者だけでなく富裕者にも健康上のリスクをもたらす。

 貧富の差が生死にかかわるのは、貧困者だけではない。健康問題の専門家は次のように語っている。「国家、都市、その他の大きな行政区内において、所得の格差が大きければ大きいほど、健康状態は悪い。他のどの国より多くの資金を健康管理に投じているにもかかわらず、世界で最も豊かで強い国である米国の平均寿命が、国連加盟国中25位以下にランクされている理由はこれで説明できる。米国の富者と貧者の所得格差が先進国中、最も大きいからだ」

 『アメリカン・ジャーナル・オブ・パブリック・ヘルス』誌の最近の報告によれば、所得格差が大きいと、国民1人当たりの所得別のどの階層においても、死亡率が高くなる。「所得格差と死亡率に関連性があることから、経済格差を是正するための努力を、企業、個人、政府レベルにおいて優先して行うべきである」と結論付けている。

【 結論 】

 貧富の格差の拡大は、太陽黒点や風向といった自然現象によるのではなく、20年以上にわたり賃金労働者を犠牲にして資産所有者を富ませてきた公的政策や民間企業の行動の結果であり、資本の勝利と労働への裏切りがあった。経済的勝者は家や車、貯蓄のみならず、それ以外にも莫大な資産を持つ人々であり、一方の経済的敗者は、身を守るものが給与と結び付いていたり、政府の社会保障であったりする人々である。

 税制、貿易政策、政府の歳出や規制すべてが富裕層を優遇する方向に傾いている。他の国でも技術革新や世界的競争を経験しているが、貧富の差の劇的な拡大は起こっていない。米国では富と政治的影響が緊密に絡み合って、最上位の富裕者を優遇する政策が作り上げられている。

 富は所得よりも政治的権力に直接つながる傾向が強い。富を持つ人々は選挙資金やロビイ活動を通じて、政策が自分達に有利になるよう影響を与えるだけではなく、政策そのものの策定を行う。事実、米国の上院議員の3分の1以上が億万長者である。

 資産蓄積のための政策こそが、ホームステッド法(5年間定住した西部の入植者に公有地を160エーカー(約65ヘクタール)ずつ払い下げることを決めた1862年の連邦立法)から、20世紀半ばの復員兵援護法(復員兵に対する大学教育資金や住宅資金の給付、年金補助を定めたもの)まで、常に米国史の中核を成してきた。

 残念なことに、政府は資産蓄積の助けをまったく必要としない人々に寛大な援助の手を差し伸べている。税制の抜け道や現金、公的資源へのアクセス支援などを合わせると、連邦政府から企業に対して推定1,250億ドルの補助金が与えられている。こうした間違った「企業に対する福利」が大企業や富裕者を富ませている。政府の援助は、裕福でない家庭や小企業、自営農家、民主的経済組織(協同組合など)に向けられるべきである。

 昔、『国富論』の著者、アダム・スミスは、「金から金が生まれる」と述べた。低所得家庭や中流家庭がもっと多くの収入を得、貯蓄し投資することで、安定した資産を築けるよう、一刻も早い改革が必要である。

 見識ある米国人が富の格差を是正するために様々な提案をしている。いくつか例を挙げよう。

< 所得平等法 > 

 現在、企業は経営者の給与を「妥当な経費」として法人税から控除することができる。1993年、改革者達がその給与控除額の最高額を100万ドルにする法律を通過させた。しかし、「業績に対する給与」と見なされれば高額給与を認めるなどの大きな抜け道は残ったままである。企業は常に経営者の給与が業績に基づいているとするため、納税者は経営者の法外な報酬に対し補助金を提供し続けることになる。

 ある下院議員が、あらゆる給与と賞与の合計に企業内で25倍以上の差があってはならないとする法案を議会に提出した。この法案には企業が提供する給与と賞与の額に対する制限はないが、最低給与を引き上げる誘因にはなるであろう。第105回議会では、この超党派の法案を60%以上の議員が支持した。

< キャピタル・ゲインに対する賃金並み課税 > 

 税負担は、莫大な資産の所有者から賃金労働者へとその比重が移っている。社会保障税の対象となる所得に上限が設定されているため(現在7万2,600ドル)、社会保障給付税として賃金労働者の給与から天引きされる割合が、ほとんどの賃金労働者、特に中・低賃金労働者について増加している。一方、キャピタル・ゲイン税は大幅に削られている。公平な税制度であれば、賃金収入よりも資産収入を優遇することはないはずだ。

 1997年、連邦法が富裕者を優遇するため長期キャピタル・ゲイン税を28%から20%に引き下げたことで、多くの労働者は、裕福な投資家がキャピタル・ゲインに対して払う税金よりも高い税率の所得税を支払うことになった。億万長者の投資家ウォーレン・バフェットは、この大きな不平等に困惑し、彼の会社バークシャ・ハサウェイ社の1997年の年次総会で、「癌の治療法を探している人が39%の税金を支払い、ハサウェイ社の株を売って儲けた私が28%の税金を支払うのは、何か間違っていると思う」と述べた。

 議会の保守派は、キャピタル・ゲイン税をさらに20%から15%に減税しようと提案している。この提案は、財務省の税収を年間約155億ドル減らすことになる。そしてその減税の恩恵のうち4分の3は、年収20万ドル以上の家庭に渡る。それとは対照的に、下院の少数党の院内総務、リチャード・ゲッパート(民主党ミズーリー州代表)が提案した10%課税計画は、賃金であろうが、キャピタル・ゲインであろうが、配当金、あるいは金利であろうが、すべての収入に対し同じ税率を課すというものである。この計画では、非課税の閾値を引き上げ、ほとんどの米国人に10%の税金を課し、高額所得者には累進課税を適用する。

< 強力な相続税の存続 > 

 政府の政策は家庭の資産をある世代から次の世代へ引き継がせることを促進すべきであるが、過剰な資産の相続とそれが経済全体や民主主義、文化を歪ませることに対しては懸念を持つべきである。最上位0.5%の家庭では、資産の移動がそのまま権力の移動につながり、経済的、政治的格差を強化させることになる。

 今日、相続税を払う家庭はほんの一握りである。というのも、死亡時の資産が62万5,000ドルを上回る場合だけが相続税の対象となるからである(この最低額は100万ドルまで徐々に引き上げられている)。また、自営農家や自営企業は相続税を免除される。うまく計画すれば、夫婦は子孫に120万ドルの資産を無税で相続させることが可能である。相続税は削減されるべきではないし、提案されているように廃止など絶対にすべきではない。

< 富裕税 > 

 富と権力の過剰集中は大きな問題をもたらしているため、富に対する課税、富裕税の導入を検討すべきである。ヨーロッパ諸国の中では、オーストリア、デンマーク、フィンランド、ドイツ、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、スペイン、スイスが富裕税を課しており、そのほとんどが60年以上存在している。米国には富に対する直接税は存在しないが、相続税およびキャピタル・ゲイン税の対象となる。

 エドワード・ウォルフはスイスのモデルに基づく富裕税を提唱し、最高税率が1%よりはるかに低い0.03%の累進課税を提案している。ほとんどの家庭が富裕税対象の最低額を大きく下回る。

 富の格差は米国経済、民主主義、そして市民生活に深刻な影響を及ぼす。富と権力の極度の集中は、経済制度を歪曲させ民主主義の自治に打撃を与える。富の格差増大のペースが遅くなったとしても、現状の格差は危険な二極化を促進するに十分である。

 富の格差は教育、経済のチャンス、生活の質における差をさらに拡大させ、それがまた富の格差を広げるという悪循環をもたらす。寿命の短縮化や暴力の増大、さらには機会を奪われることで人々の貢献が否定されるため、富裕者でさえ、富の格差によって失うものがあるのである。