No.315 衆院比例定数削減に関する私の見解

自民、自由、公明の三党は、衆院議員の比例定数を削減する法案を、今秋に予定されている臨時国会の冒頭で処理しようとしています。以下に、衆院比例定数削減に関する私なりの説明を試みたいと思います。

衆院比例定数削減に関する私の見解

 

まず自自連立が合意した衆院比例定数削減案とは、具体的にどういうものなのか、その内容を明確にしよう。両党が当初提唱した定数削減案とは、小選挙区と比例代表制とが組合わされた「小選挙区比例代表並立制」の衆議院の選挙制度で、小選挙区部分の定数は300議席のまま、比例定数200議席のみ50削減し、総定数を450にしようというものであった。これにより、全体に占める小選挙区の割合は60%(300/500)から67%(300/450)に増えるはずだった。

私は、自由党の小沢一郎党首の提案で具体化したこの衆院比例区の定数削減について、自由党と自民党がなぜこれほどこだわるのか、かねてから疑問に思っていた。行政改革の一環として公務員削減を実現するに当たり、まずは国会議員からというのがその理由ならば、なぜ同時に小選挙区の定数も削減しないのか。

この疑問を発端に、私は次のような仮説を立てた。自由党、自民党が比例代表部分の削減にこだわるのは、資金力を持つ力の強い大政党が一党支配を強める、あるいは連立政権で日本の政治を専有できるようにしたいと考えているからではないか。つまり、小沢一郎氏が好む小選挙区制は、野党を弱体化させ、すなわち民主主義を弱め、彼のような独裁者に一般国民をより簡単に支配させることを狙ったものではないかということである。以下に、衆議院議員の選挙制度の基本的仕組みの理解と合わせ、私の仮説を証明したい。

衆議院選挙は小選挙区と比例代表の並立制で行われているが、小選挙区制とは、選挙区から議員が1人選出される場合をいう。また、比例代表制とは、各政党の得票率に比例して議席配分を行う制度のことであり、日本では、政党が予め提出した候補者名簿に基づき候補者ではなく政党に投票する拘束名簿式比例代表制が用いられている。また、当選者の決定にはドント式という方式が採用され、各政党の投票数を1から順に整数で割り、その商の大きい順から議員定数に達するまで当選者が決められていく。

ではこの2つの選挙制度がどのように異なるのかを理解するために、具体的な例に当てはめて考えてみよう。説明を簡潔にするために、小選挙区の場合は、小選挙区5つ、投票数は各選挙区100(合計500)とし、比例代表区の場合は定数5議席、投票総数は500と仮定する。またどちらの場合も2つの政党、10人の候補者で選挙が行われるとし、A政党は5人の候補者(a, b, c, d, e)、B政党も同じく5人の候補者(f, g, h, i, j)がいると考えよう。また各政党、候補者の得票数は最も均衡した場合を想定する。

小選挙区の場合の結果
選挙区 候補者  得票数
———————–
1     a   51
f   49
2     b   51
g   49
3     c   51
h   49
4     d   51
i   49
5     e   51
j   49
—-  ——  ——-
合計 500

小選挙区の場合、5つの選挙区ではすべて51票対49票の僅差でA政党の候補者が当選したと仮定する。この場合、B政党は合計で245票(全体の49%)を獲得しながら、5つの小選挙区で1人の候補者も当選させることができない。小選挙区ではトップで当選しなければ、たとえ51%対49%と得票数は均衡していても、結果は議席数5対0となり、B政党に投票した49%の投票者の民意はまったく反映されないことになる。

比例代表制の場合の結果

比例代表制の場合にも、A政党は合計で255票、B政党は245票獲得したとする。小選挙区と同じ得票数であるとの前提のもと、比例代表制の場合には結果はどうなるか。

ドント式による当選者の決定例
(注:定数5人とした場合、当選は整数で除した商の第5位までとなる)
除数   ÷1  ÷2   ÷3   ÷4
A政党  255  127    85    63
当選?a 当選?b 当選?c

B政党  245  122    81    61
当選?f 当選?g

上記の例から明らかなように、比例代表制のもとでは、A政党とB政党の得票数は上記の小選挙区制の場合とまったく同じ255票対245票でありながら、当選者の数はA政党3人、B政党2人となり、比例代表制のもとではB政党も2つの議席を獲得することができる。

小選挙区は大きな政党に有利

多くの候補者と巨額の選挙資金を準備できる大政党は、各小選挙区に有力な候補者を配し、強力な選挙戦を繰り広げることができるため、小選挙区制を求める傾向にある。これは複数政党が密接に結合した連立政権でも同じである。連立政権は資金を集中させ、連立を組んでいる政党の候補者が同じ小選挙区で競合しないよううまく割り振ることができる。つまり、大政党あるいは連立政権は、各選挙区で候補者が確実に過半数(この例では51票)を確保できるように励むわけである。

一方、小政党は、小選挙区では大政党や連立政党を打ち負かして議席を獲得することは難しいが、比例代表区では、自分達の政党に票を集めることに力を集中させ、1つまたは複数の議席を確保することが可能になる。

より民主的なのはどちらか

上記の小選挙区と比例代表制の選挙結果の例を比較してみれば、比例代表区の方がより民主的であることが簡単に見て取れる。また実際、1996年の総選挙でも、自民党は小選挙区部分で38.6%の得票率しかなかったのに、56.3%(得票率の1.46倍)の議席を獲得した。これに対して、比例部分では、各党は得票にほぼ比例した議席を獲得するという結果になった。つまり、比例代表区の方が切り捨てられる死票が少なく、したがってより多くの民意が国政に反映されるのだ。

自民党と自由党の妥協案:定数削減は変わらず

現在、自民党と自由党は、比例代表定数のみの削減に公明党が強い難色を示していることから、「定数50削減」の目標そのものは変えずに、次期衆院選ではまず比例代表定数の削減を先行する、その上で小選挙区定数も段階的な削減(削減完了までの期間は10年程度とする)に着手する、などの妥協案を示している。

しかし、比例代表の議席の割合を減らさずに、定数自体を削減するのであれば、国民はそれを受け入れるべきなのであろうか。私は衆議院議員の定数を削減すること自体、日本の民主主義を弱体化させると考えている。事実、現在の衆院定数500という数自体、日本の議会制度史上、最も低い水準にある。1925年に日本に初めて「普通選挙法」が制定された時の定数は466であり、当時の人口が約5,600万人であることから、人口12万人に1人の割合だったことになる。ところが、人口が倍以上になった今も、定数は74年前とほぼ変わらず、議員1人当たりの人口は25万1,000人になっている。また国際的に見ても、以下の表が示す通り、日本の衆議院の定数は低い水準にある。

国名     定数   人口    国民百万人 議員一人当
当たりの  たりの人口
議員の数
日本    500   125,570,000    4     251,140
イギリス  659   58,610,000    11      88,938
ドイツ   656   81,660,000     8     124,482
フランス  577   58,140,000    10     100,763
イタリア  630   57,290,000    11     90,937
カナダ   295   29,620,000    10     100,407
米国    435   263,190,000    2     605,034

これからいえることは、比例代表制であろうが、小選挙区であろうが、これ以上衆院の定数を削減することになれば、日本をさらに金権主義の国へ、つまり民主主義でない国へと導くことになる、ということである。議員1人当たりの国民の数が多ければ多いほど、政党や候補者としては、より多くの有権者にアピールするためにより多額の資金が必要になり、加えて各有権者が投票全体に占める影響力は弱くなる。したがって、定数を削減し、議員1人当たりの国民の数を多くすれば、それだけ資金力のある政党が強くなり、金権主義の影響が強まると同時に、一票の重さ(民主主義)が軽くなるということである。この表の中で、議員1人当たりの国民の数が最も多い米国が、G7諸国の中で最も二極化が進み、最も金権主義に支配されていることからも、小沢一郎氏が中心になって進める衆議院の定数削減自体が、日本にとっていかに有害であるかがわかるはずである。

結論

政府の与党と野党の関係は、自動車のアクセルとブレーキに例えられると私は考える。ブレーキがなかったり故障している車が危険であるのと同様に、野党の力が弱かったり、野党不在の政府がいかに危険であるかを示す例は多い。民主主義の先進国の中で、1つの政党がほぼ半世紀にわたり絶え間なく政府を独占してきたのは日本だけである。そして、その日本で比例代表制で選ばれる議員の割合を減らすよう選挙制度を改革すれば、日本の民主主義はさらに弱体化し、民意の反映されない政府になることだけは間違いない。