今回は、村上龍氏の著書(絵本)『あの金で何が買えたか』(小学館発行)から抜粋します。この本の巻頭エッセイには、「この絵本は「知る」ためのものである。10億円という金はいったいどのくらいの価値があるのか。10億円あれば何が買えるのか。100億円、1,000億円、1兆円、10兆円、100兆円だったらどうか。毎日毎晩新聞で目にし、ニュースで読み上げられるそういった数字を実感としてイメージできるようにという目的で、この絵本は制作された」と、この絵本の制作の目的が書かれています。読者も是非この本を購入し、不良債権処理のために投じられた巨額の公的資金がいったいどれくらいの価値があるのか、不良債権処理に使われなければどれだけのことができたのかを実感していただければと思います。皆様からのご意見をお待ちしております。
『あの金で何が買えたか』
村上 龍
この絵本のヒントとなったのは、ある新聞の経済欄だった。去年の3月、その日の経済欄では、故・山一証券の簿外債務の発覚とその額がトップ記事だった。金額は約2,300億円である。そして、そのすぐ下に、ロールスロイス社の売却の記事があった。ロールスロイス社がBMW社に750億円で売却か?(結局そのあと売却先が替わりVM社が950億円ほどで買った)というものだった。
ロールスロイスは超高級車だが、750億円というのはもちろんロールスロイス1台の値段ではない。飛行機のエンジンも作っているロールスロイス社を、その社屋や工場や研究・開発施設、さまざまなパテントやノウハウを含めた諸権利、技術者や熟練労働者、販売網や顧客リスト、それにブランドイメージを含めてすべて手に入れることができるわけだ。その売却額が1,000億円に満たなかった。山一証券の簿外債務の2,300億円という数字はいったい何なのだろう、と思ったのである。
金融機関・企業の不良債権や債務の額は、それがあまりにも巨大なので、いったいどれくらいのものなのかイメージできなかった。またそうした巨額な数字に麻痺している自分に気づいたのだった。
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【 6,000億円 日本興業銀行 公的資金投入額 】
資本注入の内訳は優先株3,500億円、劣後債2,500億円。優先株の利回りは年0.43~1.40%。今後5年程度で優先株償還のための財源を積み上げることができるとしている。残る不良債権は1兆8,722億円(99年3月)。99年3月期決算は1,957億円の赤字だった。
経口補水塩(365回分) 985 .5
バリアフリータウン 5,000
+ おつり 14 .5
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6,000 億円
◇ 難民への経口補水塩補給 985億5,000万円
アジア、アフリカでは栄養不足と不衛生からくる子供の下痢性脱水症の被害がひどく、91年にはバングラデシュで31万人の死者を出した。この対策のためユニセフ(国連児童基金)を中心に行われているのが「経口補水塩」の配布。この塩、砂糖などの粉を溶いて飲むことで、下痢などによる脱水症を抑えることができる。1包わずか10円。これを1年間給与すればどれほどの人命が救われることか。全世界の難民数(96年)は2,700万人。つまり985億5,000万円あればいいのである。
◇ バリアフリータウン建設 5,000億円
だれもが何の障害(バリア)なく、自由(フリー)に参加できる社会。特に障害者や高齢者に優しいバリアフリーの考え方が急速に広まってきている。JRの駅に見られる車椅子昇降機がその一例だ。このバリアフリー、実は改めて配慮するよりも、当初から計画に組み込んだ方が安いという試算が出ている。例えば、約100万人の政令指定都市・仙台市(宮城県)並みのバリアフリータウン建設にかかる費用は、5,000億円ですむのだが。
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【 9,000億円 第一勧業銀行 公的資金投入額 】
資本注入の内訳は優先株7,000億円、劣後ローン2,000億円。優先株の利回りは年0.41~0.70%。国内リテール(小口業務)でナンバーワンを目指し、2006年度末までには8,000億円の内部留保が生じるので公的資金の返還は可能、としている。残る不良債権は都銀最大の2兆2,532億円(99年3月)。
スフィンクス修復 3 .375
途上国の子供に基礎教育 8,400
アフリカ象保護プロジェクト 24
+ おつり 572 .625
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9,000 億円
◇ スフィンクスの修復 3億3,750万円
10年の歳月をかけ、98年に修復が完了したエジプト・ギザのスフィンクス。セメントを使わずに1万2,000個の石灰岩ブロックを補強した、このほとんど手作業による修復工事の総費用は、たったの総額3億3,750万円だった。もちろん、まだこれ以外にも修復の手を待つ巨大遺跡は残っている。
◇ 途上国の子供すべてに基礎教育を 8,400億円
ユニセフ発行の「1999年世界子供白書」によると、開発途上国の就学年齢児の21%にあたる1億3,000万人以上が、読み書きできないまま21世紀を迎える。白書は対策として今後10年、平均して毎年70億ドルの教育費が必要だと訴えている。ちなみにこれはアメリカ人の化粧品消費額や日本人のおもちゃの消費額とほぼ同額である。
◇ アフリカ象保護プロジェクト 24億円
現存する最大の陸生哺乳動物、アフリカ象の現在の生息数は、アフリカ大陸全体で約76万頭。だが後を絶たない密猟と、環境悪化で、その数は急減している。WWF(世界自然保護基金)によれば、アフリカ大陸全体で象の生態調査や保護のプロジェクトを行うために必要な費用は、年間20万ドルだという。100年分の費用で24億円。
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【 3,736億円 三洋証券 負債総額 】
証券準大手の三洋証券は、1997年11月、証券会社初の会社更生法の適用申請で倒産。負債総額は3,736億円。
デニス・ロッドマン 1 .2
テニス4大トーナメント
賞金総額 50
電線地中化 3,500
+ おつり 184 .8
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3,736 億円
◇ デニス・ロッドマン 1億2,000万円
素行不良でロサンゼルス・レイカースをあっさりクビになってしまったNBAのリバウンド王。シーズンオフにはハルク・ホーガンとプロレスのリングに上がったりしていた。バスケットをさせるのかプロレスをさせるのか悩むところだが、全米一の“お騒がせ男”だけに派手な場外乱闘が期待できる。一緒に飲みに行っても、かなり面白そう。
◇ テニス4大トーナメントの賞金総額 50億円
伝統を誇る4大トーナメントの賞金総額は、全米オープン約17億円、全英オープン約14億円など、しめて50億円(98年)。これをサポートする代わりに、ふだんは厳重に管理されているそれぞれのセンターコートかナンバーワン・コートを1日だけ自由に使わせてもらう。いくたの名勝負が行われたウィンブルドンもまるで自分の庭のよう。
◇ 電線地中化 3,500億円
都市の市街化区域の総面積に対し、電線が地下埋設化された区域の面積の割合を示す「無電柱率」。ロンドンやパリが100%であるのに対して、日本の無電柱率は全国平均でわずか1.14%(無電柱の道路の総延長は約2,016キロ)。電柱の地中化は景観を損なわないだけでなく、例えば阪神大震災では、地中化された電線は地上の電線よりも損傷が少ないという報告もあった。都市部の道路1,000キロの電線を埋めるのに、約3,500億円かかる。
[著者の許可を得て転載]