No.343 円高懸念に対する疑問

昨年夏以降の円高傾向に対して政府は、企業収益に影響を与え、景気回復の出鼻がくじかれるのではないかと懸念し、日本の通貨当局は円高を抑えるために必死にドル買い介入を行っています。私はこの日本の円高懸念に対し、かねてから疑問を持っていました。今回は、なぜ私が円高懸念に疑問を持つか、その理由について私見を示すとともに、後半には日本のドル買い政策が無意味であるばかりか悪影響さえもたらすという記事をお送りします。ニューヨーク在住のエコノミスト、マイケル・ハドソンからのコメントも最後に添付しましたので、是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

円高懸念に対する疑問
            
 まず第一に、なぜ日本政府や日本国民は、国家の通貨価値が上昇することを心配する必要があるのだろうか。日本の1998年の国内総生産(GDP)は478兆円であったが、単純に考えて、円の価値が上がるということは日本人が生産するものの価値が上がるということである。そして円の価値が下落すればするほど、日本人が生産するものの価値は下がってしまう。それではなぜ日本政府は、円安にすることで日本人が生産するものの価値を下げようとするのであろうか。

 さらに、日本の1998年の輸出総額は約50兆円で、これはGDPのわずか10%であり、輸入総額はGDPの8%に相当する37兆円である。日本政府の円高是正策は、輸入業者を犠牲にして輸出業者を助けることである。なぜならば、円安になれば(儲けは減っても)輸出競争力は高まり、一方輸入価格は高くなるからである。日本政府はなぜ輸入業者よりも輸出業者を優遇するのであろうか。

 純輸出額(輸出-輸入=13兆円)は日本経済に2%しか貢献していない(13兆円/GDP478兆円=2%)。残りの98%は国内経済による。それなのに、なぜ政府はわずか2%の国際取引を優先して、残り98%の国内の経済を犠牲にするのか。結局のところ、円安は日本国民すべての所得および資産(貯蓄、年金、住宅など)の価値を減じることになる。

 こうした疑問に対し、私は自分なりに回答を試みた。そして日本の大企業の輸出額上位30社について、以下のような実態を浮き彫りにすることができた。

        日本全体      大企業30社   割合

売上高      478兆円(GDP)   61兆円    13%
輸出額      50兆円        26兆円    52%
従業員数     65,100,000人     815,000人   1%
法人税      24兆円        8,000億円   3%
法人税が売上に  5%          1%
占める割合

(出所)赤旗(99年7月26日)、有価証券報告書、海外進出企業総覧 ’99のデータをもとに筆者が試算。

 輸出上位30社の輸出額の合計は、日本の総輸出額の52%を占める。ただし、その30社について細かく分析してみると、次のようなことが明らかになった。

(1)30社の従業員数の合計は、日本の全就業者のわずか1%でしかない。

(2)30社の売上高の合計は日本のGDPの13%に相当するにもかかわらず、その法人税が日本の法人税収に占める割合は3%でしかない。

(3)日本の法人税収がGDPに占める割合は8%であるのに対し、輸出額上位30社の売上高全体に占める法人税の割合は1%でしかない。

 さらに、円高ではなく円安を求める日本政府の政策は、ほぼすべての日本企業、労働者、消費者、納税者を犠牲にして、輸出上位30社を優遇することに他ならない。なぜ政府は輸出業者を優遇するのであろうか。私が考えるに、与党や国会議員が受け取る政治献金のほとんどが、これら輸出企業、さらには関係金融機関からもたらされているからではないだろうか。さらに、これらの企業や金融機関は主要メディアの広告主でもあるため、メディアを通じその読者や視聴者に、国民を犠牲にした大企業寄りの政策を支持するよう訴えているのである。

 以下は、為替介入のための資金が、すでに莫大な公的債務をさらに増大させている事実について書かれた記事である。円高是正策が輸出業者を優遇する一方で、そのための資金は公的債務として国民全体に転嫁されることを示している。最後に、ニューヨークのエコノミスト、マイケル・ハドソンからこの記事に対するコメントをもらった。

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 為替介入が公的債務を膨らませている
 『ジャパン・タイムズ』 1999年10月26日

 日本の莫大な外貨準備高がさらに増加しているが、その増加の陰で、エコノミストが削減および売却を呼びかけている公的債務負担も増加している。

 日本の外貨準備高のほとんどは、ここ数年間、特にこの夏に通貨当局が円高に抵抗するために必死に行ったドル買い介入によって蓄積された。政策立案者は円高が企業収益を悪化させ、かすかな景気回復の兆候がかき消されてしまうのではないかと恐れたのである。

 大蔵省は、ドル買い介入資金を円で用意するために、特別外国為替資金証券を発行した。景気てこ入れを狙った大規模な景気刺激策の結果、日本の公的債務が急増している中、エコノミストの中には、公的債務をさらに膨らませてまでドル買い介入を行うことに批判的な見方をする者もいる。「莫大な外貨準備がさらに増加していることは、日本の資産総額の増加を意味する。しかし、同時に、「政府短期証券」(FB)の発行を通じて、日本の円建て債務をも増加させている」と日本総合研究所の調査部副主任研究員、河村小百合氏は述べる。

 日本の外貨準備高は、2位の中国(1999年9月末現在、1,515億ドル)を大きく引き離し、2,723億7,100万ドルで世界第一位である。その一方で、1999年末には日本の公的債務は490兆円に近づき、1992年の倍になった。

 日本は1999年6月から9月に、ドル買い介入に500億ドルを費やした。政府当局は、特別政府短期証券は償還期限が決まっているし、使用目的が特別なことから、他の国債と一緒くたにするのは間違いであると主張するが、民間のエコノミストは、政府短期証券が公的債務に占める割合が増加していることを懸念すべきであると述べている。現在、政府短期証券残高は44兆6,000億円に達し、公的債務全体に占める割合は1985年の5.5%から8%に上昇している。

 1999年4月、大蔵省は政府短期証券を日銀に引受けさせるのではなく、価格競争入札により発行し始めた。「このまま政府短期証券の残高が増加し続ければ、政府の債務負担が重くなり、長期的には金利も上昇するであろう。これらは最近の為替介入がもたらした、見過ごされている悪影響の1つである。米国やヨーロッパの中央銀行が為替介入に非常に慎重になる理由の1つがこの債務負担の増加にある」と河村氏は述べる。

 1999年8月現在、日本には8,298億円もの貿易黒字があるため、莫大な外貨準備を手放してはならないという理由はない。むしろ莫大な外貨準備を保持しているからこそ、日本政府は、大きな為替リスクに晒されている。外貨準備が必要になると思われるのは、民間部門に国際競争力が乏しいために外貨が十分に稼げず、輸入の支払いに事欠く場合である。

 日本の通貨当局は、ドルの円に対する為替レートが1970年代初期の360円から下落し続けてきた結果、莫大な為替差損も記録している。

 大蔵省のデータによれば、過去の為替介入による損失は、1997年度末現在で、7兆1,400億円であるという。しかし、他のG7諸国の中央銀行とは異なり、日本の現行の会計制度では、大蔵省はそうした為替介入がもたらした為替差損を公表する必要はない。エコノミストは、これが為替介入にいくら費やしているかに大蔵省が無頓着な理由の1つであると指摘する。

 また、円の対ドル為替レートを引き下げることが目的であるため、大蔵省が外貨準備高を公開市場で売ることに消極的なのは理解できる。しかし、たとえドルを売ったとしても、適切に行えば市場を混乱させることにはならないと見るアナリストもいる。「大蔵省が長期間かけて限定した額のドルを売るのであれば、ドル売りが為替市場に劇的な影響を与えることはない」と日本総合研究所の河村氏は語る。
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マイケル・ハドソンのコメント

 この記事で述べられていることは、まさに私がこれまで主張してきたことである。日本が輸出を増やせば増やすほど、日本はより多くのドルを稼ぐことになる。そして、政府はさらに輸出を促進するため(それによってさらにドルを稼ぐことになる)、円を安定させようと国民から借金を行う。

 巨額の借金を抱えているのは日本だけではない。世界の中央銀行やその他の不運な外国人投資家も米国の公的債務全体の40%を所有している。もし、日本の公的債務も外国人が所有していて、それを日本が決して返済するつもりがないというのなら、この負債は問題にはならないであろう。しかし米国とちがって日本は、実際にそれらの借金を返済しなければならないだろう。

 日本の政府がドルを買うために円で借金をすると、円高になれば損をするのである。日本はいいかげんにこの悪循環を断ち切るべきではないのか。次号では、そのための提案をしたい。