OWメモ「あなたの電話は聞かれているかもしれない」(No. 290)で紹介した、米国主導の世界規模の諜報ネットワーク「エシュロン」について、今回は米国内の状況をご紹介します。各国の諜報機関が情報を公開している中、エシュロンの首謀者である米国の国家安全保障局(NSA)は機密性を高め、米議会からの情報公開要求を拒否しているといいます。それは1つには、 NSAを規制する連邦法が25年も前に制定されたものであり、インターネット通信などの電子情報に対応できていないことによると以下の記事は説明しています。米国議会にも統制できないスパイ機関NSAに対する懸念が高まり、米国でさえNSAの境界線を再定義し統制を強化しようとする中、日本では盗聴法案が通過し、自由に盗聴が行えるような環境が作られようとしています。以下の記事をお読みになり、日本が進むべき道を再考していただければと思います。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
時代遅れの法律の下で運営される秘密機関の最大の秘密
『ワシントン・ポスト』紙 1999年11月14日
ジェームズ・ボンフォード
英国北部のヨークシャ荒野には、衛星に向けられたパラボラアンテナを隠すように十数個の巨大な白い地球儀がまるで月面基地のように鎮座している。広大な建物には、高性能コンピュータや受信設備が置かれ、高い囲いと巡回警備員が人を近づかせないようにしている。これがメンウィズヒル基地として知られる、地球上で最高機密の建物の1つであり、今最も物議をかもしている。
何十年もの間、メンウィズヒルは米国の超機密機関である国家安全保障局(NSA)が運営する世界盗聴ネットワークの重要なリンクである。NSAの数ある役割の1つは電子監視と暗号の解読であり、ここはNSAの世界最大の盗聴拠点なのである。冷戦時代、この基地は鉄のカーテンに隠された外交、軍事、商用通信を西側が監視する上で主要な役割を担った。しかし、ベルリンの壁崩壊後10年を経た今も、メンウィズの役割は縮小するどころか拡大している。
欧米人はそれを訝しがり始めている。共産主義者の盗聴から欧米企業や民間人の盗聴へと NSAの役割が変わったのだろうか。このような懸念が生まれるのも、NSAと他のいくつかの国の諜報機関を結ぶ、高性能ネットワークがあるためである。ただし、エシュロンというコード名で呼ばれるこのプロジェクトの存在をNSAが認めることはないであろう。
このプロジェクトに関する報告内容は深刻である。欧州議会の報告書によると、「欧州内におけるすべての電子メール、電話、ファクス通信はNSAが日常的に傍受している」という。私は、何年間もNSA を調査してきた数少ない部外者の1人として、この懸念は誇張だと見ている。少なくとも今のところは。NSAについて私が知り得たこと、および無数の現在および過去のNSA職員の話から、NSAがその職権を越えていないと私は考える。しかし、これからも必ず越えないという保証はない。
私が懸念していることは、その閉じられた扉の向こうで開発されている技術や、人々を不安に駆り立てるような手法が、ほとんど際限なしに盗聴ネットワークを拡大する能力をNSAに与えたことにある。そしてNSAが傍受した膨大なデータを取捨選択するのに耐え得る高性能の人工衛星やコンピュータの開発を急ぐ一方、NSAを規制する連邦法(25年前に制定)はまだ出発地点にある。NSAに適用される主要な法律が制定されてからずっと後に、監視対象となる通信革命や新しい電子装置が誕生している。
論争は面白い局面を迎える。諜報社会の多くについて、その秘密のベールが剥がされ始めている。CIAの主催でベルリンにおいて元米国スパイの再会が実現し大きく報道されたし、また99年11月末にテキサスで冷戦中の諜報活動について公開討論会が企画された。またかつてはその名称さえも機密事項だった国家偵察局は何百万ページもの文書や何十年間にもわたるスパイ衛星の画像を公開し、時間と興味のある人なら誰でもそれを目にすることができるようになっている。
唯一の例外がNSAである。その活動について質問を受ければ受けるほど覆いを厚くするという過剰な秘密主義である。99年春NSAは、議会の情報委員会からの内部手順に関する恒例の情報要求を初めて拒んだ。
ワシントンとボルティモアの中間地点、フォートミードを本拠とするNSAは米国最大のスパイ機構であり、全世界で38,000人の軍人、民間人を雇っている。それに対してCIAは約17,000人である。NSAの役割は通信を監視し、海外の暗号を解読することである。また、国内でも大使館などを対象に限られた役割がある。特別裁判所の委任状があれば、スパイ容疑の米国民を監視することもできる。潜在的にNSAは最も他者に侵入するスパイ機関である。CIAについて書かれた本は多いが、NSAだけを扱った本は、私が1982年に著した1冊しかない。
エシュロンは、NSAとイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの同様な機関を接続する世界盗聴ネットワークである。各国の機関は、特定の名称、単語、フレーズを検索するコンピュータを使って、全世界の衛星や地上基地が傍受する膨大な通信を取捨選択できる。
エシュロンを使いNSAが行き過ぎた行動をするのではないかという懸念は、根拠のないものではない。1970年代半ば、米上院・下院情報選択委員会が作られた理由の1つは、NSAの違法行為にあった。 NSAは何十年間も秘密裏かつ非合法に、米国内の何百万もの個人の電報や電話にアクセスしていた。NSAは、他の政府機関すべてに適用される法律が、自分たちには適用されないかのごとく盗聴を行ってきた。
フォード大統領が任命したこの委員会の調査結果に基づいて、司法省は例外的に秘密の犯罪捜査をNSAに対して行った。これを知っていたのはごく一部の者だけである。NSAの上級職員は、ミランダカード(逮捕した犯人などに対して黙秘権・弁護士立ち会い要求権などを読み上げてやるために携行される、憲法上の権利を印刷したカード)を提示されて尋問された。1つの連邦機関全体に司法省が刑事犯罪の容疑をかけたのは初めてのことであった。結果的に、起訴すべき様々な理由が見つかったにもかかわらず、司法省の弁護団は起訴に反対した。政府が依然として秘密にしている報告書は、「告訴となれば、部下から上司へ、機関から機関へ、機関から評議会や委員会へ、評議会や委員会から大統領へ、生きている者から死者へ、責任転嫁が行われる恐れがある」と記している。
捜査の結果、議会は1978年に海外情報監視法(FISA)を法制化し、NSAができることとできないことを明示した。秘密の活動を裁判官の前で語れないというNSAの申し立てを克服すべく、議会は特別な連邦裁判所である海外情報監視裁判所を作り、そこで国家安全保障を正当化する要求を聞くことにした。裁判所がNSAの要求を却下した場合のために、海外情報監視上告裁判所も作られたが、そこに裁判が持ち込まれることはなかった。
FISAの成立から20年以上、法律は変わっていないが、一方で携帯電話、電子メール、ファクス、そしてインターネットが通信の主流となった。NSAの問題点も残ったままである。1999年10月、NSAの局長である空軍中将、マイケル・ハイドンがNSA内部で講演をした。私は招かれた少数の部外者の1人であった。ハイドンは、NSAが今直面している新しい情報技術の挑戦を予告した。「変化は大規模で恐ろしいほど速い」と彼は述べ、世界には今、4,000万台の携帯電話、1,400万台のファクス、1億8,000万台のコンピュータが存在し、インターネットは90日ごとに倍増していると指摘した。
ハイドンが認識していたのはそれだけではなかった。イギリスから戻ったばかりだという彼は、そこでイギリスのNSAに相当する政府通信本部(GCHQ)の仲間に会い、両国の協力関係に対する長期的コミットメントを新たにしたという。これまでにNSAの局長がGCHQとの緊密な関係について公に語ったことはない。ハイドンは「我々はGCHQと共に原点に帰らなければならない」と語った。
何十年間も一緒に作業し、通信を監視し、集めた情報を共有してきたエシュロン加盟国間の協力関係について、懸念が持たれている。今、彼らはエシュロンを通して彼らの資源や監視対象を共同管理し、傍受する情報の収集および分析を最大限に行っている。欧州連合加盟国の役人たちが恐れているのは、NSA が自国の経済情報を盗み、競争相手の米国企業に渡すことである。「我々の立場を利用して、他の国の議会や欧州連合全体に何が起きているのか、警告したい」と欧州議会の議員、グリン・フォードはBBCに語った。「我々が警告することで適切な統制が敷かれ、統制下のもとで諜報活動が行われることを期待する」
この問題はまた、上下両院の情報委員会の目にも止まったが、NSAの対応は懸念を払拭するにはほど遠かった。情報に関する下院特別委員会は通常の監視責任の一部として、1998年春NSAに対し、盗聴活動をどのような手順で行っているかその概要を示す法的文書の提出を要請した。NSAの対応は基本的に、放っておいてくれ、というものであった。「政府が弁護士と依頼人であるという特権」をもとに、文書開示は一切拒否した。情報委員会の繰り返しの要請に対しNSAは、議会はこれらの文書を調べることはできないと主張していたが、数ヵ月の交渉の後ようやくそれに従った。
評論家がいうように、エシュロンが世界のどこでも、誰でもモニターしているということはないだろう。すべての通信をNSAが掌握することは不可能である。過去5年間、NSAは人員が削減される一方で、国家安全保障の対象は北朝鮮ミサイル開発、インドおよびパキスタンの核実験、テロリスト容疑者の活動等と増えている。米国企業のため欧州の会社を盗聴するというのは、かなり優先順位が低いであろうし、傍受した秘密情報を会社に流せば、すぐに発覚するであろう。
それでも、NSAが議会への協力を拒むことは警報と見なすべきである。1947年国家安全保障法の第502項で修正されたように、すべての米国諜報機関の長は、上院、下院いずれかの情報委員会がその職務を遂行するために要請すれば、諜報活動に関するいかなる情報や資料も提供する義務がある。フロリダ州選出の共和党議員、ポーター・J・ゴスは、元CIA職員であり、現在は上院委員会の会長であるが、長い間諜報機関の強化を主張してきた。しかし、彼ですらNSAの傲慢さに驚き、NSAの態度は「憲法が規定する議会の監督プロセスを著しく妨害するものだ」と述べている。
NSAは機密性をさらに増すのではなく、こうした懸念に公に対応すべきであり、情報委員会はNSAを管理する法律を更新するために公聴会を開いて抜け道となっている穴をふさぐべきである。例えば 1978年FISAは、NSAが電子盗聴技術を米国民を対象に使用することを禁じている。しかし、イギリスのGCHQ、または他の国の機関が米国民を対象に盗聴し、そのデータをNSAに渡すことは可能である。もう1つの問題は、NSA のインターネットの監視についてはFISAは適用されないことである。「有線」「無線」通信はカバーしているが、1987年の電子通信プライバシー法によって「電子通信」と定義されたインターネットを介した通信について、FISAはまったく触れていない。さらには、FISAは、「個人が妥当なプライバシーを期待している場合においてのみ」にしか適用されないのである。
最近の米国映画「エネミー・オブ・アメリカ」ではNSAを、市民が知らない間に盗聴を行う手に負えない機関として描いていた。新世紀を迎えるにあたり、議会が公聴会を開いてNSAの境界線を再定義することが、映画のようになるのを防ぐ最善の方法であろう。