No.349 忌むべき負債

今回は、パトリシア・アダムズが著した『Odious Debts: Loose Lending, Corruption and the Third World’s Environmental Legacy』から、「忌むべき負債」の章を抜粋します。国家の 負債がその国の国民の利益とは関係なく、独裁者が独裁政権を強化し反抗する国民を抑圧するために生まれたも のであれば、その負債は国民にとって「忌むべきもの」であり国民に返済義務はないと、アダムズは記していま す。現在、世界の最貧国が抱える負債の大半は冷戦時代の名残であり、西側諸国が腐敗した独裁者やその仲間に 支払った賄賂だといわれています。債務国に対するIMFや債権国の政策を考える上で参考になると思います。是 非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

忌むべき負債

パトリシア・アダムズ

 1800年代末、スペインの支配下にあったキューバの国民は、スペイン帝国が衰 退し米国の影響力が高まる中、自治を望んだ。しかし、約束された民主改革が行われることはなかった。それか らキューバの砂糖輸出経済が駄目になった。ヨーロッパなどてんさい生産国との競争に米国の保護主義が重な り、世界の砂糖相場が1ポンド当たり8セントから2セントに暴落すると、キューバの砂糖市場は壊滅的な打撃を 受けた。貧困や辛苦が増し、キューバ国民はゲリラ戦を起こした。夜間に体制支持者の農園を焼き討ちし、昼間 は山中に隠れた。怒ったスペイン人は秩序回復のために、ゲリラ達を強制収容所に監禁した。

 キューバ国民に同情した米国はゲリラを武装させ、調停をほのめかした。そして1898年2 月15日、スペイン人によると思われる爆破で、ハバナ港にいた米国の戦艦メイン号が沈没し、260名が死亡し た。これにより米西戦争が勃発し、スペインはすぐに大敗を喫した。

 和平交渉でスペインは、キューバの統治権を握った米国がキューバの負債も引き継ぐよう 主張した。スペインは国際法の原則を持ち出し、国の債務はその土地と人民に属するものであって、統治者に属 するものではないと主張した。

 「統治者が、その領土と居住者にかかわるすべての権利を失いながら、その当時の政権と 政府のためだけに作った負債に縛り付けられるというのは、正義の最も初歩的な概念に反し、かつ人類の普遍的 な良心の命令に相反する。こうした原則は、武力にもとづく割譲および勝利に対する報酬である条約に基づいた 割譲を含め、不滅の正義の原則を踏みにじることを嫌う文明国家すべてによって遵守されてきたであろう。新し い統治国に割譲される土地と合わせて、その割譲される領土に比例した一般的な負債(大半が公的債務)が移管 されない条約はほとんどない」。スペインはこの主張をさらに裏付けるべく歴史的前例を引用した。

 しかし、これに対して米国は、スペインの挙げる例は法的にも道義的にもこのキューバの 負債には当てはまらない、キューバの負債は国民の同意もなく武力によって課せられたものであり、キューバの 独立闘争がその停止を狙った主要な不当行為の1つであったと答えた。さらに米国は、負債の大部分はキューバ 国民の反乱を打ち砕くために作られたものであり、キューバの利益に反する目的のためであったと主張した。つ まりこの負債は、スペイン政府がスペインのために、スペインの代理人を使って作ったものであり、それに関し てキューバはまったく発言権がなかったため、この負債は地元(キューバ)の負債とは見なされず、また統治を 引き継ぐ国家の義務でもないと米国は主張した。

 また貸し手については、債権者は最初から一か八かの投資をしたのであり、国家に対する 信用貸しは債務が国家的性質ということもある一方で、債務そのものには最初から悪名高いリスクが付随し、そ れがずっと付きまとうものだと主張した。

 結局、米国はキューバの負債の返済義務があるとは決して認めず、スペインの負債とし、 キューバまたは米国がそれを肩代わりすることもなく、いわゆるキューバ負債の貸し手はそれを完全に回収する ことはなかった。

 「キューバの負債」に関する論争は、負債の支払い拒否の中でも最も大きな争いとなっ た。その負債が放棄されたのは、負債が後継者にとって過度の負担となったからではなく、不法な相手によって 不法な目的のために生まれたものだからであった。そしてそのような負債は法律上「忌むべき負債」と呼ばれる ようになった。

 「忌むべき負債」を法的に体系化したのは、アレキサンダー・ナホム・サックで、米西戦 争終結から四半世紀後だった。帝政ロシア時代の元大臣で、ロシア革命後はパリで法律の教授をしていたサック は、継承制度の義務について2冊の著書、『The Effects of States Transformation on Their Public Debts and Other Financial Obligations』(公的債務と他の金銭的義務に対する国 家の変質の影響)と『The Succession of the Public Debts of the States』(国家の公的債務の継承)を著してい る。サックの負債理論は、植民地の独立、植民地の統治国の交替、君主制から民主制、軍政から民政への変化、 頻繁に起こるヨーロッパの国境の変化、古い秩序に代わる社会主義、共産主義、独裁主義などの新しいイデオロ ギーの隆盛など、国家の変質によってもたらされる実際的な問題に対応するものであった。サックも他の多くの 人同様、公的債務の支払い責任は国家の変質後もそのままその国家に残されるべきであると信じていた。なぜな ら負債はその国の義務であるからだとし、その場合の国家とは特定の政府体系ではなく領土を指した。サック は、この主張を支持する理由として、自然な正義の厳格な命令によるのではなく、国際取引の緊急性を挙げた。 厳格な規則がなくては国家間の関係が混乱し、国際貿易や国際金融が崩壊すると信じたのである。

 ただしサックは、国民の利益のために作られたものではない負債はこの規則と結び付ける べきではないとし、これを「忌むべき負債」と呼んだ。

 「統治国が招いた負債が、その国の必要性や利益とは関係なく、独裁者が独裁政権を強化 し、反抗する国民を抑圧するために生まれたものであれば、その負債はその国家の全国民にとって忌むべきもの である。そのような負債はその国の義務ではなく、それはその政権、あるいは政権個人が招いた負債であり、し たがってその政権の失脚とともに負債もなくなる。この「忌むべき」負債が国家の領土に負担させられない理由 は、国家の負債とは、国家の必要性と利益のために生まれ、またそのために使われる負債でなければならない、 という国家の負債を正当化する条件の1つを満たしていないからである。債権者の知るところ、国民の利益に反 する目的のために発生し使われた「忌むべき」負債は、その国民が負債を発生させた政権の打倒に成功した場 合、その負債から真の利益が得られたとしても、その国民が支払義務を負うことにはならない。その負債の債権 者が国民に対して敵対行為をとったことに変わりなく、独裁政権を抜け出した国民が、その独裁者の個人的負債 である「忌むべき」負債を背負うことは期待できない。たとえ新しい政権がまた独裁政権であったとしても、あ るいは国民の意志を尊重する政権であったとしても、失脚した政権の「忌むべき」負債はその政権の個人的な負 債以外の何物でもなく、新政権に返済義務はない。この種の負債にもう1つ含むことができるのは、政府の一 員、あるいは政府に関連した個人や団体によって、明らかに個人の利益のために作られた負債であり、国民の利 益とはまったく関係がない負債である。

 債権者が外国への融資に対する保護を期待するには、その融資が国家に必要な目的、ある いは国益のために使われなければならない。さもなければ、その融資はそれを受けた政権に帰属するとされ、し たがって「忌むべき」負債となる。

 サック自身、忌むべき負債に関係したことがあった。帝政ロシア時代に臨時政府が作った 負債は、ボルシェビキが権力を掌握するとたちまち支払いを放棄された。1918年に新しく樹立されたソビエト政 府はこう宣言した。「外国からの融資は、いかなる例外もなく、無効とする」。債権国がこれに抵抗するとソビ エトはこういった。「革命によってできた政府と制度は、失脚した政府の義務を守る必要はない」。ソビエトの 法律は、負債は帝政ロシア政府の個人的負債であり、新ソビエト政府に引き継がせることはできないとした。

 ボルシェビキによる負債の支払い拒否は、主権が変わった時以外、国家の負債の支払い拒 否を認めることが滅多になかった国際法への挑戦であった。しかし、ロシアでの政権交替はあまりにも劇的であ り、政権交替と主権の交替の区別は意味がなかった。

 忌むべき負債は国際法で認められるようになったが、利己的な解釈での濫用が可能であっ た。そこでサックは、勝手な負債の支払い拒否を阻止するため、新政府に、負債が国民の利益にならなかったこ と、加えて債権者もそれを知っていたことを証明させることを提案した。そしてこの証明がなされた後、国家の 領土の利益のために資金が使われたことを証明する義務は債権者にあるとし、国際法廷に対し債権者がそれを証 明できなければ、負債の支払いは強制されないとした。

 当分の間、特に19世紀、国際裁判所は、適切な権限がない人物が外国人と結んだ契約に国 家は拘束されないという判決を下した。そのためベネズエラの大統領パエスがニューヨーク領事に不適切に結ば せた、本来立法府の権限下にある契約は後に権能外であるとされ、その契約上の要求は却下された。

 国家に負債の返済を免除した最も有名な訴訟は、おそらくコスタリカ政府と英国政府の間 で起こったものであろう。コスタリカの独裁者チノコ大統領は、英国の石油会社と不正取引を行い、大統領が許 可しコスタリカ下院議会が承認した契約によって英国の石油会社に採掘権を認めた。しかし、コスタリカ憲法で は、税金の条項に関する契約は両院議会の承認が必要であった。チノコ政権が倒れた後、新政府はその契約が権 能外で締結されたという理由から支払いを拒否した。

 コスタリカ新政府は、チノコ政権とカナダロイヤル銀行との間で結ばれた契約も忌むべき 負債として支払いを拒もうとした。コスタリカが両契約を放棄するための法律を通過させると、英国がコスタリ カを相手に、米国最高裁のタフト長官を仲裁人としてその法律に異議を唱えた。しかし、その異議申立ては却下 され、タフト長官は1923年に次のような判決を下し、コスタリカの法律は支持された。

 「問題の取引はそれ自体変則的で普通の性質のものではなく、チノコ政権の人気が失墜 し、政権打倒を目的とした政治的および軍事的動きが高まってきた時に結ばれた。銀行が払ったのは、近々予定 されている国家首脳の渡航費用の名目でフレデリコ・チノコ個人か、または給料や経費としてチノコが外交ポス トに任命した彼の兄弟に支払われたものであった。ロイヤル銀行の例で問題になったのは単なる支払い形式では なく、銀行がチノコ政権下のコスタリカ政府がその資金を実際に政府として使用することを信じて融資を行った かどうかという点にあった。銀行は、コスタリカ政府に対し正当な使用目的のために融資を行ったことを証明し なければならなかったが、できなかった。銀行は、チノコが引退後の国外逃亡生活にこの資金を使うことになる と知っていた。チノコではなく、政府がその目的のために彼に資金を提供したのだと証明することは不可能で あった。こうした状況は、チノコの兄弟への支払いについても基本的に同じだった。カナダロイヤル銀行はコス タリカへの融資が、政府の正当な使用目的のためになされたことを証明することはできなかった」

 20世紀には、法の考え方はこれらの原理主義から実利主義へと移行した。ケインズ経済学 の台頭と時機を同じくして、貸し手の困難に対する懸念が高まり、貸し手が安全だと感じない限り国際貿易や投 資を促進することは難しいのではないかと考えられるようになった。国家はますます、実権ではなく外見だけの 権限を持つ人々に対して責任をとらされるようになった。国際金融取引に対する偏見は、今日まで続いている。 また国際法の考え方も事実上の政府を認めるよう支持し、国民との社会契約が欠如しているにもかかわらず、そ の事実上の政府が国民に義務を負わせることを認めている。

 しかし、この新しい法的考え方は短命かもしれない。法律と前例にしっかり根差したより 伝統的な秩序が、その価値および関連性を再度試される必要はあるものの、再び台頭することが考えられるから である。

 この理由から、シカゴファーストナショナル銀行の弁護士たちは、1982年、専門誌にこう 書いた。「融資契約において主権者が変更した場合にどうなるかは、1つには、前の主権者の国家が借金から生 まれた利益をどう使用したかによって決まる。もし先の国家の負債が「忌むべき」ものであれば、つまり、その 負債が国民の利益に反して使われていれば、負債は継承国家に課せられないであろう」。銀行の融資契約には通 常、融資収入の使用目的が明示されると弁護士はいうが、契約書に書かれた使用目的は融資が国民の利益のため に使われるよう徹底させ、かつその融資の契約状況を必ず実施させるにはあまりに曖昧すぎるとも弁護士は指摘 した。さらに、融資契約書が資金の使用目的を制限することはほとんどない。

 「商業銀行は、こうした原則の危険性に注意を払うべきだ。国家を継承した政府は、融資 の忌むべき、または敵対的な使用に基づいた原則に頼ってきたために、貸し手はその融資の使途を明確に書くべ きであり、可能であれば、陳述や誓約、捺印契約書などにより、借り手がその契約条項の使途に限定するように 拘束すべきである」と銀行の弁護士は警告する。何年にもわたり、銀行家は、国家の借金を正当化する行為に対 する警戒を怠ってきた。その結果は、驚くべきことになるかもしれない。チェイスマンハッタン、ロイズ、輸出 入銀行は、マルコスとモブツが受けた第三世界への融資が彼らの個人資産を除き回収不可能だと気付くことにな る。

 独裁支配者を武装化したり富ませるため、または国民の反乱を抑制するために融資した貸 し手は、スペイン人がキューバの負債で経験したように、国際法から何ら保護を受けることはない。サックによ れば、アマゾンとそこに住む人々のブラジルによる植民地化や、インドネシアの島々の植民地化のために融資を することも忌むべき負債となる。「政府がその領土の一部の住民を従属させるために負債を作る時、または主要 民族が少数派を植民地化するために負債を作る時、その負債は、負債を受けた国家の領土内の原住民にとって忌 むべきものとなる」

 たとえ広義では政府の使用目的のための貸し出し、例えば電気設備や国際収支の支援のた めでも議論の余地がある。なぜなら政府高官が公共投資を、政治的なえこひいきや汚職、資本逃避の手段として 扱い、そうしたプロジェクトの技術的、経済的な実現性に目をつむるとき、外国の銀行からの融資が国民の利益 に反することを促進するからである。これらを不規則な価格付け、いい加減な計画、疑わしい契約と認識できな い、あるいはそれに乗じる外国の銀行は国民に対して敵対行動をとることになる。