No.351 規制緩和のマイナス効果

経済企画庁は今年1月「近年の規制改革の経済効果―利用者メリットの分析」と題する報告書を発表しました。それによると、経済効果は国民1人当たり10年間で67,878円になったということです。これに対して私は、マイナス効果はどのくらいになるのか興味を持ち、以下に計算を試みました。

規制緩和のマイナス効果

経済企画庁は、規制緩和がもたらした経済効果の試算結果を発表した。規制改革による電話や電気料金の低下などで利用者が受けたメリットは、1989~1998年までの10年間で合計8兆5,822億円に上り、それを国民1人当たりに換算すると67,878円になるという。

1月7日付けの『読売新聞』によれば、今回の経済企画庁の試算は、国内および国際電気通信、国内航空、車検、電力、ガソリン、ガス、株式売買委託手数料の8分野を対象に、規制改革が実施されなかった場合と比べて、利用者がどれだけ価格低下の恩恵を受けたかを推計したものである。ただし、今回の試算は、価格低下が明確な8分野に限定して消費者利益を積み上げたもので、競争激化による企業倒産や雇用調整など規制改革が経済全体に与えるマイナス面は分析対象とはしていないという。

堺屋太一長官と経済企画庁の官僚たちが、政府の決定によって1989年以降日本国民にもたらされた恩恵を、このように細かく計算してくれたことを我々は感謝すべきである。こうした試算がなされたからこそ、逆に、政府がとった規制緩和政策が日本国民にどれだけマイナスの影響を与えたかを算出し、比較検討する機会が与えられたのである。

規制緩和は、従来の日本のやり方を捨てて英米流の経済/社会政策をとり入れるという日本政府の目論見の一部にすぎない。日本政府はその他にも、民営化やグローバル化を促進すると同時に、さらには大企業や裕福な投資家に対して補助金やその他の援助を与えるために、一般労働者や中小企業に対して増税やその他の負担を増やす政策をとってきた。

以下の表は、経済企画庁が誇る規制緩和のわずかばかりの恩恵に比べ、そのマイナスの影響は、有形かつ計算可能な一部を抽出しただけでもその30倍以上になることを示している。

表1 規制緩和のメリット 対 マイナス効果(年間)

国民1人当たりのメリット   国民1人当たりの負担増
規制緩和の恩恵  6,788円    消費税負担       60,609円
(経済企画庁試算)        倒産          42,404円
失業          67,298円
国債費         42,482円
計         6,788円               212,793円

出所: マイナス効果の筆者試算方法は本稿の後半部分に明記

堺屋長官をはじめとする経済企画庁の官僚たちは、規制緩和が日本経済および社会を向上させるどころか、衰退させていることがわからないほど愚かなのだろうか。それとも、彼らが自慢する規制緩和のわずかなメリットに比べて、マイナス効果はその30倍以上もの負担をもたらしたことに気づかないほど、国民は愚かだと思っているのであろうか。

今年は衆議院選挙が予定されている。現職の衆議院議員を適切に評価するためにも、近年とられてきた政府の政策が日本国民にどれだけの恩恵を与えてきたかを振り返るちょうどよい機会である。規制改革がもたらした年間6,788円のメリットに満足している人は、与党議員を再選させることで、現状に対する満足感を表わせばよい。しかし、わずかな恩恵の代わりに212,793円の負担を強いられ、国民1人当たり差し引き 206,005円の負担増となった事実に目を向け、さらにはその他の失政が経済や社会にもたらした破壊的影響に嫌気がさしている人は、与党の現職議員を落選させ、政権の座から退いてもらう絶好のチャンスであろう。

与党に代わる魅力的な政党がないため、現在の連立与党を政権から離すことはできないという人が多いようだが、それは見当違いである。経済が麻痺した原因は、与党政府が経団連や銀行協会といった圧力団体や米国政府からのアドバイスや要求にばかり気を取られ、その分一般労働者や中小企業の要求に耳を傾けることが疎かになってしまったからである。現職の与党議員が落選という憂き目に遭えば、議員生命を維持するためには、まず有権者である国民のためになることを忠実に行うしかないと気づくであろう。また次の選挙で連立与党が政権から降ろされれば、その後に誕生する政権も常に不信任案の脅威に晒され、国民の審判を再度仰がねばならない脆弱な政権となるはずである。国会議員を国民の幸福と安寧のために忠実かつ十分に働かせるためには、このように常に国民の審判を受けなければならない状況に置くしかないと私は確信している。

以下後半部分では、規制緩和によるマイナスの影響として、私がどのようなデータに基づいて消費税、倒産、失業、国債の国民1人当たりの負担額を試算したかを示す。その悲惨な数字を知りたい方は、続けてお読みいただきたい。

【 消費税 】

日本政府が消費税を徴収し始めたのは1989年4月からであり、当初は3%であったのが、 1997年4月から5%に引き上げられた。この消費税により、日本の平均的な勤労者がどれほど負担を強いられたかを計算するために、私は以下のような数字を用いた。

表2 国民1人当たりの消費税負担額
a) 勤労者世帯の月収           589,916円
b) 勤労者世帯の月額消費支出       353,552円
c) 平均世帯人数             3.5人
d) 1人当たりの月額消費支出 (b/c)     101,015円
e) 1人当たりの年間消費支出 (d × 12ヵ月)  1,212,180円
f) 消費税率(1997年4月以降)      5%
g) 1人当たりの消費税負担額 (e × f)     60,609円

出所: 『ジャパン・アルマナック2000』の数字をもとに筆者が試算

【 倒産 】

1989年以降、政府がとってきた政策のために日本の倒産件数は過去最高記録を更新した。 1989~1998年に倒産した企業の負債額は81兆円であり、その前の10年間(1979~1988年)と比べ53兆円も増加している。倒産による負債額の増加分を、国民に与える社会的負担として計算すると国民1人当たり年間42,404円になる。

表3 倒産後の負債
a) 1979~1988年の倒産後の負債額        28兆円
b) 1989~1998年の倒産後の負債額        81兆円
c) 増加額 (b)-(a)      53兆円
d) 1989~1998年の年間負債増加額        5.3兆円
e)倒産後の国民1人当たりの年間負債増加額    42,404円

出所: 帝国データバンクの数字をもとに筆者が試算

消費税は自分のポケットから負担するため、その支払いを直接目にし、実感することができる。しかし、倒産は当事者または実際に倒産によって失業しない限り、社会に対する負担を即座に、あるいは直接実感することはないだろう。しかし、遅かれ早かれ、直接的または間接的に、社会全体が倒産による負債の打撃を受けることになるのは間違いない。

【 失業 】

1989年以降、政府が企業活動および競争に対して行った規制緩和措置によって、日本の平均的消費者は6,788円の利益を受けたとされる。しかしそれは同時に、多数の失業者を生み出す原因ともなった。1989~1998年に、経済企画庁が誇る規制緩和政策は、日本の失業率を1989年の2.3%から1998年の4.1%に引き上げた(1999年11月には4.4%に上昇している)。また、失業者の数は1989年の142万人から1998年の279万人に、また1999年11月には295万人に倍増している。

政府の政策によって生まれた失業者が、社会にどれほど負担をもたらしたかを計算するために次のような数字を用いた。1989年と1998年を比べると、失業者は137万人増えている。1998年の勤労者の平均年収は5,761,464円であった。したがって、この間約7兆8,932億円(5,761,464円×137万人)の収入が失われたことになる。これを全人口数で除し国民1人当たりに換算すれば、失業者の増加による社会的負担は、62,299 円になる。

1月13日付けの『デイリーヨミウリ』によれば、不景気の長期化などでリストラされた男性の自殺により父親を亡くした子供が急増し、現在、自殺により父親を失う子供の数は毎日32人ずつ増えているという。残った母親は稼ぎ手を失い、子供を学校にやることさえ困難になる場合も少なくないという。

政府の失政が招いた失業により自殺が増加し、父親を失う子供の数が1日32人ずつ増えているという現実を、どのように金額に置き換えればよいのか、私にはわからない。しかし、多くの失業や自殺、父親のいない家庭を作る原因となった政府の政策を撤回できるのであれば、国民の多くは規制緩和によってもたらされた6,788円を喜んで政府に返すのではないだろうか。

文部省および労働省の調査によると、今春卒業を予定している大学生や高校生の就職希望者の内定率が、軒並み過去最低になっているという。大学生は1999年12月1日現在、前年同期を5.8%下回る74.5% で、この時点としては初めて8割を切ったほか、短大生の内定率も9.8%下がって46.8%と初めて5割を下回った。高校生についても、前年同期比6.6%減の67.3%にとどまり、1987年の調査開始以来の低率となった。大学卒業予定者のうち、調査時点で就職が決まっていない学生は、大学で約94,000人、短大で約73,000人、高校で74,000人と推計され、合計で24万1,000人にものぼるという。

彼らがこのまま就職できなければ、社会への負担はいくらになるのか、学卒者の初任給に基づき、そのコストを試算した。

表4 新卒者の失業による負担
a) 大卒者初任給  2,954,546円 × 94,000人=277,727,324,000円
b) 短大卒者初任給 2,471,837円 × 73,000人=180,444,101,000円
c) 高卒者初任給  2,367,775円 × 74,000人=175,215,350,000円
合計                  633,386,775,000円
国民1人当たりの負担          4,999円
(初任給データ出所:産労総合研究所『99年モデル賃金調査』)

【 国債費 】

1998年までに政府は国と地方の長期債務残高を561兆円も積み上げた。これは国民1人当たりに換算すると4,424,363円になる。1988年には長期債務残高は246兆円、国民1人当たり2,007,509円であった。つまり政府は1989年以降の10年間に、規制緩和で国民1人当たり67,878円の恩恵をもたらす一方で、日本国民の公的債務を倍以上に積み上げ、1人当たり2,416,855円も増加させた。政府は毎年、その公的債務残高の3~4%に相当する金額を、国債の償還や利払いのためだけに費やしている。このような国債の償還や利払いに充てられる巨額の国債費は、国民1人当たり1988年には93,745円であったのが、1998年には136,227円に膨らみ、その増加分は42,482円にも上る。

表5 国債費

年   国と地方の  国債費   人口     国民1人当たりの国債費
長期債務残高

1988   246兆円  12兆円   122,780,000    93,745円
1998   561兆円  17兆円   126,700,000   136,227円
差額   315兆円   5兆円             42,482円