2月12日付け『日本経済新聞』は、91年4月から始まった米国の景気拡大が2000年2月で107ヵ月目に入り、60年代の景気拡大期を抜き、現行統計で遡れる1854年以来で最長になったと報じました。また、失業率が最低に、財政赤字は黒字に転じたなど、米国経済の好況ぶりを伝える記事は跡を絶ちません。
しかし、日本の新聞やテレビが報じる米国に関する情報は、米国の実態を正しく映し出したものなのでしょうか。株価や失業率など表面的な数字にとらわれた日本の報道には、グローバル化や規制緩和さらには企業のリストラなど米国が一部の富裕者をさらに富ませるために採用している政策を、日本国民にも受け入れさせようという意図があからさまに表れていると私には思えてなりません。スポンサーである大企業や政府与党の政策を後押ししてのことでしょう。
ここでは、日本の報道に見られるそうした偏りを是正するために、主に米国の情報源から拾った米国の実態を映し出す情報をお届けしたいと思います。読者には、こうした情報を通じて、日本政府や大企業が目指している世界がどのようなものかを、客観的に判断していただければと思います。皆様からのご意見をお待ちしております。
米国好景気の虚構
【 所得格差 】
2000年1月に、米国のシンクタンクである経済政策研究所と予算・政策優先課題センターが共同で発表した報告書によると、1988~1998年の間に最も貧しい20%の米国人家庭の所得の上昇率が1%に満たなかったのに対し、最も裕福な20%の家庭の所得は15%も上昇した。「米国経済の堅調な拡大は、労働者から経営者にいたるあらゆる階層の人々によって成し遂げられたにもかかわらず、多くの家庭がその繁栄に与かっていないという事実は、米国経済の最も深刻な問題である」というのは、この報告書の執筆者の1人、経済政策研究所のジェアード・バーンスタインである。米国は繁栄の真っ只中にあるにもかかわらず、「金持ちはさらに富み、貧困者はさらに貧しくなる」という言い古された表現が、今ほど真実味を帯びた時はない。それどころか、かつては米国の繁栄の象徴であった裕福な中流階級でさえ貧しくなりつつある。『The Missing Middle』(消えつつある中流階級)の著者であるハーバード大学教授の、セダ・スコクポルは、次のように語っている。「これだけすばらしい繁栄の真っ只中にあって貧富の差を問題にするのはおかしいと思う人がいるかもしれない。しかし過去最長の景気拡大を経験しているにもかかわらず、米国は依然として先進国中で富および所得格差が最も大きい」。より多くの女性が働きに出ているにもかかわらず、中流家庭の所得が伸び悩んでいる。「現状維持、あるいはわずかばかりの所得の上昇は、共働きまたは1人が複数の仕事を掛け持つという犠牲の上に成り立っているところが大きい。既婚女性あるいはシングル・マザーが職場で過ごす時間が過去20年間で急増したため、彼女たちのストレスは仕事場でも家庭でも増加している」と、スコクポルはロイターのインタビューに対し答えている。
過去10年間の米国人の富の増加のほとんどは、株価とホーム・エクイティの急騰によってもたらされたものである。また401(k)退職金積立て制度の加入者数も増え、401(k)による資金運用で株価上昇の恩恵を受ける人が増加している。
インターネットやソフトウェア会社の高額所得者の多くは、魅力的なストックオプションの支払いを受けることによって、その資産をさらに増やしている。ストックオプション制度とは、企業が、役職者に対して一定の期間内にあらかじめ決まった価格で自社株を買うことのできる権利を付与する制度のことであり、その会社の業績向上による株価上昇が、役職者の利益に結びつく。
ワシントンのVIPフォーラムによれば、100万ドル以上の資産を持つ家庭の数は1997年の 530万世帯から、1998年末には670万世帯に増加している。しかし、多くの人にとって、それでは百万長者であるだけでは物足りないようだ。『マネー』誌の最近の調査によれば、家計所得が5万ドル以上の米国人の半数以上が、本当の金持ちと見なされるには少なくとも300万ドルの資産が必要と考えている。しかし、大部分の米国人が目にするのは株価計算書ではなくクレジットカードの請求書で、実際52%の米国人はまったく株式投資をしていないのが現状である。
米連邦準備制度理事会は、2000年1月、年収25,000ドル未満の米国人は、1995~1998年に所得および自己資産が減少し、最も貧しい人々の多くが苦境にあえいでいると発表した。年収10,000ドル未満の家庭の約3分の1は、所得の40%を借金の返済に充てている。全体として、借金を抱える家庭の平均負債額は、 1995年の23,400ドルから33,300ドルに増加しており、状況は悪化しているという。
好景気は最上位20%の裕福な家庭の平均年収を約137,500ドルに押し上げたものの、大半の米国人家庭の所得は、4人家族の貧困線に当たる17,000ドルから、世界でもっとも裕福な国で中流階級と見なされる50,000ドルの間である。加えて4,300万人の米国人は健康保険に入っていない。
州 最上位20%の年収 最下位20%の年収 格差
1 ニューヨーク $152,349 $10,768 14:1
2 アリゾナ $141,190 $10,801 13:1
3 ニューメキシコ $111,295 $8,720 13:1
4 ルイジアナ $111,441 $9,289 12:1
5 カリフォルニア $146,066 $12,239 12:1
6 ロードアイランド$160,176 $13,527 12:1
7 テキサス $130,302 $11,200 12:1
8 オレゴン $144,300 $12,902 11:1
9 ケンタッキー $125,797 $11,365 11:1
10 バージニア $151,117 $14,141 11:1
全米 $137,485 $12,986 11:1
出所: (経済政策研究所および予算・政策優先課題センター)
<注> 税引き前のインフレ調整済み所得データ(1998年)に基づく。
1988~1998年の間に最も貧しい20%の家庭の所得は110ドル増えて12,986ドルになったのに対し、最上位20%の家庭の所得は、17,870ドル増加して137,485ドルと、最下位20%の10倍以上になった。
金持ちと貧困者の格差が最も大きいのはニューヨークで、最下位20%の家庭の所得が1,970 ドル減少して約10,770ドルになったのに対し、最上位20%の家庭の所得は19,680ドル増加し、約152,350ドルとなった結果、その格差は14倍にもなっている。
【 ホームレス 】
2000年2月、米国の失業率はここ数十年間で最低の4.1%になったが、ホームレスの問題はまだ存在する。ホームレスの人数を正確に把握することはほとんど不可能だが、専門家は常に60万人の米国人がホームレスの状態にあると推定している。また毎年、その年にホームレスを経験したことのある米国人の数は年間で300万人にもなると見られている。
都市問題研究所のホームレス専門家、マーサ・バートは、ホームレスの問題は好景気にもかかわらず悪化したと指摘する。好況によって住宅価格が暴騰し、好景気の波に乗れなかった3,000万人の貧困者は住居を見つけるのがより困難になったという。実際、この好景気の間に住宅価格は過去最高を記録した。住宅所有者にとっては好ましいことだが、ホームレスの状態から抜け出そうとしている人々にとっては新たな障害となっている。
ホームレス増加の理由としてバートは、アルコールや麻薬中毒者に対する失業保険や養老年金などの社会保障費の打ち切りや、福祉手当てや住宅補助金の削減を挙げる。またホームレスの15%が小さな子供を持つ女性であることも注目に値する。こうした状況は、レーガン元大統領が米国の社会保障プログラムを大幅に削減する以前にはほとんどなかったことである。またホームレスの問題は根が深く、ただ単に仕事がないというだけではなく、アルコールや麻薬中毒の問題とも密接に結びついている。
【 飢餓 】
経済成長にありながら飢餓の蔓延に歯止めがかからないのは近代史上初めてのことだと語るのは、タフツ大学の飢餓および貧困センターの局長、ラリー・ブラウンである。「過去最長の景気拡大期の真っ只中にありながら、3,000万人以上の米国人が飢餓と食糧不足を経験している。この数字は4年前と変わっていない」とブラウンは続ける。労働力の構成および福祉政策の変化にその原因の一端がある。
労働者の約20~30%は収入が少ないために家賃、医療費、食費の中で何を削るか選択を迫られる。最低賃金がインフレ上昇率に追いつかず、なおかつ多くの企業が手当てを削減している。また同時に、過去数年間に貧困者の数は200万人しか減少していないにもかかわらず、福祉や食料切符政策の変更によって食料切符の受給者数は約850万人削減された。
飢餓は特に子供に多く見られ、全体では7.2%が食料不足の状態であるのに対し、子供のいる家庭の飢餓の割合は15.2%、さらに6歳未満の子供がいる家庭では16.3%と高くなっている。ブラウンは飢餓を減らすため、食料切符の取得条件の緩和と学校給食を拡大して朝食も出すプログラムを提唱している。また長期的には、政策立案者が最低賃金をインフレにスライドさせ、勤労所得の税控除を拡大する必要があるとも述べている。
フルタイムでしかもルールに則って働いていながら、家族を養えないというのはどこかおかしい。貧しい人々の資産構築を助けるために、貧困者にも住宅ローンや税制上優遇される個人退職金積立計画に対するアクセスを増やすべきだとブラウンは述べる。
【 まとめ 】
これまで所得格差の拡大は、ブルーカラーの職を海外に移転させるグローバル化や、製造業の雇用の減少、低賃金サービス業の増加、移民、実質最低賃金の低下、労働組合の減少および弱体化などのせいにされてきた。
政治家が勤労者を無視する一方で、減税を要求する裕福な経営者や、社会保障の保護よりも環境保護を懸念する市民団体といった政治献金者に迎合している結果である。多くの点で、働く中流階級は政治から除け者にされている。政治は今や、棄権により縮小する市民全体の中から、政治献金および投票の両面で支持してくれる有権者をいかに多く獲得するかに集約されている。これこそ米国の民主主義の失敗であり、状況は日本でもまったく同じである。
中流階級が税金のほとんどを支払っているにもかかわらず、政治過程の主流から取り残されてしまっているため、社会保障や国民皆健康保険制度、より良い教育制度や介護等のための有給休暇といった中流階級の問題はほとんど無視されている。ただし、悲観的にばかりなる必要はない。中流階級が政治討論の舞台中央に返り咲くことは可能である。しかし、それは変化を求める投票行動に多くの国民が動員されて初めて達成できる。これは日本でもまったく同じである。日本の幸福を維持するためには、日本の国民として政府に国民の利益に反するのではなく、利益になるよう日本を治めさせなければならない。そのためには、政府の行動を注意深く監視しなければならない。国民の利益に反することを行った政治家を選挙で落選させ、利益になることを行った政治家を当選させるとともに、仲間にもそうするよう呼びかけるべきである。民主主義を実現するためには、それしかない。