警察の不祥事が今、日本では大きな問題となっていますが、米国においても日本と同様か、それ以上に深刻な事態になっています。今回は米国における警察の問題と、凶悪犯罪の減少にもかかわらず増え続ける囚人の問題について取り上げます。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
崩壊する刑事裁判
『ニューヨーク・タイムズ』紙 2000年2月14日
長期にわたって見過ごされてきた刑事裁判制度の問題がようやく衆目に晒され始めた。米国の中にはすでにその制度が崩壊し始めているところもある。
ロサンゼルスで露見しつつある醜聞では、何十人もの人々が警察に濡れ衣を着せられ、無実の人間が数人撃たれたという。警察署の犯罪調査の結果、警察官による麻薬取引き、証拠隠滅、目撃者脅迫、偽証、暴行などさまざまな不祥事が発覚した。
警察官の職権乱用の結果、30以上の有罪判決が取り消され、またその他に何百もの訴訟にその可能性があると見られている。警察および市当局に対して起こされる訴訟の損害賠償額は、1億ドルを超すと見られる。
イリノイ州のジョージ・ライアン知事は死刑執行の一時停止を命じた。あまりにも多くの無実の人々が死刑囚監房に入れられていたためだ。ライアン知事は死刑賛成派の穏健な共和党員だが、イリノイ州の刑事裁判制度はあまりにもひど過ぎた。真の殺人者が自由に歩き回る一方で、間違って有罪判決を受けた者たちが死刑の宣告を受けていたのである。無知や無能が原因でそうなる場合もあれば、無実の者を意図的に犯人に仕立てるという、もっと恐ろしい例もあった。
イリノイ州は死刑判決を受けた内の13人を釈放した。全米では死刑判決を受けた後、その判決を覆された者がさらに多くいる。「誤りに満ちたこの制度を支持することはできない。無実の命を奪うことは悪夢にも等しい」とライアン知事はいう。
『シカゴ・トリビューン』紙は、イリノイ州の死刑に関して調査した連載記事にこう記している。「イリノイ州の死刑は間違った証拠、無節操な裁判戦術、法の無能であふれており、正義からほど遠い」
無能と悪の恐怖であふれた刑事裁判制度は全米いたるところで見られる。間違った死刑もすでに執行されている。3人を殺害したとして1997年にテキサスで処刑されたデビット・ウェイン・スペンスは、ほぼ確実に無実であった。殺人を捜査した刑事は次のように述べた。「彼がかかわっていた証拠はどこにもなかった」
スペンスの死刑執行は明らかにテキサス州知事、ジョージ・W・ブッシュの目にとまらなかったようだ。なぜなら、ブッシュ知事は2月に、NBCのテレビ番組『Meet the Press』で、「テキサス州で私の監視下において死刑になった者は全員、起訴事実に対して有罪であったことは自信をもっていえる」と語っているからである。
バーモント州の民主党上院議員パトリック・リーヒーは、間違って死刑判決が下されることがないよう追加的保護を提供する法律を支援しており、イリノイ州で16年間死刑を待ち続けたアンソニー・ポーターを引き合いに出した。「ポーターの潔白は州が証明したのかって。とんでもない。彼の無実を証明したのは、彼の裁判を授業の課題に取り上げたノースウエスタン大学のジャーナリズム学部の学生だ。その結果釈放されたのだ」
刑事裁判制度が、死刑の判例においてこうもひどいとしたら、軽犯罪の裁判の場合はどうであるか想像してみて欲しい。間違って有罪判決を受けた無実の人が何千人いるか、また真犯人が警察の目を逃れ自由の身でいる例がどれほど多いか。
何人の無実の者が法律という名の下で人生を台無しにされ、命を奪われたのであろうか。ワシントンD.C.のメトロポリタン警察を例にとると、1990年にどこの大都市よりも人口当たり多くの人間がこの警察によって殺された。ワシントンポストは、8ヵ月間の調査の後、「警察の内部ファイルと裁判所の記録から、訓練や監督が不十分なまま街に送り出された警察官によって、無謀でかつ無差別な銃の撃ち合いが行われていることが見て取れた」と記している。
米国には警察と検察の不祥事と無能力が蔓延している。ロサンゼルスとイリノイの醜聞は我々を恐れさせ、またはそれを無視する者にとっては恥辱的な、複雑な病弊を呈する病んだ傷口なのである。
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米国囚人数が2百万人を突破
『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙
2000年2月16日
ジェシー・カッツ
足かせと手錠をかけられた、まだ無罪の彼らは薄暗いオーリンズ郡刑事地方裁判所に毎朝やってくる。そして夕方には、絶望的で愚かで、うな垂れた最低十人以上の集団が重罪判決を言い渡されて退出する。
ある法廷でドナルド・スミスは、スーパードームの近くで麻薬用のパイプを所持していたとして逮捕され、懲役30ヵ月を言い渡される。別室ではニューオリンズ警察の刑事、ノーバート・ゼノン Jr.が、恋人から暴力を受けた女性の傷を調べる際に身体を触ったとして懲役7ヵ月を言い渡された。その隣室では、強盗に入り警備員を殺害した罪で高校フットボールの花形であったブレーズ・フェルナンデスに対する死刑求刑を検事が言い渡す。
閉廷の前には、レネッタ・ウェルズが、麻薬販売未遂で最高15年の懲役を言い渡される。レネッタはフレンチクォーターのそばで近寄ってきた私服刑事に、10ドル分の麻薬を売ってくれる麻薬売人を探す手伝いをしたのである。
世界でもっとも囚人数の多い国の、最も厳格な州の最大都市の、最も暗いこの裁判所では、これが日常茶飯事である。米国では推定で200万人の男女が刑務所にいる。この投獄に代わる刑罰を支持する、ワシントンの司法政策研究所の発表によると、2月13日に200万人を突破し、その内訳は州刑務所に120万人、郡刑務所に64万5,000人、連邦刑務所に14万5,000人だという。200万人突破がいつの時点か特定することは不可能に近く、これは政治的効果を狙ったことであるのは明らかだが、囚人200万人の時代になったことを否定する者はいないし、過去10年間の囚人数の増加ぶりは米国でも初めてのことである。同研究所の理事、ヴィンセント・シラルディは、1990年代は史上最高の刑罰の時代だったといい、1990年代初頭の囚人数100万人ですでに過去最高に達しており、以来わずか10年で、それより前の90年間に匹敵する増加をみた。
米国司法省の最新データによれば、米国人10万人のうち461人は1年以上の懲役を受けている。囚人数最多のカリフォルニア州は、住民当たりの囚人数はほぼ全米平均に等しく住民10万人当たり483人であり、ルイジアナ州が736人で米国で最も多く、ある者にとっては不屈の姿勢の表れなら、他の者にとっては恥辱の印でしかない。
この異常な記録をこれほど早く達成した米国では、その原因について意見が大きく分かれるようだ。多くの者にとって犯罪率の低下は刑務所を擁護する理由となる一方で、リベラル派だけでなく、財政上の保守派や反政府独立派までもがその経済的、社会的なコストを疑問視し始めている。
新規の囚人の中では麻薬犯罪者の割合が最も大きいものの、麻薬戦争に勝ったと信じる者はほとんどいない。刑期は長くなっているし、人種格差が極めて大きく、黒人は白人より約7倍も投獄される確率が高い。多くの黒人が刑務所は現代の奴隷農園に等しいと見ている。犯罪率が下がり続ける中、治安強化を支持する政治家の中にさえ、納税者が払う年間400億ドルのもっと良い使い道があるのではないかと考え始めている者がいる。
「全員を刑務所に入れ、鍵を捨ててしまえばいいと思っている人がいることは、私もその1人だったので、知っている」とルイジアナ州上院議長ジョン・ヘインケルはいう。上院財政委員会がその会長の座をニューオリンズ共和党に取って代わられる以前はそうだったという。それから4年たった今、へインケルは、膨れ上がるルイジアナ州の刑務所関連予算が、同州の公立校改善を阻んでいるという結論に達した。そして、教育向上が犯罪防止につながると信じるヘインケルは「ミネソタ州が最高の大卒者率を誇るとともに最低の受刑者数なのは、なんら不思議ではない」と語る。
人種問題も絡み、犯罪者とは自分たちと異なる常軌を逸した別のグループだと暗黙のうちに決めつける要因となっている。米国の黒人人口の割合は13%だが、州、連邦の囚人のうち50%が黒人である。こうして囚人に人種の格差が広がったのは政府の麻薬撲滅キャンペーンが、特に若い黒人男性を対象にしたためである。ほとんどの人種がほぼ同じ割合で麻薬を消費し、米国の麻薬使用者の75%が白人であるにもかかわらず、麻薬関連の囚人総数の約75%は黒人で、これはおもに法執行の優先順位と資源の制約のためである。「麻薬の袋を持った黒人の子供の銅像を街角に建てるべきだ」とニューオリンズの公定弁護人ジョセフ・マイヤー Jr.はいい、犯罪地方裁判所の暗い廊下を歩きながら、それらの犯罪がなければ裁判所にいる裁判官の半分は必要ないという。
多くの評論家は米国の囚人の数が200万人を超えたのを機に、酒や煙草により多くの命が奪われている米国で麻薬だけを攻撃するのは破壊的で偽善的だと非難するだろう。2月13日には最低でも30の集会が全米で行われ、「刑務所産業複合体」は、刑務所が本来正すはずの、取り除くはずの悪と同じくらい有害だと攻撃した。
その中には連邦裁判官や学者、ウイリアム・F・バッカリー Jr.、ジョージ・ソロス、ニューメキシコの知事のグレイ・ジョンソンなど、昨年夏には麻薬の法制化を主張し始めた人々も含まれていた。
ルイジアナ州刑務所受入れおよび分類センターの所長も、刑務所産業がその利権を永続化しようとさえしなければ、電子モニターや気晴らしプログラムなど、より費用効率のよい代替方法によって囚人数を減らすことができると認めている。バトンルージュの近くで民営刑務所を経営するマーティ・レンシングは「刑務所を使って経済を活性化している。いい換えるとこれは産業なのだ」と語る。