Our WorldのNo. 381で紹介した『The Great American Deception』第2章で、著者のラビ・バトラは、米国の政府や報道機関、さらには政治献金や広告料で政府や報道機関を買収する大企業や富裕者、あるいは御用学者が描く豊かな米国のイメージとは裏腹に、いかに米国が大半の国民を失望させているかについて言及しました。
こうした米国の「宣伝広告担当者」たちは、米国の株価は高騰し失業率は低下、国家の生産性や国民1人当たりの生産高は増加していると吹聴しています。しかし、バトラは、米国が繁栄しているのであれば、なぜ好況下の企業が有能な熟練労働者を何千人も解雇しているのか、世界最大規模の経済を誇る米国がなぜ巨額の貿易赤字を抱えているのか、なぜ米国は第二次世界大戦で実質上崩壊した国々から何千億ドルもの借金をしているのか、といった疑問を投げかけています。
前回紹介したバトラの著書にあったように、80%の米国人労働者の税引き後実質賃金は、1972年から25%も低下しました。実質賃金の減少分を補うために、米国人は労働時間を増やしたり、家族の中の働き手を増やしたりしています。1950~1960年代には、家族のうち1人が働けば車も家も健康保険も学費もすべてを支払った上で、さらに所得の8%を貯蓄に回すことができました。しかし、それからわずか40年たった今、共働き家庭ですらこれらすべてを賄うことは、借金でもしない限り不可能です。これを繁栄と呼べるでしょうか。
バトラは、米国の衰退の原因が社会の積弊ともいえる税制の失策にあると見て、過去に遡って調べてみました。すると過去100年間、米国政府は外国製品に対する関税率を引き下げる一方で、それに起因する歳入の減少を補填するために、国内製品に対する税金(売上税)や貧困層や中流階級の所得税を引き上げていました。こうして税の負担は関税から所得税へ、そして社会保障税へと転嫁されてきました。これらは米国の繁栄あるいは社会安定のためだと国民をごまかして行われましたが、実際はすべて、富裕者をさらに富ませるためになされたことでした。
私は、バトラが社会の積弊と呼ぶものには2つの部分があると考えます。一つは、グローバル化あるいは自由貿易に対する米国の妄想あるいは盲目的な信奉が、自国内の輸入関税の引き下げにつながり、さらには他の諸国への同様な関税引き下げの強要となった。そしてその輸入関税引き下げ分を補填するために、米国と、米国の脅しに竦んだ、あるいは宣伝文句にだまされた国々が逆進税を適用したのです。今回は、ラビ・バトラの『The Great American Deception』より、この逆進税に関する分析をお送りします。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
逆進税
ラビ・バトラ著 『The Great American Deception』より
富裕者の所得税やキャピタルゲイン税を引き下げれば、貯蓄や投資、さらには経済成長が刺激されるという右派の経済学者や政治家の主張は間違っていると、バトラは述べている。以下に、彼の分析結果を紹介する。
【 所得税と貯蓄 】
米国で高所得者の税金を引き下げても貯蓄率は増えず、むしろその逆で、低所得者および中間所得者層に対する増税で貯蓄率は減少した。過去35年間、米国政府は最高所得階層の所得税率を91%から40%に引き下げたが、その間、米国の貯蓄率(税引き後の可処分所得に占める貯蓄の割合)は上昇するどころか低下している。
表1 最高所得税率と貯蓄率
年 最高所得税率 貯蓄率
1960 91% 7.0%
1965 70% 7.6%
1970 70% 8.4%
1975 70% 9.0%
1980 70% 8.2%
1985 50% 6.9%
1990 31% 5.0%
1995 40% 4.3%
出所: 『Historical Statistics of the United States: Colonial Times to 1970, Part 2』, U.S. Department of Commerce, 1975, P. 1095., 『Economic Report of the President』, 1996, The Council of Economic Advisers, Washington, DC, p. 310.
貯蓄率を低下させた真の原因は、1980年以降の社会保障税の急増である。社会保障税は所得階層の上下にかかわらず課税率が同じで、また一定の所得額までしか課せられないため、低所得者や中間所得者の負担が重くなる。つまり、その社会保障税の適用範囲の上限と同額の所得しか得ていない労働者は、その何倍もの報酬を得ている経営者に比べて、所得に占める社会保障税の割合がはるかに高くなるということだ。例えば、1980年に社会保障税率は6%で、適用される可処分所得の上限は26,000ドルであった。したがって、可処分所得が26,000ドルの労働者が支払う社会保障税は所得の6%であったのに対し、可処分所得260,000ドルの経営者が支払う社会保障税はわずか0.6%であった。1993年までに社会保障税の税率は8%に引き上げられ、適用される可処分所得の上限は58,000ドルになった。したがって、可処分所得58,000ドルの労働者は8%の社会保障税を払っているが、可処分所得580,000ドルの経営者の社会保障税はわずか0.8%である。表2は、社会保障税の負担が、いかに低所得者や中間所得階層に重く、高所得者に軽いものであるか、さらに1980年から1993年の社会保障税の増税幅がいかに高額所得者には小さく、低・中所得者層に大きかったかを示している。
表2 所得に占める社会保障税の割合
所得 所得に占める社会保障税の割合
1980年 1993年
$25,000 6% 18%
$50,000 3% 9%
$100,000 2% 4%
$200,000 1% 2%
$400,000 0% 1%
$800,000 0% 1%
$1,600,000 0% 0%
出所: 『Statistical Abstract of the United States』, Department of Commerce, Washington, DC.
税負担がこれだけ逆進的、つまり貧困層に厳しく富裕層に軽くなったことは、米国史上かつてなかった。これこそ米国の貯蓄率を大幅に引き下げた原因である。富裕層は全人口の約5%を占める少数派である。ただし彼らの所得はあまりに巨額であるため、税率にかかわらず、目標とする貯蓄を容易に行うことができる。したがって、いくら税率が下がったとしても、彼らの貯蓄率は上がらないのである。可処分所得が増えれば、ヴェブレンのいう誇示的消費、すなわち、金などの貴金属、芸術品、骨董品、ヨット、金融/商品投機など、富や地位を誇示するための消費が増えるだけなのである。
【 所得税と投資 】
高額所得者層の所得税率を引き下げても、米国の投資の増加にはつながらない。むしろそれとはまったく逆の結果になる。低所得層および中間所得層の所得税増税が、表3に示すように、投資を減退させるからである。
表3 GDPに占める投資の割合
年 GDPに占める投資の割合
1980 12.6%
1985 12.0%
1990 10.0%
1995 10.2%
出所: 『Economic Report of the President』, 1996, The Council of Economic Advisers, Washington, DC, p. 280.
【 税率と労働意欲 】
右派の経済学者や政治家は、高所得者への減税が、富裕者の労働意欲を掻き立てると主張するものの、低所得者および中間所得者層への増税が、労働力の大半を占める人々の労働意欲の喪失につながることについてはまったく言及していない。バトラはそれがいかに愚かなことかを指摘する。
【 法人税と投資 】
バトラは、企業収益に対する課税は投資の決定に影響を与えない、したがって企業収益への課税を減税しても企業の投資を刺激することにはならないと主張する。企業収益への課税を増税すれば株主配当は減るかもしれないが投資には影響しない。なぜなら投資額以上の利益をもたらす需要が存在すれば、たとえ借金をしてでも企業は投資を行うからである。
この主張の正当性は、米国の過去の推移からも明らかである。所得税と法人税の合計に占める法人税収の割合が1950年以降、劇的に減っているにもかかわらず、GDPに占める投資の割合はほぼ一定である。米国では法人税を減税しても企業の投資は増えなかった。つまり、1950年以降、米国企業に対して行った減税はまったくの無駄であったということだ。
表4 GDPに占める投資の割合と所得税と法人税の合計に占める法人税の割合
年 GDPに占める 所得税と法人税の合計
投資の割合 に占める法人税の割合
1950 10% 26%
1955 10% 27%
1960 9% 23%
1965 10% 22%
1970 10% 17%
1975 10% 15%
1980 13% 13%
1985 12% 8%
1990 10% 9%
1995 10% 12%
出所: 『Economic Report of the President』, 1987, The Council of Economic Advisers, Washington, DC.
【 所得税と経済成長 】
バトラは、高所得者層に対する税率が高い時の方が、米国の経済成長率が高くなっている実態を表5で示している。
表5 年間GDP成長率平均と最高額所得者層の所得税率の平均
年代 年間GDP成長率
平均 最高額所得者層の
所得税率の平均
1950年代 4.0% 89%
1960年代 4.4% 80%
1970年代 3.2% 70%
1980年代 2.8% 39%
1990年代 1.7% 35%
出所: 『Economic Report of the President』, 1987, The Council of Economic Advisers, Washington, DC, 『Historical Statistics of the United States: Colonial Times to 1970』, U.S. Department of Commerce, 1975, 『Statistical Abstract of the United States』, Department of Commerce, Washington, DC.
低所得者層の社会保障税負担が3倍増、中間所得者層の負担が2倍になった1980年以降、経済成長率は劇的に低下している。
【 累進税 対 逆進税 】
累進課税が経済成長を押し上げ、逆進税がそれを悪化させるのはなぜか。先進的な市場経済では、需要が生産活動の中心に位置する。投資、収益、生産高、雇用、連邦予算などすべてが、全需要の3分の2以上を占める消費者支出に左右される。雇用主がすべてを支配する資本主義においては、最近の米国の傾向がそうであるように、最上位の所得階層の所得上昇率は、最下位層のそれを上回る傾向にある。しかし、富裕者の所得に占める消費の割合は、貧困者に比べてはるかに少ないため、消費支出、すなわち需要はそれほど増加せず、一般に、需要が生産増に追いつかない結果になる。換言すると、貧富の差が拡大しているがために、需要が供給に追いつかない。その結果、生産を需要に合わせて引き下げなければならなくなり、当然、成長は鈍化する。
いかなる経済においても、資金の循環は必要不可欠である。資金が富裕者の銀行口座や投機活動に留まっていれば需要は不足する。
貧困者はわずかな所得しかないために、すべての所得を使い切る。また、中間所得層は、所得のごく一部を貯蓄し、富裕者はそれよりもはるかに多くの金額を貯蓄に回す。したがって、富裕者の貯蓄が銀行に預金されたままであったり、使われたとしてもそれが金融投機を対象としていれば、富裕者の家庭から生産者に資金が流れなくなり、資金の循環が止まってしまう。この資金循環の停止こそ不況や大恐慌の原因である。
累進税は富裕者の遊休資金を吸い上げ、それを公的支出に使うことを狙ったものである。政府の需要が、富裕者の貯蓄や投資の結果生じる需要の減少分を補うことになる。その理由から、税金が累進的であった時の方が、世界では経済が円滑に運営され、成長率も高かったのである。G7諸国やスペイン、オーストラリアなどの先進国では、税金が逆進的になってから経済成長が鈍化したとバトラは指摘している。
◆◇◆◇◆ 著者(ラビ・バトラ)紹介 ◆◇◆◇◆
インド・パンジャブ生まれ。経済学者。デリー大学卒業後、1969年米国に渡り、サザン・イリノイ 大学で経済博士号を取得。現在、ダラスのサザン・メソジスト大学教授。1978年に著し世界的ベストセラーとなった『The Downfallof Capitalism and Communism』 では、当時、すでに共産主義の崩壊を予言。その後も次々に国際貿易や株式市場に関しての予測を 的中させ、名声を博している。
『1990年の大恐慌』、『貿易は国を滅ぼす』、『1995~2010世界大恐慌』、『ラビ・バトラの世紀末予言』など、著書多数。日本でのみ出版された『JAPAN 繁栄への回帰』では日本経済への処方箋として5ヵ年計画が提示されている。