今回は、規制緩和や民営化、市場の自由化を世界に強要してきた米国政府の統一見解に対して、それが所得格差や貧富の差を考慮していないというばかりではなく、むしろ拡大させているという分析を取り上げた記事をお送りします。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
ワシントン・コンセンサスに対する反論
『ジャパン・タイムズ』紙 2000年2月16日
ブラッド・グロスマン
我々は類いまれな豊かさの時代に生きている。これだけ多くの人が豊かな生活を享受したことは、人類史上かつてなかった。正統派経済の主唱者は、この豊かさは市場資本主義の浸透によるものだと説いている。貧困は根強く残っているが、正しい政策さえとっていれば、時間とともに富が分配されることになるという一般通念は消えない。また、正統派経済学の専門家によれば、マクロ経済の安定、市場の自由化、民営化と市場機能に基づいた解決策による公益の提供、さらには貿易、直接投資、証券投資に対する規制緩和こそ、正しい政策だとされる。
これら一連の政策は、米国政府(後から加わった人も含め)およびワシントンに本拠を置く国際金融機関によって擁護されていることから、「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれている。戦後の公共政策のほとんどが、このコンセンサスによって導かれ、目を見張る成果を上げた。先進工業国のすべてがこれで豊かになり、そのほとんどが終戦直後の荒廃からは考えられないほどの発展ぶりを示している。
しかし、アジア金融危機の直後、これらのワシントン発の政策指針の実行可能性を疑問視する声が高まった。その批判の多くは各国固有の歴史や経済状況を無視し、すべての国に同じ政策を一様に適用するというやり方に集中した。
その後、「ワシントン・コンセンサス」に対して挙げられている不満は、それが国全体に向けられているため、政府に、貧富の差についてもっともらしい言い訳を許し、富の創造に注力することを可能にさせているというものである。それを可能にしているのは、貧富の差と経済成長が必ずしも密接に結びついてはいないこと、そして満ち潮によってすべての船が押し上げられるという信念である。
しかし残念ながら、すべての船(国民)が押し上げられるどころか、実際には貧富の差は拡大し続けている。確かに1960年までは、富の増加は国民の間で広く共有されていたが、1960年以降はそれが見られない。昨年、国連人間開発報告書は、世界人口の最上位20%の所得階層と、最下位20%の所得階層の所得格差は、国民1人当たりの平均国民所得で比べると、1960年の30倍から1997年の74倍に増加している。恐ろしいほどの格差である。世界人口の20%が住む最も豊かな国々は、全世界のGDPの86%、輸出の82%、対外直接投資の68%を占めている。一方、同じ世界人口の20%が住む最貧国がそれぞれに占める割合は1%に過ぎない。さらに各国間、あるいは国内における所得格差も拡大している。国連大学世界開発経済研究所の所長、ジオバニ・アンドレア・コルニア氏は最近のインタビューで、「トリクルダウン理論(政府資金を大企業に流入させるとそれが中小企業と消費者に及び景気を刺激するという理論)は自動的に起こるものではない。高い成長を達成しながらも、貧困を減らす力には限界がある」と述べている。
国連大学世界開発経済研究所は国連開発計画との協力により、所得格差に関する世界最大のデータベースを構築した。そのデータ分析から明らかになった内容は好ましいものではなかった。77ヵ国中45ヵ国では所得格差が拡大しており、残りのうち4ヵ国で長年の所得格差の縮小傾向が止まっているという。
これらの結果を人口と購買力平価のGDPから見ると、所得格差が拡大、あるいは格差縮小が停止した国は、調査対象77ヵ国の人口の79%を占め、購買力平価のGDP合計の77%を占める。
ワシントン・コンセンサスに対する3つ目の反論は、それが所得格差や貧富の差の影響をまったく考慮していないばかりでなく、むしろそれを拡大させる政策を提唱している点である。コルニア氏は、IMFが強要する政策は貧困者に特に重くのしかかると述べている。「過剰なデフレ政策およびそれに付随する公共支出の削減は、貧困者がこの状況へ対応するのが最も困難であるにもかかわらず、教育や保健など生産性向上のための人的資本投資の削減につながることが多かった」
貿易の自由化も同様に、恵まれない人々を犠牲にする。一般通念とは異なり、資本は賃金や事業基盤が最も安いところには流れない。もし流れるとすれば、アフリカが好景気に沸くはずである。技術や資本は、それを最も効率的に使いこなせる人々が存在するところに流れる。「これによって結果的には熟練労働者の収入が増加し、読み書きはできても未熟な地元労働者に対する需要を減少させることになる。事実、最近の南アメリカの貿易自由化は、賃金格差の拡大をもたらしている」とコルニア氏は述べる。
金融の規制緩和は、資金源を持つ新しいタイプの不労所得生活者を生み出し、債券所有者へ所得を移動させることになった。一般に、民営化で国有資産を購入できるのは富裕者だけであるため、ロシアの例に見られるように、富裕者を利することになる。
最後に、ワシントン・コンセンサスは、所得の再分配は、国家や政府が行うべきことではないという前提に基づいているとコルニア氏は指摘する。政府は公平な競争基盤を築くべきだが、その後は経済にまったく介入すべきではないという考え方に基づく。市民運動が活発な先進国であればこうした考え方にも意味があるが、縁故に恵まれた無節操な個人が制度を悪用するのを防ぐためのいわゆる「抑制と均衡」の機能がない国では、破滅を招く処方箋となる。
空前の好景気の中、貧困と飢餓が増加すれば、良心も痛む。しかし、自由放任主義者はその良心の呵責から眠れない夜を過ごすだけでなく、さらに重要な問題を抱えている。それはたとえ無慈悲な人であっても懸念すべきことである。昨年、国連事務総長のコフィー・アナン氏は国連大学世界開発経済研究所の研究結果を引いて、戦争状態にある国は一般的に、国内の貧富の差にも苦しめられていると述べた。「貧困そのものよりも、むしろ貧富の差の方が重要な要因だと思われる。貧富の差は、人種、宗教、国籍、階級に基づいているかもしれないが、その貧富の差が政治権力へのアクセスの格差につながり、それが平和的変化を阻む原因になることがあまりにも多い」
コルニア氏は、貧富の差がいかに社会不安を生み出すかを説明した。「社会の安定が保たれなければ、人は仕事がある場所へと移って行くため、大都市はスラム化する。それにより都市の過密に付随するあらゆる問題が発生し、貧富の差も拡大する」
経済学者はこう語るが、それは、船一杯の移民が仕事を求めて米国に不法侵入するということである。具体的には、移住を求める人々は組織犯罪グループに金を渡し、それが腐敗の増加を招き、政府はそれを防ぐために予算を割かなければならなくなる。そうした貧困者を隔離するために予算を使えば、結果的には、より生産的な目的のために使われるはずの費用が削られることになる。
政治家は貧富の差の拡大がもたらす脅威に気づき始めている。時代思潮の最適な指標を求めた、ダボスで開催された世界経済フォーラムでは、貧富の格差がもたらす脅威が議論の中心となった。しかし、国連大学世界開発経済研究所の研究結果は、従来からの問題が新たに関心を集めただけでは不十分であることを示唆している。むしろ、過去数十年間にわたり政策の指針となってきた基本的な前提を再考すべきである。しかし、意思決定者がワシントン・コンセンサスを採用してこれまで非常にうまくやって来られたため、その再考はかなり困難であろう。