前回に引き続き今回も、イギリスの『エコノミック・ジャーナル』誌に掲載されたウォリック大学の教授、キース・カウリングとフィリップ・トムリンソンの論文の抜粋をお送りします。二人は日本の10年間におよぶ経済の低迷および将来の不確実性の原因が、日本の多国籍企業の活動にあると分析しています。1980年代初めから本格化した日本の大企業の海外移転により、日本経済にとって極めて重要な中小企業部門への新規投資と下請け注文が枯渇し、その結果、この部門に壊滅的な影響がもたらされたと主張しています。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
日本経済の低迷の原因は大企業の
海外生産移転にある(後編)
『エコノミック・ジャーナル』誌 2000年6月号
キース・カウリング/フィリップ・トムリンソン
【 日本の戦略的失敗 】
市場の自由化が進むと、日本の大企業は政府の統制から離れて自社の戦略的利益を自由に追求することができるようになった。1981~1995年の間に、日本の多国籍企業は海外現地法人に4,700億ドル以上を投資した。これによって日本の累積海外資本ストックは実質値で1981年から4倍も増加した。さらに同時期の日本の対外直接投資の年間平均成長率は22%で、G7諸国の中で最高の伸びを示した。
このような成り行きは日本の大企業には利益をもたらしたかもしれないが、日本の国内産業には深刻な打撃を与えた。特に現地生産の増加は日本の産業空洞化を悪化させ、それが長期的な経済的衰退と停滞をもたらすかもしれない。日本の多国籍企業に生産拠点の移転をほぼ無制限に行わせたことは、日本経済の大きな戦略的失敗であったと見られる。
【 国内投資から海外へ 】
対外直接投資の増加により日本の工業地域への投資が海外に向けられ、結果として将来的な国内産業の成長と発展の可能性は縮小した。通産省は、かなり多くの日本企業が、東アジアなどの海外生産拠点への投資を増やしていることから、その分国内投資が犠牲になるのではないかとの懸念を強めた。通産省は、海外生産拠点が魅力的である主な理由は、賃金と原材料費の低さにあるとしている。
【 海外調達の増加 】
日本の多国籍企業が投資を国内から海外子会社へ移すということは、国内に比べて海外の生産能力が高まることを意味する。その結果、世界規模で生産している日本企業の生産量が大きく増加すると見られる。通産省の調査結果によれば、この影響はすでに出ており、急激な増加傾向にある。
表3は、国内生産に比べた海外生産の割合は、製造業全体および業種別の双方において、絶対値でも成長率でも増加傾向にあることを示している。海外生産の増加傾向について、ドイツと米国との比較も掲載している。
表3 日本の製造業の海外生産の増加
業種/国名 1985 1992 1993 1994 1995 1996 1997
各国の全製造業の海外生産の増加(1985年を100とする)
日本 100 206.7 246.7 286.7 300 386.7 433.3*
米国 100 156.6 150.6 156.6 172.9 —
ドイツ 100 109.6 128.3 138.5 141.6 —
海外生産比率(海外現地法人の売上/国内企業の売上):製造部門
化学 — 4.8 7.0 8.1 8.3 10.0
電気機械 — 10.8 12.6 15.0 16.8 19.7
工業機械 — 4.1 5.8 8.l 8.l 11.7
精密機械 — 3.6 5.6 6.0 6.6 8.6
鉄鋼 — 5.0 6.3 5.4 9.2 12.1
繊維 — 2.3 3.2 4.0 3.5 7.6
運送機械 — 17.5 17.3 20.3 20.6 24.9
全製造業 3.0 6.2 7.4 8.6 9.1 11.6 13.0*
日本の多国籍企業 8.7 17.3 18.3 22.0 25.1 27.5
日本の製造業の海外現地法人従業員数
人数(百万人) 1.1 1.5 1.8 1.8 2.2
国内の従業員数に 7.2 10.8 12.0 12.8 17.2
占める割合(%)
*注) 1997年は通産省推定値
出所: 通産省『第27回海外事業活動動向調査』 (1998)
表3からまずいえることは、日本の多国籍企業は全製造分野において海外生産が増加しているということだ。1985年以降、日本の製造業が海外で生産する割合は4倍以上に増加している。1985~1994年の日本の海外生産の増加率は、ドイツおよび米国の2倍である。業種別に見ると、1992年から1996年では、化学、工業機械、鉄鋼、精密機械における海外生産比率は、2倍以上になっている。また海外生産比率が最も高い製造分野は、電気機械(19.7%)および輸送機械(24.9%)である。
これらの業種を細かく見ると、現地生産比率がさらに高い分野もある。特に日本のエレクトロニクス産業では、日本の海外現地法人の生産はすべての家電製品において国内生産量を上回っている。現地生産の増加こそ、日本の家電分野が衰退している主な原因である。この分野の国内と海外を合わせた日本企業の生産量は現在、過去最高に達しているにもかかわらず、国内生産は、1980年代半ばのピーク時の半分以下になっている。これについてはテレビが最も良い例である。1978年、海外現地法人のテレビ生産台数は320万台であり、これは日本企業の国内外すべてのテレビ生産台数の3分の1に相当した。1988年には、国内と海外の生産比率は50対50に達した。1996年には、海外現地法人は過去最高の4,050万台のカラーテレビを生産するようになり、国内の生産台数の6倍以上に達した。同じ年、日本国内のテレビ生産台数は、1985年の40%に下がっている。VTRの生産も同じパターンを辿っている。
日本が伝統的に強かった自動車産業でも状況はほぼ同じである。1990年以降、世界の自動車の生産台数は3.2%増加したにもかかわらず、日本の自動車生産台数は25%も減少した。しかし、日本の大手自動車メーカーの海外における市場占有率は依然として高く、海外拠点を増やしてさらなる国際展開を図っていることを示している。特にトヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業の3社は、中期予測として、将来、海外の生産台数が国内を上回るだろうとしていた。実際、日本からの自動車輸出台数は、1985年以降、一貫して減少し、1995年には初めて、海外現地法人の生産台数および売上は、国内の自動車輸出台数および輸出額を上回った。
家電と自動車産業は、輸出に代わって海外生産が増加している2つの例だが、一方で日本の国内市場では徐々に日本企業の海外現地法人、特に東アジアで生産されたものが数多く供給されるようになってきた。こうした傾向が続けば、ハイテクやコンピュータ研究などの高付加価値産業でも海外調達が始まるのは時間の問題である。事実、1996年に行われた調査によれば、2001年までに、低付加価値製品の海外生産比率は2001年までに30%増えると予測されたのに対し、利益率の高い高付加価値製品分野ではそれが150%も増加すると見られている。
【 系列から孤立する中小企業 】
日本企業の海外生産増加が及ぼした影響の一つが、大企業とその系列企業との間に見られた伝統的なつながりの弱体化である。多国籍企業は国際展開により海外拠点を増やし、今や部品供給先のサプライチェーンも世界規模で拡大することができるようになった。事実1996年に、日本の海外現地法人が日本から調達した中間部品は37%に過ぎず、1986年の55%に比べて大きく減少している。日本からの部品調達の減少はある程度、EUなどの超国家的組織による、各地域の貿易圏で生産される最終商品で使われる中間部品に対する現地生産や現地調達の義務付けのためだと考えられる。しかし、それは東アジア諸国からの海外調達の増加が著しい一方で、日本国内の系列企業からの調達を犠牲にしてなされたことなのである。
系列の下請け企業が需要危機に直面していることが、財団法人中小企業総合研究機構の調査結果から明らかになっている。この調査の主な結論として、1991年と1996年を比べると、通常、大企業から系列の下請けに対して行われる注文量が大幅に減少している。注文の減少に加えて、日本の系列企業はさらに、大企業との交渉関係において弱い立場に置かれている。日本の多国籍企業は現在、世界的な部品供給網を張り巡らしているため、系列の下請け企業から供給される中間製品やサービスに対し、価格引き下げ圧力を持つ。加えて系列では下請けと大会社とは上下関係にあるため、下請企業は取引企業向けに特化した製品の製造を強いられ、新しい市場や取引相手を開拓するために多様な製品を扱う自由は与えられていない。
1990年代に日本の中小企業の業績が急激に低下したのは、主にこれらの要因が組み合わさった結果である。業績低下の特徴として顕著なのが低収益率であり、日本の中小企業の長期的な生存能力が懸念される。表4は、1980年以降の3期間における、日本の中小企業の粗利益率と資本収益率を示している。この数値から、1992~1997年には、粗利益率と資本収益率の両方が、1980年のレベルから大幅に下がっていることが明らかである。この大幅な減少は、製造業の中小企業の大半に影響を与えたが、中でも、表3で示した海外生産比率の急増を見た分野で顕著である。
表4 日本の中小企業の業績
全製造業 工業機械 電気機械 運送機械
粗利益率(%)
1980-85 2.5 3.8 2.8 2.3
1986-91 3.5 4.2 3.7 3.3
1992-97 1.6 0.9 1.4 1.5
資本収益率(%)
1980-85 5.4 6.3 6.3 5.0
1986-91 5.6 6.0 6.3 5.5
1992-97 3.2 2.7 3.4 3.3
出所: 『日本統計年鑑』
海外調達の増加は系列企業への需要を危機的なレベルにまで下げ、日本の中小企業を系列から切り離し、長期債務返済のための売上確保を極めて困難にした。そして1991年以降、中小企業の破綻と倒産件数が過去最高記録を次々に更新していった。米国とイギリスなどの先進国では中小企業の活動が活発化した1991~1995年に、日本の中小企業の数は10%も減少している。
現地生産への切り換えは、日本の産業にありがたくない構造変革を促し、空洞化の進行を早め、特に、かつて日本の産業構造の主要な特徴であった、系列の伝統的役割は縮小しつつある。このことは、ルノーから派遣された日産自動車のチーフオペレーティングオフィサーのカルロス・ゴーン氏の言葉に明らかである。日産自動車の将来計画に触れたゴーン氏は、「系列関係の維持、つまり系列会社との株式の持ち合いや生産分業、人や技術の共有などの継続は望んでいない。問題は部品供給業者が信頼のおける方法で、日産に対し20%のコスト削減を果たせるかどうかだけである」と語っている。
中小企業の孤立化により、産業系列ネットワークの規模も数も加速度的に減少している。例えば、かつて大田区は系列向けに特化した生産ネットワークから成る大規模な工業地域であったが、受注が維持できず、あるいは垂直の供給網を維持するために受注先を追って自ら海外移転する中小企業が跡を絶たず、この地域の産業活動は激減した。現在、大田区では、完全に系列ネットワークが消滅し、地域の活力が衰え、長期的な不況を危惧している。
【 標準的なマクロ経済 】
日本の多国籍企業の生産拡大は、日本のマクロ経済に短期、長期両方の影響をもたらすだろう。海外調達が増えれば、国内生産が減少すると同時に製造業の雇用が奪われることになる。長期的には、系列関係の消滅と高付加価値活動の海外移転に伴い、要素生産性(資本や労働などの生産性)の増加率が減り、国際競争力も衰えるであろう。
日本の景気低迷と多国籍企業の活動の間に相関関係があることは、通産省の調査結果も裏付けている。通産省の調査は、海外生産比率と、海外生産が貿易収支に与える影響を予測するものである。さらに通産省は、日本の国内生産と雇用に与える影響の試算も発表している。その試算では、現地調達のプラスとマイナスの両方の効果が考慮されている。すなわち、日本からの資本財や中間製品の調達などによって日本からの輸出が誘発されるというプラスの効果と、予測される現地の輸出代替(伝統的な第一次産品の輸出から非伝統的な工業製品輸出、つまり原材料そのものからそれらを加工した輸出へと変化すること)と現地から日本への逆輸入によるマイナスの効果である。
表5は、海外生産が日本の国内経済に与えるマイナス効果の増加傾向を1992年から示したのもである。海外現地法人から日本への逆輸入の増加が特に懸念される。1996年、日本の輸入の80%がアジアからであり、全輸入のうち11.2%が海外現地法人からの逆輸入であった。日本企業の海外生産が日本に悪影響を与えていることは、日本の慢性的な貿易赤字が名目と実質の両方の数値で、最近一貫して減少していることからも明らかである。それが、日本の国内生産の低迷につながっているのである。
海外生産が国内生産を圧迫していることは、日本の雇用政策にも影響を与える。1992年以降、日本の失業率は2倍以上に増え5.0%に達したが、終身雇用などの日本の伝統的雇用制度がグローバル経済下では維持不可能だと考えられ始めていることから、失業率は今後さらに上昇すると見られる。
表5 海外事業活動が国内生産に与える影響
1991年 1.2兆円
1992年 1.3兆円
1993年 -0.6兆円
1994年 -2.0兆円
1995年 -1.2兆円
1996年 -6.0兆円
出所: 通産省『第27回海外事業活動動向調査』 (1998)
通産省の試算によれば、1990年代に、海外調達が日本国内に与える影響はますます拡大している。1992~1996年に、日本の製造業の雇用者数は100万人以上減少し(約10%の減少)、一方で製造業の海外現地法人で雇用される従業員数は倍以上に増え、222万人に達した。これは日本の労働力の17.2%に相当する。さらに、通産省は、2001年までに、日本の海外生産はさらに増加し、国内の製造業の雇用をさらに125万人削減し、GDPの成長を年間0.66%押し下げると予測している。
表6 海外事業活動が国内雇用に与える影響
1991年 66,000人
1992年 68,000人
1993年 -6,000人
1994年 -82,000人
1995年 -32,000人
1996年 -226,000人
出所: 通産省『第27回海外事業活動動向調査』 (1998)
しかし、長期にわたり日本の景気回復および製造業の雇用増に対する期待を打ち砕くのは、中小企業の孤立化と倒産である。系列ネットワークに基づく製造活動の減少は、国内および国際的競争力の上昇や経済成長につながる集積の経済(企業や産業の集中立地に起因する個別企業の利益)やそれに付随する収益増を復活させるという日本の国内産業の潜在能力を押し下げることになる。事実、日本の集積効果の有効な指標である要素生産性の成長率は、1980年末期より、すべての製造分野で減少している。
最後に、海外現地生産への切り換えがまだまだ増加傾向にあることを考えると、日本経済の空洞化の影響はこれからさらに拡大する可能性が高い。この現地生産への切り替えは、製造部門だけではなく、サービス分野にも影響をもたらす。日本の多国籍企業の動きに隠れているが、設計、研究開発、金融サービスといったサービス部門の活動も、海外に移転されている。この動きは、製造業ほどまだ活発化していないが、将来、大きな影響を与えることが予測される。その結果、日本の失業率および倒産は恐らく現在よりもさらに増え、日本経済の長期的な発展プロセスは、低いレベルでかつ安定性を欠いたものになる可能性が高い。
【 結論 】
多国籍企業の利益開拓に集中した開発政策は、いずれ問題を起こして失敗に終わるであろう。国家が企業戦略の形成に一役買うことで社会全体の利益を守る行動をとれば、この種の開発アプローチも経済的成功につながるかもしれないが、その成功が継続することはあり得ない。日本の現在の低迷は、主に日本の多国籍企業の活動により引き起こされた構造変化を反映したものである。貨幣や金融の要因、さらにはそれに関係した外貨の移動が、日本経済に影響を与えていることも考えられる。日本の制度や意思決定にも、この危機を浸透、拡大させる上で大きな役割を果たしている特徴が多々あることは間違いない。しかし、これらの基盤にあるのは、日本の多国籍企業の生産活動による構造変化であることを忘れてはならない。
日本社会の戦略的な意思決定は、政府ではなく日本企業の支配層に移っている。彼らが社会の広範な利益を満たす意思決定を行うことはあり得ない。社会の利益を考えるようにさせるためには、日本はその根本にある問題を直視し、大企業寄りではなく、広範な公益を満たす意思決定を生む構造に社会を変える必要がある。そのためには、ネットワークで結ばれた強力な中小企業の基盤を作ることが重要であろう。それを持続させるためには、産業地域のようなくくりの中で中小企業のネットワークを発展させる必要があるだろう。さらに地元の公的な下部基盤により、企業ネットワーク全体を支えるための研究開発設備の開発も必要になる。そして同種類のネットワークごとにまとめ、国内にとどまらず他の国の企業ネットワークと統合することも考えられる。このようにすれば、大企業中心の現在の多国籍化経済とは違った形で、多国籍経済を発展させることができるであろう。