No.402 日本経済の繁栄を取り戻すためには、富裕者への増税が必要である

Our World No.381~383ではラビ・バトラの著書『The Great American Deception』より、米国労働者の実質賃金が1972年以降25%も減少した原因は、米国の税制にあるとする分析を紹介しました。バトラは米国の税制を過去にさかのぼって分析し、外国製品に対する関税が引き下げられる一方で、貧困層の税負担が増加していった実態を統計数値によって実証しました。今回はこのバトラの分析に対するニューヨーク在住のエコノミスト、マイケル・ハドソンの見解をお送りします。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

日本経済の繁栄を取り戻すためには、
富裕者への増税が必要である

 
マイケル・ハドソン

 Our Worldシリーズで紹介されたラビ・バトラ氏の視点は、いかにして税制を公平なものにするかを読者に考えさせるものだった。バトラ氏の主張は主に米国の読者を念頭に置いたものだが、様々な仮定に基づく彼の広い視野は、日本の読者にも、日本経済を発展、繁栄させるためにどのような税制が最適かを考えるきっかけになったのではないかと考える。ここでは、税制政策の選択肢をさらに広げ、バトラ氏が提案した解決策の不足部分を補いたいと考える。

 米国の既存税制がいかに不公平で経済的に無駄が多いかを示した点において、バトラ氏の分析は卓越している。日本にいたっては、新規投資、雇用、生活水準を押し上げるような税制を採用するのではなく、ただ単に米国の税制を真似ているに過ぎない。日本の政治家の中には、米国の税制を真似ることこそ日本経済を豊かにする方法だと信じている者もいるようである。結局、米国は世界第一位の経済大国であり、共産主義を破り冷戦を勝ち抜いた今、揺るぎない世界経済を支配しているのは米国であるというのがその理由だ。米国の政府高官や外交官は、米国のように豊かになりたいのであれば米国の税制を真似るべきだと、ロシアの改革者や日本の自民党の政治家にアドバイスしている。こうした言い分のどこが理論的に間違っているのであろうか。

 まず米国の税制は、従業員どころか雇用者をも優遇していない。国内における産業の育成や製造業が停滞し、脱工業化が進んだのは税制が原因である。米国人にとって「脱工業化経済」という言葉は快く、ニューエコノミーの成功の印と捉えられている。脱工業化とは労働、特に輸出製品や国内向け工業製品製造のための肉体労働が必要なくなることを意味するからである。しかし米国が脱工業化のサービス経済に入る一方で、米国の貿易赤字は増加の一途をたどり、他の国に労働を押し付けている。

 米国が脱工業化の豊かな経済を享受していると考える向きは、「豊か」という言葉の意味を履き違えているだけかもしれない。英語で「豊か」(affluence)とは「流入」を意味する。米国には主にアジアからの輸入品が自由に流れ込むと同時に、資金も自由に流入している。日本、中国、その他の近隣国が輸出で稼ぎ出したドルが中央銀行に外貨準備として積み上げられているが、このドルの使い道は1つしかなく、それは米国の財務省証券、すなわち米国政府の借用証書を購入する、すなわち米国政府にドルを貸し付けることだけである。

 つまり、こうした製品や資金のよどみない流れ、国際的な施しともいえるものを享受している国は、ドルが基軸通貨の米国だけであり、いかなる国もこの米国のやり方を真似ることはできない。したがって重要なのは、米国の経済政策や税制の中に、日本や他の国が模倣するに値するものがあるかどうかを見極めることである。

 バトラ氏は、決して真似てはならない米国の政策は、財政政策だと指摘している。米国の税制は公平でないばかりか、経済が成長する力を阻害する。なぜなら米国の税制が最も優遇するのは富を所有する人々、すなわち相続という「伝統的な」方法で富を獲得した既得権益者である。米国で金持ちになる最も一般的な方法は、何もせず単に富を相続することなのである。この世に「ただ」などというものは存在しないと、大企業に雇われた米国の経済学者たちは盛んに主張するが、富裕者が何もせずにさらに富んでいくというのが、豊かな米国を特徴づける顕著な現象である。

 相続、金利や家賃収入など、労せず手にできる受動的な富は、工場建設や研究開発を通じて雇用を増やしたり生産量の増加で得る利益とは対照的に、ほとんど課税されない。金融投機や不動産への課税率引き下げにつれて、労働者に税負担が転嫁されているのである。

 米国で最も不公平な税金は、給与から源泉徴収される社会保障税である。バトラ氏はその著書で、社会保障税が最低給与しか得られない雇用者に特に重くのしかかる一方で、最も裕福な役人や上級管理職が支払う社会保障税は所得に対する割合が最低であると指摘した。加えて、生活費以上の収入を稼げる従業員は、非課税の年金プランに所得の多くを投じることで課税所得額を減らすことが可能である。

 このように米国の税制政策は、1930年代から1970年代の間にまったく正反対のものに変わっていった。どの国でも富裕層は貧困層よりも多くの税金を支払うことが期待されていた。しかし、レーガン大統領が新しい階級政治を開始し、さらにそれをイギリスのサッチャー政権が真似てから貧困層の税負担が重くなった。裕福な家庭が自分たちの税負担を貧困層に転嫁しているからである。

 米国では1970年代以降、その税制によって不動産開発や金融バブルを通じて最も受動的かつ寄生的な方法で金持ちになることが奨励され、逆に就労や企業への直接投資で所得を得ることが抑制されてきた。米国では、不動産業界はほとんど税金を払っておらず、石油・ガス、その他の鉱業、森林、さらには金融、保険などの業界も同様である。米国では鉱物や燃料などの天然資源を使うビジネスに税金はかからない。しかしどの古代社会においても、政府の歳出を賄うため、自然の恵みは公的所有物として扱われ国家の世襲財産とされてきた。しかし現在は、こうした公的費用は、労働者が負担しなければならない。

 米国は現在、悪名高きプラザ合意の後1980年代後半に日本が経験した、金融や不動産のバブルに直面している。資産価値の上昇であるキャピタルゲインに対する税金は、就労利益に対する税金に比べてはるかに税率が低く、地価や株価が高騰すればするほど、新しい工場や他の生産設備の建設、長期の研究開発には資金を注ぎ込まない方が賢明という状況になる。今日、金儲けの方法として好まれるのは、資産や株を購入してその価値が上昇するのをじっと待つことである。労働者を雇うよりも数倍多い利益をしかも短期間に獲得することができるからである。

 さらに重要なことは、米国の大企業の経営者が、国内の労働者を解雇する一方で海外の労働者を雇い、海外生産を増やしているという事実である。この結果、ますます多くの米国人労働者がコンサルタントなどの案件単位で働くことを余儀なくされ、仕事の長期的保証も、医療保険、年金プラン加入の権利も与えられない。さらに、相続ではなく労働によって所得を得なければならない人々にとって、住宅の値段はますます手が届かないものになっている。

 米国の税制がいかに不公平であるかについてのバトラ氏の診断はすばらしいが、彼の提案は現代のものというより19世紀を彷彿とさせる。彼は、輸入品に高関税をかけることにより、昔の工業化時代のやり方に戻ることを米国に提唱している。実際に米国がこの方法をとれば、日本、中国、その他の輸出国からの関税収入によって米国政府の支出は賄われるだろう。

 しかしこれは、過去半世紀の間に形成された世界貿易の規則をすべて覆すことになる。今日、ある国が関税を大幅に上げれば、世界貿易機構(WTO)の規則のもとで、相手国は報復関税を課すことが許されている。例えば日本が実際に米国からの輸入に関税をかければ、米国は即座に報復措置をとるであろう。またバトラ氏が提唱する解決策に従い米国が関税を大幅に引き上げれば、日本は当然WTOに提訴するであろう。

 米国やイギリスでは主に最高額所得階層のために、所得税が一様に削減されたとバトラ氏は指摘する。しかし、それ以上に引き下げられ、富裕者が恩恵を受けた税金がある。それは、不動産や金融投機に対する税金である。1930年代という米国の進歩的黄金時代には、連邦政府および地方政府の歳出の実に約80%が、不動産に対する税金で賄われていた。今日、その割合はわずか16%に下がっている。現在、その差を埋めているのは労働者に課せられる売上税や所得税であり、これらは最低所得層に最も重い負担となっている。

 米国の税構造の特徴を理解する上で重要なことは、直接投資に基づく利益ではなく、家賃や金利などの不労所得を通じた受動の富を優遇する税の抜け穴が無数にあるということである。米国では不動産の投機家たちは、不動産物件の費用を何度も減価償却することにより、課税対象額を減らすことが可能である。また投機家は、そうした不動産物件購入のための借入れに対する利払い費も非課税扱いにできる。その結果、かつての米国やヨーロッパ等、多くの国で所得から税金が払われるのが当然であったのに、今日、不動産の購入者は、ほとんどの所得を不動産融資への利払いに回している。米国の土地や建物にはますます多くの借金が伴い、これは銀行の破綻や預金者保護を目的に公的資金による銀行救済を経験している日本と似た状況である。日本の銀行は預金者のお金を新たな生産手段の構築ではなく、既存の土地や建物の購入のための融資に回し、無駄にしたのである。

 米国の税制度こそが、米国の貯蓄を産業投資ではなく不動産の投機に振り向けている。中でも、キャピタルゲイン税の大幅削減が、産業抑制への最後の一押しとなった。資産価値上昇のほとんどは資本投資によるものではなく、地価上昇や行き過ぎた株価上昇の影響による。(これこそ、米国の投資会社が日本国民に投資を呼びかけている市場である。米国株式市場に投資している日本や他の国の投資家は、市場の崩壊で再び何もかも失うのだろうか。)

 米国の税制政策、中でも逆進税や社会保障税の源泉徴収、富裕家庭や企業の所得税を減税する一方で労働者に増税していることに対するバトラ氏の批判は的確である。しかしバトラ氏の提案は、不動産や株式市場の投機といった最も受動的で巨額かつ産業抑制につながる富に対する増税を望ましいとする視点が欠けている。

 日本では1980年代末に、自民党が製造部門(そしてもちろん労働者)には提供されていない税の優遇措置を不動産投機に提供した。また土地の転売によるキャピタルゲイン税も低かった。このような状況下で日本の投資家が、工場の新設や雇用の提供よりも、不動産投資の方がより多くの利益を獲得できると考えたのはむしろ当然である。日本の銀行も、収益率が最も高い不動産投機に預金を融資した。

 私の提案する解決策は、有形の設備投資を促進し、不動産投機を抑制する税制を確立することである。日本銀行や大蔵省から、公平な税制に関する議論が聞かれなくなって久しい。しかし、今の日本に最も必要なのがそうした議論である。日本人はかつての経済発展を取り戻すために、今こそ新たな視点からこの問題を捉えるべきである。