今回も前回に引き続き、日本在住の経済ジャーナリスト、エーモン・フィングルトンの記事をお送りします。今回は、日本の先端的製造業の強さについて様々な業種を例に説明するとともに、日本を含む高賃金国からの輸入に米国がいかに依存しているか、さらには米国の貿易赤字がなぜ悪いかについても指摘しています。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
持続しない米国経済(後編)
『アメリカン・プロスペクト』 2000年8月14日号
エーモン・フィングルトン
【 依然として豊かな日本 】
ヨーロッパ諸国の製造分野における成功も、日本に比べると見劣りがする。米国が日本の経済的挑戦を退けたという勝利宣言をここ数年よく耳にするが、米国人は基本的事実を見ていない。日本の円の価値は近年だいたいにおいて上昇している。1989年末の為替レートと比較すると、円の対ドル価値は36%以上上昇している。主にこの円の上昇のお陰で日本の賃金は今や世界一高く、実際(日本経済の無能ぶりを書き立てるメディア報道を信じる米国人にとって信じられないことかもしれないが)、米国より約40%も高くなっている。それにもかかわらず、約10年間にわたる不良債権問題などを経験した今、日本の輸出企業の対米貿易黒字は今年約850億ドルに達する見込みである。
なぜ米国はこれほどの高賃金国から多くの製品を輸入するのか。それは、まさしく高度すぎて、米国では製造できないからに他ならない。米国人は、日本がテレビや自動車などの消費財の最終組み立てを行っていると考えがちだが、現在、米国の日本からの輸入品のうち70%が、ハイテク部品や先端素材、複雑な資本設備など、極めて高度な生産財である。これらの製品のメーカーは資本集約型であるだけでなく、極度に知識集約型であるため、米国が将来を託している自慢の脱工業化経済の大半に比較すると、こうした分野への参入は一般的に困難なのである。
米国の消費者は気づいていないが、日本は、それがなければ米国経済が文字どおり止まってしまうほど重要な機械の、世界でも有数の(多くの場合は唯一の)提供元である。かつてデトロイトで作られていた最も高度な車体プレス機の多くは、今は日本で作られている。車の塗装用の高度なロボットも同じである。また、アメリカのテレビスタジオで使われるカメラや他の先端的な放送機器も日本製である。『ワシントン・ポスト』などの新聞社や印刷会社が使う大型の印刷機も同様である。
様々な消費財の主要部品についても、米国は大きく日本に依存している。部品の中には、日本が提供しなければその種の製品すべてが米国に存在し得ないほど重要なものも含まれている。レーザー・ダイオードを例にとろう。技術者しか知らないであろうこの小さな装置は、CDプレーヤー、CD-ROM、DVDの心臓部に使われている技術であり、光ファイバー通信からレーザー・プリンターにいたるその他多くの機器にも欠かせない。このレーザー・ダイオードは、世界の生産量の約半分がソニー製であり、残りの半分も日本のメーカーが提供している。
米国では、航空宇宙産業でさえ日本への依存度を高めている。炭素繊維や精製チタンなどの航空宇宙産業に必要不可欠な製品を日本が提供しているからである。また、液晶ディスプレイや電荷結合素子などの重要な部品の製造も日本が独占している。電荷結合素子は、技術者でなければ馴染みのないものかもしれないが、米国の巡航ミサイルを敵の通気孔に誘導するなど、国家安全保障にかかわる機能を含む重要な役割を多数果たすものである。ボーイングによれば、最高性能旅客機777型機の部品の20%は日本製だという。米国やヨーロッパにあるボーイングのサプライヤー向けに、下請けとして部品の一部を提供する日本のメーカーもあることを考えれば、おそらく777型機の部品の30%以上が超高賃金国の日本から提供されているであろう。
【 米国の依存 】
米国は、インターネット経済の牽引役だと広く考えられている。ある意味では確かにそうかもしれないが、インターネットを実現させる基本技術について、米国が高賃金諸国にいかに依存しているか、ほとんどの人が気づいていない。アル・ゴアが自分こそインターネットの発明者だと主張した時米国人は笑ったが、インターネットの隆盛がすべて米国人の功績だという米国人は、ゴアと同様、自分の都合のいいように話をでっち上げているだけである。
インターネットは、基本的な製造技術の進歩がなければこれほど普及することはなかったであろう。コンピュータのチップは今、10年前に驚異的な威力を持つと考えられていたものに比べてさらに100倍近くも性能が向上した。性能をここまで上げるために、世界の半導体メーカーは、より高品位のシリコン上に、より細かい回路を印刷しなければならなかった。
一時はチップ市場で米国が首位に立ったこともあった。それが今では日本が、高品位シリコンでもシリコン素材に回線を印刷する石版機械でも、世界市場を独占している。こうした技術を考えるとインターネット革命全体を主導しているのは日本だといえる。
米国の輸入技術への依存の中で、最も象徴的なのはおそらく携帯電話であろう。エレクトロニクス業界が作り出した小型化技術の中でも最もすばらしいものが携帯電話機であることは確実で、ヨーロッパ、日本、米国など様々なブランド名で売られている。しかし、基本的な製造技術はほとんどすべて日本製である。ドイツ銀行の子会社であるドイツ証券のアナリストによれば、携帯電話に使われる極めて小型化された主要部品の9つを製造する36の主要メーカーのうち、29社が日本のメーカーだという。
こうした事実を考えれば、日本からの輸出が米国の輸入の13%を占めるというのも驚くに値しない。ドイツが5%、他の高賃金諸国がさらに5%を占める。したがって、全体として、米国の輸入の約4分の1が、米国よりも賃金の高い国からの輸入ということになる。しかし、実体は、高賃金国からの輸入はこの数字以上だと思われる。なぜならば、低賃金諸国からの輸入の多くも、もとをただせば高賃金諸国に由来する。例えば、中国や他の東アジアの低賃金諸国からの輸出の3分の1近くは、恐らく日本製の部品や材料、資本設備を使って完成品に組み立てられたものであろう。同様に、ヨーロッパの低賃金諸国からの輸出品にも、ドイツや日本といった高賃金国で作られた高付加価値部品が多くを占めているはずである。こうしたことを考え合わせると、米国の工業製品の輸入のほぼ35%が、米国よりも高賃金の国からのものだと考えられる。
しかし、たとえこの事実を知らなくても、米国の経常赤字の規模そのものが、米国経済が近年競争力向上に成功したという主張がまやかしだとする明白な警告だといえる。グリーンスパン連邦準備制度理事会議長は、米国が貿易赤字を維持できなくなると、何度も指摘してきた。
【 なぜ貿易赤字が問題か 】
遅かれ早かれ、何か変化が起きるはずだ。その何かとは為替レートである。過去の例を考えれば、1980年代半ばと1990年代初頭がそうであったように(両時期、ドルは円に対して50%価値を下げた)、為替レートは突然大幅に下落するであろう(輸入代金をすべて支払うために、米国はドルを売って外貨を購入しなければならない。為替市場にドルが大量に流れ込めばドルの価値が下がるであろう)。米国のメディアはまったく気づいていないようだが、1999年の経常収支の赤字額が過去最高のGDP比3.8%を記録し、今年は4.5%を超えるという予測を考慮すると、過去と同じように、ドルの急落による調整が近いことは明らかだと思われる。1987年の経常赤字はGDP比3.7%であった。
為替レートに対する懸念を除いたとしても、もう1つ懸念すべきことがある。米国が抱える経常赤字は、その赤字額分だけ米国の資産が外国所有に変わることを意味する。米国では、主要な競争相手に対する借金がいかに急速に増えているかに誰も気づいていないようだが、この現象を最も端的に表しているのが、外資による主要な米国企業の買収である。最近の例では、アモコがブリティッシュペトロリアムに、クライスラーがダイムラーベンツに買収された。また米国の金融会社の多くがすでに外資所有に変わっている。ファーストボストンはクレジットスイスに、リパブリック・バンクがHSBCバンクUSA(HSBCグループ(本社・英国)所有)に、ディロンリード証券がスイスユニオン銀行に、ケンパーコーポレーションがチューリッヒ・インシュアランスに、バンカーズトラストがドイツ銀行の所有に変わった。さらに米国の書籍出版会社の半数以上がドイツの所有である。ドット・コム分野でも、一般に考えられているよりもはるかに多くの会社が外資所有に変わっている。例えば、日本のソフトバンクは、100社以上のインターネットビジネスに出資しているといわれており、中でもヤフー!やeトレードの株式所有は最も注目を集めた。一方、パリに拠点を置く、LVMHは、ディテクというオンライン証券会社や、シスコシステムズ、MP3.comなどといった米国のインターネット、ハイテク関連企業の主要株主である。
外資による買収のニュースを耳にしない日はない。過去数ヵ月間だけでも、ロンドンのWPPグループがヤング・アンド・ルビカムを買収しようとし、またマドリッドにあるテラーネットワークスがライコス・インターネットというポータルサイトの全株取得を試みた。イギリスとオランダの食品会社、ユニリーバはベン・アンド・ジェリーズを買収し、またベストフーズの買収にも合意した。
これらすべての影響が、世界における米国経済の地位の劇的な低下を引き起こしている。このことは有権者や識者などにはすぐには信じられないことかもしれないが、IMFが発表する国家の資産および負債統計をみればすぐにわかる。1990年から1998年の間に米国の対外負債は490ドルから1兆5,370億ドルに増えている。
この数字を見てもまだ米国の識者の多くはこれを認めようとはしないかもしれない。しかし、そういう人々は、貿易赤字にあまり関心を払わなかった歴史上の帝国の運命を思い出すべきだろう。今こそ、オスマン帝国がどうなったかを調べてみるべきなのである。
[Reprinted with permission from The American Prospect Volume 11 Number 18 August 14 Copyright 2000. The American Prospect, P.O. Box 772, Boston, MA 02102-0772. All rights reserved.]