No.416 米国が条件を決める自由貿易

 9月19日、米国上院は、対中通商関係正常化(PNTR)法案を賛成83、反対15で可決しましたが、今回は、それ以前の5月24日に下院で可決された後、英『オブザーバー』紙に掲載されたウィル・ハットンの記事をお送りします。ハットンは、この法案可決の裏に、中国をWTOに加盟させることでグローバル化を世界に広め、自国企業に利益をもたらしたいという米国の意図が隠されていると指摘しています。中国WTO加盟の第一段階として米中両国の間で結ばれたWTO合意は、米国の決める一方的条件に則った合意だとも述べています。さらに、クリントン大統領がこの法案を可決させることができたのは、米国の金権政治が強く影響しているのです。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

米国が条件を決める自由貿易

『オブザーバー』紙 2000年5月28日
ウィル・ハットン

 5月24日、クリントン大統領がここ数十年間で最も重要だと呼ぶ法案が米下院で可決された。150人以上の政府職員がこのために何ヵ月以上も準備をし、法案の支持派、反対派から各々の立場を訴える宣伝/ロビイ活動は飽和状態に達した。クリントン大統領がこの法案を重要視していたために、政府助成金に支配される政治の世界では、各州の議員が普通では考えられないほどの利権を政府から引き出した。しかし、この法案をめぐりクリントン大統領はほぼすべての議員を敵に回し、米国の政治討論をこの法案が占めるという状態が続いた。

 イギリスの読者にはこの法案が何なのか、さっぱりわからないだろう。イギリスのメディアは亡命キューバ少年のエリアン君については紙面や時間を大幅に割いて詳細に報じるが、問題が複雑でイギリスとかけ離れ、またさしあたって読者の関心も薄いと思われる話題についてはまったく報じないからである。確かに重要かもしれないが、退屈な話題だという判断である。しかし、たとえイギリス国民の関心がなくとも、この法案可決は極めて重要なものであった。これによって世界が変わり、今世界がどのように、また誰のために運営されているか、そしてイギリス人の存在がいかに端っこに追いやられているかを示すものだからである。

 5月24日、米下院は237対197の賛成多数で、中国に対して最恵国待遇(MFN)を恒久的に付与する対中通商関係正常化(PNTR)法案を可決した。これで中国の世界貿易機関(WTO)加盟に対する障害が取り除かれ、世界的な貿易制度の正式会員に向けたお膳立てができたことになる。中国は全世界の市場、特に米国市場への双方向の自動的なアクセスを獲得するための代償として、関税の大幅削減と海外投資家に対する権利の保証という譲歩を受け入れた。これはベルリンの壁崩壊以降、資本主義にとって最も重要な勝利であり、グローバル化の過程において最も価値ある出来事である。しかしながらもっと重大なことは、グローバル化を促進しているのは市場と技術の見えざる手だという主張に矛盾することである。これは受益者として自ら言明する米国が中心になって策定した、意図的な政治計画であり、「ウォール街および社会の中心的な階層を利するよう世界を設計する」という偉大なゲームの中で、我々はみな持駒にされてしまった。それはあまりにも壮大な計画であるため、ほとんどの人はそれに気づかない。メディアは好奇心をそそる些末なことは報告し、そのくせ大きな事象は見逃すからだ。

 もし疑うのなら、ミズーリー州選出の中道左派の民主党員で、現在米議会の少数派の指導者を務めるディック・ゲッパートの立場がいかに変化していったかを見るといい。彼は、これまで常に自由貿易反対派の中心的人物であり、米国の強い保護貿易主義の伝統の中で、自由貿易は米国に悪影響をもたらすと主張し、米国のブルーカラー労働者の職と賃金を守るために、環境保護および労働基準を厳しくすべきだと訴え続けてきた。1990年初頭には、北米自由貿易協定(NAFTA)に反対し、またその後には、米議会が外国との通商協定を一括して審議/承認する仕組みとして、クリントン大統領が可決を求めたファストトラック法案も否決に追い込んだ。筆者自身、米国中西部/北東部の斜陽鉄鋼業地帯を遊説中のゲッパート氏に会い、五大湖周辺の鉄鋼、製造業を閉鎖に追い込んだ海外からの安い輸入品を彼が痛烈に非難するのを目にしている。その政治的行為は見事であった。しかし、ゲッパートは、5月24日の対中通商関係正常化(PNTR)法案の採決では沈黙を守り、その結果、約20人の民主党員がクリントン大統領の側につき法案は可決された。

 この話の重要な点は、いかに金が米国政治を歪めているかということである。この法案のロビイ/宣伝広告活動に対して、賛成派の企業界は反対派の労働界の10倍の資金を注ぎ込んだ。今年の議員選を睨んだゲッパート氏は、ますます必要不可欠となるソフトマネー(選挙運動に際して候補者の政党や政治活動委員会に寄せられる活動資金。規制が緩いので実際には候補者の政治資金となる)を企業から民主党に集めるのに、障害となるのを避けたかったのである。民主党が下院の過半数を占めた場合、ゲッパート氏は政界でおそらく大統領の次に影響力を持つという下院議長への抜擢が噂されている。

 しかし、より根本的なことも作用している。ゲッパート氏は、戦後最長を記録した好景気の中にいる。失業率は4%に低下し、ブルーカラー労働者の実質賃金は増加している。米国の貿易赤字は史上最高の4,000億ドルを突破しそうだが、米国はこうした巨額の貿易赤字をすでに10年間も抱えてきたし、別に問題はなかった。それは輸入のほとんどを、生産コスト削減のために海外で生産を行う米国の多国籍企業の製品が占めるからである。これによって米国の消費者は低価格の商品を購入でき、その結果生まれる利益は、ウォール街の株価上昇を支えることになる。米国の一般国民も、ミューチュアル・ファンドや年金プランを通じてその株にかなり投資している。株価上昇により国民が豊かになったと錯覚することで、消費者の支出増が促され、拡大するサービス部門で雇用が創出されている。その結果、ゲッパート氏の自由貿易反対の立場が弱まり始めたとも考えられる。

 中国はこの法案可決によって、米国に一方的に優位なプロセスで市場を開放することで自分の首を絞めることになる。例えば、中国は電気通信と金融分野で50%までの出資比率を認める譲歩を行ったが、これは、モトローラ、メリルリンチ、フィデルティなどの米企業に対する特許状(会社などを設立し一定の権限を付与する)に他ならない。関税引下げにも合意したが、石油化学製品の引下げ率が最も大きく、石油や化学製品を扱う米国の大企業を優遇することになる。WTO加盟に向けた米中合意の中で、細事(気づきにくい)部分および、米国の比較的優位な分野で中国側が特別かつ急激な譲歩を行った部分について確認して欲しい。カリフォルニア州選出議員の約3分の2が、この法案に賛成票を投じたのもうなずけるはずである。WTO合意は、カリフォルニア州のインターネット、航空産業、金融サービス、ハイテク通信企業に対して、中国市場を一方的に開放させる事実上の許可証だからである。加えて、今回の法案可決で中国側は、米国が人権問題を監視する特別委員会を置くことを承諾し、さらに中国からの輸入急増に備え、他国より厳しい特別輸入制限措置を米国が法制化することを認めなければならなかった。

 共産主義の中国の指導者たちには、この対中通商関係正常化法案可決が是非とも必要だった。というのも、中国には硬直化した巨大な国有部門があり、経済を近代化し、政治的に破滅的なほど低い生活水準を押し上げるためには、知識経済と金融のノウハウ、つまり米国のノウハウへのアクセスを手に入れる他ないからである。国から援助を受ける中国の自動車産業および石油化学産業が、米国からの猛攻撃でほぼ壊滅状態になる危険性は高いものの、中国に他にどんな選択肢が残されているというのだろうか。技術的、経済的に、時代から取り残された存在になるしかない。

 米国政府からの外交上の厳しい圧力を受けて、中国のWTO加入を認める追加条件として欧州連合も中国との合意を結んだ。ただし、米国が中国に求めた過激な要求と比べれば、ヨーロッパと中国との合意は気の抜けた内容になった。しかし、金融、エネルギー、技術に関してと同様、米国は貿易に関する国益を常に明確に捉えており、最後までそれを貫く。米国の経済および社会モデルは、ヨーロッパ諸国だけではなく、他のすべての国々の模範として挙げられるが、米国の資本主義と、それを機能させている米国政府との複雑な関係についてはほとんど理解されていない。

 世界の経済制度は開かれるかもしれないが、それは一部には、米国が人権問題を盾に促進してきたものだといえる。だからといって、反対にそれが米国のビジネスを邪魔することはめったにない。今回の対中通商関係正常化法案はそのことを裏付けている。米国は自国の利益のために世界を動かしている。どの国が覇権を握ってもそうなるであろう。中国がWTO合意に基づきWTOに加盟すれば我々も利益を得るかもしれないが、それは米国が提示する条件に基く合意であることに変わりない。米国はいつでもその合意を反故にすることができる。米国流モデルをもてはやす発言を聞いたならば、このことを思い起こすべきである。