今回は、イギリスの『インディペンデント』紙より、米国が次の世界大戦の準備をしていると示唆する記事をお送りします。冷戦終結後、米国では防衛費が削減されるものと考えられていましたが、逆に、現在、防衛予算の急増が指摘されています。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。
米国の21世紀の敵
インディペンデント』紙 2000年8月30日
アンドリュー・マーシャル
世界最大級の特ダネでありながら報道されないことがある。それは、将来にならないとその重大性に気づかない事柄や人物に関する出来事であったり、あるいはその変化が広範囲に、ゆっくりと、徐々になのでその変化に気づかないためであったりする。ここでは、そうしたニュースの一つとして、次の世界大戦が近づいていることを取り上げよう。急増している米国の防衛費を見た時、結論として導かれることは次の世界大戦以外にはないのである。米国は現在、ここ数十年間で最長の平和期にあるように見えるが、国防総省の予算計画を見るとそうではないかもしれない。米国の標的が中国であることは明らかで、中国こそ米国の21世紀の敵なのである。
過去ほとんど10年間を通して、米軍および米国の軍需産業には敵が不足していた。冷戦終結を機に軍事費は急に削られたが、それには十分な理由があった。その時点では、ジョン・ウインスロップ・ハケット著『第三次世界大戦』(二見書房、絶版)などに鮮明に描かれている複数戦線で戦われる大戦が起こる見込みはまったく存在しなくなったからである。以降、昨年ぐらいまでは軍事費が問題にされることはなかった。しかし、それが突然、再び議論の中心に据えられるようになったのである。
それは、一つは政治的な理由による。共和党大統領候補のジョージ・W・ブッシュは、クリントン政権およびその延長である彼の対戦相手アル・ゴアが、米国の軍備を駄目にしたと主張してきた。しかしこの発言はまったくばかげており、ブッシュ氏の補佐官の中にもそれを認める者がいる。
いずれにしても、米国の軍事予算急増の意図するところは明白である。レーガン政権下の軍備増強期以降、世界大戦の可能性が低くなるにつれて、防衛機器の購入や兵器調達額の増加率は、1999年まで毎年低下してきた。2000年の増加率は、1984年以降初めて二桁の12%を記録した。1998年の450億ドルから2001年には620億ドルに増加する見込みであり、権威あるシンクタンクでは、800億ドルに近づくと見ている。この大幅な増加は、紛争の前触れと考えられる。
この増加の理由として、誰もが考える通り、軍事産業の業績を健全な状態に維持するために、新たな活動の増大を必要としていることが考えられる。冷戦時の武器や設備の入替え需要がある程度は期待できるものの、それだけではこれだけの軍事費の増加を説明することはできない。冷戦は終結していることを考えると、武器の中には入替えなど不要なものもあるはずである。
軍国主義の再燃には、さらに重要な理由がある。それは、米国が新たな世界紛争を想定しているということである。今回の戦争の舞台はヨーロッパ大陸ではなく太平洋地域であり、米国の想定の一部は“アジア2025年”と題するレポートに記されている。このレポートは、筆者と同名の、国防総省の部下には畏怖の念を抱かせている軍事思想家、アンドリュー・マーシャル他によって書かれたものである。
“アジア2025年”は、脅威が何であるのかは明示していない。将来、中国が米国と対等の敵になり得るとだけ記している。冷戦後の米国の脅威としては、他にもテロリズム、内紛、ボスニア式の和平実現の使命といったものが挙げられるが、これらはすべて小規模な米軍部隊をどこへでもすぐに展開できるようにという方向へ仕向けてきた。しかし、地球の反対側に核の力と20億の人口を抱える中国の存在は、旧ソ連の脅威に十分匹敵するものであり、前述の方向性とは異なる種類の軍備拡張を正当化し得る。これで米軍は、航空/海上輸送能力や、攻撃用潜水艦、航空母艦、長距離爆撃機などを、冷戦終了時にほのめかしたのとは逆に、増強の必要があると主張できる。
米国の戦略は、今年の初夏に発表された国防総省の新しい青写真、「共同ビジョン2020年」(JV2020)に記されている。その中核を成すのが、「考えられ得る最大の優位」であり、これは国防総省によれば、「米軍だけで、あるいは同盟国とともに、様々な軍事作戦を通じて敵を負かしたり、いかなる状況をも統制できる能力」を意味する。JV2020が米国に求めていることは、米国の国益に望ましい形で国際的な安全保障環境の形成に努力すること、必要に応じて最大限の危機的状況に対応しようとすること、かつそれができること、そして不確実な将来に備えることである。これは国防総省流の言い回しであり、端的にいえば「警戒せよ」ということである。
新たな脅威から生まれたプロジェクトの中でも最も大規模なものが、国家ミサイル防衛(NMD)である。これは、攻撃してくるミサイルを捕え、地上にあるロケットで打ち落とすというものである。米国はNMDの標的は北朝鮮とイランだといっているが、実際はそうではない。少なくとも、その2国だけではない。中国を標的にしており、さらに太平洋における米国の優位を維持することを目的としている。このNMDには150億~600億ドルの費用がかかる。北朝鮮のミサイル1~2基に対してこれだけ巨額の費用は必要ないはずである。
いかなる基準で見ても、これらは大きな変化である。米国は、軍備を大幅に増強させ、かつその焦点をヨーロッパからアジアへ移している。また冷戦期に匹敵する世界的な配備を行っている。ゆっくりと、段階的に、また公にではなく、秘密裏に進めている。
米国の考え方がこのように変化しているために、イギリスは3つの問題に対処しなければならなくなるであろう。第一に、以前から予告されていた米国のヨーロッパ離れは、最早避けられない。事実、すでに起きている。米国はすでに、攻撃用潜水艦を大西洋から太平洋に移動させた。軍隊の配備においても同様の動きが、おそらく大統領選の後に起こるであろう。
「米軍資産のほとんどは、米国の国益を脅かすような紛争は考えられないヨーロッパに置かれている。脅威はアジアにある」と、“アジア2025年”は率直に記している。
第二に、米軍がヨーロッパから撤退するにつれて、ヨーロッパの安全保障という任務は、ヨーロッパ人自身が行わねばならなくなる。米国が防衛予算を増加しても、軍隊をヨーロッパから移動させれば、その分ヨーロッパ諸国が軍事費の増加を余儀なくさせられる。そこでイギリスの国防省は真っ先に軍事費増を求めることになると断言できる。イギリスの防衛費の増加に注目すべきであろう。
これらの動きはおそらく2年ぐらい先に起こるであろうが、NMDはもっと早く実現するかもしれない。NMDは、我々が自分達の土地で目にする新しい紛争の最初の表れである。米国は、NMDに必要なシステムのうち2つをイギリス国内のフリングデールとメンウィズヒルに設置したいと考えるであろう。今までのところ、公には、イギリスはこのプロジェクトにどっちつかずの態度をとり、批判もしないが乗り気でもないことを明らかにしてきた。NMDはイギリスにはあまり関係がなく、米国独自のものと捉える傾向があった。
しかし、米国の軍国主義が持つ太平洋地域への野望の徴候として、さらには、潜在している世界的な緊張が深刻なまでに高まる前触れとして、NMDは重要な問題である。米国がNMDを実行に移した場合の破滅的な結末を描いた米国の極秘報告書の中に、その影響は明記されている。中国の核保有量10倍増、ロシアの核弾頭増加、インドおよびパキスタンの核拡散化といった変化が予測される。すなわち、大西洋から太平洋まで、いたるところで軍拡競争が起こり、安全保障が危険に晒されるということである。
イギリスは、世界的な安全保障にとって重要な国であり、建て前上、軍備縮小を約束している。NMDは危険であり、イギリス政府はそれを知っている。ベルリンの壁崩壊によって回避したと思われた核兵器による対峙の時代に逆行するようなことを、米国政府が盲目的に行う前に、イギリスはNMDが危険だと断言すべきである。