No.421 タバコが有害であることを警告もしない日本

一昨年、私は厚生省が主催する「21世紀のたばこ対策検討会」のメンバーとして会合に出席しました。検討会は禁煙派と喫煙派の対立が最後まで続き、具体的な答申も出ない不毛の会合でした。今回はアジア版『タイム』誌に掲載された記事をお送りします。

タバコが有害であることを警告もしない日本

『タイム』誌 2000年10月9日

タツオカシュウヘイは幼年期に癌で片目を失った。学生時代には喫煙に起因する病気で足の指を失った人のビデオを観たこともあったが、16歳の時、友人に勧められ、初めは一本だけと思ってタバコを吸い始めた。現在、24歳のタツオカはニコチン中毒をいかに克服するかという闘いに明け暮れる。この4月から医師の手を借り禁煙を始めた。彼は、まったく吸えないと思うとどうにもならなくなるので、逃げ道を残し、毎日「あと1日だけ、タバコを我慢しよう」と考えるようにしている。タツオカは禁煙がこれほど苦しいものだとは思わなかった。「まだ完全にタバコを止められたかどうかはわからない。タバコは麻薬と同じ扱いにし、吸ったら逮捕されるくらいにすべきだ」

日本では、まずタバコに警戒心を持つことから始めるべきだろう。北米、ヨーロッパ、日本以外のアジアの国々では喫煙を厳しく取り締まっているが、日本ではタバコを公にスパスパ吸っていようがまったくお構いなしである。日本政府は喫煙に反対の立場をとるどころか、世界第三位のタバコ多国籍企業である日本たばこ産業の最大の投資家でもある。日本が最後にタバコを規制したのは1900年(未成年者の喫煙を禁止)までさかのぼる。タバコ広告の規制はほとんどなく、カウボーイやマウンテンバイクに乗る若者、おしゃれな若い女性を起用したタバコ会社の広告が巨大な掲示板や地下鉄のポスターを飾る。タバコ会社は今でも路上で試供タバコを無料配布し、敬老の日には日本たばこ産業が1,500万本ものタバコを老人ホームに寄贈している(同社は地域への寄付だと説明)。

この放縦さの結果、日本人男性の喫煙率は欧米を大きく上回り50%以上となっている。肺癌による死亡が急増し、2年前には胃癌を抜き、日本の癌死因のトップとなった。タバコ関連の年間死者数は約95,000人であり、早死の最大の原因となっている。また警戒すべきなのが、未成年や20代、30代の女性の間に喫煙が急増していることである。喫煙が実際に健康問題を引き起こすまでには時間があるため、これは将来問題が起こることを示唆している。東京女子医大病院呼吸器センター内科の医師、阿部眞弓は、喫煙はもはや日本が無視することができないほど、多くの人に広がっているという。

死亡者が増えるにつれ、一般の日本人もようやくタバコの脅威を認識しつつある。米国のタバコ業界を襲う訴訟問題で、緒についたばかりの日本のタバコ反対運動も活気づいている。日本でも肺気腫や肺癌に罹患した元喫煙者が、日本たばこ産業と政府を相手取り前例のない訴訟を起こし、その一方で非喫煙者も自分たちの権利を強く主張するようになった。タバコ反対派は、必要なのは外部からの圧力だという。世界保健機構(WHO)は10月16日からジュネーブで世界的なタバコ規制条例についての公聴会を開く。この条例は、WHOによれば“年間400万人の死亡につながっている疫病”に対する国際的な初めての法的措置ではあるが、恐らくタバコ賛成派の国々には何らかの逃げ道が用意されることになるであろう。しかし、この国際条例によって大手タバコ会社を抑制する必要があるとの国際的な総意の高まりが示されることになり、日本の反タバコ勢力が勢いを増すことになると予想される。日本の最近のタバコ訴訟で主席弁護士を務めた伊佐山芳郎は「これは強力な武器となり、裁判においても決定打となりうる」という。

タバコロビイの力は、今春、厚生省が「健康日本21企画検討会」の報告書を発表した時にも明らかになった。当初報告書には「2010年までに成人の喫煙率半減」が盛り込まれていたが、これに危機感を持ったタバコ農家が与党自民党に助けを求めた。こうしてタバコ族議員と呼ばれる自民党のグループがこの厚生省の目標、さらにWHOのタバコ業界に対する規制に反対する決議案を策定した。成人は喫煙するかしないかを選ぶ権利がある、と決議案は記し、さらに「喫煙が健康に与える影響はまだ明らかにされていない」とした。厚生省が発表した最終報告書には、ストレスの軽減、歯の数が 20本以上の80歳老人の増加まで細部にわたる数字目標が羅列されたが、肝心のタバコの目標は削除されていた。(耕助注:実際は反対の署名運動などによって目標値は削除されたが、“「禁煙率半減」をスローガンに禁煙率の減少が大幅に進むよう努める”という文章だけは付け加えられた。)

厚生省は時流に遅れた前歴がある。厚生省がタバコと癌の関係を公に発表したのは1987年で、米国ではそれより20年も前に医務総官が調査報告書の中でそれを発表している。厚生省も1987年以降いくつもの調査報告書を出しているが、法律や規制は1つも作っていない。厚生省内すら、禁煙にしていない。同省のタバコ規制プログラムには約4,700 万円しか予算が与えられていないという。もう1つの問題は厚生大臣がタバコ族議員であることだ。

予算を増やすには大蔵大臣の許可が必要となるが、大蔵省は日本たばこ産業の大株主である。日本たばこ産業は15年前に民営化されたが、今でも大蔵省が株の3分の2を保有し、大蔵省を退任した役人を天下りさせている。タバコ事業法のもとでは、大蔵省はその業界の健全性を促進する義務がある。タバコ業界は国に年間2兆4,200億ドルの税収をもたらし、これは全税収の3%にあたる。タバコ事業法は健康問題については事実上まったく触れていないものの、タバコの外箱に警告を印刷させるのは大蔵省の管轄になっている。大蔵省は喫煙を促進したり、抑制したりするのは同省の役割ではないと述べている。しかし、西欧諸国の一般的なタバコの警告には、タバコは命を奪うというような注意が含まれているのに対し、日本では、「あなたの健康を損なう恐れがありますので吸い過ぎに注意しましょう」と、表現がずっと生ぬるい。大蔵省の役人の1人は、「人はタバコの箱を見て健康へのリスクを判断しない。医師に尋ねるべきだ」と述べた。

しかし、タクシー運転手の山本は医師に従っていたがために、現在、タバコ業界に断固として敵対することになった。7年前、彼はタクシーにワックスをかけるたびに呼吸が困難になった。1日50本吸う煙草がそれと関係しているとは思いもよらなかった。年2回の健康診断で医師は何もいわなかった。最初医師はそれを急性気管支炎による呼吸困難と診断した。しかし1995年、医師は診断を変えた。健康な肺のレントゲン写真と、彼の黒くなった肺の写真を見せて、彼は肺気腫であり肺が酸素を取り込む機能が徐々に破壊される状態だといった。驚き、怒った運転手はその日からタバコを止めた。「日本ではタバコがもたらす害についてまったく教育がなされていない」という。

1998年、山本とやはりタバコに起因する疾病にかかった男性6人は、日本たばこと大蔵省を相手に訴訟を起こした。産業界とその支援者である官僚が意図的にタバコの害を隠したことに対して、タバコ関連疾病にかかった喫煙者が起こした日本で最初の訴訟である。原告側は損害賠償として約7,300万円、さらにタバコ広告の全面禁止、たばこの自動販売機による販売の禁止、たばこの外箱の有害表示に関してより厳しい警告文を明示することなどを求めている。弁護士の伊佐山芳郎は「適切な警告表示をしないのは国民を欺いている」という。

これは厳しい戦いとなるだろう。日本の法制度は米国に比べはるかに原告側に厳しい(日本たばこ産業と政府側は裁判での答弁すら求められない)。しかし、山本は少なくとも業界を窮地に立たせたいと考えている。小柄でやせた彼は66歳より老けて見え、背中につけた装置から鼻にチューブで酸素を送りながら公聴に出席している。わずかな傾斜を上がるのも息苦しいほどだが、法的な戦いは子供たちのためにもする価値があると彼はいう。事実、子供たちは特に危険に晒されていると医療の専門家はいう。最近の厚生省の調査では、18歳の高校生男子の喫煙率は1991年の27%から、1996年には37%に上昇している。女子やさらに若年層の喫煙率も増加している。「厚生省は問題を正確に把握することすらできていない」と反タバコ活動家の渡辺文学はいう。「医師が行った地域調査では喫煙率が70%に上る高校もある」と彼はいう。未成年者が昨年1年間に購入したタバコの本数は510億本にも上り、これは1990年の40%増であるという。

若い女性の喫煙も増えている。1980年代半ば、20代女性の喫煙者は10%強だったが今日は20%にもなる。女性が公衆で喫煙するのはタブーという考えは消えつつある。特に、若い女性にこの傾向があり、前出の阿部医師が主催する禁煙外来では女性患者が急増しているという。「米国のタバコ企業は若い女性を対象に喫煙があたかもおしゃれであるかのような広告をする。さらに日本たばこ産業も喫煙がかっこよく見えるような広告で子供たちを誘う。これは間違っているだけではなく、公平でもない。」

タバコのロビイ団体である日本たばこ協会は、未成年者の喫煙を防ぐキャンペーンを年2回行っており、咎められるようなことはないと主張する。新しいポスターではバレーボールをする若い女性とともに「ルールがあるから楽しい。タバコのルールは、20歳になるまで吸わないということ」との記述がある。批評家はこのポスターはタバコを推進しており、大人になるのは楽しいと強調しているという。訪問者にタバコを勧めながら、同協会の理事、小野はキャンペーンを擁護し、「ここにはタバコを吸うことが楽しいというメッセージはない。未成年は吸うなといっているだけだ」という。しかし日々、ニコチン中毒と奮闘するタツオカの見方は違う。「吸うなということを強調したいのなら、黒い肺の写真を出した方がはるかに効果的だ」