No.455 アメリカの経済アパルトヘイト

 米主要企業が今年1月に発表したレイオフなどの人員削減数(計画含む)は14万2,208人に達し、2000年12月に続いて10万人の大台を上回ったことが、2月6日、米人材サービス会社チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマスの調査発表で明らかになりました。これは1993年の調査開始以来、過去最高だった前月(約13万4,000人)を約8,500人上回り、2ヵ月連続で最高記録を更新したことになります。

 業界別に見ると自動車が約3万5,000人で、ダイムラークライスラーが発表した2万6,000人のリストラ計画が削減数を大幅に押し上げ、次いで通信の約2万2,000人、小売の約1万5,000人となっており、業績の悪化が目立つ電子商取引関係では約1万2,000人となっています。このように簡単にレイオフが行われる一方で、経営者がストックオプションを含む高給を手にし続けている構図は変わりません。

 今回のOWでは、米国社会の現状を記した『アメリカの経済アパルトヘイト』(The New Press刊)という本の序章をお送りします。米国社会が、日本が本当に手本とすべきものかどうか、再考をお願いします。皆様からのご意見をお待ちしております。

アメリカの経済アパルトヘイト:経済的不平等と不安定の入門書

The New Press刊
チャック・コリンズ、フェリス・イェスケル

 これが最もいい時代だって? 今の時代の徴候から何が見える? 経済の健全性のしるしは何なのか。何が上手くいっているのか。何もかも上手くいっていないことを示すしるしは何だろう。

 確かにインフレは起きていない。失業率は全国平均としては低い。しかし、1990年代後半の経済ブームによってもたらされたいわゆる米国の繁栄は、人々に均等に行き渡ってはいない。

 もしあなたが不動産や株、債券といった資産をたくさん所有していれば、現代の経済は多くの利益を生み出す。しかし、もしあなたが固定収入で生活しているか、または週給や月給という労働賃金で生活しているのなら、状況は厳しい。5,000ドル以上の株を保有している米国人口の30%のうちの1人でなければ、メディアが大騒ぎしている好景気は何の意味も持たない。事実、あなたは統計に入ってはいない。経済は全国民一様に浮揚してはいないのである。そして大金持ちとそれ以外の人々との格差は、危険なほど広がっている。

 米国での貧困はこれまでも辛いことだったが、社会的に非難の的にされることと、生活水準のさらなる低下によって、近年その辛苦はさらに深刻化している。米国の中流階級の多くにも不安感は増している。「テレビやメディアでは米国は大きな繁栄の中にあるという印象を受けるが、それは中流階級が体験していることとは違う」と、社会指標の専門家であるフォーダム大学のマーク・ミリンゴフはいう。

 今の経済の徴候は、2つの異なる構図を示している。そのいくつかを以下に示す。

 金持ちが乗るリムジンはさらに長くなるが、ホームレスの数もさらに増えている。超高級マンションの建築が増える一方、手頃な家賃のアパートはますます少なくなっている。失業率は低いが、1998、99年と、労働者のレイオフ数は最高を記録した。中流家庭向けだった店は倒産したり、労働者世帯向けの格安店や、あるいは米国で最も裕福な消費者向けの贅沢品を売る小売店舗に模様替えしている。

 消費者支出と借金が上昇する一方、個人貯蓄率は下がっている。企業の経営トップは巨額の報酬をさらにお手盛りで増やし、片や米国人労働者の半数は賃金が横ばいか、減少している。

 新規雇用の多くは、臨時雇いかパートタイムで、健康保険も退職金も有休もない。民間部門で創出される職の3つに2つは臨時雇いに属し、その中間賃金は正社員の給与の約75%である。米国最大の雇用者は人材派遣会社のマンパワー社である。

 過去2年以上、連邦準備制度理事会は失業率の減少とわずかな賃金上昇を達成してきた。いざとなれば、アラン・グリーンスパンFRB議長が賃金労働者ではなくウォール街に味方するのは当然だと思われているが、1996年以降、彼がどちらの側につくかの選択を迫られることはなかった。

 米国の郵便番号で表すと30ヵ所の地域は途方もなく金持ちになった。その一方で、すべての地方都市や田舎では、失業、インフラの崩壊、不安の増大や恐れで衰退している。

 毎年12月になると、両グループの共存がさらに皮肉に思える。新聞には、巨額のボーナスを手にしたウォール街の金融家の記事が載り、その隣に貧困と不安に関する話題や、「極貧にあえぐ人々を忘れてはならない」との訓戒が掲載される。

【 警告:グローバル・エコノミーへの移行には注意が必要 】

 新しいグローバル・エコノミーへようこそ。これは米国の大企業と、最高の金持ち連中が自分達のために設計した経済である。

 ニューエコノミーの受益者は、好景気ぶりを強調するために残業までして働いている。ジェットコースターのように上下して高騰する株式市場を見るといい。億万長者や、インターネットで株式投資をする人の激増ぶりを見るといい。

 しかし現実社会では、多くの人が懸命に働いているにもかかわらず、前にも増して不安定になるという状況に直面している。個人の債務や破産は急増している。ハイテク時代の広告主導型の消費社会が「隣人に負けないよう見栄をはること」を促進しているのも1つの原因だが、かなりの数の労働者、特に20~30代は、職を掛け持ちしても福利厚生のない職ばかりなのがこの状況を招いている。健康保険に加入していない人がますます増えており、必要な治療を先延ばしにしている。過去20年間、退職後の保障がほとんど、あるいはまったくない人の割合が増加し、将来的な職の保障もまったくない状況にある。

 労働者は次のようなメッセージを突きつけられている。「自己責任だ」「保障など幻想だ」「雇用主に期待してはいけない」「政府解体を促進しようとしているのだから、政府に期待してはいけない」「自分で起業しろ」

 その一方でメディアは我々に、バラ色の経済を描いて見せる。経済的不安定や米国での不平等の拡大に関する記事はあまり多くない。マスメディアは我々に経済的な上昇を願わせ、誰もが大金持ちを夢見、自分もそうなりたいと考えるよう奨励する。その一方で無節操な政治家は人々の非難や怒りの矛先を、経済的地位が1つ、2つ下の人々に向けるよう仕向けている。こうして新しい移民や、福祉に頼る女性たちが二極化した経済のスケープゴートに仕立て上げられる。

【 潮流:満ち潮で沈む船 】

 過去20年間の大きな経済のトレンドを見ると、現在見られる兆候の多くが説明できる。

◇下がる賃金:
 所得全体は増加しているが、増加分のほとんどは上位20%の所得階層へ行っており、さらに最上位1パーセントの伸び幅が最も大きい。購買力を示す実質賃金は、全人口の下から60%は横ばい、または減少している。確かに、1998、99年の中間実質賃金は上昇し、1970年代の水準に近づき始めたが、だからといって、経済的成功物語には決してならない。

◇富の不均衡:
 富の総額は増大したが、ほとんどの増加分は米国で最も裕福な最上位1%の家庭に行った。最上位1%の家庭は、現在、下から94%の米国家庭の富を合わせた以上の富を有している。

◇高額所得者と低額所得者の広がる格差:
 米国の賃金労働者の半分の実質賃金が低下する一方で、経営者やCEOの報酬は急騰している。賃金格差は、過去最高に広がっている。

◇雇用条件の悪化:
 過去20年間、米国の賃金労働者の4人に3人は雇用条件の悪化を経験した。実際には、賃金の増加がインフレ上昇率に追いつかないか、以前はついていた手当てなどが削られたということである。年金や健康保険の雇用主完全負担がなくなり、多くの労働者は今、退職後の保障もなく、医療費の一部またはすべてを支払っている。また、多くの労働者は現在臨時雇いかパートとして働き、福利厚生はない。ある者は職を失い、前職並みの給料の職を見つけることができないか、またはどんな職も見つからない。

 これはつまり、多くの人々が自分たちが不安定な状況にあると感じていることを意味する。30年前には、人々は、5年後に自分がどこで働いているか想像がつく場合が多かったが、現在、米国民の半分は企業から雇用者への忠誠心も、職の保障も感じないという。

◇満ち潮が持ち上げるのは豪華な快走船だけ:
 1989年以降、経済は拡大し生産性は上がった。それにもかかわらず、過去の経済成長の期間とは違い、満ち潮はすべての船を持ち上げなかった。満ち潮が押し上げるのは豪華な快走船だけで、その後ろで小さな船は大きく揺り動かされ、格差が広がっている。経済成長がより平等に国民に配分された第二次世界大戦後の時代とは違い、過去20年間はごく少数の持てる者と、それ以外の者との格差が劇的に広がった。

 これらの状況にもかかわらず、最近の世論調査では、多くの人が今の経済の功績に満足しているという結果が出ている。しかし、これは偽りの慰めかもしれない。なぜなら多くの人々が現在手にしている財産は、将来の成長と繁栄という仮定に基づいた借金によって賄われているからである。この借金三昧によって消費者需要が増加して経済を活気づけた。しかし、その一方で貯蓄率が低下し、医療費や大学の教育費が急騰し、破産などの不安定な経済的兆候が増加した。多くの中流階級にとってはその日暮らしの繁栄なのである。

 世紀の変わり目の「永続的な」経済は、永遠に続くことはないいくつもの要因に基づいて進んでいる。ある人の資産が、その人の稼ぐ賃金よりも早く増えているのは、自宅や、株の見込み利益を形に借金をしているからである。1999年に最も急増した消費者債務は、抵当貸付やホーム・エクィティ・ローンであった。これは不安定さを示す1つの要因にすぎない。社会的格差があまりに広がると、社会が崩壊し始める。我々がとった対応策は、記録的な数の犯罪者を刑務所へ送る一方で、外から隔絶された富裕者だけの居住地を増やすことだった。道路のでこぼこ、経済の下降が、格差の広がりの隠れた危険性を暴いていくであろう。

【 より公平な経済を築くために 】

 我々の日常生活の多くは、家族、仕事、友人、そして地域社会といった側面から成り立っている。そして、労働時間の長期化や複数の仕事の掛け持ち、貯蓄ができないといった、自分達が直面している辛苦がより大きな経済的変化に関係があるとは気づいていない。たとえ大きな政治的および経済的な力と自分の日常生活に関連があることを理解したとしても、自分たちでこの状況を改善できるとは信じていない。よく聞く言葉は「物事はそういうものなのだ」「他にどうしようもないじゃないか」。しかし、それは真実ではない。

 他の道はある。そして、米国の歴史において、国民がここまで経済的に二分されていない時代もあった。第二次世界大戦後、米国経済はきわめて公平だった。今日と比べて、繁栄は社会のほとんどすべての国民に共有されていた。現在において、それをもはや真実としない理由はどこにもない。

 過去数十年間、経済というゲームの規則は金持ちの個人と企業によって作り変えられた。そしてそれは、私たち国民の手によって元に戻すことができる。1930年代、ニューディール政策はより大きな経済の安定をもたらし、老年者や労働者家庭の生活水準が引き上げられる時代を導いた。1960年代、貧困との戦いを宣言し、老人や貧困層の医療制度を改善し、また低所得家庭の子供にはヘッドスタート計画を開始した。(1964 年連邦政府が Economic Opportunity Act (経済機会法) によって始めた教育事業で、文化的に恵まれない就学前の子供たちに教育・医療などのサービスを提供し、父母や地域にもこうした事業に参加させようとする企画)。

 今日、新世紀の初めにおいて我々に必要なのは、繁栄をより広く分かち合えるような新しい政策と優先順位なのである。